アングマール戦記:コトリの男

    「・・・とりあえず、これぐらいにしとうこうか」
 コトリの話に茫然とするボクがいました。アングマールの魔王、エレギオン包囲戦、そして数々の決戦。戦記物語みたいなものですが、そんな格好の良いものじゃなくて、実際にこれを指揮して、戦い、苦い敗北を味わい、自分の親しい友や恋人まで、次々と目の前で死んでいくのを見つめ続けた臨場感に圧倒されています。
    「リュースもイッサもメイスも男らしいと思ったけど、ボクには無理だよ」
    「当たり前よ。コトリはね、ああなって欲しくなかったの。あんな立派すぎる男はコトリにはいらないの。もっと、もっと、もっと普通の男とラブラブしたかったの。あんな時代じゃなかったら、コトリが女神でなかったら、もっともっと違う人生を生きられたはずなのよ」
    「・・・」
    「今の時代の平和がどれだけありがたいか、ユウタにはわかりにくいかもしれないけど、あの時代の男たち、いや女だって、そうしないと生き残れなかったの。あの時代には必要だったから、みんな無理してそうしていただけなの。ユウタがああなる必要なんてどこにもないんだから」
    「でもなんか気後れしちゃって」
    「ユウタは間違ってるわ。コトリは今も昔も同じで、同じ目で男を選んでるの。あの頃の男たちが、ああなちゃったのは、そうしないと国ごと滅びるからだけなの。今はそんな必要ないじゃない。あの頃の男たちだって、今の時代に生まれていれば、ユウタみたいになってたよ」
    「じゃあ、ボクがあの時代に生まれていたら・・・」
 コトリは悲しそうな目をして、
    「聞かれたくなかったな。きっと、ああなってた。でもユウタはならなくて良いの。コトリを一人の女として愛するだけで十分なのよ。あの頃もそうして欲しかった」
 それと気になることが一つ、
    「当時のコトリは子どもを産めなかったんだね」
 コトリはさらに悲しそうな目をして、
    「いつかは話さなきゃならないと思ってたから、聞いてもらったの。子どもが産めないのは今もだよ。だからコトリは記憶が始まってから、一度も自分の子どもを育てたことがないの。嫌いになった?」
    「だから孤児対策にあれだけ・・・」
    「あ、あれ。それだけじゃないけど、それもあったかもしれない」
 ボクは一呼吸だけ置かせてもらって、
    「子どもが産めなくたってボクはコトリを愛してる。信じて欲しい」
    「ありがと。でも、イヤになったらいつでも捨ててイイよ。やっぱり欠陥品だもんね」
    「怒るよコトリ。コトリが欠陥品なものか。そんなこと言う奴はボクが許さない」
 コトリは甘えるようにボクの胸に顔を埋めます。
    「ユウタも言ってくれたね。これだけはみんな同じだったわ。これだけで十分に女神の男だよ。ううん、間違ったわ。ユウタはコトリの男」

アングマール戦記:一撃必殺(2)

 翌日には仕事に戻ったの。ユッキーは心配してたけど、それどころじゃないじゃない。その日もアングマール王は城門前に来てたけど、ユッキーとのやり取りを聞いていてある秘策が浮かんだの。

    「ユッキー、和平交渉に持ち込むべきよ」
    「そういうけど、エロ魔王なんて信用できないよ」
    「クソ魔王を信用していないのはコトリも同じ。でも城門前は遠すぎるの」
    「遠すぎるって、えっ、どういうこと」
 コトリの観測を話したわ。どうも魔王の口ぶりと言い、あれだけ何回も口撃にくる点から考えて、撤退したがってるんじないかと。でもその代価を求めてる感触があるって、
    「代価って、例のエレギオンの五女神を差し出せじゃない」
    「だから、それに乗る」
    「コトリ、正気なの」
 ユッキーは話にならないって顔をしてたけど、
    「五人とも行くことないよ。それに差し出すんじゃなくて、あくまでも和睦の条件を話し合うって建前にする。行くのはコトリと四座の女神の二人でイイ」
    「それって、あの一撃を魔王にお見舞いするって事なの?」
    「そうよ、魔王は女神が使者で来たら必ず謁見するわ。魔王じゃなくちゃ、女神の力を抑えきれないもの」
    「でも、そこで捕まえられて、魔王の餌食にされるに決まってる」
    「その前に一撃を決めてやる」
 ユッキーは猛烈に渋った。一撃は神に試したことがなく、コトリが考えるような効果があるかどうかは、それこそ『やってみなければわからない』の世界だもの。でも追い詰められているのは間違いなかったの。このまま包囲戦をダラダラと続けられたら,音を上げるのはエレギオンになるのは目に見えている。

 ほんじゃ、城外決戦を挑むのはどうかだけど、やはりアングマール軍は強い。コトリもゲラスの野、ベッサスの河原、リューオン郊外、セラの野と四回戦ったけど勝ったのはベッサスだけ。後はゲラスが惨敗、リューオンとセラも負けだもの。魔王指揮の直属軍と決戦なんて狂気の沙汰やんか。

 メイスは女神の男としてコトリのために死んだ。でもメイスが守りたかったのはコトリだけじゃないの。エレギオンを守りたかったのよ。今、エレギオンを守れるのは一撃のみ。このバクチに勝たないとエレギオンは滅び、メイスの死は犬死になってしまう。最後にユッキーは同意してくれた。

 そこから何度か魔王とユッキーのやり取りが行われたんだけど、予想通り魔王は和平交渉に乗ってきた。ただし魔王が突きつけた条件はムチャクチャな物だった。使者は女神を立て、一切の護衛も武装も禁じるだったんだ。ただ、今回に限っては都合が良かった。一撃には武器は不要だし、下手な護衛は足手まといになるだけだったから。ユッキーは涙を流しながら、

    「必ず生きて帰るって約束して。生きてさえ帰れば私の命を引きかえにしても必ず助けるから」
 魔王の本営は農園の学校兼集会場だった。ここはとくに立派で、トンデモなく分厚い石造の壁で出来てる。なんであそこまで立派なんかの理由は忘れたけど、立派で有名なとこやってん。第一次包囲戦で農園から引き払った時に壊しかけてんけど、頑丈過ぎて壁が一枚分残ったままになっててん。魔王はこの壁を利用して本営を作ってた。

 この日のコトリと四座の女神の服装は女神の正装。見ただけで武装なんてどこにもしてないのがわかるぐらいやったけどアングマール軍の連中は、

    「武器は持ってないな」
見たらわかるやろと思たけど、
    「女神は信義を尊びます。貴国もそうだと信じております」
 こう言うたら引き下がってくれた。ここで『脱げ』言われたら、どうしようかと思たわ。アングマール軍の連中も建前上は使者やから、そこまで言えんかったんやろ。

 本営は残っていた石の壁に木材の壁と天井を足し、床まで張ってあった。石の壁の前が一段高くなっていて上段のつもりらしい。そこにゴテゴテした趣味の悪そうな椅子が置いてあるの。どうも玉座みたいやった。石の壁にはタペストリーが掛けてあるけど、どうにもコトリの趣味にはあわへん感じ。まあ、他人の趣味やし、ましてやクソ魔王の趣味やから、合った方がケッタクソ悪いわ。

 玉座の左右にはアングマール軍の幕僚らしいのと、部屋中にも外にも完全武装のアングマール兵がテンコモリいた。こりゃ、絶対とっ捕まえる気がマンマンなのが剥きだし過ぎて内心ワロタぐらい。そうこうしているちに、

    「王のお成り」
 なにが『お成り』じゃと腹では笑とったけど、ここは使者やから神妙なフリだけして頭下げとった。魔王は上段の横の扉から入って来たんやけど、御大層なことにラッパまで吹き鳴らしやがるんよ。さてどのタイミングで一撃を喰らわそうかと考えとってんけど、クソ魔王が椅子に座った瞬間やった。四座の女神がいきなりぶっ放したんよ。
    『ドッカーン』
 この距離やったら当たると期待しとってんけど、見事に外れて後ろの壁で爆発。それでも腰抜かした。四座の女神の一撃は後ろの分厚い石の壁を完全に粉砕してもたんよ。とにかく物凄い爆発でついでに天井は吹き飛び、木材で出来てた壁も全部倒れてもた。なんちゅう威力やねん。コトリの家の庭で撃った時は空に飛んだから良かったようなものやけど、家に当たってたら吹き飛んでたわ。

 クソ魔王の幕僚も薙ぎ倒され、兵士も吹っ飛んでた。コトリもひっくり返ってもて尻打って痛かった。そしたらね、コトリの足元になんか転がってるんよ。なんや思てよう見たら、爆風で玉座から吹っ飛ばされたクソ魔王やねん。すかさず、

    『ドスン』
 至近距離やったからバッチリ命中。あれ? 爆発せえへんやん。それにクソ魔王の野郎、まだ生きてるやんか。トドメさしたかったけど、セーブして撃ったつもりのコトリもフラフラ。とにかく一撃の負担は強烈なんよ。横見たら四座の女神が気絶して伸びとった。

 アングマール本営は大混乱になったけど、とにかく逃げることにした。アングマール兵はどうしたかって、舐めてもろたら困る。フラフラでも女神やで、本気出したら物の数やあらへんよ。そこいらじゅうの物を投げまくって追い払ってやった。女神の喧嘩の要領ってところ。

 本営出たらでっかい黒い馬がつないであってん、クソ魔王の馬やろ。これ幸いとばかりに四座の女神を乗せて後はエレギオンまでひとっ走り。トドメ刺せなかったんは心残りやけど、あれだけ痛めつけたら、当分はまともに動けんやろ。あのクソ魔王の野郎の回復力の遅さはわかっとるつもり。城門まで来るとユッキーが出迎えてくれて、

    「あら、コトリ。お土産付き」
    「エエ馬やで」
 アングマール軍は潮が引くように撤退していった。メイス、見てくれた。あんたが命を懸けて守りたかったエレギオンは守り抜いたよ。すべてメイスのお蔭だよ。途中から涙が止まらんようになったけど、これぐらいは今日は許してもらおう。

アングマール戦記:一撃必殺(1)

 コトリが部屋から出られない状態の時に魔王は動いたの。セラの戦いの結果を受けて三度目のエレギオン包囲に出てきやがった。でもコトリは寝込んだままだったの。ユッキーは、包囲戦下の忙しい中だったけど、出来るだけ時間を作って来てくれた。ユッキーはこうなった状態のコトリのことを良く知ってるから、最初のうちは部屋に来て黙って座ってるだけだった。

 でもやっぱりコトリも気になるから聞いちゃったの。そうしたらユッキーはポツリ、ポツリと戦況のことを話してくれた。ユッキーから聞く限りでは、既にアングマール軍に攻め手は残ってなかったみたい。三ヶ月も囲んで、梯子攻撃を一回やっただけ。ただ囲んでるだけみたいだったの。

 心理攻撃もあるにはあったけど、前回や前々回と較べると程度も期間も短かったみたい。その代りと言ってはなんだけど、城門前にしばしば現われて、攻撃ならぬ口撃を繰り返していたみたい。あれもある種の交渉かもしれないって、それでねユッキーは、

    「今度はコトリ抜きでもだいじょうぶみたいだから、ゆっくり休んでてね。だいぶ無理さしちゃったし」
 そんなことないの。これは全面戦争で総力戦なの。コトリが抜けた穴は大きいの。ユッキーはカバーするために、いつもの二倍は働いているはず。でも、そんな素振りはまったく見せないの。コトリも部屋を出られなから悪いと思いながら任せてたの。そしたら、ある日に、
    「これ、コトリも好きなお菓子よ」
 コトリは食べたんだけど、ふと見るとユッキーは別のお菓子を食べてるの。このお菓子はユッキーも好きなはずだから食べないのはおかしいの。気になってユッキーのを食べようとしたら、
    「ダメよ、これはわたしの分だから。コトリのはちゃんと作ってきたじゃない」
 でも気になって仕方がないから、強引に取り上げて食べてみて驚いた。甘くないのよ。そのうえパサパサ。
    「なによこれ」
 ユッキーがすまなそうにしてた。
    「蜂蜜も小麦もちょっと不足気味だから節約中なの」
    「そこまで・・・」
    「心配しないで、まだまだ食べ物は残ってるから」
 女神の生活は国民のお手本。食糧が足りなくなれば、率先して真っ先に削られるのが女神。ユッキーは既にその生活に入っていた。ユッキーは既に白いパンさえ当たらなくなっているのが、すぐにわかった。
    「じゃあ、昨日持ってきたのも、その前に持ってきたのも・・・」
    「コトリは病人だから別扱いよ。足りなくなったといっても、まだ女神がお手本やってるだけだから」
 ユッキーが持ってきたお菓子は、コトリの好物だけど、そんなに手の込んだものじゃなくて、エレギオンではありふれたお菓子だったのよ。女神の食生活ってそんなものなの。ところが侍女の目が食いつきそうだったの。それだけじゃないの、侍女もあきらかに痩せているのにもやっと気づいた。
    「ユッキー、ホントはどうなってるの」
    「だから、前も言ったじゃない。今回は口撃ばっかりで余裕なんだから」
 違う、ユッキーはウソついてる。女神の侍女たちも既に食糧は削られてるんだ。コトリはあの日から初めて部屋を出た。ユッキーや侍女は止めようとしたけど、振り切って一目散に台所に走って行ったの。見て驚いたわ、料理人たちも痩せこけてたのよ。
    「これは次座の女神様、なにかご用事ですか」
 無い、無い、もうなんにも無い。これだけ、たったこれだけしかないじゃないの。この時にすべてがわかったの。ユッキーもこの家の侍女や料理人たちは、自分たちの分をほとんど削ってコトリに食べさせてくれてたんだって。遅れて駆けつけてきたユッキーは、
    「バレちゃったか。コトリには心配かけたくなかったんだ」
    「どうして、言ってくれなかったのよ。コトリが寝ている場合じゃないじゃない」
    「ううん、今のコトリは休むべきなんだ。宿主代わりからの不安定期にあれだけ働かせたのを反省してる。あんなに働ける時期じゃないのを良く知ってるのに、ついつい働かせちゃった」
 そこに伝令が来て
    「じゃあ、ちょっと仕事があるから失礼するわ」
 その夜に侍女を呼んで話を聞いた。どうもユッキーから固く口止めされたみたいで、なかなか話してくれなかったけど、脅してでもしゃべらせた。アングマール軍の工作員が入り込んでいたみたいで、食糧貯蔵庫が幾つか燃やされてしまったみたいなのよ。
    「首座の女神様は、もうほとんど食べ物を口にされていないかと思われます」
    「まさか、コトリの目の前で食べてる分がすべてとか」
    「おそらく。あれもそうしないと次座の女神様が心配されると仰いまして、ほんの何口かだけ。あとはわたしたちに下賜されます」

アングマール戦記:セラの戦い

 第二次包囲戦はエレギオン側の準備がアングマール側を上回った結果で良さそう。被害も少なくて済み、メイスも健在。

    「次もあるかなぁ」
    「あると考えて準備する必要があるわ」
 さてやけど動く塔は三十メートル級の塔を作られたのは魂消たけど、デカすぎて動かへんし、見下ろされる対策も城壁に屋根付けたのをどうにか出来るとは思えへん。破城槌も城門ごと埋められて門の裏に石まで詰められたら破れんやろ。坑道作戦も内堀の存在がわかったからやりにくいと思う。

 梯子作戦も無理があって、三十メートル近い、それも幅の広い梯子を調達するのも大変で、実際のところアングマール兵士が連なって登ると、何度も折れて墜落を繰り返しとったわ。自爆ってやつやな。それ以前にそれだけの梯子を登る間に、上からや横からの攻撃にさらされ続けるから、どうしたって被害は大きくなるのよね。

 もっともエレギオン側も万全かと言われればそうでなく、食糧備蓄問題が深刻になってきてるねん。ユッキーは五年分の備蓄を用意したけど、高原都市から移住者が増えた分だけ減るのが当たり前やけど早くなるってところ。海上はアングマール軍が手出しできへんから輸入もやってるけど、それでも足りなくて包囲されれば一年は到底無理で、半年でも危ないと見られてる。つうか、ユッキーの計算ではそうなってるのよ。

 ユッキーと出した結論は、なんとかして第三次包囲戦を阻止したいで一致してん。そうせんと食い物なくなりそうやから。第三次包囲戦を回避するには、やっぱりハマを奪い返すのが第一歩やとしか考えられへんかった。ハマを守ってるのはマハム将軍。ドーベル将軍やないから勝ち目は十分にあると踏んだんよ。

 コトリは必勝を期して第一から第三軍団まで引き連れてハマ奪還に向かおうとしたの。そしたらその動きを察したのかマハム将軍が動いたの。マハム将軍はキボン川を渡りセラの野に進むのがわかった。ドーベル将軍相手の時には決戦を回避したけど、今度は激突ってところ。

 コトリは基本の陣形を取ったの。重装歩兵隊を中心に据えて、左右両翼に騎兵隊を配したの。マハム将軍も同様だったけど、コトリが重装歩兵隊の前面に散兵部隊を繰り出して投槍攻撃をさせようとした時にマハム将軍は動いたの。いきなり左右両翼の騎馬隊を中央に回したのよ。

 散兵部隊は騎兵隊に蹴散らされて大混乱。コトリは慌てて重装歩兵戦列の後ろに収容させようとしたのだけど、マハム将軍は何頭かの馬をわざと傷つけて暴れ馬にして重装歩兵戦列に突っ込ませてきた。そうやって重装歩兵戦列が乱れたところに、マハム将軍の重装歩兵隊が突撃してきたの。

 重装歩兵隊は最初から受け身一方で大苦戦で押しまくられちゃったのよ。なんとか騎兵隊で側面攻撃を仕掛けようとしたんだけど、アングマール騎兵隊と散兵部隊を突破できなかったの。そこからは消耗戦になったけど、ついに押されたままで戦いは終了。数連れて来てなかったら危なかった。最後まで持ちこたえられたのは数の力やった。

 とくに重装歩兵隊同士の対決はやばかった。コトリも持ちこたえられへんと何度も思ったぐらい。第三列も本営の予備隊も総動員して、なんとか耐え抜いたって感じやった。騎馬戦も優勢でこそあったものの、押し切るには程遠く、損害だけが積み重なった感じ。そんな苦戦の真っ最中に、

    「次座の女神様、御報告」
    「どうした」
 どうも伝令の顔色が悪いの。コトリは胸騒ぎがした。
    「メイス上級士官は討死なされました」
 コトリの目の前が真っ暗になった。泣き崩れたかった、ここから逃げ出したかった。でもコトリは三個軍団を預かる指揮官。ここでコトリがそうなっちゃったら、三個軍団の屍の山が積み重なっちゃう。
    「メイスは立派に女神の男の証を立ててくれた。メイスの死を無駄にしてはならない」
 必死で耐えた。死に物狂いで耐えた。心を鬼にして耐えた。耐えて耐えて耐え抜いてエレギオンまでなんとか帰ったの。ユッキーに報告すると、
    「コトリご苦労様、下がって休みなさい」
 家に帰ると涙が枯れ果てるまで泣いたわ。メイス、メイス。コトリの大事な大事なメイス。コトリがあんな無様な戦いをしなければ死ななかったのに、全部コトリの責任よ。どうしてコトリは女神なの、どうして指揮官をやらなければならないの。もうイヤ、絶対イヤ。戦争なんて大っ嫌いだ。

 メイス、ホントにゴメン。コトリが選んだばっかりに、ホントにゴメン。コトリさえ選ばなければ、死なずに済んだのに。アングマール戦が始まってから、もう二人もコトリの男が死んじゃった。リュースもメイスも女神の男なんかじゃない、コトリの男だったのよ。

 なにが次座の女神よ、なにが知恵の女神よ、コトリはその前に女なのよ。女の幸せが欲しいのよ。ラブラブしたいのよ。ベッドにまだメイスの匂いが残ってる。そうなの、コトリは戦場で指揮を執るのじゃなくて、ベッドで頑張りたいの。心から愛する男と燃え尽きるまで愛し合いたいの。それって贅沢なの、女神には許されないことなの。コトリは子どもを産めないのよ。そのうえに好きな男とラブラブするのも許されないの。

 どうして、どうして、どうしてそうなの。女神なんていらない、コトリを普通の女にして、お願い、お願い、誰かそうして。お願いだからそうして。メイスのベッドでの最後の言葉が甦る。

    「次こそ最高のところにお連れすると約束します」
    「必ずよ。メイスなら絶対連れてってくれると信じてる」
 コトリはこっちがしたいの、極めたいの。戦争なんて真っ平ゴメンだわ。メイスなら、メイスなら必ず一緒に行けたのに。戻ってきてメイス。コトリを愛してるのなら、お願いだから戻ってきて。

 コトリはまだ宿主代わりの不安定期が終わってなかったの。メイスはコトリを不安定になるのを防いでくれていたけど、メイスの死はコトリを不安定の極致に追い込んでしまったの。部屋から出られなくなった。

アングマール戦記:第二次包囲戦(2)

    「ユッキー、あれなんやろ」
    「ううん、前回やらなかったから妙と思ってたけど、今回はやる気ね」
 アングマール軍は穴を掘り始めたの。つまり城壁の下を潜る穴を掘って城内に乱入しようって作戦。城攻めではポピュラーな戦術やけど、とにかく人手がいるのと、坑道が長くなると落盤も起りやすい点がポイントかな。
    「あそこまで計算して掘ってるかしら」
    「さあ?」
 ユッキーは大城壁を作る時に土塁で土台を作ってるけど、その土は城壁の内側から掘り出しているの。それもわざと幅を狭くして深く掘り、そこを石と粘土でがっちり固めて水を入れて内堀にしてるの。見た目は幅が五メートルもないし、普段は蓋をしてるから、そんなに深そうに見えないけど、深さは四十メートルぐらいあるの。もちろんトンネル対策だけどね。

 アングマール陣地の土の山は見る見る大きくなったわ。その間も巨大投石機同士の撃ちあいとか、巨大な塔の設置の戦いが続いていたし、わんさか出てくる埋め立て車の破壊戦も続いてた。包囲戦が始まって三ヶ月もしないうちに、

    『ズシッ』
 来たのよ魔王の心理攻撃が、四女神は城内を走り回ったわ。その頃には幾つかの巨大な塔も完成してたから、
    「コトリ、来るわよ」
 アングマール軍は空堀に橋をかけて渡って来たの。上から石を落としたり、巨大石弓で壊したけど、とにかく数が多いし、他にも攻撃目標が多くて壊しきれなかったの。そして現われたのが巨大梯子。これまた百個ぐらい一斉にかけて登ってきた。
    『せぇーの』
 例の棒で押し出す作戦はそれなりに有効やった。ただあれも登る人数が少ないうちは押し出しやすかったけど、ビッチリ並ばれると重すぎて押し出しきれんかった。もうちょっと機械仕掛けにしとくべきやったかもしれへん。ただ城壁上の屋根は有効やった。これのお蔭で巨大な塔からの矢の攻撃をかなり防げてた。もっとも敵の巨大投石機の石が当たるとぶっ壊れるから、修理に追っかけまわされてた。

 梯子作戦は連日続いたの。でも前回に比べると巨大な塔の数も少ないし、城壁の屋根のお蔭で優勢に展開してくれた。巨大投石機は夜もフル回転させた。とにかく数撃たないと命中数が増えないし、別に夜だからって命中率が下がる訳じゃなから、バンバン撃たせたの。そしたらね、

    『ズシッ』
強くなったの。
    「魔王は最初からフル回転やね」
    「どうしてだろう」
 ユッキーは魔王の意図が読み切れなかったみたいだけど、まだ二段、前回は三段まで喰らってるから経験済みってところ。
    「コトリ、二段目だけど前より軽くない。前の時は『ズシン』って感じだったけど」
    「慣れたんちゃうん」
    「そうかもね」
 翌日の梯子攻撃の攻防戦もすさまじかったけど、魔王が二段目の心理攻撃をやった意味がわかったの。内堀の水位が少しだけ下がったの。
    「かわいそうに、溺れたんじゃないかしら」
    「たぶんね」
 坑道の先から水がドバッと流れ込んだら、逃げ道無いからまず助からへんと思うわ。この二週間ほどが第二次包囲戦のヤマ場だったみたい。以後も動く塔や埋め立て車の妨害戦。さらには巨大投石機同士の撃ちあいは続いたけど、エレギオン優位に推移してくれた。それだけやなくて、魔王の心理攻撃も弱まっているとしか感じてしかたなかったの。

 その後も散発的に梯子攻撃があったけど、前の時ほど危機的な状況に陥ることなく春にはアングマール軍は引き上げて行っちゃった。

    「もう終わりなんだ」
    「半年ぐらいで済んで助かったわ。また三年もやられたら食糧なくなっちゃうし」
 アングマール軍が退却した後に休暇を頂きました。もう燃えまくっちゃった。