ツーリング日和5(第33話)メーテルごっこ

「それよりユッキー、あれで良かったんか」

 良かったよ。

「見栄張るな」

 そう張ってる。張ってるけど後悔していない。ミチルはイイ女だし、カケルに足りないものをすべて補える女だ。だから選んだ。選んだ時点でああなるのは織り込み済み。コトリにもそう見えるでしょうが、

「そりゃ、そうやねんけど。御執心やったやんか」

 だからここまでしてあげた。カケルを再びパティシエにし、店も持たせてあげた。チョロチョロとうるさいナガトも排除した。これはすべてカケルのため、カケルの幸せのため。

「それはそうやけど、あれはカケルの気を惹くためやろが」

 コトリの言う通りよ。そうやってカケルに振り向いてもらうため、

「だったらなんでミチルをわざわざ」

 そりゃ、カケルにミチルが合ってるから。合ってる女と結ばれるのが最高の幸せじゃない。

「ユッキー、まさか」
「やったよ」

 ミチルに幸せになるおまじないをかけてやった。あれでミチルは幸せな結婚が出来るし、ミチルが選んだカケルも幸せになれる。これでみんなハッピーじゃない。

「すべてミチルのためにか・・・」

 ミチルが勤めていたのはクレイエール。わたしも入るけど、コトリやシノブちゃん、ミサキちゃんにとってはとくに大切な会社。感覚としては故郷だし、記憶としては青春時代になるかもしれない。

 今だって、なんだかんだとクレイエールビルに本拠を置いてるのもその部分はあるし、何度も建て替えや移転の話が出ても、その度に大改修してまで使い続けてるのもそういう部分へのこだわりがあると思う。

 クレイエールと言っても、クレイエールHD傘下の会社に過ぎないけど、やっぱり特別視、特別待遇で扱っている部分はあるかな。そこで起こったのがミチルに関する不祥事。刑事事件にまで発展したから耳に届いたんだよ。

 みんな怒ってた。シノブちゃんも、ミサキちゃんもそうだったけど、コトリの怒りは凄まじかった。だってだよ、災厄の呪いの糸で嬲り殺しにするなんて言い出したんだもの。あれは二度と使わない事にしてたのにだよ。

 わたしだって怒ってたけど、さすがに災厄の呪いの糸はやり過ぎよ。そりゃ、必死になってコトリを宥めたもの。今の時代に使うのは絶対に良くないじゃない。なんとか説き伏せて、もっと穏やかな方法にすることで納得してもらったんだ。

「あれのどこが穏やかやねん」

 出所したら娑婆のメシを食べたがるけど酒も欲しくなるのよ。でも刑務所は禁酒だからすぐに酔っぱらうのも多いの。予想通りに酔ってくれたから契約書にサインしてもらったの。怪しいものじゃないよ、就職先のお世話をしてあげただけ。

「どこがやねん。遠洋マグロ漁船に一年半やぞ」

 そういうけど前科者の就職は大変なのよ。マグロ漁船なら世間の後ろ指も無いし、収入は良いし、体力もつくし、漁船に乗ってるうちは無駄遣いもしないじゃない。そのうえ美味しいマグロも食べ放題。

「余計なオマケがあるやんか」

 あああれ、慣れない仕事でしょ。少しでも慰めになるようにレクリエーションも用意してあげただけ。

「あれをレクリエーションて言うんか」

 他に言いようがないじゃない。遠洋マクロ漁船って長期航海になるし、その間は船に男だけで隔離されてるようなもの。そういう同性だけで過ごす特殊な環境はストレスがたまるのよ。ストレスは発散させないと体に悪いじゃない。

「ストレス発散言うてもあれは・・・」

 長期に同性だけで隔離させれた社会では異常な性行動が起こりやすくなるの。わたしはほんの少しだけそれを助長する環境を整えてあげただけ。そうだね、メンバー構成に一工夫させてもらった。

「聞いてるだけで寒イボが出そうや」

 失礼な。災厄の呪いの糸を使いそうになったコトリに言われたくない。そんな殺伐なものじゃなく、もっとハッピーなものじゃなくっちゃ現代社会に合わないよ。

「どこがやねん」

 そりゃ、最初は抵抗があるかもしれないし、少しだけ惨めな思いをするかもしれないけど、なんでも最初はそんなもの。そういう意味ではベテランだし、腕扱きの連中なのは保証付き。えっと二十二人だったかな。それだけいれば相手に不足はないでしょ。

「多すぎじゃ、何人を相手をせにゃならんのよ」

 だって折角じゃない。どうせ逃げ場なんてないんだから、すぐに馴染めるよ。一年半と言っても漁場に着くまで一か月ぐらいは余裕でかかるのよ。その間はやる事がないから、一日中になるかもね。

 それでも辛いのは最初の一週間ぐらいかな。一か月もすれば体も慣れて来るし、漁場に着けば夜だけじゃない。三か月もすれば天国になってもらえると期待してる。帰りの時も一日中になると思うから、頭なんか真っ白になるぐらいの夢のような体験になってくれると期待してる。

 日本に帰る頃には心も体もきっと生まれ変われるはず。それにマグロ漁船下りたら、それで終わりだし、ちゃんと給料ももらえる。またマグロ漁船に乗っても良いけど、人生の再出発のための資金ぐらいになってくれるはず。やったのはそれだけ、わたしは優しいのよ。

「船を下りる頃には、棲む世界が完全に変わってるわ」

 だ か ら、そういう世界に連れて行ってもらったんだって。あの世界だってちゃんとした世界だよ。そこを見下した目で見ちゃダメ。その世界に行ったからって日常生活は送れるし、仲間だってちゃんといるし、恋愛だって出来るんだから。

「ミチルの件やからそれぐらいはかまへんけど、ユッキーはどうなるねん」

 わたしは永遠の時を旅する女。そこで出会い、愛した男の幸せを願うだけ。どんな男もわたしにとっては行きずりにすぎない。出会いと別れはわたしの旅にとっては宿命。カケルもまたその一人に過ぎないのよ。

 この旅に終わりはない。目的駅も、終着駅もない無限の旅。カケルもまた、たまたま乗り合わせた旅の仲間の一人。わたしはカケルの記憶の中に生き続ければ満足なの。そしてわたしは今日もまた当てもない旅を続けて行く。

「エエ加減、メーテルごっこはやめへんか」
「イイじゃない、最近はまってるんだから」
「そやから似てへん言うとるやんか」
「ほっといてよ」

 やはりわたしが待つ男はジュシュルのみ。

「とっくに死んどるわ」
「コトリは見てないでしょうが」
「あんな状況で生き残れるか」
「コトリは生き残ったじゃない」

 ジュシュルは神。神ならば生き残る。コトリがそうだったように必ず生き残り戻ってくる。それをわたしは知っている。

「生き残っても、どうやって地球に来るんよ」
「宇宙船を作れば済む話じゃない」
「ディスカルは無理やと言うとったやんか」
「ディスカルには無理でもジュシュルには作れるの」

 ジュシュルが戻ってくれば、死ぬまでの永遠の愛を誓う不滅のパートナーになる。

「同じ相手に何千年も我慢できるんか」
「出来るわよ、コトリと同じにしないで」
「あっちが飽きるわ」
「飽きないし、飽きさせない」

 これはさすがにメーテルでも自信ない気がする。百年ぐらいなら余裕だけど、千年となるとさすがにね。そうなりたい願望と現実はどうしても差が出ちゃうもの。だからメーテルは哲郎を置き去りにして旅立ったんだと思う。

 その辺は哲郎が永遠の命を手に入れられなかったから、いずれ年老いてしまうのもあった気がする。年老いても愛せるよ、愛せるけど楽しめなくなるじゃない。その点はジュシュルは神だからなんとかなるけどね。

 人は永遠の愛に憧れるけど、人にとって永遠っていくら長くても百年ぐらいじゃない。あっという間なんだよね。メーテルはそんな人との時間感覚の差をよく知っている女だったんだろうな。

「何遍でも言うけど誰がメーテルじゃ!」
「わたしに決まってるじゃない。ほら永遠の時を旅する女じゃない」
「こんなチンチクリンの黒髪のメーテルなんかおるか」
「ほっといてよ」