ツーリング日和(第23話)加速力の謎

 今日はオレの家で加藤とキャンプ番組のビデオ編集。だが話題は謎のバイクに。

「杉田、あのバイクやけどタダのバイクやない」

 当たり前だ。オレのバイクを振り切る化物だぞ、

「そうやねんけど、不思議過ぎると思わんか」

 加藤の疑問は素朴だが、あれだけの加速を出来るのが不思議でしようがないとした。

「超軽量でハイパワーだからあれだけの加速が出来るのはわかるけんど、なんで出来るんや」

 言われてみればそうだ。軽量・ハイパワーはPWRを小さくし加速力をアップするが、バイクの加速はそんな単純なものじゃない。バイクは後輪駆動だから強力すぎるパワーを後輪にかけると、

「軽すぎて空回りするだけや」

 後輪の駆動力を発揮するには、後輪への荷重が必要だ。人込みでも六十キロぐらいでは軽すぎて路面がグリップ出来なくなる。たとえタイヤやサスのチューンでグリップが出来ても、

「ウイリーするで」

 ウイリーまでいかなくても、オレのバイクでもトラクションをかけすぎると前輪が浮く。わざとやっている時もあるが、それぐらいPWR一・〇の加速力は大きい。

「百キロで走っててもなるぐらいやんか。謎のバイクやったらウィリーどころかバイクが宙を舞ってもおかしない」

 たしかに。ウイリーへの対処法はあれこれあるが、ウイリー自体を常套テクニックと使うオフローダーならフロントに体重かけて抑え込むのはある。だがあれは体力を使うし、頻用すれば腕上がりになることもレースでは良く見られる。

 クルマのように空力パーツを付けるのもあるが、当たり前だが他の速度を犠牲にするし、低速で起こったウイリーには無意味だ。

「リアブレーキもあるよな」

 ウイリーは後輪へのトラクションがかかり過ぎた状態だから、これを減らすためにリア・ブレーキを使うのも常套手段だ。もっと凝ったものになると後輪のトラクションを減らすための電子制御もある。

「それは聞いたことがあるわ。モトGPやろ。あれは二次旋回から・・・」

 コーナーではまずブレーキング時にフロントに荷重がかかり沈み、リアサスが浮く。そこから一次旋回に移るのだが、ブレーキを緩めることでフロントへの荷重が減り、リアに荷重が移っていく。

 二次旋回とは前後の荷重が等しくなった状態から、加速によりリアに荷重が移る状態になる。コーナー脱出時にはフロントは伸び切り、リアに荷重が集中しトラクションがアップする。そこでウイリーが起こりやすくなると言う事だ。

 加藤の知っている電子制御とは、フロントサスにセンサーを付け、フロントが伸び切ってからウイリーが発生するまでの時間を予測してセッティングし、エンジンに流れ込む混合気の量を減らしトラクションをコントロールするものだ。

 他にもイナーシャル・プラットフォームを使ったり、タイヤにセンサーを付けたのも併用することもある。要点はウイリーが起こる寸前にエンジンの出力を落としトラクションを落とすと思えば良い。

「トラクション・コントロールシステムの進化系みたいなもんやな」

 トラクション・コントロールシステムは横滑り防止装置とも呼ばれ、クルマや大出力バイクに標準装備になっている。これは駆動輪にトラクションがかかり過ぎた時に、タイヤの空回りが起こり車体の挙動が不安定になるのを防ぐためのもので、単純には空回りし始めたらエンジン出力が下がる。

 ウイリー制御と似ているが、ウイリーはタイヤが空転する訳じゃないから、より高度の制御が必要になる。イナーシャル・プラットフォームを使うのは、ウイリーが起きかけている状態を察知するためだ。

 ウイリーもレーサーなら意図的に起こすものだが、レーサーでも突発的に起こってしまったウイリーへの対応は容易ではない。ウイリーへの基本的な対応はリアのトラクションを減らす事だが、アクセル・ワークだけでは難度が高すぎる。

 とにかく突発事態だから、アクセルを戻すと同時にフロントに荷重をかけようとする。多くの場合、アクセルを戻し過ぎて車体は失速してしまう。また場合によってはフロントに荷重をかけすぎてリアの荷重が減り後輪の空回りから横滑りが発生したりすると、暴れ出したマシンの制御に大童になる。オレも何度か痛い目に遭った。

「単純にはバネ・レートを強くすることやが」

 バネ・レートの調節でフロントの荷重を重くすればウイリーの予防だけを考えると有用だが、走りはトータルだ。バネ・レートの強化はハイサイドのリスクを高めるし、他の走行にも大きく影響が出過ぎる。

「それより問題はあるで。バイクの能力の限界でしかウイリー防止装置も役に立たん」

 PWRは加速力の目安になるが、それはあくまでもパワーが一〇〇%使えたらの前提だ。たとえば二百馬力あったとしても、百五十馬力しかトラクションに利用できないのであれば、残りの五十馬力は宝の持ち腐れになる。

 謎のバイクにいかにパワーがあっても、車体がその能力を発揮できる範囲しか加速力は発揮できず。それ以上を使おうとしてもウイリー防止装置が働いて、加速が出来なくなる。だがPWR一・〇のオレのバイクを余裕でぶっちぎりやがったのは事実だ。

「杉田には見えなんだか」
「あれも信じられなかった」

 ウイリーを起こすと良くないのでレースの世界でもあれこれと防止対策を取っているが、意図的なウイリーはある。加速する時にはリアにいかに荷重をかけるかがポイントだ。かけすぎるとウイリーになるが、最良のリア荷重時にはフロントの荷重がゼロであることが理想になる。

「つまりほんの少しだけ前輪が浮いた状態や」

 これはレーサーなら誰でもやっている意図的なウイリーだ。スタートや、コーナーから脱出して直線加速を行う時に前輪を持ち上げて後輪により荷重をかけるのだ。だが上げ過ぎるのも良くない。

 上げ過ぎると下ろす時びリアの荷重が下がり、そのために車体の挙動に乱れが生じ、それをコントールするためにタイム・ロスが生じかねない。だから加藤の言う通り、極力低いのが理想だ。

 理想は理想だがレーサーでもそこまでのコントロールは容易ではない。だから派手に前輪を持ち上げるウイリーになってしまう。ましてや素人はウイリーでの加速など手を出さない方が賢明だろう。

 それが謎のバイクは平然とやっていた。それもだ、ライディング・ポジションは気楽なツーリング・スタイルのままでだぞ。だが謎のバイクの直線加速はすべてウイリーだ。そんな芸当が素人にどうして出来る。

「それだけやない。おそらくやが、直線だけではなく高速コーナーでもフロントの荷重を最低限にしとるように見えた」

 低速やブラインド・コーナーは決して無理をせず十分に減速するが、オープンの高速コーナーは唖然とするほど速かった。

「あれだけのことが出来るのは路面状況、道路状況によってサスのセッテイングを変えているはずや」
「バカ言うな。そんなものどうやってやる」
「アクティブサスや」

 サスペンションも含めたセッティングはマシンの性格をガラリと変える。レースでもサーキットに合わせて変えて行くのは常識だ。セッティングの目的はいかにタイムを縮めるかだが、すべてのコーナー、すべてのストレートで他のマシンを圧倒するなど不可能だ。

 だからマシンの特性、ライダーの特徴を考えて、攻めてタイムを削るところと、ある程度目を瞑るところが出てくる。単純に言えばストレート重視か、コーナー重視だ。サーキットでは特定のコーナーに焦点を合わせたりするのも戦術の一つだ。

 そういう風な戦術になるのは作り上げたセッティングが一つで、それですべてのコースを走らなければならないからだ。

「まあ、アクティブサスは、決まった条件のところしか威力は本来発揮せえへんねんけど」

 アクティブサスが実用化されている代表格は鉄道だ。鉄道は決まった路線を走るから、そこの全条件をインプットしておけば、それぞれの走行に適したサス設定が可能になる。

「F1でもやっていた時期がある」

 F1も決められたサーキットを走るから、すべてのサーキットの条件をインプットすれば、鉄道と同じような条件になり、これを採用したチームは圧倒的に早かった時期があったらしいが、今はレギュレーションで消えたそうだ。

 アクティブサスも市販車に導入しようとしていた時代もあったそうだ。だが一般道の条件は千変万化過ぎる。思うほどの効果が得られなかったのと、とにかく高価で複雑だったので軍事用にさえほとんど採用されていないぐらいだ。

「謎のバイクの加速の謎は、アクティブサスどころか、もっと根本的なセッティングまで、道路状況に合わせて変えてるんやないかと思うんや」
「おいおい、マルチ・アクティブ・セッティング・マシーンとでも言うのか」

 セッティングのポイントは多い。よく触るのはサス、ダンパー、ギア比とかだが、これらが走行状況によって常に最適のものに変わっていけば、まさに夢のバイクだ。

「でも、そうでも考えんと、あの加速は考えられへん。たとえば直線加速ではバネ・レートが強うなってウイリーを抑え、加速し始めたら・・・」

 加藤の説明で謎のバイクの走りは説明可能だが、そんなもの幻の小型高出力ロータリー・エンジンを手に入れるより難しすぎる。

「やっぱり正体知りたいな」
「なんとしてもだ」

 もし加藤の言う通り、マルチ・アクティブ・セッテイング・システムをあのサイズ、あの重量で実現しているのならバイクの革命だ。今あるバイクをすべて旧式化してしまうほどのインパクトがある。

 クルマに較べて遅れているとはいえ、バイクにも電子制御技術は導入されている。代表的なのはABSとトラクション・コントロール・システムだ。他にも謎のバイクほどではないがウイリー制御システムや、電子制御サスペンションもある。

 だがいかんせん補助的な部分に留まるところがある。クルマに較べるとライダーの占める位置がはるかに大きいからだ。

「バイクはライダーがどう乗るかの部分が大きいし、とくに市販車の用途は広すぎるからな」

 いかにスポーツタイプのマシンであっても、サーキットだけを走れば良いものじゃない。ツーリングにも使われるし、通勤通学や買い物にだって使われる。というか、サーキットに熱中する者の方が限定的だ。基本セッテイングは汎用性が求められ、そこに電子制御が加わっても補助的な部分にならざるを得ない。

「元の汎用性セッティングからスポーツ用に広げる程度や」

 しかし謎のバイクのセッティングが加藤の推測通りなら、あらゆる用途に特化した最適のセッティングを常にマシンが判断して自動的に切り替えていることになる。

「こう考えると謎のバイクの技術的焦点は、ロータリー・エンジンよりそっちの方になるな」
「そもそもなんでロータリーを積んどるのか理解できへんわ」

 オレの知っている限りバイク・メーカーでもマルチ・アクティブ・セッテイング・システムには程遠いはずだ。そんなものを開発してる噂どころか、将来の夢みたいな話にもないぐらいだ。

「やっぱり試作車か」
「可能性は残るけど、あそこまで完成度が高いのなら、もう発表するで。それに見かけたんは二回やけど、どう見ても遊びに来てるだけやんか」

 そこもある。妙なところが趣味的で、ベースがあのバイクなのもそうだが、どう考えても売り物になりそうにないロータリー・エンジンを積んでるのもそうだ。あのリア・ボックスもそうだし、指針式のメータもそうだ。始動もわざわざセルからキックに変えているところなんて完全に意味不明だ。

「だから謎のバイクや」