ツーリング日和(第18話)ありえない能力

 オレはレーサーもやっているモト・ブロガーだから、ライディング・テクニックの番組も作っている。よくある質問として公道とサーキットでは走りの何が違うかはある。走りの基本は広い意味では同じだが、レベルが違うぐらいが説明になる。

 それと意外に思われるかもしれないが、高速道路よりサーキットの方が走りにくい。サーキットは高速を出しにくい構造になっている。たとえばストーレートだが、大昔は六キロなんて化物があったそうだ。

 だがそんな長いストレートを、モンスターに乗ってプロのレーサーが走り抜けると途轍もない高速になる。ストレートの次にはコーナーが来るが、そこで曲がり切れずにドッカンだ。そういう死亡事故を重ねた末に二キロ未満に制限されている。

 二キロのストレートさえ存在しているサーキットは数えるほどで、実際に走ると次々に迫ってくるコーナーをクリアし続けることになる。二キロと言っても二百キロで走り抜けたら三十秒ほどだからな。

 コーナーだって高速道路のコーナーじゃない。どっちかと言わなくとも峠道のコーナーして良い。それぐらいの急カーブだ。そうやってマシンのスピードを抑え込んでいるのがサーキットだ。

 だからコーナーをいかに早く走り抜けるかが勝負の重要なポイントになる。それが出来るのがレーサーであり、素人が見るとサーキットをぶっ飛ばしているように見えるって事だ。

 高速道路とサーキットのもう一つの違いは、高速道路のような巡航状態はサーキットにはない。サーキットであるのは加速と減速だけだ。可能な限り加速し、必要最小限の減速をするのがサーキットの走りだ。

 ここもポイントを絞れば減速をいかに小さくするかが勝負の分かれ目になる。その減速が必要になるのはコーナーだ。コーナーの曲がり方の基本はサーキットも一般道も同じだ。コーナーを曲がれるだけの減速を行い、コーナーに進入する。

 だがそこからが違う。一般道ではそこから安全速度で旋回するだけだが、サーキットではコーナー進入前の減速が終わればひたすら加速なのだ。レーサーがコーナーで目一杯倒し込むのはそのためだ。

 コーナーをクリアする流儀はコーナーにより、またライダーにより異なるところがあるが、オレの基本はバイクを倒し込むことにより得られる遠心力への抵抗力で、フル加速する事だ。つまりフル加速しても吹っ飛ばされないギリギリの減速を行う。

 コーナーからの脱出速度はその後に続くストレートの加速に差が付く。これの積み重ねがレースだ。オレが出るようなレースはマシンの差が殆どない。その中のセッティングの争いはもちろんあるが、互角のマシンが争うようなものだから、コーナーごとのタイムの削りあいがレースの本質と見て良い。

 レースとなると熾烈で、それこそ1キロ刻みで争われる。モトGPクラスのコーナーへの進入速度なんて、オレから言わせると狂気みたいなみたいなものだ。よくあれで吹っ飛ばないものだと寒気がするぐらいだ。


 広大生の取材で謎のバイクのあの速さの秘密の一端はわかった。超軽量の車体に強力エンジンを搭載していたのだ。だが謎はまったく解けていないに等しいところがある。軽量化とエンジン出力のアップはスピード・アップの基本に過ぎない。

 これは当たり前の事がわかっただけだ。そんな軽量化が出来た理由も、小型のエンジンをそこまでパワーアップ出来た理由も皆目見当が付かないからだ。車体重量が二十キロってなんなんだよ、ママチャリぐらいしかないんだぞ。そこにエンジンまで組み込んで、あまつさえオレのバイクを振り切るってなんだよそれ。

 石鎚の時のオレは飛ばしていたわけじゃない。ユーチューブに上げる関係で、法定速度厳守とまで言わないが、見るからに違反しているような速度で走らせる訳にはいかないからだ。インプレッションを取るために攻める時もあるがそこは編集だ。

 オレは抜かされたのだが、レーサーのサガみたいなもので、抜き返してやろうと思ったのだ。あんな小型バイクに追い抜かれたこと自体が驚きでもあったからな。どこにしようかと思ったのだが、もうすぐ大きなブラインド・カーブがあるのを思い出した。

 オレはこのコースによく来るし。そのブラインド・カーブも良く知っている。見かけないバイクだから、おそらく相手は知らないはずだ。相手が知らないブラインド・カーブなら無理をしないはずだから一挙に抜き返してやろうってな。

 謎のバイクは先行していたが、十分に減速して無理せずにコーナーに進入していた。これはバカにしている訳じゃないぞ、一般道ではあれが正解の走りだし、オレだって公道の時はそうしている。ましてや初めて進入するブラインド・カーブならそうするべきだ。

 ただ減速からコーナーへの入り方は見るからに素人だった。だから、余裕だと思った。オレはブレーキングで差を詰め突っ込んで行った。これも断っとくがサーキット・レベルじゃない。当たり前だが、路面も違うし、タイヤも違うし、バイクも借りものだからな。そこも十分にマージンを計算した上での突っ込みだ。

 差は詰まったし、コーナーワークも満足が行くものだった。あのコンディションなら最高だったと思っているぐらいだ。後は立ち直って加速すれば簡単に抜き去れるはずだった。それぐらいコーナーからの脱出速度に差があった。

 だがそこからオレは信じられないものを見ることになる。謎のバイクも直線に入ったので加速したのだが、脱出速度で完全に上回っているはずのオレを、いとも簡単に突き放したんだよ。まるでロケット・ブースターが付いているかのようだった。

 謎のバイクがウサギとすればオレはカメだ。まるでオレが止まっているのじゃないかと思うほどの圧倒的な加速力だった。あれは悪夢を見ているようだった。以後も同じだ。謎のバイクは安全速度でコーナーを回るから、その時に差は詰められるが、直線加速で話にならないぐらいに突き放された。

 そうだよコーナーで差をオレが血眼になって詰めるより、立ち上がりで謎のバイクに離される方がはるかに多かった。ビデオを見た加藤にも、

『遊んでるんか』

 こう言われたぐらいだが、言いたくなる気持ちはわかる。レーサーが乗る大型バイクが、素人の原付に歯が立たないんだからな。


 あのバイクの馬力がどれぐらいだったかを推測するカギの一つにパワー・ウエイト・レシオ(PWR)がある。これはマシンの加速力の指標の一つで、車体重量を馬力で割ったものだ。オレのバイクは車体重量が二百キロで馬力が二百馬力だからPWRは一・〇になる。ここまで書けばわかると思うがPWRが小さいほど加速力が上になる。

 PWRが一・〇がどれぐらいの代物だが、スーパーバイク選手権と言うのがある。市販の一〇〇〇CCバイクによる世界選手権だ。バイク・レースの最高峰はモトGPだが、スーパーバイク選手権との差は小さく、時に上回る事があるぐらいだ。

 市販車がベースのレースだから、元の市販車の能力が高められるのは当然で、それがPWR一・〇だ。スーパー・スポーツ・クラスと呼ばれるがオレのバイクもそうだし、石鎚で試乗していたバイクもそうだ。

 ここはシンプルには市販車最速のバイクのPWRが一・〇として良い。余裕で怪物だし、オレはレーサーだ。それをあんな素人の走りで余裕でぶっちぎる化物が謎のバイクだ。今思い出しても寒気がするほどの加速だった。


 あの加速がどれぐらいのPWRで出来るかだが、加速はPWR以外にもギア比などのセッテイングやエンジン特性、タイヤなどもからんでくる。そんなものは推測しようがないから、あくまでもPWRをベースに考えてみる。

 ここでだがクルマではドライバーの体重はそこまで大きく考えない。F1でも七百五十キロぐらいはあるからな。だがバイクは大型でも二百キロぐらいしかない。とくに謎のバイクは常識外れの超軽量だから人込みのPWRで考える必要がある。

 ライダーの体重だがオレで七十キロだ。謎のバイクの女性は細身だったから仮に四十キロと考えてみる。そうするとオレのバイクで人込みのPWRは一・三五になる。

 謎のバイクで同じPWRにするには四十五馬力が必要になる。これだって一二五CCのバイクでは途轍もないパワーだが、これではオレの乗っていたバイクと同じPWRになり、それではあの加速は無理なことぐらいはわかる。

 では人込みのPWRがどれぐらいならあれほどの加速力が得られるだが、仮に一・〇としたら謎のバイクは六十馬力必要になる。PWR〇・三五の差で、脱出速度で遥かに上回っていたオレのバイクをぶっちぎれるかどうかは疑問だが、少なくとも六十馬力以上はあると考えて良いはずだ。


 ではそんなバイクを現実に作れるかと言えば不可能だ。車体の軽量化の話は置いといても、小型高出力のエンジンとなるとレース用になるが、現在のバイク・レースの規格は二五〇CC・六〇〇CC・一〇〇〇CCだ。メジャー大会は世界も日本も同じだ。

 草レースなら他のカテゴリーもあるが、メーカーが力を注ぐのはこの三つのカテゴリーのみってことになる。当たり前だがメーカーもこの三規格のレース用エンジンしか作らない。他の排気量のエンジンなんて使い道がないからだ。

 二五〇CCのレース用エンジンで五〇馬力だ。これでも謎のバイクの馬力には足らないが、もっと問題なのは六十馬力とか七十馬力のレース用の小型エンジンが世界中探し回っても存在しないんだよ。モト2の六〇〇CCなら百三十馬力ぐらいになるが。エンジン重量だけで百五十キロぐらいなるから論外だ。

 そうなると市販エンジンのチューンになるが、四〇〇CCでも四十馬力程度だから、一・五倍以上の出力アップが必要になる。だが四〇〇CCのエンジンでも六十キロぐらいはあるはずだから、元のエンジンだけで謎のバイクの重量の三倍になってしまう。

 だいたいだぞ、謎のバイクのオリジナルの車体に付いていたエンジンだけでも三十キロぐらいあるはずなんだ。それを車体重量で二十キロにしているって、どんなマジックだ。マジックと言うよりもう魔術だよ。

 これがどれだけバカらしい重さかと言えば二五〇CCで世界最速であるモト3でも、車重は八十五キロぐらいはあるんだよ。こんなもの、オレだって話に聞いただけならホラ話にしか思わない。冗談にもならないレベルだ。

 だが謎のバイクの重さは実際に持ち上げた者の経験談だ。謎のバイクの驚異的な加速力はオレがこの目で見たものだ。さらにビデオもある。ホラ話をしているのではなく、この世に存在しているバイクの話だ。