ツーリング日和18(第12話)秋吉台

 景清洞が見つかってからついに大正洞の道路案内が現れただけじゃなくカルストロードの看板まで出て来てくれた。道も二車線の見晴らしの良い道に変わり、正面に見えている小高い丘が秋吉台で良さそうだ。目印にしていた大正洞駐車場も過ぎ道は丘を緩やかに登って行く。段々と道の左右に生い茂る木が低く、まばらになって行き、

『出たぁ』

 お化けじゃないしゴジラでも無いよ。さっと視界が広がると飛び込んで来たのは草原だ。う~ん、草原と言うより草に覆われた丘って感じかな。カルストロードは左手に見える谷に沿って走ってるみたいだけど・・・あれは草原の間に見え隠れする白い岩。写真で見たことがあるカルストだ。

 さらに緩やかに登って行く道が心地良いよ。高度が上がるとさらに見晴らしが良くなって谷に広がるカルスト風景が壮大だ、なんて雄大な風景なんだ。さすが日本最大のカルスト台地だ。

 どうも坂は登り切ったみたい。秋吉台は台地だから頂上の平坦部分を走ってる感じかも。ここって本当に日本だよね。日本にこんなところがあるのが信じれない。緩やかな丘陵地帯に広がる見渡す限りの大草原。そこにカルスト台地特有の白い岩が点在していてヨーロッパの高原みたいじゃないの。

 それと道路も良い。余裕の二車線で緩やかなワインディングがあるぐらいでとっても走りやすいし楽しいよ。台地の登りだから、ダックスちゃんが苦手のキツイ峠道も無いしね。ゆったり走りながら景色を満喫できるって感じだ。こんな道ならいつまでも走っていたい。

 残念ながら永遠に続く道じゃない。入ってきた時と逆で道の両側の木々が段々と高くなって来た。道も下り始めてるものね。そしたらコトリさんがカルストロードから左側に入って行った。

 どうも秋吉台の展望拠点みたいなところのようだ。だってまた素晴らしいカルスト台地の眺望が広がってるもの。

「ここは一番お手軽に秋吉台を楽しむとこやろ」

 秋吉台の南の端に近いところで秋芳洞からもすぐなのか。たしかにここからの展望だけでもカルスト台地を味わえると思うけど、ここで終わりにするのはもったいないよ。

「今は変わって来とるけどかつてはピストン往復するしかあらへんかったから時短やろ」

 えらい古いと言うか、それこそ昭和の団体旅行時代の話みたいだ。だってだよ山陽新幹線が開通した頃っていつの話だよ。それは置いといても新幹線が博多まで伸びたから関西の観光客がこの辺まで押し寄せるようになったらしい。新幹線で小郡まで来てそこから観光バスで周遊みたいなスタイルだったのか。

「ディスカバリー・ジャパンの時代ね」

 なんだそれ。観光客が目指したのは目玉は日本最大の鍾乳洞の秋芳洞だったで良さそうだ。当時だって有名だったそうだけど、来やすくなったから押し寄せるようになったぐらいだろう。秋芳洞まで来たら秋吉台はお隣さんみたいなものだけど、

「秋吉台の方はあんまり有名とは言えなかったの」
「見ようによってはなんにも無いとこやろ」

 なんにも無いは酷いだろって思ったけど、たしかになんにもなかった。あるのは雄大なカルスト台地だけ。でもさぁ、でもさぁ、それが良いのじゃないの。

「まあそうやねんけど、団体観光となったら目的地がいるんよ」
「ぶっちゃけで言えばバスが停まれる観光施設みたいなところ」

 当時の団体旅行は職場単位の社員旅行とか、

「今や死語になってもた天下の農協ツアーや」

 農協ツアーってなんだよそれ。農協の社員旅行のことか。要は旅行に来ているものの、団体の一人一人の目的がかなり違ってたのか。

「そういうこっちゃ。朝からビール飲んで出来上がってるのも珍しくなかったからな」
「観光より夜の宴会が楽しみも多かったのよ」

 そういうのは今でもいるだろうけど、当時はそういう連中の声が団体の中でも大きかったのか。

「さすがに朝からビール飲んで、夜は宴会だけは寂しいから昼間の観光旅行もやるんやが」
「当時の観光の知識なんて今とは比べ物にならないぐらいプアだったのよ」

 これはさすがに聞いた事がある。観光に限らずだけどネット時代の前と後では個人が手に出来る情報量の差は月とスッポンぐらいの差があったって。

「旅行会社の方も商売やり過ぎてたものな」
「だよね・・・」

 ツアーで立ち寄るところが利権みたいになっていて、そこで食事をさせたり、土産物を買わせたりするのが重要な収入源になっていたのか。観光客の方もその辺の知識が乏しいし、知っていたって団体旅行だからどうしようもなかったぐらいだったのだろうな。

「そういうこっちゃ。そやからあの頃の旅行は団体客がひたすら優先で、個人旅行なんてオマケみたいな扱いをされるとこが多かってん」
「旅行ってそういうものだと思い込んでた時代だったよ」

 今から思えばウソみたいだけど、それでも旅行が出来ること自体が贅沢みたいな位置づけだったんだろうか。そういう目で見れば秋吉台観光は、

「見れば十分だったと思うわ」
「平然とカットされてたと思うよ」

 こんなに良いところなのにもったない。でもさぁ、今だって空いてるよね。そりゃ、今日は平日なのもあるだろうけど、もっと観光客が多いと思ってた。ツーリングのバイクだってもっと走ってると思ってたもの。

「難しいとこや」
「セットにしにくいとこだものね」

 たとえばみたいな話だけど、関西から西に観光旅行を考えるとする。そうなるとまず目指すのは、

「広島を考えへんか」

 宮島もあるものね。

「広島からセットを考えたらやで」
「山口なんて考える?」

 う~ん。広島だけで終わりそうだし、もし足を延ばすならしまなみ海道から四国を考えそうな気がする。もし出直して再び西に向かったとしても、

「山口飛ばして九州やろ」

 否定できない。山口だって良いところはたくさんあるのは教えられたし、また来て見たいところだって出来た。それでもたとえ神戸からでもまず山口観光を目指すかと言われると、

「山口かってメジャーブランドの萩や津和野はあるけど日本海側になるからな」

 周遊で組み合わせ難いかも、

「それでも秋吉台は良かったで」
「やっと来れたって感じだもの」

 コトリさんたちも山口にツーリングに来たことがある。それこそ萩も、津和野も、角島大橋だって行ってるんだよな。だけど秋吉台は結果的に後回しになってしまったぐらいは言えそうな気がする。

 この辺がツーリングでも高速が走れるかどうかでも変わって来るのは絶対あるはず。ツーリングの本道は下道だっていくら粋がっても、高速が利用できないデメリットは長距離ツーリングになるほど応えてくるもの。

「まあそうや。それでもそういう不便を楽しみに変えるのもツーリングやと思うで」
「バイク乗りに粋がりは大切よ」

 この二人はとにかくタフだものな。

「ところでやけど、秋吉台でシナリオライタ―のプライドを炸裂させとったな」

 バレてたか、

「そりゃ、わかるよ。意地でも絶景を使わないんだもの」

 あれは角島大橋の時に使いすぎたし、我ながら芸が無さすぎた。

「でもホントは使いたかったのでしょ」

 これもバレてたか。あんなもの普通は絶景のオンパレードで終わっちゃうところだよ。それぐらい良いところだった。

「さて下道ライダーの粋がりをやりに行くで」
「アリスも意地を見せてね」