アングマール戦記:一撃必殺(1)

 コトリが部屋から出られない状態の時に魔王は動いたの。セラの戦いの結果を受けて三度目のエレギオン包囲に出てきやがった。でもコトリは寝込んだままだったの。ユッキーは、包囲戦下の忙しい中だったけど、出来るだけ時間を作って来てくれた。ユッキーはこうなった状態のコトリのことを良く知ってるから、最初のうちは部屋に来て黙って座ってるだけだった。

 でもやっぱりコトリも気になるから聞いちゃったの。そうしたらユッキーはポツリ、ポツリと戦況のことを話してくれた。ユッキーから聞く限りでは、既にアングマール軍に攻め手は残ってなかったみたい。三ヶ月も囲んで、梯子攻撃を一回やっただけ。ただ囲んでるだけみたいだったの。

 心理攻撃もあるにはあったけど、前回や前々回と較べると程度も期間も短かったみたい。その代りと言ってはなんだけど、城門前にしばしば現われて、攻撃ならぬ口撃を繰り返していたみたい。あれもある種の交渉かもしれないって、それでねユッキーは、

    「今度はコトリ抜きでもだいじょうぶみたいだから、ゆっくり休んでてね。だいぶ無理さしちゃったし」
 そんなことないの。これは全面戦争で総力戦なの。コトリが抜けた穴は大きいの。ユッキーはカバーするために、いつもの二倍は働いているはず。でも、そんな素振りはまったく見せないの。コトリも部屋を出られなから悪いと思いながら任せてたの。そしたら、ある日に、
    「これ、コトリも好きなお菓子よ」
 コトリは食べたんだけど、ふと見るとユッキーは別のお菓子を食べてるの。このお菓子はユッキーも好きなはずだから食べないのはおかしいの。気になってユッキーのを食べようとしたら、
    「ダメよ、これはわたしの分だから。コトリのはちゃんと作ってきたじゃない」
 でも気になって仕方がないから、強引に取り上げて食べてみて驚いた。甘くないのよ。そのうえパサパサ。
    「なによこれ」
 ユッキーがすまなそうにしてた。
    「蜂蜜も小麦もちょっと不足気味だから節約中なの」
    「そこまで・・・」
    「心配しないで、まだまだ食べ物は残ってるから」
 女神の生活は国民のお手本。食糧が足りなくなれば、率先して真っ先に削られるのが女神。ユッキーは既にその生活に入っていた。ユッキーは既に白いパンさえ当たらなくなっているのが、すぐにわかった。
    「じゃあ、昨日持ってきたのも、その前に持ってきたのも・・・」
    「コトリは病人だから別扱いよ。足りなくなったといっても、まだ女神がお手本やってるだけだから」
 ユッキーが持ってきたお菓子は、コトリの好物だけど、そんなに手の込んだものじゃなくて、エレギオンではありふれたお菓子だったのよ。女神の食生活ってそんなものなの。ところが侍女の目が食いつきそうだったの。それだけじゃないの、侍女もあきらかに痩せているのにもやっと気づいた。
    「ユッキー、ホントはどうなってるの」
    「だから、前も言ったじゃない。今回は口撃ばっかりで余裕なんだから」
 違う、ユッキーはウソついてる。女神の侍女たちも既に食糧は削られてるんだ。コトリはあの日から初めて部屋を出た。ユッキーや侍女は止めようとしたけど、振り切って一目散に台所に走って行ったの。見て驚いたわ、料理人たちも痩せこけてたのよ。
    「これは次座の女神様、なにかご用事ですか」
 無い、無い、もうなんにも無い。これだけ、たったこれだけしかないじゃないの。この時にすべてがわかったの。ユッキーもこの家の侍女や料理人たちは、自分たちの分をほとんど削ってコトリに食べさせてくれてたんだって。遅れて駆けつけてきたユッキーは、
    「バレちゃったか。コトリには心配かけたくなかったんだ」
    「どうして、言ってくれなかったのよ。コトリが寝ている場合じゃないじゃない」
    「ううん、今のコトリは休むべきなんだ。宿主代わりからの不安定期にあれだけ働かせたのを反省してる。あんなに働ける時期じゃないのを良く知ってるのに、ついつい働かせちゃった」
 そこに伝令が来て
    「じゃあ、ちょっと仕事があるから失礼するわ」
 その夜に侍女を呼んで話を聞いた。どうもユッキーから固く口止めされたみたいで、なかなか話してくれなかったけど、脅してでもしゃべらせた。アングマール軍の工作員が入り込んでいたみたいで、食糧貯蔵庫が幾つか燃やされてしまったみたいなのよ。
    「首座の女神様は、もうほとんど食べ物を口にされていないかと思われます」
    「まさか、コトリの目の前で食べてる分がすべてとか」
    「おそらく。あれもそうしないと次座の女神様が心配されると仰いまして、ほんの何口かだけ。あとはわたしたちに下賜されます」