セレネリアン・ミステリー:あとがき

 わかる人はわかると思いますが、下敷きはジェイムズ・P・ホーガンのSFの名作「星を継ぐもの」です。ですから登場人物も「星を継ぐもの」へのオマージュを込めて、なんとなく似てるものにしています。そうそうトライマグニスコープなんてそのまま登場させています。

 ただ全部下敷きにすると単なるパクリなので、ミステリーの導入部分だけ借りて、後の人類創生はオリジナルのつもりです。この辺はシリーズの御都合主義で、エラン人と地球人は種としてほぼ同じにしている点を利用させて頂きました。

 ですからミサキとディスカルが結婚し、子どもまで出来ているのですが、どうしてエラン人と地球人の種がこれほど近いのかの謎を巡る話にしています。ここのプロット設定に手間がかかり過ぎ、どうにも説明的になってしまったのはホーガン氏との力量の差だと痛感しています。

 それとある意味、今回のヒロイン的な存在であるシンディですが、途中まではほんの彩り程度の脇役のつもりでした。でも神戸編の展開時にコマが必要になり、それだったらとあそこまで頑張ってもらいました。

 ラブロマンスからの濡れ場のシーンも長いこと御無沙汰でしたから、たまには良いかと。あそこも久しぶりだったので最初は長くなりすぎて、なんの小説を書いているかわからないようになりかけたので、あれぐらいにさせて頂いています。

 それとシンディを活躍させるために、ほったらかしにしていたマリーにも出てきて来てもらえたのはラッキーでした。マリーも中途半端に意味ありげに登場させて、ロッコールに行かせたまま、ほったらかしでしたからね。

 ディスカルにも活躍してもらい、なにか在庫一掃セールみたいな側面もありましたが、これもまた長期シリーズの楽しみということでご理解いただければ幸いです。

セレネリアン・ミステリー:ミトコンドリア・イブ

 Y染色体アダムがエランのギガメシュ人男性由来で、ミトコンドリア・イブがオリジナル人類の女性由来であることはわかってんけど、

 「ひょっとして人類滅亡兵器の対抗策って」
 「可能性はあると見てる。ミトコンドリア・イブや」

 ミトコンドリア・イブは地球人類由来のもので間違いあらへん。おそらくやけど、Y染色体アダムと同様に現代のエラン人、つまりは改造種に備わっていない可能性が高いと思てる。

 「ミトコンドリアは人体の細胞の中でも特異な働きをするところなの。ATPのエネルギー産生にも関与してるし、免疫系にも深く関わってる」
 「アラ時代からの対抗策が実を結ばなかったのは、ミトコンドリア・イブを伝える地球人子孫が少なかったからちゃうやろか」
 「ミトコンドリアの中でも、イブのみが作り出す何かがあったと見て良いかもしれないね」

 ミトコンドリア・イブが子孫に伝わるには、その女性が娘を産むことに尽きるのよね。つまりは息子しか産まんかったり、ましてや子どもを産まんかったら途切れてまうねんよ。

 エランに連れ去られた地球人女性は多くて百人、五十人ぐらいかもしれへん。この辺もはっきりせえへんとこがあるんやけど、たとえエラン人と結婚しても全員が娘を産むわけやあらへん。

 そやから地球人の血を引くエラン人であっても、必ずしもミトコンドリア・イブを持ってるとは限らへん訳や。推測するしかあらへんけど、エランではミトコンドリア・イブを持つ女性は減っとったんかもしれへん。

 「でも不思議じゃない。エランはミトコンドリア・イブに到達してないよね」
 「まあミトコンドリア・イブが関係してへんかった可能性もあるけど、状況証拠的にはよう見つけんかった感じがするもんな」

 エランは地球とは桁違いの先進文明やけど、文明としたら衰退してたでエエ気がする。ディスカルもそう見てたけど、統一政府が出来てからさらに文明を発展させると言うより、その時点の文明を維持するのが目一杯状態な感じなんよ。

 やっぱり最終戦争でやらかした全面核戦争の後遺症が大きかったんやろな。資源採取が厳しくなって、限られた資源でなんとかやりくりしていたとしか見えへんのよ。

 「ディスカルも言ってたけど、エラン人には働く人とそうでない人で二分されてみたいだものね」

 いわゆる社会福祉の充実やけど、これが充実しすぎて働かなくとも余裕で食べれたんかもしれん。

 「う~ん、そうでもあるけど、ちょっと違う気がする」

 ユッキーが言うには労働者のシフトの極北状態じゃないかって。日本でも江戸時代なら八割ぐらいが農民やねん。これは農業にそれだけ人手が必要やったとも言い換えてもエエと思ってる。

 話を単純化するけど、農業が機械化されて人手が不要になれば、今度は工場労働者にシフト、工場が機械化されると、物を売る商売や、商品開発、サービス産業にシフトや。

 これは地球でもそうなってるけど、機械化はどんどん人が働く場所を小さくしてるとも言える。地球では機械に置き換えられても、新たな人のための仕事が出来てるけど、これがドンドン煮詰まると、

 「人がやる仕事がなくなっちゃうんじゃないかしら」

 地球で言えば社会主義とか共産主義的な社会に自然に移行した結果じゃないかとユッキーは見てる。この決定打になったんが資源の窮迫だろうって。限られた資源を最大限有効に使おうとすれば、厳格な資源管理と生産量の制限が両輪になる。

 「あれか、行き着くとこまで行ってもたら、人は働かなくても良くなったってことか」
 「そうじゃない。働かなくとも機械が勝手に必要なものを作ってくれるし、機械のメインテナンスさえフル・オートだっていうじゃない。それこそ自動修理装置が勝手にメインテナンスする世界がエランよ」
 「そこで新たな発展が乏しければ、人のやる事が限られてまうってことやな」

 そういう世界になると、既知の事には対応できても、未知の事への対応が弱体化するんだろうって。ギガメシュが作った元祖人類滅亡兵器は地球にエラム基地を作り、そこから地球人の血液を運び込むことによって解決しとるけど、

 「必要なのは女の血じゃない。男の血は関係無いことになる。だけど一万五千年前のエラム基地時代でも男の血も集めていたよ」
 「そんなんどこにも記録にあらへんかったけど」
 「ジュシュルの計画を見ればわかるじゃない」

 そっか、そういうことか。ジュシュルの計画は、

 ・地球人純血種の血液採取
 ・宇宙旅行を経た地球人純血種の研究

 地球人純血種の血液は欲しがってたけど性別指定はあらへんかったし、エラン流の血液型分類で加工処理してたけど、男の血も、女の血も関係あらへんかった。そんな点を気にする素振りさえなかったわ。

 「それにより重視してたのは宇宙旅行を経た地球人純血種で、それもペアであることにジュシュルはあれだけこだわってたじゃない」

 そうやった。ユッキーは超弩級の怖い顔と睨みまで使ってジュシュルを説得しようとしたけど、ジュシュルは鉄の信念でこれをはね返したぐらいや。あれはあれでジュシュルの漢に惚れたけど、

 「結局、わかってなかった事になるよ」

 ジュシュルが望みの綱を託したのは五万年前のギガメシュと一万五千年前のやり方。エランには過去の事例を調べる力しか残されていなかったんかもしれん。

 「そうなるとアラの地球移住計画の狙いも変わって来るんちゃうか」
 「誰もアラの計画の真意を知らず誤解してたのよ」

 あれは十隻しか作れなかったんやなくて、十隻で十分やったんや。そうや、アラがやろうとしてたのは地球移住やなくて、エラム基地時代の踏襲。十隻分も血液製剤があれば、余裕でエランを救えるだけじゃなく、またぞろどこかのアホウが人類滅亡兵器を使っても対応できる計算やったんや。

 「そやったらデータ・バンクはどうなる」
 「あれも既に新たなデータ・バンクを作る力が失われていたからと思う」

 ユッキーが大きなため息をついて、

 「どっちかが成功していたらエランは救われていた。しかしアラの計画は地球に限られた人しか脱出できないと誤解されて、意識分離技術の復活のために使われてしまい、ジュシュルの計画はザムグの野望の前に灰塵と帰してしまった」

 ついでにいうたらガルムムの計画はギガメシュの対応策の踏襲。あれはコトリが捻り潰してしもたし。それでもやけど、ミトコンドリア・イブがカギであるのを発見できていなくとも、アラにしろ、ジュシュルにしろエランは救えたんは間違いあらへん。

 地球人純血種の血が人類最終兵器に対抗できる切り札であるのは合ってるからな。男の血は無駄やけど、半分は女の血であるから量も質も十分やった気がする、足りへんかったら倍量投与で済む話やし。

 「それにしてもジュシュルは惜しかった」
 「そうだよ、後一歩だったんだよ。エランまで運んでいるのよ。あれを使えばエランは救われていたのに」
 「そうやねんけど、滅びる時はそんなものかもしれん」
 「そうだったね。二人で必死になって守った古代エレギオンも力尽きるように滅んじゃったし」

 人智、もちろん神の知恵だって防ぎようも無いものは防げんってことも体験してるもんな。

 「いつの日かエレギオンHDもそうなるんやろな」
 「エレギオンHDだけじゃなくて、地球もそうなるかもよ」
 「それも見んといかんのか」
 「生きてるだろうからね」
 「しんどいこっちゃ」

 リセット感覚から、だいぶマシになったけど、永遠の時を生きると言うのは虚無的になることが多いんよ。栄枯盛衰はどんなものにもあるけど、そのスパンがどんなに長くとも見ることになってまうからな。

 アラッタもそうやったし、アッシリアやリュディアもそうかもしれん。ペルシャもそうやったし、あのローマでさえそうやった。全盛期には永遠に続きそうやったけど、終りは必ず来たもんな。

 「そない悲観的になってもしゃ~ないか」
 「そうよね、必ずしもエランと同じになるわけでもないし」
 「エレギオンHDが滅んでも、また新しいのを作ればイイだけだし」
 「そうそう、そのうち死ねるかもしれへんし」

 そしたらユッキーの目がマジやった。

 「一人で勝手に死んだら許さないから」
 「わかったって。ユッキーが死んでからにする」
 「約束よ」
 「もちろんや。これこそ神の約束」
 「まあ、アテになること」

 でも、いつになったら死ぬんやろか。その時がくるまでわからんもんな。でも、今はまだ死ぬ気はあらへんで。まだ結婚すると言う大目的が残ってるからな。

 「子どももね」

 ホンマに五千年も生きてて、そんな女の基本的な事さえ経験できとらへんのがコトリやユッキーの謎かもしれん。

 「だ か ら、わたしは結婚もしてるし、子どもも産んでるって」
 「いや、もうちょっとちゃんとしたやつで」
 「ちゃんとしてたよ」
 「呪いも縛りもなんもないやつ」

 それを経験するまで死んでたまるか。

セレネリアン・ミステリー:人類創生

 「ギガメシュの宇宙船は地球に着陸したのよね」
 「それもアフリカでエエやろ」

 当時の地球人類はトバ・カタストロフで気息奄々状態やったで良さそうや。地球人類はホモ・サピエンス・サピエンスで、二十五万年前に生れたとなっとるけど、ホンマのところはかなり様相が異なっていたみたいや。

 「それでも神の悪戯は起ったのね」
 「骨格は近かったんだけは、そうやから」

 ほいでも中身はホモ・サピエンス・プアサピエンス状態ぐらいやった。ぶっちゃけ知能はたいしたことはなかったぐらい。そやから誕生してから二十万年してもあれぐらいしか発達してへんのや。

 ギガメシュからの亡命船やけど、あれはあれでかなり計画的やったでエエやろ。ポイントは地球人のサンプルを研究しとったことや。

 「だから出来るってわかって地球に来たんだね」

 ギガメシュの遺伝子操作技術はおそらくエラン史上でも最高クラスやなかったかとディスカルも見てた。というか、改造種がエランの支配者になった時点で単一種となり、ヒトへの遺伝子操作は禁止され衰退してもたぐらいのようや。

 ギガメシュから地球の移住者の数も百人ぐらいの推測もあるけど、ホンマのところは、はっきりせえへんねん。五万年前時点ではギガメシュの宇宙旅行技術はエランでも飛び抜けていて、他の国は宇宙ステーションの偵察なんか無理やったみたいでエエようや。ギガメシュが作り上げていた宇宙ステーションの規模も桁外れで、ディスカルでさえ、

 「いくらエランでも五万年前にこれだけの宇宙ステーションを作っていたとは信じがたい」

 そやから宇宙ステーションに避難していた人数も千人ぐらいはおった可能性が残るんよ。それと地球移住者の構成やけど、男性の比率がかなり高いと見て良さそうや。これは兵士をかなり乗せていたからでエエみたいやけど、

 「やったのね」
 「間違いないで」

 連れて行った兵士がやったのは、先住地球人類狩り。

 「男は殺され、女はさらわれ」
 「そう遺伝子改造された」

 そうやねん。エラン人種に改造できるホモ・サピエンスのどれかの種が選ばれてギガメシュ人兵士にあてがわれたんや。

 「そうやって子孫を増やす目的もあったから、兵士が多かったと見ても良さそうね」
 「ああ、ギガメシュ女性もおったやろけど、改造種になった地球人類とはやりたなかったんやろ」
 「男は・・・やりたがるか!」

 この時に他の地球人種も撲滅されていったと見てええやろ。ギガメシュ人も人種間戦争ばっかりやってきたようなものやから、不要な人種は邪魔と見たって不思議あらへん。エゲツナイ話やけど地球人類の価値はそれぐらいかしかあらへんし。

 「Y染色体アダムが生き残ったのは偶然じゃなく必然ね」
 「そやろ。当時の地球人口言うてもわずかやから、根こそぎやられても不思議あらへん」

 Y染色体アダムをギガメシュ人が持っていたのは間違いあらへん。ギガメシュ人も一遍に皆殺しには出来んかったとしても、時間を懸ければそのうち他の遺伝系統は根絶してまうわ。

 「ギガメシュ人は五万年前に人為的にボトルネック現象を起こしたってことね」
 「それだけやあらへんで」

 改造種は知能も飛躍的に上がったはずや。改造された初代は教育もできへんけど、子ども世代はエラン人に近いものになったと見てええはずや。これも嫌な想像やけど、最悪で言えば子どもが出来たら用済みで処分されたかもしれん。どれぐらいの地球人類の女をかき集め、どれぐらい産ませたかなんて調べようもあらへんけど、

 「何年維持できたのかなぁ」
 「どんなに頑張っても二十年もしたら電気もなくなるやろ」

 先進エラン文明を五万年前の地球で維持するのは無理や。宇宙船のエネルギーが尽きただけでもガクンと水準が落ちる。とにかく新たな補充が出来へんから、故障したら終りや。

 当然文明は退化するけど、あがった知能はゼロに近いとこから再び文明を興隆させることになったんは歴史が事実して示しとる。

 「だから五万年前だったんだ」
 「そういうこっちゃ」

 ホモ・サピエンスが高度な社会にスタートしたのが五万年前ぐらいになってるけど、なぜそうなったは謎やねん。色んな仮説が立てられてるけど、帯に短し襷に長しで、無理がありありやもんな。

 「それにしても現在の人類がエラン種の末裔とはね」
 「まったくや。こんな事は知らぬが仏が一番や」

 どうもダンリッチ教授は勘付いとった部分もあったみたいやけど、証拠があらへんもんな。最終報告で伏せたんもそやからやろ。

 「でも笑っちゃうよね。人類がエラン人の末裔で、わたしとコトリの意識もエラン人の意識分離技術の産物じゃない」
 「そうなるな。エランの技術と地球の技術は水準の差こそ巨大やけど、どこか類似性があるもんな」
 「社会だってそうじゃない。偶然かもしれないけど、DNAが共通だから、そうなったのかな」
 「本能ちゅうやつか」

 それでもやけど、

 「地球人類の男系の遠祖はギガメシュ人になるけど、女は改造されたと言っても地球のオリジナル人類の末裔なんは間違いないで」
 「そう、だから地球は女のもの」
 「でも男は欲しい」
 「エランの純血種の末裔と知っても?」
 「別に改造種でも恋できたから問題あらへん」
 「わたしも」

 この話はかなりどころでない推測がテンコモリ入っとるねん。そりゃ、ムティの記録しか資料はあらへんし、ムティも気が狂って月に途中下車してるやんか。ムティの記録でさえ、どれぐらい信用できるかわからんとこもあるし。

 そやからギガメシュの宇宙船がホンマに地球にたどり着いたかどうかも確認しようがあらへんねんよ。

 「残ってないかな」
 「五万年やからな」

 ムティの記録は月やから残ったけど地球上じゃな。宇宙船にしても朽ち果てて土に返ってもたとしか考えられへん。まあ、あっても産業廃棄物としか見えへんやろし。


 それでも、それでもや。エラン人と地球人の種があれほど酷似している説明として、これほど有力な説明はあらへん。元が同じ種である上に、強烈なボトルネック現象が起きてもたから、五万年前のままだったの説明は可能やねん。

 「でもそうなるとディスカルは地球人類の敵ね」
 「ギガメシュのエラン純血種を滅ぼした末裔やからな」
 「だからミサキちゃんには誤魔化しといて」
 「任せとき、そんなんわかったらミサキちゃんの怒りが爆発するもんな」
 「そう、そう」

 歴女が調べるムックとしては満足したわ。

セレネリアン・ミステリー:舞台裏

 「コトリ、結局どうしたの」
 「適当」

 ちょっとややこしい案件やった。始まりはリー将軍の電話。あない言われたら断れへんやんか。これやったら名誉元帥なんて受けるんやなかったと後悔したもんな。

 「でもさぁ、エランとセレネリアンの関係はどうしても考えるでしょ」
 「まあ、そうやねんけど」

 ほいでも知らぬ存ぜずで逃げる手もあったんやけど、

 「マリーが噛んで来るとはね」

 セレクション・マートはやばかった。あれはコトリもユッキーもエレギオン・グループから切り損ねたと思とった。そんな時にエレギオンHDからの支援要請だけでなく、マリーを欲しいの話が出て来たんよ。

 コトリもユッキーも賛成やなかった。マリーにはもっと夢のある大きな仕事をして欲しかってんよ。それでも実家みたいなもんやんか。マリーに意向を聞いたら悩んどったけど、

 「セレクション・マートに戻ります」

 マリーが最初に断行したのはアンダーウッド一族の追放。あそこが経営のガンなんはわかっとったけど、どうにも手に付けられへん聖域状態やってんよ。そりゃ、大株主でもあったからな。

 でもそれをせんと潰れるのは誰の目にも明らかやった。マリーは表と裏から次々と手を打って追い込んでゆき、最後はほんまにバッサリって感じで追っ払ってもたわ。

 全米でも話題騒然って感じや。そりゃ、ガチのセレブやったはずが食糧配給もらうまで落ちぶれたのが出たぐらいやったからな、まあ、あれぐらいはマリーなら出来て当然やけど。

 建て直しには経営者の独裁権と、実力主義による有能な人材の登用が必須やけど、アンダーウッド一族の追放でマリーは両方手に入れたぐらいやろ。この時にいわゆる本家筋のアンダーウッド一族はおらんようになってんけど、数少ないけど残った一族もおってんよ。その一つがシンディの家。

 「でもまさかセレネリアン・プロジェクトに、アンダーウッドの一族が噛んでるとはね」
 「それもやで、アサインメントSいうたら、セレネリアン・ミステリーの担当者やんか」
 「困った?」
 「ワクワクした」

 それでも高括ってんよ。マリーはセレクション・マート版の氷の女帝みたいなもんやから、そんなに怖い大叔母に会いに行くもんかってな。

 「あんな愛があったとはね」
 「あれこそ純情一直線やろ」

 マリーもシンディの熱情に打たれたみたいや。一直線に迫られたんやと思うで。女神の秘密もだいぶ教えてもたんよね。

 「マリーもシンディをよほど気にいったんやろな。コトリにわざわざ電話までかけてきたもんな」
 「一回じゃなかったんでしょ」
 「まあな、あのマリーが泣きそうな勢いやった」

 そうなると作戦考えなあかんやん。

 「相本教授も驚いてたんじゃない」
 「しゃ~ないやん。ハンティング博士のやる事なんかミエミエやないか」

 ある程度教える事にはしたんやけど、エランの熾烈過ぎる人種間戦争は伏せることにした。別に教えてディスカルを悲しませるほどの話やないし。そやから、スタンスとして手帳の内容だけにしたんよ。

 「最後のところは伏せたんだね」
 「どうせ読めへんし」

 あそこの真相も複雑やった。ムティは前線で手柄を立てて本国の親衛隊に栄転したんやけど、あそこにカラクリがあるんよね。ムティは捕虜として捕まった上に、改造種にされてスパイとして送り込まれてるんよ。

 「見せかけの大手柄だったのよね」
 「そうや。ディスカルがスパイの目を誤魔化すために遺伝子操作までやることがあるって言うてたけど、あんな方法やったとはね」

 セレネリアンがY染色体アダムやったんを、ハンティング博士は極秘情報やと思とったみたいやけど甘いわ。あれぐらいは筒抜けや。あれだけ研究員がおるんやから、聞きだす手段はナンボでもあるねんよ。

 ここでやけどエランの改造種はY染色体アダムは持ってへんねん。調べたんはガルムムの時と、ディスカルが浦島連れて帰ってきた時の九人やけど、誰も持ってへんかってん。ディスカルもそうやし、ディスカルの息子も念のために調べたけど持ってへんかった。

 ムティはスパイやったんは手帳に書いてあってんけど、そのムティにY染色体アダムがあったってことは、ギガメシュ人はそれを持っとった事になる。遺伝子改造の時にわざと残したんやろ。

 そやけど純血種側の遺伝子操作技術は改造種より上で、Y染色体アダム以外の改造ポイントを特定しとったぐらいで良さそうや。ここもムティがどんなキッカケで改造種であることを疑われたかは不明やけど、とにかくバレて監禁されてもたんや。

 「でもムティも気の毒ね。親衛隊に入り込めたのはスパイをする上では有利だけど、宇宙ステーションに連れ込まれたんじゃ、逃げられないじゃない」
 「ムティはその点を強調して命乞いをしたみたいや。そりゃ、地球に向かう宇宙船に放り込まれたら逃げようがあらへんし、地球に着いたら今さら純血種も改造種もクソもないもんな」

 ムティの主張やけど、意外やけど受け入れられたみたいや。あえて推測するなら、地球に移住するエラン人を一人でも増やしたいぐらいやったかもしれん。

 「でも病気になるのよね」
 「物凄いストレスやったやろし」

 病気言うてもメンタルの方やけど、かなりおかしなっとったんは、手帳の記録からもわかるわ。

 「そうね、被害妄想と誇大妄想のミックスしたものぐらいの感じね」

 そうなったんはムティだけやなかったと見て良さそうや。はっきりと書いてなかったけど、宇宙船にはかなり詰め込まれていた感じがあるのよね。

 「過酷だったと思うよ」

 ユッキーは地球への航海はメンタルに過酷すぎたんやないかとしとった。さすがに五万年前じゃ、エランの宇宙旅行でも訓練を積んだ宇宙飛行士が行ってたはずやねん。二十四時間の無重力状態もそうやし、狭い船内で顔付きあわせて暮らすのはストレスたまるからな。昼夜の区別がない密室状態で何ヶ月どころか年単位で過ごすんやから、

 それにやで、ムティかって軍人言うても宇宙は素人。政府の要人やその家族もそうや。宇宙旅行のド素人集団で、いきなり地球までの長距離宇宙旅行なんか無理があり過ぎるわ。それだけでおかしなりそうなもんや。さらにやで、母国の滅亡、未開の惑星への開拓植民やんか。

 当時のギガメシュ医療も進んどったはずやけど、こういうケースへの対応はさすがに手薄やったやなかろうかって。ムティの記録にも船内の不隠の様子が書かれてるもんな。ああいうものは、何故か伝染しやすくて、一人の不安がすぐに広がり増幅するとユッキーも言うとった。

 狂人に理由を聞いても無駄やと思うけど、ムティは強烈に月に降りたかったみたいやねん。それでどうやらプチ乗っ取り事件を起こしたみたいやねん。人質とって、

 『オレを月に降ろせ』

 こんな感じで良さそうや。この要求を聞き入れて宇宙船は月に立ち寄ることになり、ムティは宇宙服を着こんで出てったで良さそうや。悪いけど、どうやってムティがあの洞窟に降りれたんかはわからん。

 「月面基地の初期工事はしていたみたいだから、それを利用したのじゃないのかなぁ」
 「そこら辺の情報は軍管理やから簡単には手に入らんし」

 この辺のクソややこしい改造種か純血種の話なんかしたころで無駄やろし、そこからの人種間戦争も同じや。ムティが発狂しての乗っ取り事件かって、知ったところでなんも変わらん。わかってる言うてもこれぐらいやし、ムティの名誉のために伏せたりたい気分やってんよ。

 「でもシンディはイイ子みたいだね」
 「おう、なかなかやったで。だからサービスしといたで」

 シンディはホンマは美人やないかもしれへん。でもな、それを相手に意識させへんぐらいの綺麗なハートを持ってるんよ。ああいうタイプは惚れてもたら、欠点なんて見えんようになるのはなる。

 そやからあのままでも良かってんけど、せっかくやからちょっと修正しといた。パッと見でわからんかもしれんけど、あれだけで倍ぐらい綺麗になったと思うで。ハンティング博士も惚れ直すぐらいの効果はあったと思てる。

 そこまでやったんはシンディの目。あれはマリーが脅し過ぎや。もしハンティング博士に何かがあれば体を張るつもりやったんが丸見えやったもんな。この時代に人相手に災厄の呪いの糸なんか使うはずないやんか。そんなんせんでも、いくらでも無難な手はあるし。

 「あれ? この写真って」
 「シオリちゃんに頼んだ。気づかへんと思うけど、主女神も見てもうたってことや」
 「芸が細かいね」

 ミサキちゃんがあそこまで女神の秘密を話してエエかと心配しとったけど、誰が信じるかいな。女神の秘密は信じる者しか信じられへんのがミソやねん。信じてない奴に話したところで狂人扱いされるだけってこと。

 「ハンティング博士もキレモノだけど、セレネリアン・ミステリーについては満足するって計算ね」
 「そういうこっちゃ。博士の才能は多彩やけど、本業は物理学やんか。これからもっと大きな仕事をするはずや。これぐらいわかったら十分やろ」

 そうアサインメントSに最終報告書を出せるのも今回の狙い。どうせアメリカの狙いは装備の研究やろから、報告書さえ出させれば話はオシマイ。出せるぐらいの情報は提供したし、あれ以上はコトリが話さん限り誰にもわからへん。これで関係者一同はみんな満足したと思とるで。

 「そっか、だから相本教授に言わせたんだ」
 「そう、あれは開かずの金庫処女の相本教授が話すところに価値があるねん」

 シンディはエエ子や。あれほどの女の愛に気づけば動揺せえへん男はおらんやろ。コトリのサービスも付けといたから、頭に逆流した血が降りんようになっても不思議あらへん。

 「狙い通りになったんじゃない」
 「そりゃ、今回は作者の強引な後付理由もあらへんかったし」
 「そうだけど盗作じゃないの」
 「本歌取りやって言うとったけど」
 「たしかにロマンス部分はオリジナルだと思うけど」

 そういうこと。関心をそっちに向けるためやった。相本教授もあんじょう協力してくれたし。もっとも神戸で結婚式を挙げたいと言いだしたのはさすがにビックリしたけど、あれはあれで良かったと思うで。

 「ところでトライマグニスコープはどうするの」
 「もうちょっと安なったら買うわ」

 エエ機械やけど高すぎるし、操作が難し過ぎるんよね。ありゃ、ハンティング博士の趣味が入り過ぎとるわ。次かその次のバージョンまで待つのが吉やろ。ほいでもドレッド社の株はだいぶ買ったで。もうちょっと安なって、使いやすくなったら世界中の研究所が買うやろ。

 「ドレッド社は買わないの?」
 「科技研に研究させて及川に作らせたらエエやんか」
 「呼ぶつもり」
 「布石だけは打っといた。ドレッド社買うより安上がりやし、それ以上の金の卵を産んでくれるやろ」

 ハンティング博士はミステリーに魅かれるタイプやと見てるんよ。あれだけタネ蒔いといたら来ると思うんやけどな。

セレネリアン・ミステリー:愛しのシンディ

 隣にはシンディがいる。これは日本に来る時から、フォート・デメリックの時から、エドワーズ空軍基地の時から同じ。でも今は隣にいる意味が違います。ボクが命を懸けて愛し、守るべき者になってるのです。

 シンディは素晴らしい、ベッドでも夢中になるしかありません。あのメモリー・ナイトから幾度燃えた事か。シンディはそのすべてに応じてくれたし、ボクももちろんそうです。もう離れられないよ。いや離す気なんて微塵もない。シンディに出会うためにボクの人生のすべてがあったに違いないもの。

 シンディは綺麗だ。もう眩いばかりに輝いている。これからどこまで輝くかわからないぐらい。それでも、そろそろフォート・デメリックに帰らないといけません。この役得の観光旅行の最後を神戸にしたのも理由があります。シンディは現金なもので、

 「東京もあるかと思ってた」
 「さすがに事務局も疑い始めてるみたいだよ」
 「それは大変ね」

 ちっとも大変と思っていないのも丸わかり。

 「レイ、任せといて。リー将軍を丸め込むぐらいなら朝飯前」

 それでも明日には神戸空港から成田に飛びフォート・デメリックに帰る予定です。神戸でシンディを案内したのは、

 「レイ、神戸にも立派な教会があるんだね」
 「聖ルチア教会っていうんだよ」

 ここは驚いたことに正式のカテドラル。興味深そうに見て回るシンディを控室に、

 「お待ちしていましたハンティング様」

 今日はシンディへのサプライズ。エレギオンHDに相談したら二つ返事で手配してくれました。

 「レイ、これはなんなの」
 「今日は二人が恋人ではなくなる日だよ」
 「えっ、それって・・・」
 「でもレイは英国国教会じゃないの」
 「スコットランド系でカソリックなんだよ、シンディもアイルランド系のカソリックだから問題ない」

 驚くシンディを残してボクも別の控室に。準備が整ったところでパイプオルガンの演奏。シンディはウェディング・ドレスでバージン・ロードを。これが輝く天使モデルのウェディング・ドレスか。シンディに良く似合ってる。

 牧師が出てきて誓いの言葉から、誓いのキス。誰も参列者はいないけど、これが二人の結婚式。

 「レイ、シンディは、シンディは・・・」
 「さっき誓ったばっかりじゃないか。シンディはボクの妻であり、ボクはシンディの夫だよ」

 神に誓ったからには正真正銘の夫婦、そして記念写真。

 「ニッコリ笑ってください」

 これも驚いた。カメラマンの手配もお願いしたら、現われたのは麻吹つばさ。ボクだって知ってる世界一のフォトグラファー。でもシンディには相応しい。すっきりしない部分は残ったけど、これ以上セレネリアンの謎を追うのは難しいとシンディと結論したんだ。そんなことより、二人の将来を考える方が百倍大切だよ。


 フォート・デメリックに帰ってから最終報告書をシンディと共に書き上げ、記者発表。これはこれで大きな反響を呼びましたた。この報告をもってセレネリアン計画から身を引きました。

 そこからボストンでシンディの両親に挨拶。シンディがアンダーウッドの一族と言っても端っこだというから油断していたら、あまりの豪邸に内心仰天しました。さらに驚いたのは、

 「こちらがマリー大叔母様よ」

 マリーCEOも、かなり月夜野社長にあれこれ頼み込んでたらしいのだけは察することができました。そして、

 「お似合いよ。シンディを幸せにしてね」

 ロンドンのボクの両親の家はコンバージョン・フラット。シンディの家の後でちょっと恥しかったけど、シンディは気にもしてなかったので助かっています。式は思い出の神戸で挙げた点に文句は言われましたが、それでも祝福してくれています。そこから新婚旅行に出発。シンディの希望で南欧に。

 「レイ、結局伏せたのね」
 「ダンリッチ教授の意見もあったしね」

 最終報告書の骨子は、

 ・セレネリアンは五万年前に存在したエランのギガメシュと言う国の下士官でムティと言う名である
 ・ギガメシュはエランの大戦で敗れ地球への亡命を試みている
 ・ムティはなんらかの理由で月に取り残されたが、理由については不明である
 ・もしエランのギガメシュ人が地球に着陸できていたら地球人と混血した可能性がある

 エラン人が地球人の祖先になっている可能性については激しい議論も引き起こしましたが、セレネリアンが地球人類と種として同じ点は揺るぎない事実であり、エランと地球の間に起された神の奇跡としか言いようがないぐらいになっています。

「レイやシンディの血の中にもエランの血は流れているのかしら」
「もし地球人相手に子孫を増やしたのなら可能性はあるね」

 残された謎はY染色体アダムだけど、

 「そこまで神の奇跡は起こったのかしら」
 「ダンリッチ博士も残念そうだったけど、セレネリアンが明白にエラン人とわかってしまったから、これ以上の混乱は避けたいとしてる」

 シンディと来ているのはティレニア海にあるリゾート地のカプリ島。シンディは、はしゃいじゃって大変。でもこれでボクのセレネリアンへのチャレンジは終了。業績的には大したことないですが、手に入れたものは計り知れません。

 「見て見て、レイ」

 シンディは神戸でまた綺麗になっています。これほどの女性がボクの妻なんです。今でも信じられないぐらいです。素敵で、優しくて、賢くて、思いやりがあって、何よりボクを心の底から愛してくれています。これ以上の成功がこの世にあるでしょうか。

 「ところでレイ。エレギオンの女神を見て動揺しなかった。シンディはそっちが心配で、心配で」
 「ああ実に美しかったけど、ボクにはシンディの方がもっと素敵で綺麗に見えたよ」
 「あら嬉しい。信じてイイよね」
 「もちろんさ」

 しばらくはシンディとの時間を思う存分味わいたい。そして次のチャレンジに挑みたい。いくつか来てるのは来てるけど、

 「シンディはどこまでも付いてきてくれる」
 「当たり前じゃない、レイが行くところならどこでも一緒だよ。シンディを置き去りにしたら許さないから。レイが月に行くと言うのなら月に行くし、エランに行くと言うのならエランだって行くに決まってる」

 それなら次に挑むべきチャレンジは一つだ。

 「シンディ、愛してる」
 「シンディも」