浦島夜想曲:お成りの間

 風呂から部屋に戻ったんだけど、

    「立派な部屋ねぇ」

 なんでもこの部屋に紀州の殿さまが泊っていたからお成りの間っていうらしいし、置いてある調度も当時の物があるんだって。四人とも大はしゃぎで、

    「シオリ、撮って、撮って」

 床の間をバックに殿様気分てところのようです。これはわかるから、いっぱい撮ってあげた。

    「コトリで悪いけど」

 えへへへ、撮ってもらった。やっぱり一枚欲しいじゃない。お成りの間は二間続きで、上段の間と下段の間に別れるみたいだけど、

    「やぱりシオリは主女神だから上段の間よね」
    「そうね、わたしたちは下段の間にしましょうか」
    「やだぁ、ここまで来て仲間外れはないでしょ」

 そして待望の食事。

    「すき焼きコースもあったけど、やっぱり懐石にしといた」

 料理写真はあんまり撮ったことなかったけど、これもパチリ、パチリ。ただ飲むわ、飲むわ。だって、

    「お飲み物はどういたしましょうか」
    「とりあえずビールで」
    「何本お持ちしましょうか」
    「そやな、とりあえず一ダース持って来てくれる」

 飲んで食べてで盛り上がってきたら、

    「コトリ、いくよ」
    「ほいきた」

 げげ、ウインクじゃない。これは懐かしい。

    「ミサキちゃんも入って」
    「ユッキー社長、ここでもやるのですか」
    「もちろんよ」

 これはパフューム。よく踊れるものね。

    「ほらシノブちゃんもよ」

 女四人組ってあったっけと思ってたら、

    『♪果てしない
    この空の向こうに』

 スピードだぁ。みんな芸達者だなぁ。

    「ほらシオリも」

 えっ、えっ、えっ、なんにも出来ないよって思ってたら、

    『♪ド、ド、ドリフの大爆笑』

 なるほど五人組だ。そのまま続けて、

    『♪ババンガ、バン、バン、バン
    ババンガ、バン、バン、バン
    いい湯だな』

 まさかエレギオンHDの心臓部でこんな練習やってるとか。いや、やってるに違いない。やってなきゃ出来ないもの。食べて、飲んで、歌って、踊った後は一階の囲炉裏がある部屋に、

    「イイね、イイね、この感じ」
    「懐かしいって感じがするものね」

 五人でキャッキャッと話し込んでた。囲炉裏部屋に行ったのは、行きたかったのもあったけど、食器を下げてお布団を敷いてもらうためでもあるのよね。しばらく談笑した後に、

    「そろそろ戻ろうか」

 部屋に戻れば再びビール。ユッキーが、

    「聞きたいこと色々あるでしょ」

 いっぱいあるんだけど、何から聞いたら良いものなのか。とりあえず、

    「神って結局なんなの?」
 ウィーンの時にも聞いたけど奇々怪々な世界。だってさ、オーストラリアに落下した彗星が実は宇宙船で、その乗組員が生き残っていて当時のクレイエールに勤めていたってなんなのさ。そのうえだよ、そのエラン人はエランの独裁者で一万年も宿主を移動しながら生き延びていたって言うのよ。

 アラって名前らしいけど佃煮みたい。佃煮は置いとくとして、アラは自力では意識を移動することが出来ずに十一年前に亡くなったらしい。そんなアラからの情報が主体みたいだけど、神の発生はエランで行われた意識分離技術で、神の能力が高まったのは分離された意識が無重力状態に置かれたからってお話。


 これを信じろと言われても無理があるのだけど、ユッキーは宇宙船騒ぎの時に地球側の全権代表になってるのよ。これは誰もが知ってること。知ってるけど、実はどうして会社の社長に過ぎないユッキーが首相をさしおいて全権代表になったかは謎だった。

    「あれ? エランの自動翻訳機の精度が低すぎて会話にならなかったからなの」
    「でも相手は宇宙人じゃない。ユッキーが何ヶ国語も話せるのは聞いたけど、エラン語まで話せたと言うの?」
    「なんとかね」

 一万五千年前と言われたって想像もつかないけど、エランからの植民団が地球に来ていたって言うのよ。その植民団の末裔が作り上げたのがエラム文明で、その影響を強く受けたのがシュメール文明ってか。

    「エランには統一政府があって、統一言語になってるの。その統一言語の元になったのがエラム語で良さそうよ。まあ、奈良時代の人間と現代人が話すより差があったけど、話しているうちにだいたい覚えた」
    「ちょっと待ってよ、それじゃあ、ユッキーはエラム語とやらを知ってたの?」
    「そりゃ、知ってるよ。わたしが生まれたのはエラムのアラッタだよ。最初に覚えた言葉じゃない。バリバリのネイティブよ」

 そんなアホなと言いたいけど、まず知ってなきゃ話せない。さらにエラム語を知っていても現代エラン語とは違いが余りにも大きいから、単に話せるレベルじゃ無理なのもわかる。だって、だって、ユッキーが地球側全権代表としてエラン人と交渉したのは事実だもの。

    「じゃあ、その一万五千年前のエランからの植民団の末裔が神なの」
    「違うよ」

 時空トンネルって言われてもSF小説の世界としか思えないけど、かつてはエランと地球は二年ぐらいで来れたそうなの。それぐらい近かったから植民団が送られたというのは納得しないといけないし、そのエランからあの宇宙船団が地球に来て大騒ぎになったのも記憶に新しいところだもの。

    「あの宇宙船団は二年で来たの」
    「そうだよ。エラン代表もそう言ってた。でもね・・・」

 その時空トンネルの位置が時々変わるらしくって、地球に植民団を送ってしばらくしてから、長い間片道五十年になってたっていうのよ。それがまた近くなったから前の騒ぎの時は二年で来たはずだって。

    「おそらく、植民団は意識分離せずに地球に来ていたはずよ。だからエラム文明を築いたのはエラン人だけど神ではない」
    「じゃあ神は?」

 これがなんと一万年前の流刑囚だというのよ。分離された意識をカプセルに詰め込まれて五十年かけて地球に星流しにされたって。五十年も分離された意識が無重力下に置かれたから、今の地球の神がそこで発生した・・・完全にSFよ。それも出来の悪い。

    「じゃあ、ユッキーもコトリちゃんもエラン人なの」
    「わたしはエラン人でイイと思う。とりあえず植民団の末裔のエラムのアラッタ出身だから。でもコトリは違う、コトリはシュメール人の末裔よ」

 聞きたいのはそこでなくて、神としての意識の始まり、

    「それなら違う」

 神は分離するって言うのよ。アラッタの主女神ってのが、わたしに宿ってる主女神らしいのだけど、ここから五千年前に分離されてユッキーとコトリちゃんが神になったって。

    「じゃあ、シノブちゃんや香坂さんも」
    「違う」

 シノブちゃんと香坂さんは、四千年前にコトリちゃんから分離した神だって。もう頭の中はグシャグシャ。

    「シオリ、今夜はこれぐらいにしておきましょ。一度に理解するのは無理があるわ」
    「最後にもう一つだけイイ」
    「イイよ」
    「高校の時のユッキーやコトリちゃんはどうだったの?」

 これまた奇怪な話で、四百年前にシチリアで魔女として火炙りにされそうになったから、日本に逃げて来たっていうのよ。日本に来た時に長すぎる記憶に倦みつかれて記憶の継承を封印しちゃったって。

    「だから高校の時のわたしもコトリも、木村由紀恵、小島知江として育った記憶しかなかったわ」

 これは信じられる。あれが全部お芝居だったとは思えないもの。そうよ、神の起源も知りたいけど、今のわたしに取って大事なのはユッキーとコトリちゃんにとってわたしがどうなのかよ。

    「ユッキーの記憶構造はどうなってるの。その中でわたしはどうなってるの」

 ユッキーは少し考えてから、

    「記憶はすべてつながってる。封印していた時代の記憶もすべて甦ってる。でもね、封印していた四百年はどう言えば良いのかな、ちょっとリセット状態の感じがあるの」
    「リセットって?」
    「記憶は全部つながってるけど、シオリと過ごした時代から新たに始まってる感じと言えば良いかな」
    「だからユッキーなの」

 ここでニコッと笑って、

    「コトリもだけど気に入ってるのよ」
    「じゃあ、わたしは単なる通りすがりじゃないの?」
    「通りすがり? いつかはそうなると思う。でも今は違う」
    「ありがと」
 ユッキーの言う通り、こんな話を一遍に理解するのは到底無理よ。でも理解するのは無理だけど、感性は受け入れている。それより大事なことは、もう疑う余地なくユッキーはユッキーであり、コトリちゃんはコトリちゃんだということ。姿かたちは変わろうとも、同級生の大事な大事なお友だち。いや、向こうがどう思おうと親友よ。

 これさえわかれば今夜のわたしは満足。今日は疲れた。それも体も心も心地よい疲れ方なのよ。グッスリ眠れました。明日は何が待ってるんだろう。