医者はネットで動く

医者にとってあまりにも衝撃的な福島産婦人科医逮捕事件でした。あの事件から医者ははっきり気がついたと言えます。それ以前も2chとかで瀬棚や泉崎の事件をおもしろ可笑しく取り上げていましたし、突然消滅した舞鶴事件も話題を賑わしていました。ただし福島以前は認識としてローカルな特殊事情による椿事ぐらいとしか多くの医者は考えていなかったと思います。私だってそうで、「日本も広いな」が精一杯の理解だったような気がします。

2ch世論は言ってみれば三流週刊誌のセンセーショナルなゴシップの集積みたいなところがあり、時に鋭いスマッシュヒットがありますが、レスの大部分は流れに乗った煽り、ウダウダ話であることは、参加者自身もよく分かっています。当然ですが医療板のネット世論も穏当な意見では盛り上がりませんから、相当過激な推測が支持を集める傾向があります。読み物としてはそれで十分楽しめましたし、過激な観測が当たろうが外れようが、そんな事さえ話題が盛り上がるネタ以上のものではなかったということです。

ところが福島事件以後は様相が少し変わります。2ch医療板自体の本質はさほど変わっていないかもしれませんが、出された当時には「そうはいかんだろ」と考えていた予測が気味悪いほど的中しだしたのです。なぜこれほど当たるかを少し見直してみました。

何と言っても医者の参加率が異常に高い。なりすましも紛れ込んでいますが、医者の参加率が高いとなりすましは容易に見破られます。お世辞にも格調高い論争ではありませんが、それでも医者としての専門知識が無いとすぐにボロがでますし、臨床の現場を知ったもので無いと意見がピント外れになりすぐに浮かび上がります。

この医者の参加率が異常に高いことが画期的なんです。これまで医者が診療科、病院、勤務医開業医の枠を超えてコミュニティを作った事は無いはずです。あったとしてもせいぜい同じ病院の気の合った同僚数人程度が精一杯です。その上、時間外にも不規則に長時間の勤務があり、本音で議論するなんて事はまずあり得なかったということです。

ネットはそういう多忙な医者の垣根を取り払ったと言えます。身を持って感じていた医療世界の不条理を存分に吐き出せる世界を持ったということです。「オレは本音ではこう考えている」の意見に多数派の医者が「オレもそう思う」の意見構成が初めて出来上がってしまったかと考えています。何と言っても最前線の現場の医師ですから、切実感、危機感の程度が違います。2ch特有の軽い乗りですが、今まで抑欝されていた不満がどっと吐き出されていると感じます。

現場の最新情報の実感ですから、当然のように予測の的中率は高くなります。煽り、スカシ、お茶らけが散りばめられるので、真剣に読むと「おふざけ」の集積のように一見思えますが、論議の本流は鋭いところをしっかり捕まえています。とくに福島の事件以降は「2ch」なんてと敬遠していた医者が大挙として関心を持ち、レスまでは入れないかもしれませんが、こっそりROMしている医者が飛躍的に増えたと考えられます。

別に2chだけではなく「医療はどうなるんだろう」の共通の不安が、ネットを通じて広く医者の間に流布された事だけは間違いありません。その影響力はバカにできません。たとえば医者でもブログを書いている人は数多くいますが、福島事件以降、それまでの日常こぼれ話路線から、医療危機問題を積極的に論じる者が増えました。私もその例に漏れません。ようやく目に見える問題となってきた医療危機に対し、国や厚生労働省が見解や対策を出すと、その真相や妥当性、有効性、実効性についてネットで確認する習性がついてしまったと言えます。

つまり国や厚生労働省がマスコミを抑えこんで世論構成を図ろうとしても、ネットで情報確認する事を習性としだした医者には通用しなくなってきたといえます。もちろん全員ではありませんが、少なからぬ割合にその数はなり、日々増加中だといえます。さらにその割合が高いのが現場の最前線の勤務医だと言う事です。この素地がないと今年なって表面化した逃散現象は説明できないかと考えます。

私は既製マスコミのプロパガンダに対抗できるのはネット世論だと考えてきました。一方でネット世論は将来性、成長性は間違いありませんが、まだまだ既製マスコミの支配力にはまだまだ及ばないとも考えていました。しかしフト考えると自分が思っている以上にネットの力は伸びているんじゃないかと感じ始めています。とくに医療界への影響力はもう相当なものだと言えそうです。

どうやらもう1、2年以内に少なくとも医療界はネット世論で動く時代が来そうな気がしています。ネットで動く医者が3割、いや2割、1割にでもなるとネット世論を無視して医療を動かす事は極めて困難になることが予想されます。1割といってもそのほとんどは実働の実戦部隊ですからね。そうなればどうなるか、その日を楽しみに待っています。