謎のレポート(第2話)半グレ

 オレは熊倉吾郎。オレの親父は飲んだくれで、酔うと暴れるクズ野郎だったのはかすかに覚えてる。離婚したのか、勝手に出て行ったのか、どこかで野垂れ死んだのかは知らねえけど、小学校に入ったころにはいなくなってたの間違いねえな。

 母子家庭って事になるが、お袋もクズだった。だってだよ、とっかえひっかえ男を引きずり込んで、家でやってやがったんだ。商売もその手のものだったようだけど、そこで男を作って引きずりこんでたぐらいだ。

 もっとも今から考えると、男に騙されたのじゃなくて、男を騙してカネを巻き上げていたようだ。だってだよ母子家庭だったが貧乏じゃなかったからな。家だって一軒家だったし。けど、そんなものが小学生のオレにわかるはもないだろうが。ともかくそういう家庭環境に育ったから、オレはグレた。

 そういう家庭環境からでも立派になるのもいるって話にはあるけど、オレは信じられないな。小学校からワルとされ、そりゃ、毎日喧嘩三昧だった。中学に入るころには立派なヤンキーになり、家にも帰らず夜遊びをしまくってたよ。

 そういうパターンで行くと昭和の時代なら次は暴走族になるのだが、あいにくオレの地元では絶滅危惧種になっていた。だからオレが入ったのは半グレ集団だった。半グレも言葉の使い方は広いが、半分グレた奴とはちょっと違う。

 オレもそこまで詳しいわけじゃないが、昭和の極道のエリート・コースとして、暴走族から暴力団はあったそうだ。暴力団もそういう連中をスカウトして勢力拡大をしていたそうだが、取り締まりがきつくなって変わったと聞いている。

 暴力団もビジネスだから、考え方が変わってきてるぐらいだ。暴走族上がりを集めてた頃は、数を誇示したり、数による力を見せる事がビジネスに有利だったぐらいだろう。簡単に言えば、それでカネを脅し取る算段だ。

 ところがその手の手法の取り締まりがきつくなり過ぎたようだ。数の誇示でブイブイ言わせたらすぐにサツの手が入る。古典的なヤクザ稼業じゃシノギが大変になり、本当の意味で頭のイイ奴がヤクザ・ビジネスを仕切るようになっていったぐらいだろう。

 オレのような頭の悪い、脳が暴力で出来ているような野郎は、厄介ごとばかりを起こして、サツに目を付けられるだけだから、暴力団も歓迎しなくなったぐらいかもしれない。まったく時代が変わると暴力団に入れるのもエリート様かよ。

 だがオレのような人間は必ずいる。その受け皿にかつては暴力団があったが、それがなくなれば自分たちでグループを組むようになる。それが半グレ集団だ。全グレが暴力団員で、暴力団員になってないから半グレぐらいで良いだろう。

 だから半グレ集団は暴力団とは違う。暴力団の落ちこぼれ集団と見れるかもしれんが、これもちょっと違う。一番違うのは幅の広さだろう。そりゃピンは凶暴そのものだが、キリはイキがったあんちゃんまでいる。いわゆるヤンキーとか不良程度だ。

 それと暴力団は統制主義だが、半グレ集団は遥かに緩い。そうだな半グレ集団は古典的な不良グループや暴走族の連合体ぐらいで良いと思うぜ。そりゃピンからキリまでいて、そんな連中が色んなグループを組んでるぐらいで良いだろう。

 暴力団は一度入ったら、組を抜けるのは命懸けになるぐらいだが、半グレ集団はそこまでキツクない。昔の不良グループや暴走族が歳食ってきたら引退して堅気になるのがほとんどだったように、半グレ集団もそういう面は強くある。

 グループの結束は緩いし、離合集散も良くあることだから、暴力団に比べるとサツの目も甘くなる。最近は目を付けられてはいるが、暴力団のように指定をかけて締め上げるのが出来ねえんだよ。

 サツの目がきつくなっても、あっさり解散されて、新しいグループを組むからな。居場所だってサッサと変える。暴力団にくらべるとシマへのこだわりが少ないんだよ。他のところで新しいシマとシノギを見つければ良いぐらいにしか思ってないからな。


 半グレ集団で頭角を現すのに必要なものは暴力だ。オレは生まれつき体も大きく、小学校から喧嘩ばかりしてきたようなものだから、ぐいぐい半グレ集団の中の地位を上げて行った。付いたあだ名が、

『ブラッディ・ゴロー』

 相手の返り血で服が必ず血まみれになるぐらいの意味だ。この辺はオレの血も混じるが細かい事だ。それと血の臭いを嗅ぐと興奮するのもあるだろう。あれはたまんねえな。喧嘩はオレの生きがい見たいなものだ。とにかく暴れまわるとスカッとするぜ。

 半グレ集団は仲間内の喧嘩も多かったが、半グレ集団同士の抗争も絶え間なくあったんだよな。そこでいつも先頭に立って戦ってきたのがオレだ。


 半グレ集団は中高生ぐらいから始まるが、段々と抜けていく。だがオレのように大人になっても残るのも少なくない。そこまで行くと半グレ集団もほとんど暴力団化する。これは堅気でない方法でカネを稼いで暮らしていくぐらいの意味になる。いわゆるシノギだ。

 大人の半グレ集団のシノギで多いのはオレオレ詐欺だろうな。サツとかも必死になっているが、こっちだって知恵を絞っているから、ジジイやババアはいくらでも引っかかってくれる。ちょろいシノギだぜ。

 ちょっと変わったのなら屋根リフォーム詐欺もある。無料点検してやると言って、屋根に登って屋根を壊すんだよ。それを壊れたところが見つかったとして、そうだな相場の二倍から三倍で修理する。屋根修理の相場なんか知ってる奴は、そうはいねえからな。

 地味そうな詐欺だし、手抜きでも修理する必要がある。だから出来る奴は限られるし、オレじゃ出来ん。あれは屋根の壊し方にもコツがあって、下手に壊すと手間がかかって往生するらしい。見た目は重大そうに見せて、修理代を吹っかけるのがコツぐらいだ。

 買占め転売をやってる奴も多い。いわゆる転売屋で、昔はダフ屋と呼んでたと聞いたことがある。安く買って、高く売るだけだから簡単そうに見えるが、常に何が高く売れるかの情報を集めないとならないのと、買い占めるだけの元手が必要になる。

 こっちは信用無いから、買い占めると言っても現金払いになるからな。それと思惑通りに高く売れての商売で、思惑が外れて売れなかったら大損することもある。ここもやり過ぎて、人気コンサート系の規制が厳しくなっているから、常に新しい知恵と工夫が必要になる。オレには向かん。


 やってる事が地味そうに思うだろうが、これは暴力団との棲み分けが半グレ集団にしたら大きな問題なのがある。暴力団も本業だから、シマを荒らされそうになると本気で牙を剥く。あっちも生活かかってるって事だ。

 さすがに暴力団は老舗だから、美味しいところはガッチリ握ってる。半グレ集団も手を出したいが、暴力団と全面戦争するのはリスクが高すぎる。だからニッチ部門に励む関係と思えば良い。オレだってドラム缶にコンクリート詰めにされて海に沈みたくないからな。

 半グレ集団も中高生ぐらいのメンバーならイキってたらエエ様なものだが、大人になっても半グレを続けるとなると暴力団と同じで、どうやってシノギを見つけるかがすべてになる。やってる事がムチャに見えても、普通の社会人と回りまわって似たところがあるのが笑わせられる。

 暴力団と微妙に棲み分けしてたのが脱法ドラッグの販売だろう。合成ハーブみたいなものだ。暴力団が扱うのは本物のヤクだから、違うと言えば違うが、被ると言えば被る。だから暴力団と抗争が起こったり、逆に系列に入って上納金を納める関係になったりもあったようだ。


 半グレなりの苦労だってあるが、だからと言って辞められるものじゃない。今さら堅気になりたいと思わないし、堅気だって受け入れてくれるはずもない。それより何より楽しいんだよ。これこそオレの天職だ。

「ボス、怒羅美の奴らが・・・」
「懲りねぇ連中だ。仲間を集めろ」

 怒羅美はこの辺で最大勢力の半グレ集団だったところだ。ここにオレが率いる夜露死苦が戦争を仕掛けてる真っ最中だ。とにかく怒羅美は大きかったが、こいつを潰さないと、うちのシノギが苦しすぎたんだよ。

 小競り合いを繰り返しているうちに、だいぶ押し込んでやった。怒羅美の屋台骨はかなり緩んでるはずだ。先月は怒羅美の連中が逆襲して来やがったんだ。オレが留守にしているのをどこかで嗅ぎつけたようだ。

 怒羅美もこのチャンスに夜露死苦を叩き潰したかったみたいで大喧嘩になったが、部下たちが苦戦しながらも撃退してくれている。姑息な事をしやがって、今夜は思う存分、大暴れするぜ。

 えへへへ、血が騒ぐぜ。喧嘩はたまんねえぜ。相手がオレのパンチで血反吐を吐く時なんかゾクゾクするからな。今夜は怒羅美の連中を思う存分殴り飛ばしてやる。このブラディー・ゴローの恐ろしさを思い知らせてやるぜ。

 怒羅美も必死だろう。あいつらも後がなくなってきている。今夜も負けようものなら怒羅美自体がもたなくなるはずだ。ここで叩き潰してやれば、怒羅美のシマは夜露死苦のもになるぞ。

 怒羅美の小島なんぞオレの敵じゃねえぇ。猿知恵はあっても喧嘩となれば話にならねえよ。半グレに必要なのは力だ、力がある者が全部取るんだよ。それが半グレの正義だ。小島を血祭りにあげれると思うと嬉しくてしょうがないぜ。他の幹部連中も生きて帰れると思うなよな。この吾郎様に逆らって生きていけない事を教えてやるぜ。

「ボス、あらかた集まりやした」
「おぅ、行くぞ。今夜は怒羅美に引導を渡してやるぞ」

 おぉ、いるいる。頭数だけはそろえやがったか。なるほどな怒羅美だけじゃなく、曼荼羅蛇蝎会や卍連合の連中もいやがるぜ。怒羅美が潰されたら明日は我が身ってことだろう。あははは、いくら頭数そろえたって雑魚だ。今夜、全部叩き潰してやるぜ、

「やっちまえ」

 弱い、弱い。弱いのは半グレやるのなら罰ゲームでしかない。

「ぐぇ」

 雑魚は地べたで寝転がってやがれ。ちょっとは歯ごたえがあるのはいねえのか。

「ブラッディ・ゴローには敵わねぇ」
「死にたくなかったら逃げろ」

 情けない連中だぜ。それじゃ、オレが楽しめないんだよ。逃げようたって、そんなに吾郎様は優しくないんだよ。

「逃げるな、ゴローさえ仕留めれば勝てるぞ」

 小島の野郎は踏みとどまってやがるか。ここで逃げたら終わりだからな。だがな、逃げなくたってテメエは終わりだ。小島の親衛隊を五、六人叩きのめしたら、小島を置いて逃げやがった。

「吾郎、許してくれ。もう降参する。お前の手下になる」
「言葉遣いがなってねえぞ」

 腹に蹴り入れて、かがんだところをさらに蹴り上げてやった。カエルみたいにひっくり返りやがったぜ。

「それでもボスか!」

 後は踏みつけまくってやったぜ。

「ゲホッ」

 イイ血反吐だ。もっと吐きやがれ。お前はここで終わるんだよ。ほうらトドメだ、

「ぐぇ」

 これで小島も玉無し野郎になって怒羅美も終わりだ。

「ボス、曼荼羅蛇蝎会の田中と、卍連合の飯田です。ワビ入れたいと抜かしてますが」

 ワビ、テメエらにゃ贅沢だよ。這いつくばって降参するんだよ。そして持ってる物を全部差し出すんだよ。カネも、シマも、女も、部下も全部だ。そしたら命だけは考えやってもイイぜ。

「わかった、言う通りにする」

 これが半グレの正義、オレの正義だ。今夜は祝杯だ。