ツーリング日和26(第23話)Ninjaの走り

 遠坂峠だけどモンキーでも登れるはず。こっちは六甲山トンネルだって、戸倉峠だって、坂の辻峠だって越えてるんからな。

「坂の辻峠はマイナー過ぎて誰もわからんて」

 そういうけどあれも越えるのは大変だったんだから。

「頭文字Dの世界やったもんな」

 それ見たよ、ユーチューブで。あれって実在する峠での公道で行われていて、言ってしまえば暴走族のチキンレース。

「峠族の公道レースと言え」

 やってることは同じだろ。でさぁ、アニメで見てるとかなり長時間のレースみたいに思っちゃうけど、

「そやな。レース途中でタイヤがヘタるぐらいや」

 だから軽量のハチロクが勝ったなんて理由にもしてたけど、そんな長大な峠道なんて、そうそうはあるもんか。レース時間なんて長くて十分ぐらいだと思うよ。それも下りばっかりだし、

「無敵のダウンヒラー、秋名のハチロクやからや」

 遠坂峠も動画で見たけど、まず道は酷道じゃなくちゃんと二車線ある。路面は整備サイクルで変わるだろうけど悪くなさそうだった。少なくとも佐仲峠や、

「青垣峠よりずっとエエはず」

 シニク酷道と比べるな。あそこを上回る国道なんか、そうそうあってたまるか。それでも勾配はキツいし、ワインディングもそこそこあるぞ。こういう道は三速と四速の合わせ技・・・

「つうか三速メインで時に四速、下手すりゃ二速やろ」

 そ、そうなってる。さすが天下の遠坂峠だ。それでも空いてるのは褒めてやろう。

「こんなとこわざわざ走るんは、小型バイクと峠が好きな走り屋ぐらいやろ」

 普通は素直に遠阪トンネル走るよな。とくに豊岡道から走ってきたら、バイクだってわざわざ下りて走るのはよほど酔狂な奴だけだ。そんな事を話しながら峠道と格闘、もとい楽しんでいたらバイクにぶっこ抜かれた。

 こういうことは良くあるのだけど、あれは速いよ。長くもないストレートであっと言う間にパスされて、その次のカーブを鮮やかにクリアして消えて行きやがった。

「あそこまではよう倒せんわ」

 モンキーで張り合うのはあきらめろ。馬力もお話にならないけど、タイヤだって違い過ぎる。あんだけデッカイ太いタイヤを履いてるからこそ出来る芸当のはずだよ。もっともマシンの差も歴然としてあるけど、それでもあれは上手いよ。

「カワサキやな」

 そんなもん見ただけでわかるだろ。ライムグリーンのバイクなんかカワサキ以外にないはずだ。それぐらいグリーンと言えばカワサキなんだよ。もっともグリーンじゃないカワサキなら見てもまずわかんないけど。

「たぶんNinjaやな」

 それも見たらわかるだろ。カワサキでスポーツタイプと言えばNinjaかZだ。あれはどう見たってZじゃないから消去法でNinjaしかあるもんか。それもボリューム感からして二五〇CCじゃない気がする。

「あの走りの感じからするとハイパースポーツちゃうか」

 そんな気がする。それも四〇〇CCじゃなく大型だ。そうなるとZX―10Rか、

「ZX―6Rぐらいかもな」

 どっちであってもモンキーからしたら異次元のモンスターバイクだ。だってだぞ、車体重量は二百キロぐらいだけどZX―6Rでも百三十馬力だ。こんなものスポーツカーだって勝てるもんか。

「そやな百三十馬力言うても、軽自動車の五分の一ぐらいの重さやもんな」

 モンキーは重量こそ百キロぐらいだけど、

「十馬力もあらへんわ」

 単純計算で五倍以上はパワーがあるもの。

「燃費やったら負けへんで」

 違うだろ。勝てるのは燃費だけだ。それはそれで経済的なんだけどね。

「ガソリンかってレギュラーやしな」

 そこの自慢はそれぐらいにしておけ。次は保険料とか、メインテナンス料のみみっちい世界の争いになるだけだ。言うまでもないけど、そういう世界は長い目で見ると大事は大事なんだ。

「なんでもそうやけど、カネはかからんに越したことはない」

 ケチのコータローらしいな。けどな、バイクはやっぱり走ってナンボの乗り物なんだよ。なんだかんだと言っても速さは正義だ。みみっちい世界の自慢を頑張れば頑張るほど、速い大きなバイクに乗ってる連中から哀れみの目で見られるだけなんだから。

「あれは女やな」

 コータローでもわかるよな。真っ赤なライディングスーツだったけど、あれは女だった。それも若いはずだ。千草は生粋のトコトコ派だけど、

「モンキーで走り屋は珍しいで」

 モンキーじゃ、トコトコ派しか出来ないと言われたらそれまでだけど、トコトコ派であるのを恥じてもないし、ツーリングの走り方、楽しみ方としてバイク乗りにも認知されてる立派な分野だ。

 とは言えだ。バイク乗りの心の奥底には速いバイクへの憧れは誰にだってあるはずだ。それもまたバイクの原点の一つだと勝手に思ってる。だからじゃないけど、ああやって峠道を颯爽と駆け抜けるバイクは素直に羨ましいよ。

「あれだけの腕のバイクはとくにそうや」

 平坦な直線でぶっとばすのは誰だって出来るものね。あんなもの度胸一発の純馬力勝負だし、もっと単純に言えばデカいバイクなら誰でもできるもの。

「賭けるんは免許やけど」

 免停どころか免取にもなるからね。けど峠のワインディングは違うもの。馬力のあるバイクが有利なのは間違いないけど、それだけじゃ、あんなに走れないのが峠だ。それぐらい腕の差が出るだけじゃなくリスキーなんだよ。

「賭けるんは命や」

 まさにそれ、

「公道で車体をあんだけ倒すんは恐怖やもんな」

 サーキットと公道は違うのよね。サーキットは路面も整備されてるし、転倒してもあれこれ安全設備は整えられている。だけど公道は、

「路面がどうなってるかはわからんし、転んだらガードレールとか崖とかに突っ込むし、場合によっては谷底に一直線や」

 波打ってたり、ヒビが入ってたり、舗装が凹んでるところだってある。砂が浮いてたり、物が落ちたり、中には意味わかんないけど、縦溝をわざわざ刻んでるところだってある。

「わざと波打たせてるとこまであるもんな」

 その路面状況を一瞬で読み取らないと行けないし、これから突っ込んでいくカーブに対してどれぐらいの減速が必要になるかの計算も瞬時に判断しないといけない。減速に対するギアの選択だってある。とにかく一つ間違えば、

「ドッカンや」

 計算が狂ってカーブを膨らんだだけでも、

「対向車も来るからな」

 それもあるよ。だから失敗するのだっているし、

「花束街道になったりしてるところも多かったそうや」

 かつての花束街道はそういう連中のお蔭で走れなくなってるところも多いのよね。それでも、それでもなんだよ。そういうスリルを乗り越えて豪快かつ颯爽と走り抜けていくバイクは、見てるだけでワクワクさせられる。

「あれはあれで永遠の憧れみたいなもんや」

 それは生粋のトコトコ派の千草だってどこかにあるもの。もっともモンキーでやろうとも思わないけどね。

「それちゃうで。やりたくとも出来へんのがモンキーや」

 ああそうだ。そこを割り切れないやつにモンキーに乗る資格はない。モンキーはね、トコトコ派に天から与えられたバイクなんだよ。

「ホンダが売ってるだけやし、納車まで少々待たされるけどオーダーしたら普通に買えるで」