ツーリング日和10(第25話)苫小牧で焼肉

 ビジホから十五分ぐらい歩いて着いたのが焼肉屋。焼肉は嫌いじゃないけど、わざわざ北海道で食べなくとも、

「悪い悪い。昼は平取のステーキハウスにする予定やってんけど、食い損ねたから肉の気分が残ってもてん」

 コトリの策略か。でも美味しいよ。話題はどうしたって杉田さんの話に、

「杉田は運命を後ろ向きにとらえるとこがありまんねん」

 杉田さんのお父さんは町工場の工員だったそう。ただ下請けどころか孫請けでお給料は良くなく生活は厳しかったそう。

「杉田の親っさんは高校中退の中卒でんねん」

 中卒であるのを恥じる必要はないけど、中卒であるが故のハンデはこの世に確実にある。大卒だって学歴でマウント取ろうとするのはいくらでいるけど、

「まあな。高校は義務教育やないけど、行かへん奴のほうが珍しいからな」

 だから中卒で終わっていると言うのは、余程の理由があると思われちゃうのよね。それもかなりどころでないネガティブな理由しか考えないもの。

「それだけやない。中卒、高卒、大卒で出世や昇給で明らかにハンデはある」

 社会人は実力勝負だけど、現実として存在してるのは否定できないもの。それでも、杉田さんのお父さんが中卒なのは、ヤンチャしまくったのはあるで良さそう。

「あれは血でしゃっろ。暴走族の特攻隊長やったって話ですわ」

 だけど社会に出てみると学歴の大きさを痛感したんだろうな。学歴はすべてじゃないけど、社会人のスタートで、ある方が絶対に有利なのは嫌でも見えるもの。だからなのか、

「境遇から私立中学受験は無理やってんけど、授業料免除の上に給付型の奨学金がある四葉学院に進学したんですわ」

 四葉学院での内部カーストは六花の話で合っていると思う。そんな二人の馴れ初めは、

「一目逢ったその日から、恋が花咲くこともある、ガッチガチの両想いや」

 ありゃ、身も蓋もない。でもそれぐらい魅かれ合わないと、カップルになれなさそうな高校時代の二人の関係なのはわかる。綺麗に言えばロミオとジュリエットかな。でもお父さんの事故死からイジメがあって二人は別れたんだよね。

「直接の原因がそれやったんは間違いないんでっけど、それがなくとも杉田は別れる気やったみたいでんねん」

 どういうこと。高校時代の恋が結婚までゴールインすることは多いとは言えない。ポピュラーなのは進路が違って会えなくなりフェードアウトするパターン。大学で新しい恋人を作ってしまうのも良くある話だよ。

 でもさぁ、高校卒業までは続くだろうし、大学に進学しても続けようとはするはずじゃない。もっとも杉田さんと六花は高校時代に別れてるけど。

「とにかく杉田は真面目過ぎるんですわ」

 交際が深まった先に結婚があるぐらいは誰でも思い浮かぶけど、まだ高校生だよ。四葉学院ならほぼ百パーセント進学だから、結婚するにも早くて大学卒業後になるよ。つまりはゴールが結婚と意識しても、まだまだ先の話しか感じないはず。それなのに杉田さんは六花との結婚を真剣に考え過ぎていたのか。

「杉田が悩んでいたのは釣り合いです」

 やぱりそこか。杉田さんの家は父親の急死で片親。さらに家は貧しい。それに対して六花は白兎住建のお嬢様。この組み合わせはすんなりとは行きにくいだろうな。愛があってもすべてを乗り越えるにはハードルがかなり高いとしか言い様がない。

「まあそうですわ。悩みまくった挙句に・・・」

 なんだって。あのイジメ事件で六花が加担していたのは事実だけど、

「半分出来レースですわ。六花ちゃんが杉田のイジメに加担しないと、六花ちゃんがイジメられるのは杉田もよう知っとったんですわ・・・」

 安心して六花が杉田さんのイジメに加わったら、

「それを理由に別れよった」

 なんなのよそれ。裏切られたのは杉田さんじゃなくて六花じゃないの。杉田さんは六花との恋を不毛として縁を切ったと言うの。

「そう言うとりました。そやけど・・・」

 高校卒業後に有名大学から一流企業のエリートコースに杉田さんは進むのだけど、

「そうやって成り上がるために四葉学院に進学したと言えばそれまででっけど・・・」

 六花を迎えるに相応しい男になろうとしたのか。だけど杉田さんはドロップアウトしちゃったのよね。

「わてが初めて会うたのはモトブロガーをやり始めてからでっけど・・・」

 モトブロガーとしての杉田さんは、苦労もあったみたいだけどまずは順調として良いと思う。今はカリスマだけど、阿蘇で会った時でも余裕で有名モトブロガーだったもの。

「わてもそう思いま。そやけど杉田は、モトブロガーであるのに強烈なコンプレックスがあるんですわ」

 それって、

「そうやと思いま。しがないモトブロガーでは六花ちゃんの相手に相応しくないでっしゃろ。それはそれで構いまへんねん。六花ちゃんがアカンかったら他の相手を探せば良いだけでんがな」

 好きな相手との恋は実を結ばない事の方が多いものね。一番多いのはこっちが好きでも、相手がそうでないケース。交際まで行っても性格が合わないのはあるし、性格が合わないのは結婚してからもある。

「そこから浮気に走るケースなんか数えきれんぐらいあるで」

 離婚までは置いとくとして、恋に破れたら、そのうち次の相手を探すものよ。そりゃ、熱中している間は、

『この人しかいない』

 こう思い込むけど、失恋して醒めたら次の恋に目が向くのが人間だもの。でも杉田さんは、

「六花ちゃん以外はホンマに受け付けまへんねん」

 もう十年以上前に別れた相手なのに、

「あそこまで行けば未練やおまへんやろ。あんなん初めて見ましたわ」

 だったら、だったら、

「篠原アオイとして六花ちゃんが現れた時の杉田の顔が見ものでしたわ。開いた口が塞がらんって良く言いますけど、まさのそのままでしたわ」

 その時に杉田さんはアオイが六花と気づいていたんだよね。

「そこら辺が微妙というか、杉田のアホンダラが・・・」

 加藤さんの見るところ、杉田さんはアオイが六花であることに気づきながら、六花でなくアオイと思いこもうとしていたって言うのよね。だから、

「わてもああなるとは思いもしまへんでした」

 六花が現れてから四耐参戦のスタンスがガラッと変わり、変わったがために必要資金がウナギ登りに増えて行ったのは事実。それを知った六花が篠原アオイしてではなく佐野六花として、いや白兎住建の関係者としてスポンサーを買って出たのか。

「杉田がスポンサーとのコラボを嫌うのは知ってましたけど、六花ちゃんからでんがな。すんなり杉田は受けるとしか思いまへんやんか。そやのに、そやのに・・・」

 アオイが六花だと名乗った瞬間に、杉田さんは激怒して六花をチームから追い出したのか。なんでだろ、

「自分へのコンプレックスが噴き出したんやと思うてま。レーサーとしての篠原アオイのままなら受け入れられても、白兎建設の佐野六花になると拒否してもたんでっしゃろ」

 コトリはいつの間にこの話を知ったのよ・・・聞くだけ野暮ね。コトリなら納沙布岬の時点で気づいて情報を集めだしていたはず。そうでなくっちゃ、十勝であのレースをするのは不可能だもの。でもあのレースの意味は、

「ユッキー、ちいとは真面目にやってや」

ツーリング日和10(第24話)優駿ロード

 浦河町のかつめし屋から北に上がって道道一〇二五号を東に。いきなりあったよお馬さんがいる牧場。日本の競走馬は年間七千五百頭ぐらい生まれるのだけど、そのうち八割が日高地方だから六千頭。その六千頭の内の千八百頭が浦河町だって。

「あのシンザンが生まれたとこや」

 シンザンは日本で二頭目の三冠馬で、さらに天皇賞、有馬記念も勝ったから史上初の五冠馬なんだ。とにかく取れるだけの重賞はすべて取った名馬で、

「名馬を越えて神馬とも呼ばれとる」

 十九戦で十五勝だけど、負けたレースもすべて二位で、この十九連続連対は今でもレコードで、生涯の全レースが連対なのは驚異的な記録になる。

「二位がビワハヤヒデの十五連続やからな」

 競馬はやったことないけど、それでもシンザンの名前は聞いたことがあるぐらい。

「競走馬としての成績もずば抜けてるけど、種牡馬としても優秀で、内国産の競走馬の育成の扉を開いたとまで言われとる」

 競走馬の育成でも日本は後れを取っていて、輸入馬頼りのとこがあったんよね。それがシンザンの子が活躍してくれて、日本で生まれた牡馬の子どもでも通用する始まりになったぐらいらしい。

 とにかく凄まじいレース成績を残したから、その後の競馬界はシンザンを越える馬を産み出すのに懸命になったのは事実なんだよ。これについてはシンボリルドルフが登場してシンザンを越えたともされてるけど、

「越えたと思うけど、すでに神格化されとるから永遠に越える馬は出んやろ。千代の富士と白鵬の優劣を語るようなもんや」

 浦河町のお隣が新ひだか町。町名を見ただけでわかる合併自治体。もうちょっと味わいのあるネーミングが出来ないのかな。ここも名馬が産出されてる。

「一番有名なのは帝王シンボリルドルフで、次がオグリキャップになるやろうけど、コトリが一番印象深いのはトウショウボーイや」

 トウショウボーイはわたしでも知っている。あの悲劇の名馬テンポイントの永遠のライバルだ。トウショウボーイも天馬とまで言われた名馬で、

「最後の有馬記念のマッチレースを越えるのは未だにあらへん」

 最初から最後までトウショウボーイとテンポイントがトップを競り合い、ここまでずっとトウショウボーイの後塵を拝させられていたテンポイントが、ついに勝った伝説のレースだよ。

「そして日経新春杯の悲劇」

 宿敵トウショウボーイに勝ったテンポイントは海外遠征を予定していたのだけど、壮行レースとされた日経新春杯で骨折し殺処分になっちゃったのよね。だからテンポイントの子孫はいないことになる。

「トウショウボーイの産駒が、日本で三頭目の三冠馬のミスターシービーや」

 さて新冠町だけど、ここの産駒と言えば、

「怪物ハイセイコーが忘れられん。もちろん三冠馬トウカイテイオー、ミホノブルボンも忘れたらあかんけどな」

 ハイセイコーは当時の人間なら子どもさえ名前を知っているアイドル・ホース的な存在。残した成績はパッとしないけど、競馬界に残した功績は計り知れないとまでされてるぐらい。

 競馬は公営であってもギャンブルで。日本語で言うと博打になってイメージは良くないのよね。イギリスみたいに王室の持ち馬が出場したり、上流社会人の交際場みたいなものはなかったとしても良いぐらい。

 だけど爆発的な人気を博したハイセイコーの活躍により、競馬が市民権を獲得したとしても良いと思う。後の競馬界の隆成はハイセイコーの活躍なくして語れないもの。

「ちなみにハイセイコーの天敵のタケホープは浦河町で生まれとる」

 今走っている道の左右に広がる牧場で、日本の代表的な競走馬が生まれたんだよね。

「ああ、こうやって見えてる馬の中に次の時代のスターがおるはずや」

 優駿の記憶も世代で変わる。どの馬が一番かの議論はいつでもあるけど、どの馬だってその時代を象徴した名馬で較べられるものじゃない。

「一番比較しやすいのは重賞の獲得数で、それやったら七冠のシンボリルドルフになるけど、これかってシンザンの時代は五冠しかあらへんかったもんな」

 加えて競馬界に限らず一番盛り上がるのは無敵の帝王が君臨する時代よりも、ライバルが鎬を削る時代なのよ。だけどそういう時代の名馬は通算成績で見劣りすることになる。だってライバルとは勝ったり負けたりするもの。

「ライバル時代は滅多なことで成立せん。相撲かって栃若時代と輪湖時代ぐらいしかあらへん。柏鵬を時代とするには無理がテンコモリや」

 時代を制する才能が複数出現する事は難しいのよね。最初のうちはライバルとされても、すぐに優劣がはっきりしてくる。つまりライバルに勝てなくなり二番手以下に甘んじるしかなくなっちゃうのよ。

「将棋なんかすぐにそうなるもんな」

 それとライバル対決とドングリの背比べは違うのよ。競馬界では戦国時代とされる年の方がむしろ多い気がする。どの馬が勝つかわからないから馬券的には面白いだろうけど、記録はもちろんだけど記憶にさえ薄い年になってしまうのよね。

「そやから曲がりなりにも三強を形成したTTG時代を最高とするのが今でもいるんよな」

 TTGとはトウショウーボーイ、テンポイントに加えてグリーングラスを加えて三強としたもの。でもあの時代は、

「そやから曲りなりって言うてるやろ。ホンマはトウショーボーイの時代やった。最後の有馬記念に勝っとったら間違いなくそうやった。それでも勝ったのがテンポイントやから伝説になったんや」

 グリーングラスも強かったのよ。

「そりゃ、緑の刺客や。トウショーボーイやテンポイントがおらへんかったらグリーングラスの時代になっとってもおかしくあらへん」

 主役になれたかどうかはわからないけど、史上最強の名脇役かもしれない。

「ちいとだけTTG時代の解説付けといたら、前後の年が結果として不作やったんもある。怪我もあったからな」

 前後にもスターホースはいたのよ。テスコガビーとかカブラヤオーとかね。

「マルゼンスキーが出とったら様相がまったく変わってたはずや」

 でも出られなかった。神は時にこういう悪戯をすると思うぐらいよ。加藤さんが目指した桜舞馬公園は、名馬たちのメモリアルパークとして良いと思う。

「テスコボーイの銅像があるやんか」

 テスコボーイはイギリスの競走馬。引退後はアイルランドの種牡馬となり、さらに日本に輸入されている。どうして銅像まで建てられているかというと、その産駒の成績が優秀だったから、

「ランドプリンス、キタノカチドキ、テスコガビー、トウショウボーイ、サクラユタカオー・・・」

 種付け料が安価で産駒が高価で取引されたから牧場としては救世主みたいな存在だったで良さそう。

「さすがに全部は知らんが・・・」

 ずらっと並ぶ名馬のお墓があるのよ。熱心なファンは供養に訪れるんだって。気持ちはわかるな。馬はね、わたしも好きだけど、コトリはもっと好きなんだ。好きというより、

「その話はやめとこ」

 そうだね。苦すぎる思い出だもの。道の駅サラブレッドロード新冠でハイセイコーの銅像を見て苫小牧に。新冠から苫小牧まで地図で見ると近い感じなのだけど、

「北海道の縮尺はやっぱり慣れんな」

 まだ八十キロぐらいあるのよ。八十キロなんか神戸で考えたら日帰りツーリングの片道ぐらいなのよね。

「加藤さん、付き合わせて悪いな」
「なにを仰いますやら」

 高速を使えば一時間かからないぐらいだものね。今日の宿は苫小牧駅の南側のビジホ。シャワーを浴びてすっきりしたら夕食だ。

ツーリング日和10(第23話)浦河のかつめし

 一夜明けて杉田さんはスタッフと共に帯広空港から松山へ。あれっ、加藤さんは残るの。

「こっちも仕事でっから」

 広尾町まで南下してから国道三三六号をひたすら南に。広尾町って聞いたことがあるな。

「サンタランドやろ」

 そうだった、そうだったノルウェーが認めたとかなんとかのはず。あんまり一般化しなかったよね。

「メジャーな観光地にするのは、どこであっても難しいからな」

 町起こしで観光に目を付けるのは常套手段みたいなものだけど、そうは問屋が卸してくれない現実はある。とくに無理やり系はね。

「そやな。メジャーな観光地はメジャーになるだけの理由があるもんな」

 そんなメジャーなところでさえ栄枯盛衰があるもの。

「軽井沢は生き残ったけど清里は忘れられてもたんちゃうか」

 バブルの時代の清里は、アンノン族が押し寄せた、押しも押されぬメジャーな観光地だったのよね。清里って言うだけで憧れの地の代名詞ぐらいだったもの。それが今では見る影もなくなってしまったもの。

 広尾から左手に海を見ながらのシーサイド・ツーリング。北海道の地名は難しいな。音調津ってなんて読むのかな。

「オシラベツでっせ」

 無理やりだな。この川はえっと、えっと、コイカクシエオシラベ川って寿限無みたいな長い名前じゃない。どう読んでもアイヌ語だけど、

「コイ・カクスで東に向かうになって、オ・シララ・ウン・ペッはオトシラベツの由来でっけど、河口に岩礁のある川って意味になりますわ」

 東向きに流れる川で、河口に岩礁がある川って意味になるのか。

「さすがのユッキーもアイヌ語は弱いな」

 コトリもでしょうが。それとこの音調津から黄金道路になるんだよね。別に金色に光ってる訳じゃなく、とにかく難工事で、

「黄金を敷き詰めてるぐらい工事費用がかかったの意味ですわ」

 戦前に切り開いただけでもそれぐらい費用が必要だったのだけど、戦後に舗装化された時だって、普通の道路の十倍の費用がかかったそう。

「札束道路やな」

 走っているとわかるのだけど、ひっきりなしにトンネルがあるのよね。それぐらい海岸沿いは絶壁続きだってことの裏返しになる。そんなところだから音調津を越えると人家も殆どないもの。

「国道三三六号は東は釧路まで続いてまっけど、二十一世紀の初めまで十勝川を渡船で渡っていたって話ですわ」

 それも人力で川に渡したロープを引っ張ってたって冗談みたいな国道だよ。そこまでして通す必要は本当にあったのかなぁ。まあ、そのお蔭で今はツーリングルートとして楽しめてるんだけど。

 トンネルとか覆い屋みたいなのを幾つ潜ったか数えられなくなったけど、このトンネルは、えりも黄金トンネルか。わかりやすいネーミングだな。

「北海道最長のトンネルですわ」

 なんと四千九百メートルもあるそう。つうかあった。この長いトンネルを抜けると、またトンネルが二個あって、どうもえりも町に入ったみたい。

「黄金トンネルの手前からえりも町やで」

 ここで国道から外れて襟裳岬に。風がかなり強いな。

「砂浜になってるのが百人浜でっせ」

 アイヌ語由来と思ったらそうでなくて、江戸時代に南部藩の御用船がここで難破して百人の犠牲者が打ち上げられたからだそう。ここにはキャンプ場もあるけど、

「心霊スポットとしても有名らしいですわ」

 いよいよ襟裳岬に近づいて来たけど、あれっ、えりも岬観光センターの手前で曲がるのか。この辺も小さな町になってるけど、よくこんなところに住んでるものだ。

「後は歩きや」

 てくてく歩いていくと、

「ここが限界ですわ。観光客用の襟裳岬遊歩道突端より南になりますねん」

 ここにはかつて襟裳神社があったみたいだけど、今は鳥居と石碑が残ってるだけ。まさに荒涼とした岬の先端だよ。そうわたしは・・・

「時間もあらへんから、以下略や。最近また長なっとるし」

 言わせてよ。ここにも石碑がるけど、これは豊国丸の海難慰霊碑だね。

「襟裳岬はな・・・」

 道東に海路で向かうには必ず回らなければならないけど、とにかく絶壁続きで目ぼしい避難港が少ないのだそう。さらに風が強い上に、襟裳岬から暗礁が伸びてるから、うっかり近づくと座礁転覆させられるんだって。

「風帆船の航海の難所や」

 汽船でも豊国丸は遭難してるものね。バイクに戻って観光センターで、

「ウンコか」

 オシッコよ。ホテルから襟裳岬までナビなら一時間半ぐらいだけど、加藤さんの撮影が入ったから、もう十時半になる。

「すみまへん」

 気にしない、気にしない。あれはあれで楽しいし、休憩にもなってるから。

「加藤さん、平取までは遠いよな」
「くろべこでっしゃろ。今からやったら一時ぐらいになりますわ」

 お昼の相談みたい。

「他なんか知らんか?」
「かつめしどうでっしゃろ」

 なんだ、なんだ、かつめしってカツ丼のことか。

「おもろそうやな。時刻もエエぐらいやし」
「ほな、かど天へ」

 勝手に決めるな。食べるのはわたしだぞ。

「だったら、どこがエエねん」

 知らないから付いて行く。コトリじゃなく加藤さんの提案だから、

「宗旨替えか」

 残ってるのは加藤さんだもの。一時間程で浦河町に到着。国道から街の方に入るのか。さらに、これって完全に路地じゃない。よくこんなところを知ってるな。さすがは加藤さんだ。コトリとは違う。

「いちいちコトリを引き合いに出すな」

 下駄ばきビルの一角にある居酒屋みたいだけど、ランチもやってるんだな。たしかに元祖かつめしって幟も立ってるよ。さて出てきたのは、かつめしとしか言いようがないな。卵でとじてあればカツ丼だけどそうじゃないし、ソースもかかってないからソースカツ丼でもない。

 丼飯の上にトンカツが乗っかってるからかつめしだろうけど、ご飯の上には刻みノリがちりばめてあるから海苔弁みたいな発想かな。だってカツの上にも青海苔かかってるもの。

「これが・・・」

 浦河町民熱愛グルメでしょ。とにかく食べて評価しないと。

「パクッ」

 へぇ、ソースはかかってるんだ。でもソースカツ丼みたいな、いかにもソースじゃなく、タレみたいな感じかな。これがあっさりしてるけど美味しいよ。なんて言えば良いのだろう、

「罪悪感の無いカツ丼って言われてるらしいで」

 気持ちはわかる。女の子がカツ丼食べると、カツ丼は脂っこいし、それに卵でとじてあるから、ボリュームとカロリーが気になっちゃうのよね。でも、これならすんなり食べられるかも。

「ここからでっけど・・・」

 海岸線を離れて山の中を走るのか。それは構わないけど、何かあるの。

「北海道と言えば」

 そりゃ毛ガニだ。

「それもありまっけど馬でんがな」

 あっ、そうか。この辺は競走馬の飼育が盛んだったんだ。牧場をツーリングで横目で見ながら、

「桜舞馬公園を目指します」

 こんなルート、加藤さんじゃなくちゃ思いつかないよ。コトリだったら馬と聞いたら馬刺しか桜鍋しか思いつかないもの。

「ユッキーもやろが」

 バレてたか。でもこのペース行くと今夜は苫小牧かな。

「すんまへん」

 というかフェリーは、

「小樽です。今回は納沙布岬まで天気に祟られましたやんか。もうちょっと撮らんと北海道に来た意味がなくなりまんねん」

 そうだった、単なる観光じゃないんだものね。元の予定は道北から道東のツーリング動画で、苫小牧から帰る予定だったけど、道北がオジャンみたいになり、

「知床も霧の知床でなんも見えまへん」

 納沙布岬で合流してからは快調みたいだけど、知床抜きの道東だけじゃ寂しすぎるのはわかる。だから道央も含めるのか。まさか函館まで行くつもりとか。

「さすがに無理がありますわ」

 さすがに遠いものね。なるほど、なるほど、だけど。これって、

「定番のベタでっけど、エエとこでっせ」
「舞鶴までマスツー決定やな」

ツーリング日和10(第22話)祝勝会

「ウィナー、アオイ・シノハラ」

 六花が勝った。それにしても面白いものを見せてくれた。まさに白熱の好勝負だった。たった二台だけど六花がウィナーズ・ランをやってるよ。

「行くで、表彰式や」

 表彰って、表彰状でも渡すとか。

「ああクレイエール杯や」

 なんだそれ。ありゃ、いつの間に表彰台をセッティングしてたんだ。杉田さんのスタッフも集まってきてコトリの挨拶だ。

「勝ったのは六花や。杉田さん文句あらへんな」
「完敗です。敗者の条件を受け入れます」

 これで杉田さんと六花のコンビで鈴鹿四耐を走る事になるけど、

「二人が鈴鹿を走るのには条件がある」
「そんな話は聞いてない」

 異論を挟もうとする杉田さんをコトリは睨みつけて黙らせ、

「クレイエールがスポンサーとして全面サポートする。文句は言わせん」

 そこまで手を回していたのか。

「ホテルで六花の祝勝会やるで」

 十勝サーキットから十分ほどのところにあるホテル・アルコ。どうでも良いけどナウマン温泉ってなによ。

「近くにナウマン象記念館があるからやないか」

 二十一室の小さなホテルだけど思いの外に立派だな。あれっ、ここも借り切りにしたの。

「ついでや」

 お風呂はジェットバスやバイブラバス、サウナや露天風呂も備えたモダンな温泉。部屋に戻って、ありゃ衣装まで、

「TPOや」

 このツーリングでイブニング・ドレスになるとは思わなかったな。でもさぁ、スポンサーはやり過ぎじゃないの。

「商売や。元は取る」

 そういうことか。クレイエールでもライディング用品を扱ってるのよ。このツーリングで着ているのもそう。でも後発も良いところだから少々苦戦中。どうしてもブランドが弱いのよね。

 巻き返すには宣伝が必要なんだけど、クレイエール全体からすると片隅の部分だからもう一つ力が入ってないのはある。クレイエールの判断としてはそれもありなんだけど、杉田さんの利用は面白いと思う。

 宣伝は売りたい人、買ってくれる人に焦点を当ててするのがもっとも効率的なんだけど、マスメディアではどうしても拡散しがちになるし、費用もバカにならないのよね。コスパが割りに合わないことが多々あるもの。

 そこを考えるとモトブロガーである杉田さんの番組を見る人は、宣伝相手として最適なんだよ。そりゃバイク好き、バイクを乗ってる人の比率が高いもの。それだけじゃない、そういう宣伝とのコラボはしないのでも杉田さんは有名なんだ。

 ユーチューバーも様々で商品広告を請け負うようなところも多いし、なんとか請け負うと必死なところもいくらでもある。それが出来て一人前なんて評価もあるぐらい。でもあれは、ステマではないけどユーチューバーとして卑屈に見られることも現実としてあるんだよ。

「そこまで考えてたの」
「当たり前やろ。杉田さんの番組は、こうでもせんと宣伝に使わせてくれへん」

 杉田さんの番組でも、四耐企画はかなり注目されてるのはシノブちゃんも調べてくれてる。そりゃ、人気モトブロガーがガチで挑戦するんだもの。

「だからこそ六花は絶対外せんやんか」

 六花は美人ライダーとして有名だものね。美人なだけでなく実力もあるからこそプリンセスとも呼ばれてるぐらいだもの。二人が組んで四耐に出れば話題性も、ビジュアル性も言うことなしの宣伝効果になる。

 そのスポンサーとしてクレイエールがなり、スーツとかを着てもらえれば売り上げは間違いなしだ。知名度だって、ブランド力だって上がらないわけがない。

「杉田さんも頑固やからな」

 四耐企画の予算も最初はかなり少ない見積もりでスタートしたのは加藤さんにも聞いた。だけど六花の出現で杉田さんは本格的なんてものじゃない体制を敷いちゃったんだよね。あんなもの本気になればなるほど青天井みたいなもの。

「杉田さんの番組やんか。いくらでもスポンサーすると言うのが出て来たけど、自力にトコトンこだわって全部お断りにしとってんや」

 加藤さんがボヤいてたものね。番組収益なんて完全に度外視していて、協力してる加藤さんの方がハラハラしっぱなしだって言ってたもの。その四耐企画でさえ、篠原アオイが実は佐野六花だとわかった瞬間から空中分解しそうになり、そうさせないために加藤さんは懸命に走り回っていたんだよ。

「シノブちゃんにも調べてもうたけど・・・」

 あの杉田さんが荒れに荒れて、一時は手の付けようもなかったとか。それをなんとか宥めすかして、北海道ツーリングまで連れ出すところまで漕ぎつけてるんだよ。それでもどうしても六花を許せない杉田さんに途方に暮れて、わたしたちに頭を下げたのが糠平温泉になる。

「加藤さんも漢やで。番組も、実際に会って話しても愉快で軽そうな人に感じてしまうとこがあるけど、ここまでやってくれるのはまずおらんと思うで」

 加藤さんは四耐企画にコラボしてるから、潰れたら困るって言ってた。それも理由だろうけど、あくまでも表向きで杉田さんの事を本気で心配してたんだもの。そうこうしてるうちにパーティの時間になり会場へ。コトリが再び挨拶に立ち、

「クレイエールが全面サポートするからには完走は当たり前、優勝を目指してもらわんと困る。それとスタッフのユニフォームも、マシンのカラーリングもスポンサーに従ってもらうからな」

 会場から不安そうな声で、

「チーム名もですか?」
「アホ言え。Team Sugi-sanを名乗れるのは日本中探しても杉田さんのチームだけや。この名前があるからクレイエールもサポートするんや」

 杉田さんと六花は横並びに座ってるけど、杉田さんの表情は固いな。あれをなんとかしないといけないけど、

「四耐まで日が迫っとる。明日には松山に帰ってもうて最終準備にかかってもらう。杉田さん、それでエエな」
「異論は御座いません」

 やっぱり固いよ。杉田さんが六花を受け入れなかったら、またチームに不協和音が生じちゃうよ。

「杉田さん。あんたも男やろ。思うとこがあるのは知っとるが、そんな根性でチームを引っ張れるか!」

 そうは言ってもさぁ、

「女々しすぎるで。ちゃんと自分の足で立ってるやないか。誰に恥じるとこがあるねん」

 あれっ、なんの話なの。

「自分が思うてるより杉田さんの存在は大きいんや。そやから、これだけのスタッフが集まっとるし、誰一人見捨ててへんやんか。そこんとこ考えんかい、見えへんのか! 答えはレースで見せてもらうからな」

 今日のコトリは月夜野うさぎだ。わたしも如月かすみをやれってサインかな。しかたないか、

「わたしからも一言。サポートするのは遊びや慈善事業ではありません。四耐で注目される事による宣伝効果です。これはビジネスであり、求められるのは結果と知りなさい。それがエレギオン・グループと取引です」

 その後は歓談。テーブルはコトリと杉田さん、六花だけど、

「あのレースでようわかったわ。杉田さんがファクトリーに不合格やったんが」

 でも紙一重だったじゃない。

「差はな。そやけど鋼鉄のような紙一重や。杉田さんならわかるやろ。それ突き破らんと四耐でも勝てんで。四耐だけやない、トップ・モトブロガーの地位かって危ないわ。コトリに出来るのはここまでや。後は自分でなんとかせんとしゃ~ないで」

ツーリング日和(第21話)白熱のレース

 練習走行に杉田さんも六花も入ってるけど、走りながらセッティングとかするのよね。

「チイとはするやろ。あのYZFは鈴鹿スペシャルみたいなセッティングやろうからな」

 加えて、たぶんだけどあの二人は十勝を走った事はないはずなんだ。いくらレーサーでもコースを知らないと走りにくいはず。コースを知るには周回を重ねるしかないし、

「そやけどセッティングを細かくやるにも時間が足りんやろ」

 せいぜいサスの硬さを変えるぐらいじゃないかとコトリは見てる。時間的にはそんなものかな。練習走行が終わったみたいだけど、コイントスやってるのは、

「予選があらへんからグリッド決めや」

 二台しか走らないからどっちもフロントローだけど、内か外を決めるのか。ラップタイムはどれぐらいかな。

「今日はグランプリコースでやるんやけど、十勝でグランプリレースを使ったレースは二十世紀の終りが最後やねん。その時の四時間耐久のコースレコードで二分二十秒ぐらいやけど・・・」

 ちなみに鈴鹿の八耐優勝の平均ラップタイムは二分十五秒ぐらいらしい。

「二人の実力が見れるで」

 シグナルが赤から青に変わってスタート。猛然と加速して1コーナーに突っ込んで行ったけど六花が先行したよ。

「まずは相手の出方を見るやろ」

 レースにも戦術はあるそう。シンプルには先行逃げ切りが追い込みかだよね。

「追い込み言うても、ある程度の距離に付いていかんと話にならん」

 サーキットでレースを見るのは初めてだけど、迫力あるよ。ホームストレートなんて一瞬だもの。もの凄いスピードで走り抜けて、1コーナーを鮮やかにクリアするもの。あんなにバイクを倒すのにも感心する。

 二人とも速いのだけど、ずっと見ているとスタイルが違うのよね。あえて例えると六花はカミソリで切り裂く感じだけど、

「杉田さんは鉈でぶった切る感じやな」

 それとスタートから六花が先行してるのだけど、杉田さんは後ろにピッタリ付けてるのよ。1メートルも離れてないんじゃないのかな。あれだけ接近してるのだから抜けそうなものだけど。

「杉田さんもガチの勝負に出てるわ。ありゃ、六花がたまらんで」

 どういう事かと聞いたら、

「勝負はゴールラインを最後に先に走り抜けたもんが勝つねん」

 当たり前じゃない。

「六花は杉田さんが見られへんねん」

 そりゃそうだけど、

「後ろに付くと言うのはな・・・」

 まずマシンの性能は互角だ。技量もほぼ互角と見ても良さそう。そうなると勝負を分けるのは、

「マシンとタイヤのヘバリかたの差になってくる」

 コトリに言わせるとスタート時点のマシンが最良の状態と見るのだって。レースを続けるとエンジンもタイヤもヘバって来るのか。

「ST600やからエンジンのヘバリかたは小さいと思うけど、あれだけやられたら差になると思うで」

 杉田さんが六花の後ろにピタッと付くとスリップストリームが生じるそう。そうなると杉田さんのエンジンの負担も軽くなるのか。

「それだけやないで」

 ライダーにもクセがあるそう。得意のコーナーとか、逆に苦手なコーナーとか。後ろに付くとそれが全部見れるのか。十分に観察して最後に抜く戦術で良いのかな。

「六花も知ってるから必死やんか」

 そうなのよ。真後ろに付かれないようにしきりにラインを変えてるもの。そんな事をすれば速度は落ちるけど、

「それでも抜かへんのが杉田さんの作戦やろ」

 レースは後半戦に突入。うん、ラップタイムが、

「六花は勝負に出たみたいや」

 振り切る気か。互角のマシンで振り切れるのかな。

「この辺は聞いただけの話やねんけど・・・」

 レース中はどのマシンも全力で走っているように見えるけど、あれもノーマルペースと勝負ペースがあるんだって。勝負ペースで走るのは集中力と体力も必要だけど、

「マシンの消耗も早めることになる」

 ノーマルペースだってマシンの限界に近いとこで走っているようなものだけど、勝負ペースになると限界を超えたとこの理解で良いかもしれない。六花が勝負に出たのは、今のペースのままで終盤を迎えると勝てないとの判断なのか。

「杉田さんは付いていく気やな」

 ここも付いて行かない戦術もあるそう。六花は早めに勝負をかけているから、少々離されても、勝負ペースの反動が必ず来るから、それをあえて待つんだとか。

「一時間勝負やから離されると不利と見たんやろ」

 ラップタイムはどんどん上がってるじゃない。そのせいかジリジリと六花が引き離している様にも見える。でもこれだけペースが上がると、

「それが勝負の分かれ目になりそうや」

 六花は勝負ペースのさらに上のペースに足を踏み入れてると見るのか。そこまでペースを上げると転倒のリスクが高まるよね。

「そういうこっちゃ。そやけど、今の六花のペースのままやったら、杉田さんでも抜くのは容易やない」

 時間が刻々と過ぎていく。残り十五分から十分、五分、二分・・・

「これで最終ラップになる」

 一時は離されかけた杉田さんだけど、またテール・ツー・ノーズまで迫ってる。最終ラップで抜けるのか、それとも六花が逃げ切れるのか。

「勝負は最終コーナーになりそうや」

 杉田さんは六花のアウト側から仕掛けてきた。もう殆ど横並び、ホームストレートの加速勝負だ。ゴールラインを二台が駆け抜け、チェッカーフラッグが振られたけど勝ったのはどちらだ。