セレナリアン・ミステリー:一夜明けて

 月夜野社長との会食はボクにセレネリアンの新しい知識をもたらしました。しかし最後の最後のところを伏せられてしまった気がどうしてもします。これを知るにはどうしたら。そしたらシンディが、

 「レイ、無事帰って来れたね」

 これもまた正直な感想で、ホテルに帰るとまさにクタクタ。あの会食中はとにかく緊張のしっ放しでした。これまでの人生の中でもあれほど緊張したことはありません。シンディも同様だったみたいで、

 「きっとおいしい食事だったと思うのだけど、何食べたのかも覚えてないわ」
 「あははは、ボクもだよ。もったいなかったな。エレギオンHDの社長からの接待だから、神戸でも一番のレストランのはずだものな」

 昨夜はホテルの部屋に戻ると疲れ果てて寝込んでしまっています。シンディも同様で、無事帰って来られれば生きている証のためにもシンディを求めようと考えていましたが、それどころの疲れようじゃなかったのです。

 「レイ、月夜野社長が全部話していないと思うけど」
 「そうだよシンディ、なにか隠してるはずだ」

 どうもシンディの様子がおかしい。おかしいと言っても態度とか、言動じゃなくて、同じシンディ見えない気がする。シンディであるのは間違いないけど、胸が苦しくてしかたがない。

 「シンディ、何か変わった?」
 「変わるわけないでしょ。昨夜だって一緒に帰って来て寝ただけだじゃないの」

 まあ、そうなんですが、朝の光の中で見るシンディは息が止まるほど美しい気がします。シンディが素敵なのは良く知っていますし、メモリー・ナイトからシンディのすべてを知ったはずです。それなのに、それなのに、

 「シンディ、言ってもイイかい」
 「イイよ」
 「また綺麗になってる。それも見違えるぐらいに」
 「ありがと。でもいくらお世辞を言われても、なんにも出て来ないよ」

 そこから昨夜の月夜野社長の話に戻りましたが、

 「レイ、シンディも考えてみたのだけど、月夜野社長が何かを隠しているとは思うけど、教えてくれた事実だけで、セレネリアンのミステリーはほぼ説明出来る気がするの」
 「でも、知りたいじゃないか」
 「そりゃ、シンディだって知りたいけど、月夜野社長に教える気が無ければ永遠にわからないよ。それともレイに聞きだす手段でもある?」

 そう言われても、

 「それに昨夜の話だって、知らぬ存ぜずで済ませても良い話じゃない」
 「それは、読めなかったと言われたらオシマイだったけど」

 いかんまたシンディを見てると息苦しくなってきた。

 「おそらく月夜野社長は知ってしまったと見てる。この地球上で月夜野社長ほどエランやエラン人を知る者はいない」
 「後は小山前社長ぐらいだろ。でも隠すのは良くないよ」
 「月夜野社長はエレギオンの女神、それも次座の女神。次座の女神の別名は知恵の女神。人の知恵で理解できないと思うの。でもね、エレギオンの女神が誰のために働き、誰のためにその命を懸けるかもわかってる」

 どういうこと、

 「レイも聞いているでしょ。あの怪鳥事件の真相。そしてリー将軍があれほど尊敬してるのを。月夜野社長は合衆国陸軍の名誉元帥だけど、リー将軍や、怪鳥派遣軍にとっては地球軍元帥なの」

 リー将軍はボクにもはっきりそう言った。

 「エラン船事件の時にも誰もが見逃してるけど、小山前社長は進んで地球全権代表を引き受けてる。これは誰のためかということよ」
 「・・・」
 「怪鳥事件もそうよ。あそこで月夜野社長は重傷を負われ、小山前社長は亡くなっておられるのよ。月夜野社長は地球を代表してあの手帳を読み、地球人はあれ以上を知らない方が良いと判断したのじゃないのかしら」

 シンディが言いたいのは、セレネリアン・ミステリーは科学問題ではないの考え方で良さそうです。科学問題であれば真実は必ずあり、それを追及するのが正義だけど、これを政治問題と見れば、話は変わります。知ることにより社会の混乱を招く可能性があれば、あえて伏せるのが政治問題かな。

 そうするのが必ずしも善とも言えませんが、正直だけでは通用しないのが政治でもあります。正直な善人だけの政治家では国を運営できないぐらいはボクでも知っています。正直で善人に見える政治家もいますが、あれはそう見せているだけです。

 政治家なら棺桶まで持って入る秘密の一つや二つは必ずもっているはずですし、大政治家ならば本を書けるほど持っていても不思議ありません。

 「月夜野社長はエラン船事件で多くのことを知っているのは間違いないわ。たとえば保護されたエラン人だって生きてるかもしれない。ここでだけど、馬鹿正直にエラン人が生きてると言ったらエラン人はどうなる」
 「どうなるって言われても・・・おそらく施設の中で死ぬまで軟禁状態のままじゃないかな」
 「そうしたくないと、もし考えればどうする」

 エラン人の外見は地球人そのもの。セレネリアンがエラン人であるなら、今のエラン人だって地球人と交雑は可能。地球人の中に混じって、地球人として暮らし、地球人の女性と結婚して子どもを産ませることも可能のはず。

 「小山前社長はエラン人を地球に同化させる計画を持っていたらしいとなってるわ」
 「それはボクも聞いた」
 「そこに正義の軸を置いたら、その目的に反する事はすべて伏せてしまうのが政治じゃないかしら」

 ダメだ反論できない。これはシンディの主張に理があるのも一つだけど、シンディの美し過ぎる姿に心が乱れてしまう。ホントにシンディは人なのか。

 「あれが地球人の知るべき範囲としたのが月夜野社長の判断か」
 「シンディはそう考えてるし、現実問題としてあれ以上の情報を手にすることは不可能よ」

 なんとなく、それで良い気がしてきました。考えてみればセレンリアンの真実を知りたいのは見ようによっては野次馬根性です。それが解き明かされたところで、地球人にメリットが乏しくデメリットの方が遥かに多いとした、月夜野社長の判断の方が正しいかもしれません。

 そう思うとセレネリアン・ミステリーへの興味と感心が急速に薄れていく感じです。この問題に関わったこと、この問題に費やした時間が無駄だったとは思いませんが、ボクが一生を懸ける仕事かと言われれば違います。

 これ以上の真相が知りたければ後任に任せたら良いじゃありませんか。潮時をヒシヒシと感じています。ボクは新しいチャレンジに挑むべきだの心の声が聞こえてくる気がします。

 「シンディ、提案があるのだけど」
 「なに?」
 「せっかく日本まで来てるのだから共犯になる気はないかな」
 「共犯って穏やかじゃない提案ね。企てを聞いてから判断してもイイかな」
 「もちろんだよ」

 日本出張ですが、とにかく仕事詰め。セレネリアン・ミステリーの秘密を追う興奮もありましたし、エレギオンの女神に会う緊張もありました。メモリー・ウィークは待ち時間で仕事はなかったですが、あははは、あれはあれで後悔していませんが、部屋からほとんど出ていません。

 「なるほど! 観光旅行ね」
 「ちょっと役得といったところだよ」
 「それなら喜んで共犯にならせて頂きます」

 京都、奈良、大阪・・・楽しかった。誰の目も気にせず、恋人気分満喫です。今日はUSJ。シンディもアメリカのユニバーサル・スタジオには行ったことがなかったようで御満悦のようです。

 「こんな時間が持てたのは学生の時以来だわ」
 「ボクもだよ。人生にはこんな時間も必要ってわかった気がする」

 これだけ同じ時間を過ごしてもシンディへの思いは高まるばかりです。頭の中はセレネリアンのことはすっかり追い出され、シンディの事しか考えていない気がします。そう、シンディをなんとかしたい思いだけでいっぱいなのです。

 なんとかと言っても、夜はこれ以上ないほど距離は詰め切り、一つになっていますが、まだ足りないのです。シンディを想う気持ちはもっとなんです。

 「明日は神戸なの」
 「あそこも良い街らしいよ」

 そう神戸こそが二人のメモリー・シティ。永遠に忘れられない街です。

セレネリアン・ミステリー:手帳の内容

 手帳はやはり軍人手帳の一種だったでよさそうです。名前はムティで地球なら下士官クラスに該当するぐらいとしていました。このムティが属していた国家がギガメシュ。五万年前のエランは今の地球と同じようにたくさんの国があったようです。

 そんな状態のエランでしたが、国々は二つの陣営に別れ、これが厳しい対立関係にあったとなっています。地球であえて例えれば米ソ冷戦時代に近いぐらいかもしれません。地球の冷戦はソ連崩壊によって終止符が打たれましたが、エランでは火を噴いてしまっています。

 ムティが所属していたのは政権中枢を守る親衛隊的なもののようです。エランの大戦は両陣営の小競り合いから始まり、やがて盟主国同士の全面戦争に至ったぐらいの展開です。ムティも小競り合いの頃に前線に派遣され戦った記録があります。

 ムティの親衛隊所属ですが、月夜野社長の読むところ前線派遣での功績で昇格配属された可能性が高いとしています。地球で言う勲章相当のものを授与された後にムティは首都にある親衛隊に配属されているからです。

 戦況は複雑な経過をたどったようですが、徐々にギガメシュに取って苦しい展開に追い込まれて行き、ついには本土決戦になったで良さそうです。本土決戦移行後も劣勢を覆すことは出来なかったのですが、

 「本当に宇宙ステーションに配属されたのですか」
 「そう書かれています」

 文字の解釈を聞いても、それが正しいかどうかさえ判断しようがありませんが、五万年前のギガメシュは周回軌道上に宇宙ステーションを運用していたと言います。

 「それぐらいの宇宙技術がないと地球にも来れないと存じます」

 本土決戦が始まる頃にギガメシュの政権中枢部は地上から宇宙に総司令部を移したとなっているようです。ムティにとっても初めての宇宙だったようで、しばらくは宇宙体験に付いてあれこれ書かれている記録が続くようです。

 「エランでは起ったのですか」
 「そう取る以外にないと考えております」

 劣勢になったギガメシュは核ボタンを押してしまいます。どうもこれを考えて司令部を宇宙ステーションに移していたと見て良さそうです。ギガメシュは核ボタンまで押したにもかかわらず、

 「最終計画に移行ってなんのことですか?」
 「亡命と考えております」

 ここも日付関係から核ボタンを押した時点で亡命はセットであったと月夜野社長は見ています。

 「どこに亡命する計画だったのですか」
 「後の記録から地球を目指していたはずです」

 五万年前にエランは地球までの宇宙旅行は可能であったと考える他はないようです。ここからは宇宙旅行の記述が続く様ですが、船内では亡国の悲しみと地球への亡命への不安が高まっていたと読み取れるそうです。そうなっても不思議ないところです。

 「この後は記録がございません」
 「えっ、どういう意味ですか」
 「おそらく時空トンネルを抜けて太陽系に入ったのは間違いないと見ております。そこからはムティは記録を中止しております」

 ほぼ毎日、細かくあれこれと書き連ねていたムティがどうしてやめてしまったのか。

 「病気でしょうか」
 「可能性はあります。ただの病気、それも死に至る病気であるなら、その前兆症状の様子が書かれているはずです。読む限りそれがありません」

 最後の日の記録は、

 『目的地は近い。我らが創生者になる日が近づいている。こうなってしまったのもまた運命。生き残る事が使命なり』

 こういう感じだそうです。そうなると、

 「セレネリアンはギガメシュ人」
 「そうと考える他はありません」
 「一人残された理由は?」
 「わかりません」

 月夜野社長はすべて話してくれたのだろうか。どうにも端折っている気がしてならないが、

 「ムティ以外のギガメシュの亡命者の運命は」
 「これまた謎です。月までは来ているのは間違いありませんから、後は地球に向かうだけです。無事降り立ったか、地球突入時にトラブルがあったかは確認しようがありません」

 ここでダンリッチ教授の言葉が頭に甦りました。

 「セレナリアンがエランのギガメシュ人であったとしても謎が残ります」
 「なんでしょうか」
 「セレナリアンはY染色体アダムを持っています」

 月夜野社長の表情に反応は見られません。ニコニコと楽しそうに微笑んでいるだけです。ひょっとしてY染色体アダムを知らないとか、

 「それほど詳しいとは言えませんが、それなりに・・・」

 ひやぁ、ボク並みの知識があります。

 「不思議過ぎると思いませんか」
 「ええ、大変興味深いお話ですが、それについて説明する情報はありません」

 何か隠してる、絶対に何か知っているはずだ、

 「社長はどこまで御存じなのですか」
 「お聞きになられた通りです」

 ここで『はいそうですか』と引き下がるわけにはいきません。なんとか食い下がらないと、

 「どうしてエレギオンHDはあれほどエランに肩入れされたのですか」
 「他にエラン語が話せる者がいなかったからです」

 ここでシンディが、

 「月夜野社長はウソを吐いておられます。最初に神戸にエラン船が着陸したときには、その正体がエラン人でありエラン語を話すとは御存じなかったはずです」
 「その通りです。あの時に交渉の場に同席したのは偶然。そこでエラン語が原エラム語に近いことがわかったのも偶然」
 「では、どうしてあの席におられたのですか」
 「それは政府との約束で申し上げることが出来ません。たしかに今の私は月夜野うさぎであり、立場小鳥とは別人ですが、人としての信義としてお話する事は出来ません」

 シンディはなおも食い下がり、

 「二回目のエラン船事件の真相を教えてください」
 「存じません」
 「あの時に立花元副社長なり、小山前社長があの場にいたのでは?」
 「たしかにクレイエール・ビルから神戸空港は近いですが、現場にはいませんでした」
 「あの映像に写っていたのは立花小鳥ではないのですか」
 「違います」

 シンディはさらに食い下がり、

 「最後の宇宙船が神戸に降り立った時のエラン人はまだ生きているのではないですか」

 そっか、エラン人が生きていればエラン情報を聞くことが出来るはず。地球でエラン語が話せるのはエレギオンの女神だけだから、

 「月夜野社長はエラン人から情報を得たはず。この文章が読めたのもそのためのはずです。あなたは未だにエラン人を匿っているはずだ」

 月夜野社長はなんの動揺も無く、

 「私は当時のECO副代表。助け出されたエラン人を施設で保護したのもECOです」
 「だからあなたはエラン人を・・・」
 「あの時のエラン人がすべて病死しているのは事実です。そんなにお疑いであれば死亡診断書を取り寄せさせて頂いても宜しいですよ」

 くぅ、死亡診断書ぐらい捏造できると言いたかったのですが、ここをいくら頑張っても公式記録が整えられているのは間違いありません。それを虚偽だと覆すのもまた不可能。

 「今夜は楽しい時間をありがとうございました。博士の今後の御研究に役立って頂ければ幸いです。なにかお困りの事があれば霜鳥までご連絡下さい。出来る範囲の事であれば取り計らわせて頂きます」

セレネリアン・ミステリー:北野へ

 月夜野社長との面談は会社で行われるかと思っていたら、ディナーへの招待でした。神戸は坂の多い街ですが、三ノ宮駅から十五分も歩いたら、

 「レイ、ここじゃない」
 「こりゃ、なかなかのレストランだ」

 さすがはエレギオンHDからの招待です。店に入ると

 「レイモンド・ハンティング博士とシンディ・アンダーウッド博士ですね。御案内させて頂きます」

 案内されたのは個室。ドアが開くと二人の若い女性がおり、

 「このたびはせっかくのご訪問なのにお待たせして申し訳ありませんでした。エレギオンHDの月夜野うさぎです」
 「霜鳥梢です」

 ちょっと待った。月夜野社長は四十五歳だぞ、霜鳥常務だって三十三歳のはず。

 「それほど驚かれなくとも。博士は相本教授のところも訪問されておられますのに」

 それはそうだけど、どう見たって二十過ぎではありませんか。ここで気を取り直して、

 「セレネリアン・プロジェクトでアサインメントSを担当させて頂いているレイモンド・ハンティングです」
 「シンディ・アンダーウッドです」

 それから席に着くように促されました。どこから切り出そうか、

 「月夜野社長、リー将軍は社長の事を名誉元帥と呼ばれてましたが」
 「ああそれですか。あの時はMBMOの副代表でしたから、戯れにそう呼ばれただけです」

 ウソだ。リー将軍の電話口の対応は満身の敬意を込めての物だった。

 「博士はエレギオン発掘調査団の元隊員ともお話されたのですね」

 相本元教授に会っていたことだけではなく、発掘調査の元隊員に会っていたのも調べ上げていたのか。エレギオンHDの調査力はCIA並と噂されているけど、ここまで会うのを延ばしたのも、それを調べ上げるためだったとか。

 やはり油断ならない相手かも。そう言えば月夜野社長の異名の一つに『微笑む天使』もあったけど、一方で『稀代の策士』とまで呼ばれている人物。あの微笑みに騙されたらいけないのかもしれない。

 「アンダーウッド博士」
 「シンディとお呼びください」
 「マリーはお元気。今度お会いしたら、たまには神戸に顔を見せるように伝えて頂けますか」

 そこからしばらくマリーCEOの思い出話があったのですが、

 「マリーもシンディを脅し過ぎ。余計な心配をかけさせたようですね」

 なんとシンディがマリーCEOに会っていたことだけでなく、その内容まで。

 「こうやって博士とお会いできる日を楽しみにしておりました。マリーの話は言いすぎですわ。余計な御心配などなさらぬように」

 素直に受け取れないが、これでは話が進まない。

 「月夜野社長は何者なのですか」
 「それは相本教授からお聞きになったはず」
 「ではエレギオン語はエラン語と同じ」

 ここでシャンペンを傾けた社長は、

 「源流は同じですが、エレギオン語ならエレギオン学者なら読めます。エレギオン語の源流はエラム語。わたしはエラン語のさらに古エラム語、さらに原エラム語もわかります」
 「では原エラム語がエラン語」

 そこから聞く話は驚きばかり。惑星エランの言語は統一されており、原エラン語は統一エラン語の母体の一つだったなんて。

 「ではセレネリアン語は」
 「お聞きになりたいですか」
 「もちろんです」

 やはり月夜野社長はセレネリアンが持っていた手帳の内容を入手し読んでいたんだ。

 「あれは統一エラン語前の文章になります。文字も古く、現代エラン人でさえ読むのが大変なものです。たとえれば現代人が古典を読むようなもの。とくに手書き部分は相当な悪筆で往生させられました」

 どうして入手したかなんて聞くのも愚かな質問だろうな。シンディを見たら不安そうな顔をしてる。そこまで聞いて良いのかどうかを心配してるのだろう。ここまでの秘密を、こうもあっさり話すのは、こちらを信用しているか、口封じがセットになっているかのどちらかだ。

 でも聞きたい。月夜野社長以外にあの手帳の内容を聞くのは不可能に近い。あそこに何が書いてあるのか。これを知らずに死ねるものか。

 「博士、夜は長いです。もう少し食事を楽しまれてからお聞きになられたら如何ですか」
 「これは失礼しました」

 それにしても月夜野社長も霜鳥常務も美しい。シンディだって負けていないと言いたいが、シンディの美しさは人の美しさ。月夜野社長になると次元が違う。これが女神の美しさだと言うのだろうか。前にいるだけで息が詰まりそうだ。

 「女神の力は今でもあるのですか」
 「それも読まれた通りです」
 「相本元教授をああされたのは、社長ですか」
 「あれは私ではありません。首座の女神の悪戯です」

 首座の女神! 実在したのか、

 「ならば社長は次座の女神」
 「そう呼ばれた時代が長かったですね」

 ボクの心の中に不安が湧き上がって来るのを抑えようがありません。どうしてここまでアッサリと認めてしまうのかです。

 「今夜は楽しい夜になりそうです」

セレネリアン・ミステリー:メモリー・ナイト

 黙っておこうと思ったけどレイに言っちゃった。でも後悔していない、言わずに最期を迎えるより百倍マシだもの。レイはシンディのヒーローよ。トライマグニスコープの基礎論文を読んだだけでも興奮してたもの。

 そのレイがトライマグニスコープと共にセレネリアン計画に加わると聞いてどれだけ舞い上がったことか。そりゃ、もう、あらゆる手段を使って助手にしてもらおうと工作しまくったことか。

 晴れて助手になれて、リー将軍の部屋で初めて会った時の感動は忘れられない。憧れのレイが座っていて、話しているんだもの。そこからは夢の時間。あの時の指令はトライマグニスコープの操作方法を覚えることだったけど、とにかく必死だった。

 レイに気に行ってもらおうと操作法を早くに覚えられたのは良かったけど、今度はレイが操作をシンディに任せてセレネリアンの謎を追い始めたのは寂しかった、そんな時に耳に入ったのが、

 『シンディ博士がトライマグニスコープを駆使できるようなったので、ハンティング博士はもう必要ないでしょう』
 『トライマグニスコープもここでは用済みであるし、移転先として・・・』

 そう、エドワーズ空軍基地からセレネリアン計画を移動分散させる話が耳に入ったのよ。このままではシンディはトライマグニスコープとセットでレイと離れ離れになってしまうと思ったの。

 そこで新しい助手を配属してもらい、必死になって操作法を教え込んだ。でもそれだけじゃレイはイギリスに帰ってしまう。シンディはリー将軍のお気に入りでもあったから、レイにセレネリアン・ミステリーの担当者になってもらうプランを囁いたのよ。

 なんとか目論み通りにレイをアサインメントSの地位に就け、シンディが再び助手的な立場になる事が出来たんだ。そこからもレイに気に入ってもらおうと懸命だった。アサインメントSは広報官的な役割も背負っていたのよね。

 レイはやはりマスコミ対応が苦手だった。あんなもの生粋の物理学者にやらせるのは無理があるから、シンディが代わってあげた。さらにレイがセレネリアンの謎を解くカギとしてエレギオンHDを注目しているのを知り、マリー大叔母様に会いに行ったんだ。

 マリー大叔母様に会うのは正直なところかなり怖かった。セレクション・マート再建の立役者として、一族の中でも長とみなされていたもの。マリー大叔母様の手腕は冷徹で、さらに賞罰の基準が非常に厳格。アンダーウッド一族であっても眉毛一つ動かさずに容赦なく左遷、さらにはクビにしていたもの。

 でもレイのためにはどうしてもエレギオンHDの情報が欲しかった。アメリカでもエレギオンHDの中枢部近くまで登りつめたのはマリー大叔母様一人だけだったから。緊張しながら会ったんだけど、

 「エレギオンの事を知りたいんだってね。あそこは別世界だよ。マリーも若い頃にパリのルナのところで勉強していた時期もあって、あの時はルナほど怖い人間はいないと思ったものさ」

 ルナとは当時のランブリエ食品の社長でフランス食品業界の女王とまで呼ばれた実力者。このルナがマリー大叔母様をエレギオンHDに送り込む時に送った言葉が、

 『メグミは私のように甘くないよ』

 氷の女帝の怖さを骨の髄まで味わったと言ってた。だからシンディがエレギオンHDに関わる仕事をすると聞いて止めたんだ。でもシンディは行かないとならないと必死に頼み込んだら、

 「あははは、恋だね。これはマリーには止められないわ。だったら・・・」

 知る限りの事を教えてくれた。その上で、

 「マリーは仕事に打ちこみ過ぎた。それ自体は後悔していないけど、男も知りたかったかな。でもね、もう一度言っておく、エレギオンの女神を舐めてかかってはいけない」
 「どうしたら、なにか弱点とか」
 「ないよ。でもね、散々脅したけど、女神は決して怖くなんだよ。怖いだけならあれだけ誰もが付いて行かないだろ。マリーだってセレクション・マートに戻るのに相当悩んだもの。氷の女帝の小山前社長だってどれだけ社員から慕われていたことか」

 なにか矛盾しているけど、そうなのはマリー大叔母様の言葉からだけでもわかる。

 「女神に一番通用するのは真っ直ぐな心だよ。それだけが女神を動かすのかもしれない」
 「もし会えれば、なにか伝言がありますか」

 ここでフフッと笑って、

 「会えばわかるよ。女神とはどういうものかって」

 でもマリー大叔母様の言葉はシンディには重かった。月夜野社長に会う日が近づくほど重くなった。ここまで来ればシンディの夢を一つだけ叶えたかった。そしてレイは受け入れてくれた。


 今夜もいつものようにレイと夕食を食べていたのだけど、レイの顔を見るのが恥しい。レイはあれこれと話題が途切れないように気を使ってくれるけど、シンディの動悸が収まらない。

 夕食が終り、部屋に戻るのだけど、今日からは別々の部屋じゃない。今夜は二人の一線を越えるメモリー・ナイト。シンディだって初心じゃないと言いたいけど、これでもアンダーウッドの一族。高校までは厳しくて、とても、とても。

 ハーバードに進学しても家がボストンにあったものだから自宅からの通学。そうそう、物理学に進むのも大もめ。親はMBAを取ってセレクション・マートの幹部になるのを期待してたからね。

 大学院に進む時にやっと家から出られた。そして初めての恋人。でもね、そいつはアンダーウッドの一族になるのが狙いだったんだ。幻滅したな。それがわかった瞬間に別れたよ。経験はその時だけ。

 レイモンド・ハンティング。物理学界では異端の天才とも呼ばれている。発表される論文にみんな大興奮よ。レイの凄いところは理論からの実用を常に考えている点なの。そう、机上の理論で満足できずに実用化の可能性を常に追求する点。

 それでもトライマグニスコープは夢過ぎる機械だったのよ。理論上は作成可能でも、技術的に無理があり過ぎるって誰もが考えたもの。でもレイは作り上げてしまったの。それもたった七年で。

 あの時から夢見ていた。シンディにはレイしかいないって。だから必死になって博士号まで取った。レイとの差を少しでも詰めるため、レイとまともに話が出来るように。そして今夜。これだったら取っとけば良かった。


 レイがシャワーを終えてバスローブを着て出てきた。次はシンディの番。服を脱ぐ時に震えてる、笑っちゃうぐらい震えてる。シャワーを浴びながら、ついにこの時が来たって実感してる。

 バスローブをどうしようかと思ったけど、やはり着ることにした。シャワーを出るとレイが立って迎えてくれた。抱き寄せてくれて優しい口づけ。そのままレイの手が紐の結び目にかかっているのがわかる。

 そしてベッドへ。不意に初めての時のことが頭に浮かんでしまった。あれは痛かった。その後もなんどかやったけど、正直なところあんまり良くなかった。愛してはいたけど、恋人だから義務としてやってた感じかな。

 レイの手がシンディの体を・・・優しい、優しさがレイの掌から伝わってくる。緊張してるのだけど、体の芯から解きほぐされていってるのがわかる。さらにレイの唇が・・・体の芯が今度は熱くなっているのがはっきりわかる。

 なんか変に成りそう。こんなの初めて。声が出ちゃいそう。息だって・・・レイにもわかったみたい。シンディは心の中で絶叫してる。

 『レイが欲しい』

 心の叫びはレイにもきっと届いてる。二人の距離がゼロになる瞬間までもうすぐ。来た、レイが来てくれてる。ゆっくり、ゆっくり、愛おしむようにゆっくり、それでも確実に。

 『あぁぁ』

 最後まで来てくれた時に声を上げるのに耐え切れなくなった。これで二人は一つ。レイは逞しい。でも、これはどうしたの。シンディの体が昇って行く感じがする。間違いなくシンディは昇っている。このまま昇って行ったら、シンディは、シンディは、ああシンディはどうなっちゃうの。

 シンディの体に来るものはわかる。もうそこまで来てる。レイもわかったみたい。その一点を目指している。レイ、男の人相手にこうなっちゃうのは初めてよ。そうなった相手はレイだけ、これからもレイだけよ。

 『うぅぅ』

 シンディの体を激しいものが通り抜け頭が真っ白になった。でも、でも、終わらない。また昇って行く、さっきより、もっと高く、もっと強く。夢中でレイの体にしがみつき、

 『うわぁぁ』

 もう声なんて止めようがない。シンディの頭の中にあるのは昇る事だけ、昇っては飛び立ち、すぐさま昇って行く。もう数えきれない。シンディの体はレイの思うがままになってる。でも嬉しい、こんなに嬉しいことは初めて。

 「さあ、一緒に」

 レイもやっと来てくれる。もう夢中になって合わせた。でもシンディの体はもう限界、ゴメンナサイと思った瞬間にレイが来た。それを感じながら何もわからなくなっちゃった。

 目覚めると朝だった。隣にはレイが眠っている。これは夢ではない。シンディの体にも昨夜の余韻がたっぷり残っているもの。眠っているレイに口づけをしたけど、もう我慢できなくなってる。ううん、もう我慢なんてしなくてイイんだ。シンディはレイのもの、レイもシンディのもの。昨夜の再現だった。そして二人でシャワーに。世界一愛おしい男レイ。

 朝食はルームサービスにした。この時間は終りたくなかった。ずっとずっとこの時間が続いて欲しいと思った。でもレイは喜んでくれたのだろうか。さすがに激し過ぎたと恥しくなっちゃった。そしたら、

 「シンディ、この仕事が終わったらボストンに行こう」
 「次はロンドンね」
 「そういうこと」
 「そう受け取って良いの」
 「他にどう受け取るって言うのかい」

 シンディのメモリー・ナイト。シンディはレイをしっかり受け止めたし、レイもシンディをしっかり抱き留めてくれた。それからレイはエレギオンHDにコンタクト取ったんだけど、

 「月夜野社長はあいにく出張中だそうだ。でも話は通ってて、来週にアポを取ってくれた」
 「レイ、あいにくじゃないよ」
 「そうだね」

 月夜野社長とのアポの日まで燃えまくっちゃった。だって他に二人でやることないじゃない。なんの遠慮もいらないし。そのすべてにレイは応えてくれて、シンディを満たしてくれた。これこそ幸せ。メモリー・ナイトからメモリー・ウィークになった神戸の夜を忘れない。

セレネリアン・ミステリー:シンディの覚悟

 「レイ、怒ってるの」
 「怒ってないよ。でも、からかわれるのは好きじゃない」
 「誰もからかってなんていないよ」
 「あれが、からかってないと言うのか」
 「ほら、怒ってる」
 「怒ってない!」

 相本元教授の発言はビックリさせられました。シンディ君は素敵な女性ではありますが、あくまでも仕事上の同僚です。今回の日本出張だって観光旅行ではなくセレネリアンの謎を追うためです。それをまるで恋人との旅行のように言われて腹が立たない訳がありません。

 これはボクのポリシーですが、仕事に男女の仲を持ちこまない事にしています。そりゃ、ボクだって男ですから、イイ女を見れば無関心ではありませんが、仕事仲間を利用して口説くなんて絶対にやらない主義です。だから今でも独身どころか、ロクロク恋人も出来ていない原因かもしれませんが、それはそれ、ポリシーはポリシーです。

 「シンディもシンディだよ。あんな調子を合わせなくてもイイじゃないか」

 そうやって見たシンディ君の顔がいつになく真剣です。

 「レイ、よく聞いて。相本元教授はウソをつかなかったけど、話していないこともあるわ」
 「どういうところだよ」
 「女神はたしかに恵みも与えてくれる。ただし逆らう者は決して許さいないのよ」
 「許さないって」
 「必要あれば殺す事さえ躊躇しないのよ」

 殺すと言っても、そんな事をすれば警察が、

 「災厄呪いの糸は今でも使えるって」
 「そんなものは叙事詩の作りごと」
 「マリー大叔母様は見たって」

 シンディ君がエレギオンの女神の事をマリーCEOに聞きに行った時に、月夜野社長と会うつもりだと聞いて顔色が変わったそうなんだ。

 『悪いことは言わないから、冷やかしや興味本位で会うつもりならやめなさい。女神は決して恐怖の存在ではないけど、女神の安寧を乱すような者は本当に容赦がないのよ』
 『どういう意味ですか』
 『女神はすべてを見抜き、その判断は絶対に間違わない。女神の判断に逆らった者の末路は悲惨なものよ』

 たとえアメリカ大統領であっても絶対にひれ伏すことはなく、その意思を貫き妥協することがないだけでなく、邪魔する者はゴミ屑のように排除してしまうらしい。

 『ハンティング博士がどういうつもりで会う気か知らないし、女神がどういう判断をされたかもわからない。もしハンティング博士が安易な気持ちで会おうとされているのなら、一緒に行くべきでない』

 マリーCEOの顔に明らかな恐怖があったそうです。

 『女神は、どうしても女神の力が必要とする者には惜しみなく協力してくれる時はある』
 『そうでない時は』
 『女神に逆らった者の末路を見ることになる』

 マリーCEOは元エレギオンHDの社員、それも最高幹部クラスだったはず。だから女神の怖ろしさを実際に見た可能性はあるかも。

 「でもシンディ。その力を常に揮うものじゃないだろう」
 「そうよ、女神の仕事以外にはね」

 女神の仕事の意味を知る者はエレギオンHDでも殆どいないそうですが、マリーCEOは一度だけその一端に関わった事があったそうです。

 「マリー大叔母様が言うには、ターゲットに二段三段の計略を仕掛けて、必ず破滅に追い込むって言ってたわ」
 「でもそれだけじゃ」
 「そこから先の本当の女神の仕事までは関わらせてくれなかったらしい」

 なにか陰険そうな、

 「レイも読んだと思うけど、女神は甘ちゃんじゃないのよ。苛烈を極めたアングマール戦を勝ち抜いた歴戦の強者なのよ。戦争はね、勝つことがすべてで、負けることは決して許されないところ。騙し討ちなんて当たり前の世界。陰険であろうが姑息であろうが関係ないの」

 月夜野社長がどれほどの指揮官であったかはリー将軍の態度を見ただけでわかるけど、

 「今回の仕事はエレギオンHDの本業と無関係。それでもあえて会うと言うのなら、これは女神の仕事になっている可能性があるわ。レイ、あなたにその覚悟はあるの」

 覚悟と言われても会って話をするだけじゃ、

 「私はマリー大叔母様の言葉を聞いて決めたの。何があってもレイに付いて行くって。そしてレイが危なくなるようなことがあれば守ると決めたのよ」
 「守るって、シンディがボクをか」
 「笑ってイイわ。悔しいけどわたしの手では守れないかもしれない。だから、守れなくともせめて一緒にいたかったのよ。一人より二人の方が少しでも寂しくないでしょ」

 シンディ君の目が真っ赤だ。

 「好きなのよ、愛してるのよ、初めて会った時からずっと」

 だからエドワーズ空軍基地からフォート・デメリックまで付いてきて、日本へも。

 「心から愛する人が命の危険のある場所に行こうとしているのよ。付いて行くのが当然よ。レイはその辺がピンと来てないようだから・・・」

 だからあれだけエレギオンに対する予備知識を調べてボクに。

 「この日本にいる間だけでもイイ。どうかレイの恋人にして。その気持ちで月夜野社長にぶつかりたい」

 そこまでシンディ君は・・・そうであるならボクも覚悟を決めないと。

 「ダメだ」
 「やっぱり、わたしじゃ・・・」

 泣き崩れそうになるシンディ君を支えながら、

 「女神は邪な心を持つ者を許さないだろう。仮初めのニセの恋人関係ぐらいはすぐに見抜いてしまうよ。本当に二人の心を合せなくてはダメだ」
 「それって」
 「ボクから言うべきだった。レイモンド・ハンティングは心の底からシンディ・アンダーウッドを愛してます」
 「レイ・・・」

 ボクだってシンディが好きだったんだ。それこそエドワーズ空軍基地で会ったあの時から。でも仕事の同僚を口説くのはおかしいと思って、一生懸命に一線を引いてたんだよ。

 「シンディ、二人で最後の門を叩こう」
 「ありがとうレイ、愛してる」
 「ボクもだ」

 シンディがボクの胸に飛び込んで来ました。口づけを交わして、泣きじゃくるシンディをようやく宥めて、

 「本当に女神の力ってあるの」
 「これはマリー大叔母様がまだフランスに行く前の話だけど・・・」

 あの豪華客船プリンセス・オブ・セブン・シーズで世界一周の旅に出てたと言うからさすはセレブです。そこで出会ったのが小山前社長、立花元副社長、香坂前常務の三女神だったそうです。

 大きいと言っても限られた船内だから知りあっても不思議ありませんが、豪華客船らしく、さらなる華やかな人物が加わります。あの全米一のジュエリー・デザイナーのトム・サンダーズ氏です。

 これも驚いたというか、そんなところで繋がっていたのかと思う他はありませんが、サンダース氏はクレイエールに居たエレギオンの金銀細工師の弟子だったのです。つまりは三女神とも旧知になります。

 このサンダーズ氏ですが、カジノにかなり入れ揚げてしまっていたようです。負け金が十五万ドルにも及んでいたとなっていますから、かなりのものです。ここでサンダース氏の奥様が三女神に泣きついたところから話が動き出します。

 立花前社長が一肌脱ぐことに事になり、カジノに参戦。結果は驚くどころか仰天物で、なんと千百万ドルも勝ってしまっています。当時のカジノの支配人はあまりの負けの大きさにインチキと喚き立てたようですが、これを受けて最後の勝負に臨みます。とにかくインチキと相手に呼ばせないために、

 ・ボールはカジノの支配人が投じる
 ・ベッドはストレート・アップで、ボールを投じる前に決める

 特別ルールで七十二倍になっていたそうですが、このムチャクチャな勝負にも立花前副社長は勝ち、八億六千万ドルの天文学的な大勝利を飾ったと言うのです。

 「あれこそ女神の力だと言ってたわ。女神は今でも叙事詩に謳われた力を発揮すると考えた方が良いわ。だいたいだよ、極東の名もないアパレル・メーカーが、こんな短期間に、あれだけの大成長を遂げる方が不自然過ぎるもの」

 これもシンディに聞いたけど、相場の見切りが神業で、かつての彗星騒動、エラン宇宙船騒動、さらにあの怪鳥事件でも儲けまくったって言うから驚き。とにかく相場ではエレギオンHDが動いただけで世界が動揺するって言うぐらいだもの。

 「わたしは相本元教授があそこまで話したのに驚いたぐらい。日本はもちろんのこと、世界のマスコミに取ってエレギオンHDはタブー扱いになってるのよ」

 ボクの頭の中で、セレネリアン・エレギオン・エランが直感的に結びついた気がします。

 「エレギオンHDがエラン問題ではナーバスなのは間違いない。これがセレネリアンにもし関連すれば・・・」
 「やっとわかってくれた。女神がどういう態度を取るか予測は不可能ってこと」

 背筋に薄ら寒いものを感じています。

 「相本元教授はどこまで知っておられるのだろう」
 「わからないわ。でも一つだけ言えるのは、相本元教授は女神の恩恵を受けた者よ」

 だろうな。あれだけの若さを九十歳を越えても保つなんて、それだけで人とは言えないもの。女神は実在し、女神の力も存在すると信じるしかありません。