ツーリング日和19(第8話)法華口駅

 さすがにラーメン食べただけで帰るのももったいないから、紫川ラーメンの前をさらに進み、中国道を潜り、あの信号を右だ。

「フラワーセンターの方ね」

 これは国道三七二号になりフラワーセンターにも行けるのか。そっちの方が御坂さんには良かったかもしれないけど、今日は悪いけどボクの趣味に付き合ってもらおう。北条鉄道を渡って着いたのが法華口の駅。

「ここって有名な人がいたはず」

 知ってたのか。駅舎の中に米粉を使ったパン屋さんがあるのだけど、そこの店長さんだった人だろ。あの人に最初に会ったのはまだブレークする前だった。ボクはハイキングも趣味で法華口駅から善防山、笠形山って登ってたんだ。

 帰るために法華口の駅まで戻って来たのだけど、あいにく汽車は出たばかり。一時間に一本しかないから駅で待ちぼうけになってしまったぐらい。今は変わってるかもしれないけど、あの時はまず北条行きの汽車が来たんだ。

「その時に見たのね」

 見たよ。つうか撮り鉄みたいな人が突然群がり出して、なんだなんだの世界だったもの。汽車は北条に向けて発車するのだけど、これをまあ見事な見送りをするんだよ。駅長さんかと思ったもの。この美しい見送りシーンは話題になり、テレビの取材があったりユーチューブでも紹介されたもの。

「チサもそれ見たよ。あれってプロの映像だったはず」

 ボクもそう思う。そこからブレークしたのだけど、次にハイキングに来た時に腰を抜かしそうになった。あの時は昼食に米粉のパンを買うつもりだったのだけど、ここの駐車場が満車になってるだけじゃなく駐車案内のための警備員まで出ていたんだ。

「ここの駐車場が埋まってしまうなんて・・・」

 ローカルだけどスターになってしまっていた。でもしばらくして店を辞めてしまったみたいなんだ。

「そこからメジャーデビューに・・・なんてならないか」

 芸能界は誰でも一度は憧れる華やかな世界だと思う。あそこでスポットライトを浴びるために毎年どれだけの芸能人がデビューし競い合いあってるかと思うと怖いぐらいだ。でも本当の意味でのスポットライトを浴びれるのはほんの一握りなんだよな。

「だよね。だから売れるためにはなんだって差し出すぐらいでしょ」

 昔からそう言われてるし、実際もそうだろ。女性だったら枕ぐらいは差し出すだろうし、

「男性だって枕ぐらい差し出すよ。あの事件だって知らなかったと言わせないし、嫌なら逃げれるじゃない。相手はジジイだよ。売れてスポットライトを浴びるために差し出した合意のものに決まってるじゃない」

 ローカルで人気者になれてもメジャーになるためには距離があり過ぎるのがあの業界だ。もちろんローカルからメジャーデビューも可能だけど、

「なにがなんでもスポットライトを浴びてやるの根性が据わっていない人には無理な業界だと思う」

 法華口の女性店長も自分の見送りが話題になり店の売り上げが上がるぐらいの期待はしていたはずなんだ。ある種の宣伝だ。でも人気が出過ぎてしまったんだろ。

「次にどうするかを悩んだのだろうな」

 ボクもそう思う。若々しくて素敵な人ではあったけど、あの頃でもう四十歳ぐらいだったはずなんだ。そこからスタートしてあの世界に飛び込むのは躊躇われたのだろうな。

「でも立派な駅よねぇ」

 今は北条鉄道になってるけど、この駅は旧国鉄時代に建てられたもの。

「ところでさぁ、どうして法華口駅なの?」

 そんなもの駅前の三重塔のレプリカを見ればわかるだろうが。ここは法華山一乗寺の最寄りの駅だよ。

「それって西国三十三か所の札所」

 うちの県でいうと中山寺が二十四番、播州清水寺が二十五番、ここの法華山一乗寺が二十六番だ。

「一乗寺の次は」

 書写山円教寺になる。

「巡礼っていうけど離れすぎてない?」

 西国巡礼は日本でも最古級の巡礼だけど四国八十八か所に比べても配置に無理があるんだよ。京都市内みたいに密集してるところもあるけど、

「播州清水寺から一乗寺だって結構なものよ」

 だから鉄道が出来たころには賑わってたのじゃないかな。

「それにしてもホームが長すぎない?」

 ああそれは石材輸送のためのはず。長石と言って今でも笠形山のところで切り出してるよ。昔は法華口まで運んで貨車に積み込んでいたと思うけど、

「そうだそうだ、書写山円教寺の次はどこなの」

 成相寺だよ。丹後半島にあるよ。

「それって論外に遠すぎるでしょ。どうやって行ったのよ」

 わかんないけど生野街道を北上して朝来ぐらいから福知山に出て宮津の方に行ったのじゃないのかな。

「そこまでになったら無理ゲーだよ。クルマでだって一日がかりになるじゃない」

 法華口駅に来たのはこの駅を見るためもあるけど、ここから鶉野飛行場跡を訪ねるのもあったんだ。ここは歩いてこそ価値があるもの。駅からしばらく歩くと、

「姫路海軍航空隊?」

 ここは第二次大戦中の海軍航空隊の基地跡になる。もっとも最初から海軍航空隊基地として作られたのじゃなく、まずは川西航空機が疎開して来て、そこに海軍航空隊が後から乗り込んだぐらいらしい。

「こんなに大きいんだ」

 対空機銃の銃座の跡だけどどれだけ機銃が大きかったかわかるもの。他にも弾薬庫とか発電機が備えられていた巨大な防空壕も残っていて、

「滑走路も残ってるんだ」

 滑走路の北の端に当時の格納庫風の建物があって、

「これが紫電改なの」

 大戦末期に日本の空を守った伝説の名機かな。本物じゃなくて原寸大模型だけど細部まで本当に良く出来てるもの。

「こっちは?」

 ボクはこっちが見たかったのだけど九七式艦攻の原寸大模型だ。これも真珠湾奇襲に参加した名機だよ。御坂さんは嫌がってないよな。女の人はこういうのを嫌がる人も多いけど、

「これはなかなか見れるものじゃないね。それがこんなに近所に展示してあるなんてビックリした」

 良かった喜んでくれてるみたいだ。

「そうなると法華口駅の全盛時代は第二大戦中だったのじゃない」

 そうかも。海軍航空隊基地だけじゃなく川西航空機の工場まであるから工員さんたちが法華口駅から毎日通っていたはずだものな。

「それだけじゃないよ、飛行機を作る部品だとか、海軍航空隊の食糧とか、武器弾薬、燃料なんかも運び込まれていたはずじゃない。というかさ、鉄道輸送が使えるから鶉野に川西航空機も疎開したのじゃないかな」

 それも今は昔だよな。そろそろ帰ろうか。