ツーリング日和28(第25話)きりたんぽ

 だから千草の胸を揉んで起こすなと言ってるだろ。それもだぞ、千草の体は全部知られてしまってるし、胸も例外じゃない。あれだって夜の営みの時は良いけど、起こすのにそのテクニックをフルで駆使して何がしたいんだよ。

 バチって感じで目が覚めて、ビジホのモーニングを食べて出発。青森って泊りまでしたけど津軽ラーメン食べただけだな。

「十和田湖も八甲田山も行ったやろうが」

 あそこも青森だっけ。ゴールドラインは良かったけど、やっぱりさ、下北半島ぐらいは行って、

「恐山か?」

 そこも見てみたいけど大間のマグロだ。他だってもっと美味しいものが青森にはあるはずだ。全部は回れないけどなんかもったいない。だってさ、青森なんてそうは来れないところだもの。

「本州の北の端やもんな」

 良く来れたと思うよまったく。まずは国道七号で西に走るのか。さらに国道一〇一号に乗り換え西に、西に。南側の見えてるのが岩木山らしい。国道一〇一号だけど中途半端に自動車専用道を挟むのがコンチクショウだ。

 今日は先を急ぐから鰺ヶ沢をバイパスで迂回して、おぉ。やっと海が見えて来た。そこからはシーサイドロードで、延々と右手に海を見ながらひたすら南下だ。ここまでで青森から百五十キロぐらいだ。それとここは青森じゃなく秋田県なんだ。

「お昼にしょ」

 道の駅みねはまってなってるな。なにがあるのかな。

「ここは蕎麦らしいわ」

 秋田なのに石川そばとは変わってるぞ。名物ならそれを食べるのが旅のマナーだ。ちょっと太めの麺だけどこれって十割蕎麦なの、

「なんか豆乳をつなぎに使ってるのが特徴らしいで」

 そう言われて食べるとほんのり甘い気がする。気のせいかもしれないけど、こんなものは気分だ。さすがに蕎麦だけじゃ物足りないから、

「バイク乗りにはソフトクリームが良く似合う」

 バイク乗りは関係ないだろ。子どもだって大好きなんだから。青森から南下してきた道も歴史街道らしくて、

「大間越街道って言うらしい」

 らしいはやめろ。それは千草の歴史解説の時の専売特許だ。秋田と青森を結んでいたのだけど、津軽の殿様も参勤交代に使っていた時期もあったのか。そういうけど津軽の殿様って弘前にいたはずだから江戸を目指すのだったら、

「津軽藩と南部藩はとにかく仲が悪いのが有名で、距離からやったら岩手県を縦断する奥州街道が近いんやけど、岩手なんか通ろうもんなら血を見る覚悟がいったんよ」

 それって江戸時代の話だよね。だから岩手を避けて津軽から秋田を回るルートで参勤交代していたのか。お昼休憩をしっかり取って出発だ。能代市内を通り抜けてからも国道一〇一号のシーサイドロードをひたすら南下。なんかどこ走ってるんだの気分だけど、ここは北海道じゃなくて本州だなって感じはする。

「あれかもな。北海道の人は津軽海峡を越えて本州に行くのを内地に行くっていうらしいねん」

 そうなのか。その代わりじゃないけど北海道は外地とは呼ばないとか。それにしてもこの国道も怪しいな。ホンマに国道なんだろうか。でもあった、あった、道路標識に左に曲がれば国道一〇一号ってなってるぞ。

「行けそうやから、ここは直進や」

 どこ行こうって言うんだ。まさか千草をどこかに連れ込んで、

「昨日も、一昨日も、その前もやってるやないか」

 うぅぅぅ、そうだった。旅先の宿で昂ってしまうのは仕方ないでし、それを満足させるのが夫たるものの役割でしょうが。コータローが寄り道しようとしてるのは男鹿半島で、ここも秋田の観光地として有名なとこだし、

「なまはげの故郷や」

 良い子の千草に関係ないやつだ。ツーリングコースとしても欠かせないところで良さそう。モンキーのエンジンが活気づく、

「ギア下げて回転数を上げてるだけや」

 登り道を、えっちら、えっちら走って行くと、突然って感じで視界が開けて、

「入道崎や」

 灯台があって、その周囲が緑地になって観光地化されてる。この灯台は登れる灯台でもちろん登った。これは・・・灯台があるぐらいだから見晴らしが良いところにあるのだけど、これは来てみる価値は絶対にある。なるほど人気になるわけだ。灯台から下りて歩いていると目に付いたのが、

「北緯四〇度モニュメントやな」

 これって八幡平アスピーテラインの入り口にもあったやつだ。あそこと同じ緯度とはね。入道崎から男鹿半島をぐるっと回る感じで南下。男鹿市ってものがあるのに密かに驚きながら通り抜けて、ここって、

「そうや、フェリーターミナルや」

 ここまで戻って来たのか。朝はまだ青森にいたもの。とはいえ今からフェリーじゃない。行きの時は角館を目指したけど、今日は秋田市内だ。この辺って秋田の中心街のはずだよな。あそこが秋田駅だけど潜って反対側に出た。

 そこからが大変だった。ホテルに駐車場はないからと案内されたのが秋田駅東自転車等駐車場だそう。ここは有料だけど一日百円だからリーズナブルなんだけど、駅の東側にあるからとロータリーみたいなとこに入ったけど、さっぱり入口がわからない。

 コータローも困り果てて、バイクを停めて駅の中まで聞きに行ってた。そしたら、おいおい、こんなとこかよってところに入口があって、なんとかバイクが停められた。

「バイク乗りにはシティは合わん」

 ホントにそう思う。あんなとこ初見で行けって方に無理があり過ぎる。そこまで頑張ってその駐輪場に停めたのは訳があって、泊まるビジホは駅の西側の屋根続きなんだ。今日は走り続けるツーリングみたいなものだったから、そのままシャワーをしてお昼寝だ。

「起きろ、千草」

 だから起こすのにいちいち胸を揉むな。夫婦にだってセクハラは成立するんだぞ。秋田に泊った理由の一つがは明日のフェリーのため。だってだぞ、七時三十五分着なんだよ。

「行きの五時五分着よりましや」

 そういうけど七時三十五分と言っても一時間前にフェリーターミナルに行かないとならないから、

「明日の朝は六時ぐらいにはホテルを立っといた方が無難やろ」

 乗れなかったらシャレにならないからね。あのフェリーが無いと秋田なんて来れないからありがたいけど、時刻が利用しにくいったらありゃしない。だから必然的に秋田に前日泊する必要があるってこと。

 さらにもっと大きな理由がある。秋田まで来てるんだぞ。まだキリタンポを食べてないんだよ。角館で稲庭うどんと比内地鶏は食べれたけど、キリタンポはまだなんだ。これを食べずして秋田までツーリングに来る意味がないだろうが。

 旅行の大きな楽しみに、その土地の名物を食べるってのがあるじゃない。千草はキリタンポに誘われて、このツーリングに出かけて来たのに、陰険なコータローはここまで先延ばしにしやがったんだ。

 ビジホから店に向かったのだけど、なるほどこのビジホにしたのはこのためか。ホテルも駅前だけど店も駅前なんだ。店の名前もモロできりたんぽ屋ってなってるよ。店はマタギの家をイメージしたそうだけど、マタギの家なんて知ってる訳がないから農家風としとく。

 個室風のテーブルに案内してもらって、待望のきりたんぽ鍋定食が出て来たけど、これはとろろご飯に卵を載せたもので、こっちの小鉢が鮭の糀漬け、隠元の胡麻和え、いぶりがっこぐらい聞いたことはあるぞ。そしてキリタンポ鍋がで~んだ。

 この店のおもしろいのはキリタンポ鍋の誕生を紙芝居でやってくれるんだ。キリタンボってなんだかだけど。米を粒が残る程度に押し潰したものを棒に巻いたものぐらいの理解で良さそうだ。これの表面を炙って、串を抜いて鍋に入れたものがキリタンポ鍋。

 鍋のダシは比内地鶏から取ったものだし、比内地鶏だってもちろん入ってる。キリタンポに鍋の出し汁が沁みて美味しく食べられるぐらいかな。美味しいのは美味しかったけど、延々とお預けされ過ぎて、これだったのかと思ったのは内緒だ。すべてコータローの陰険さが悪い。

 それでも秋田で本場の本物のキリタンポ鍋が食べられたのは素直に嬉しい。色んなものを食べたよな、イトウの刺身とか、ヒメマスとか、海戦丼なんか三回も食べたし、函館ラーメンと津軽ラーメンの両岸ラーメン制覇も出来た。カンボジア料理も他では食べられないんじゃないかな。

 ツーリングだって、快走路の連続みたいなものだったし、景色だって最高だった。函館山から見た夜景も忘れられないな。これだけのツーリングを実現させてくれたコータローには心から感謝してる。

 これって千草がずっと夢見ていたものだと思うんだ。愛する男と結婚して、夫婦になって、ラブラブどころか熱々のまま一緒に旅行してるんだもの。こんな日が千草に来てくれるなんて感激しかないじゃない。思わず涙ぐんじゃった。

「激辛鍋やないで」

 あれは好きじゃない。コータローもそうなんだけど、辛いのだって好きだけど、あまりにも辛いと言うか、辛さが売りみたいな料理は好きじゃない。

「蕎麦とかうどんに七味唐辛子とか、ピザにタバスコぐらいは欲しいぐらいやけど」

 キムチになるとちょっとだ。

「いっつも思うんやけど、美味しいもん食べとる時の千草は、ほんまに嬉しそうな顔するな」

 そりゃそうなるよ。それにだぞ、変態性欲煮え滾り野郎と一緒に食べてるんだ。それだけで二倍ぐらいは美味しくなるに決まってる。こんな幸せがずっと、ずっと続いて欲しい。いや続けるんだ。幸せってね、

「♪幸せは歩いてこない」

 お前はどれだけ年齢詐称してるんだ。公立中学に入るのに二十年ぐらい浪人したんだろ。

「どないしたら公立中学に入るのに浪人するねん。そもそも同い年やろうが」

 千草はコータローに幸せを与えてもらった。だから千草はこの幸せを守る。さてと、今夜のコータローは、

「キリタンポパワーや」

 あちゃ、疲れてるのか。あんなにふにゃふにゃじゃ、千草を貫けないぞ。タンポを付けた槍じゃなくて抜き身で来い。