ホワイトカラー・エキザンプションにまだこだわる

執念深いと思われそうですが、経団連がゴリ押しするホワイトカラーエグゼンプションに関する提言に今日も絡みつきたいと思います。

経団連が提唱しているホワイトカラー・エキザンプション(WE)の概念はどうやら次のようです。

  1. 知的労働者(ホワイト・カラー)は知的労働している時間のみが労働であり、それ以外の手待ち時間(待機時間)は労働時間として認めるのは相応しくない。そのため従来の就業時間に拘束されて働いているという概念は捨て去らなければならない。
  2. ホワイトカラーの労働時間の概念は知的労働を行なう賃金を払うに相応しい知的労働を行なっている労働時間と、そうでない休憩中もしくは待機時間の賃金を払うに相応しくない非労働時間に分けて考えなければならない。
  3. ホワイト・カラーの労働時間が発生するのは、就業時間中だけではなく、非就業時間にも発生するのでこれをカウントする必要がある。また非労働時間も就業時間に発生するため、これもまたカウントされなければならない。
  4. 労働時間は非就業時間にも随時発生するので、ホワイトカラーには残業、休日出勤、深夜割増の概念は不必要である。
  5. WEはこれからの労働形態として広く用いられなければならず、純粋のブルーカラーを適用除外として、出来る限り網羅的に施行しなければならない。
  6. 従来の労働基準法の規定と相反する部分が出てくるため、法令を改正し、WE適用者の法的位置を明確にしなければならない。
私が理解する限りだいたいこんな感じです。このWEの概念を現在そのまま行なっている職業を想定すると、小説家や作曲家のような芸術系の職業が該当しそうです。彼らの創作活動は自らのモチベーションが高まる時に集中して行なうため、労働時間は不規則であり、そこには一般労働者における残業や休日、深夜割増のような観念はありません。賃金というか報酬は出来上がった作品に支払われ、大ヒットして印税収入が入れば別ですが、通常は原稿料、作曲料として労働時間の多寡に関わらず一定です。

経団連の提言で自らも言っている通り、一人の人間がいつ業務に関わる知的活動をしているか、そうではなくて休憩中ないしは知的労働活動休止中なのかは判定不能です。結局労働時間と非労働時間を区別し労働時間のみに賃金を払うと定義しても、それを厳密にカウントする事は不可能です。また最終的に労働者が知的労働を行なっている時間と認定するのは経営者であり、経営者が「この時間は知的労働を行なった時間である」と認定しない限り賃金発生は生じないことになります。

外部から客観的に労働時間を測定できないのですから、いくら労働者が「今日は12時間労働した」と主張しても、経営者が「8時間しか認めない」と判断されれば終わりです。では何を物指しに知的労働時間を測定するかになります。考えられそうな方法は二つです。

  1. 見た目上の拘束労働時間に一定率の非労働時間を機械的に差し引いて算出する。つまり12時間見た目上働いても、そこに1/4程度の非労働時間が必然的に含まれると見なすやり方です。
  2. 経営者が恣意的に作った、「これだけの知的労働時間を費やせば、これぐらいの成果は出るはずである」の業務量の達成を目安にする方法です。出来るはずの目標ですから、達成できたら必要な労働時間を提供したと考え、出来なければ働いてなかったとするやり方です。
a.とb.の適用はWEが適用される職種や業態によって変わるかと考えます。経団連が想定しているWE適用職種に専門業務型裁量労働制と企画業務型裁量労働制が書かれています。大雑把に考えればa.は専門業務型裁量労働制に適用されそうですし、b.は企画業務型裁量労働制に適用される気がします。

WEが経営者にとって何が美味しいかといえば、労働時間の測定がタイムカードによる逃げられないものではなく、すべて経営者の腹一つで決められる事です。経営者にとって一番頭が痛く、世論からチクチクつつかれる二つの重大課題である、「長時間労働」と「サービス残業」の問題を現在の実質的な労働時間を変えずに雲霧消散させるマジックになるのです。

見た目上の拘束時間がどれほどの長時間になろうとも、そこに非労働時間がたっぷり含まれているとすれば、これはもう長時間労働にはあたらない事になります。またサービス残業も、就業時間内に非労働時間が発生したものを、労働時間の配分により別の時間に費やしているものであり、残業代も払う必要がなくなります。実に素晴らしい方法ですが、労働実態に変化が起こらないのですから、これはインチキの類の印象が私には強く感じられます。

何回も同じ例を引っ張り出して食傷気味かもしれませんが、5500万の産婦人科医の常駐契約をもう一度参照します。条件を抜粋すると

  1. 拘束は月、水、金の外来診察、入院回診、出産で、そのほかは自由時間。
  2. 院内の部屋で待機しているが、リラックスできる時間もある。
WEの概念で考えると、医師が賃金を払われるべく知的労働を行なっているのは外来診察時間と入院回診、出産のみで、他の時間は非労働時間として賃金が発生しない時間と解釈されます。待機時間はリラックスすなわち知的労働を行なっておらず、これは労働と見なさないと考えれば良いかと思います。一日のうち真に知的労働を行なっていると経営者が見なした時間が、労働基準法に適合さえすれば問題は生じないのであり、従来の労働形態の時間外労働、休日労働の観念は通用しませんから、WEの労働形態としてはとくに不思議なものでないことになります。

医師の労働に対する評価は、3人分に等しい給与を払っているにもかかわらず、医師が赴任前の2人体制の時よりも分娩数が減った事により収益が減少し、これはWEの労働概念としてあげたb.の条件を満たしておらず、「さぼっている」と判断され減給対象になると考えられます。

医者に適用されるかどうかの問題をもう少し経団連の提言を読んで次回以降に考察したいと思います。