運命の恋(第42話):特別の日

 こんな事を思っているのは、今日が特別の日だからなんだ。マナツの記憶を全部思い出す特別の日なんだ。というか、勝手に思い出してしまう日だよ。恥しい事も、嬉しい事も、悲しい事も、とにかく全部思い出す日。そうしなくちゃいけないし、そうなってしまう特別の日だよ。

 これはマナツしか知らないジュンの秘密だよ。正確にはもう一人知っている女がいる。秘密を知っている女の良く言えば思い出話、悪く言えば愛憎の記憶、いや修羅場とする方が良いかもしれない。


 ジュンに女にしてもらった後の不安だけど、処女から女になってもマナツを求めてくれた。だから頑張って応えてた。マナツに出来るのはそれだけだもの。そりゃ、童貞と処女のカップルだから最初はぎごちなかったと思うよ。

 男と女が一つになると、どうなるかの話ぐらいマナツも聞いてた。だけどぶっちゃけで言うと、初体験の時みたいな痛みこそ無くなって行ったけど、実際はこんなものだと思ってた。それでもジュンが満足してくれるだけで十分だったぐらいかな。

 そしたらねマナツの体に変化が起こったんだ。どう言えば良いんだろう、体の芯が熱くなるって感じだった。これって、まさかと思ってたらどんどん大きくなっていった。一つになれば女がそうなると聞いてたけど、自分で体験すると正直なところ戸惑った。それこそ、どうなっちゃうんだろうって。

 ある夜にひたすら昇っていくのがわかった。どこまでも、どこまでも果てしなく。体は昇るだけでたまんない状態になっていた。そうだよ悶えたし、声もあげてた。もうダメって思った瞬間にマナツの体を何かが脳天まで貫いていった。

 これはジュンにも速攻でバレた。そりゃ、バレるよね。あれだけ悶えまくってたのが、急にグッタリしたんだから。でも気持ち良かったよ。マナツだって自分で慰めたことはあるけど、ちょっと違う感じかな。なんて言うか男にはこうやって喜ばされるんだと知ったぐらい。

 マナツはジュンに喜ばされたことが嬉しかったけど、ジュンはマナツを喜ばすことが出来たのを猛烈に感激してた。どうもジュンはマナツが楽しめていない思ってたみたいで、女ならそうなれるはずって、マナツを喜ばすのにあらゆる努力を傾けてたみたいなんだ。

 そこからのジュンはとにかく凄かった。コツをつかんだぐらいかもしれないけど、それこそあらゆる手間を惜しまずマナツを感じさせようとしてくれた。マナツの体は調べ尽くされたと思う。そしてジュンはマナツのすべてのポイントを探し出した。

 今のジュンはまずマナツのポイントのすべてを、それはそれは丹念に丹念に愛してくれる。そうされたマナツは燃え上がるしかなくなる。でもそれさえもオードブル。ジュンの指と唇に喜ばされただけ。

 だから一つになるメインディッシュでマナツは大変な事になっちゃんうだよ。それこそ何度も何度も頭が真っ白になるぐらい喜ばされる。あれはもう歓喜の嵐だよ。歓喜の嵐でマナツが灰になって燃え尽きるまで喜ばせてくれる。

 これが毎回なんだよ。そこまでマナツを喜ばせてもジュンはまだ不満みたいなんだ。今だってマナツがどうしたらもっと喜ぶかを工夫してるし努力してるのが伝わって来るもの。どこまでマナツを喜ばせれば満足してくれるか怖いぐらい。


 これは理子に聞いたんだけど、理子のところも最初は激しかったんだって。理子相手ならそうなるのは当然だけど、今はそれなりになってるって言うのだよね。ジュンが今でもほぼ毎晩のように求めて来るって聞いたら呆れてた。どんな愛し方をするかも聞かれたのだけど、

「そんなに!」

 こういって絶句してたもの。どうもジュンのマナツの愛し方は普通じゃないみたい。

「そういうレベルじゃないよ」

 理子は羨ましがると言うか、闘志を燃やしてた感じかな。だって今泉君のケツを叩くって張り切ってたもの。どうなったんだろう、コスプレで誘惑ぐらいはやってそうだよね。理子もアレは好きみたいなんだ。

「やっぱりあの時に健太郎じゃなくて氷室君を選んでおけば良かったかも」

 理子にジュンを渡すものか。それはともかく、理子の『そういうレベルじゃない』は夜だけじゃなかった。同棲してマナツのすべてを知っても、ジュンのマナツへの態度はヒートアップするばかり。何をしても喜んでくれるし、感謝の嵐が返ってくる。

 もう朝から晩までマナツのやること、なすこと褒めまくり状態。下手すりゃ、歩いてるだけなのにウットリするように見てくれるんだもの。どう言えばイイんだろう。極端な話、マナツがそこに存在し生きてるだけで無上の幸せみたいに扱ってくれる。見飽きるほど見てるマナツの裸にさえ、

「毎日が夢みたい。だってだよ、愛しのマナの・・・」

 マナツの裸にどう見ても、どう聞いたって、感激しまくってくれるんだよ。こんなマナツの裸にだよ。そして絶賛の雨あられ。それこそ、産毛の一本まで黄金の価値があるかのように褒めてくれる。

 毎日聞かされるのはマナツがどれだけ魅力的か、どれだけ可愛いか、どれだけ美しいか、どれだけ優しいか、どれだけ献身的か、どれだけ賢いか。そんなこの世で最高の女に巡り逢えた事が、どれだけ幸せかを情熱込めて語ってくれるんだよ。

 女としてはたまんないよ。こんなもの受け止め切れるものじゃないもの。とにかく心からの賛辞と感謝の中で暮らしているようなもの。これが口先だけじゃないのは夜に歓喜で体に刻み込むように証明してくれる。

 なんか昼間に口説き落とされて、夜にベッドインしてるんじゃないかと錯覚するぐらいだもの。これが同棲して五年も経ってるのに一向に衰える様子が見えないんだ。むしろますます熱気が高まっているようにさえ感じてるぐらい。

 マナツがどうなってるかって。体の芯の芯まで、心の奥の奥までメロメロになってる。だからジュンのためになること、ジュンの喜びそうなことをなんでもやるのだけど、やればやったで何倍にもなって返ってくるんだよ。もうどうしようもなくなってるに決まってるじゃない。


 ある時にマナツは気が付いた。ジュンはこうやって女を愛するんだって。全身全霊を傾けるって良く言うけど、そんなレベルじゃなく、自分の人生、自分の魂のすべてを愛する女に一滴残さず注ぎ込むんだって。そうされた女が幸せにならないわけないもの。

 だけど、これだけの愛情を注ぎ込めるは一人のはず。こんなもの複数同時に注げるものか。口で言ってもわからないと思うけど、実際に受けてみるとよくわかる。まさに怒涛のように毎日押し寄せ、溢れて溺れそうになるぐらい注いでくれるんだもの。

 だからジュンは一人の女しか愛せない。他は見向きすらしなくなる。いや、そんなものですら表現が甘すぎる。生涯で一人しか愛せないとしか思えない。というかこれだけの愛情を注ぎこまれた女がジュンから離れられるものか。

 ジュンはある意味、幸せな恋愛と結婚が出来る能力を与えられている思う。男の夢見る最高の恋愛は、初恋の相手との幸せな結婚。女だってそういう面はないとは言えないけど、男に取っては究極の理想みたいなものって聞いたことがある。


 ジュンは高校に入るまで辛すぎる人生を送ってた。その代償かのようにあの美香が初恋の相手として現れている。美香にとってジュンは運命の人だったが、ジュンにとっても美香は運命の女だ。

 美香が運命の女であるのは理子を選ばなかっただけでわかる。そうだよジュンは理子さえ選べてた。陰キャ女の理子は無理でも、コスプレの理子を知ってアタックしていたら理子はジュンの女になっていた。でもジュンは理子に興味が最後までなかった。

 ジュンと美香の初恋は叶っていた。これが大輪の恋花を咲かせ、実を結ばせるのを遮るものはなかった。ジュンは究極の理想の幸せを手にするはずっだったんだよ。まだ高校生だったとはいえ二人の結婚の行く手を阻むものは何もなかった。

 美香の両親も二人の交際を認めるだけじゃなく祝福してるんだからね。ジュンは愛する女には渾身の愛情を注ぐし、注がれた女はジュンしか見えなくなる。今ごろはウェディング・ドレスでヴァージン・ロードをジュンに向かって進んでいたはずなんだ。言うまでもないけど結婚後の幸せも保証付きだよ。

 美香はそれに相応しい女だった。美香こそジュンに与えられた最高の女。マナツが逆立ちしたって足元にも及ばない完璧な女だ。そうだよ、美香こそジュンが生涯でただ一人愛すべき運命の女だったんだ。


 マナツがジュンの女になれたのは美香がいなくなった隙に潜り込んだようなもの。マナツが受けている愛情も、夜の歓喜も本来は美香が受けるはずのものだったんだ。マナツはそれを横取りしてるようなものだってね。

 誤解しちゃいけないよ。ジュンがマナツに傾けてくれる愛情を疑ったことなんかないよ。疑う余地もないぐらいジュンはマナツを愛してくれてるもの。だけどマナツにはわかっていた。すべては美香がいないからだって。

 だから美香が怖かった。もし美香が再び現れればジュンの愛情は奪われる。ジュンの本当の心は今でも美香にあり、マナツをいかに愛していようが、ジュンは美香に走る。それこそがジュンの運命の女だってね。

 マナツではジュンを引き止める事が出来ない。そんなことはわかりきっていた。ジュンとの同棲生活は、いつの日にか現れるかもしれない美香の翳にひたすら怯えていた。これはジュンの愛情をどれほど受けても打ち消せなかった。


 美香の行方がわかった時にマナツは覚悟した。ついに、その時が来てしまったんだと。そりゃ、ジュンの反応を見れば丸わかりじゃない。やっぱりそうだったんだって。だから美香の最後の時間にジュンを行かせるのは怖かった。

 美香の寿命は残り僅かだっだけど、逢ってしまえばジュンは永遠の愛を誓い、二度とマナツの下に帰って来るはずないじゃないか。そうなるのが運命の女で、マナツを二度と愛してくれるはずがないもの。

 でもね、ジュンに愛された女として逢わせずにはいられなかった。美香と逢わせるのがジュンにとっての正解としか思えなかったんだ。それよりなにより、マナツが止めても逢いに行くと思ったんだよね。だったら、逢いに行かせようって。

 ジュンを送り出した後にマナツは泣いてた、これですべてが終わりだって。どうしてすがりついてでも、ジュンを止めなかったんだと後悔しまくっていた。マナツはどれだけバカなんだって。それこそ涙が枯れ果てるまで泣いてた。


 最後の時間にジュンと美香との間に何があったのかの正確なところはわからない。何を話していたかは聞かせてくれたけど、あれが全部かわからないし、言葉だけじゃない心の交流が二人の間にあったはず。

 ジュンが帰って来たのは三日後だった。美香が亡くなった後にジュンは美香との事を偲んでいたはず。そんなレベルじゃない、美香との永遠の愛を誓うかどうかを悩みまくっていたはずだ。その挙句に後追い自殺をしたって不思議とは思えない。

 帰って来たジュンの憔悴ぶり、動揺ぶりも半端じゃなかった。慰めようがないとは、この事かと思ったぐらいだった。葬儀が終わり美香の日記を読む姿も痛々しいぐらいだったんだよ。

 それでもマナツは天に感謝した。ジュンは美香を振り切ってマナツのところに帰って来てくれたんだもの。今なら言える、ジュンはマナツを選んでくれた。ジュンは、それまでよりさらに情熱的にマナツに愛情を傾けてくれた。それは止むことのない豪雨のように今も降り注いでいる。


 存在すら怖れた美香だけど、一方で感謝もしている。というかあの決断をしてジュンから遠ざかった事を尊敬している。ジュンの愛を受けたからこそわかる。あれはマナツには出来ない。マナツなら最後の最後までジュンにしがみついてた。ましてやジュンを他の女に譲るなど出来るものか。

 それが出来たのは、美香にとってジュンは単なる恋人ではなく運命の人であったからかもしれない。美香が目指したのは、運命の人に認められる女になること。それは如何なる状況になっても、ジュンの幸せを願い実行できる女になることじゃないかって。

 美香も知っていたのだろうな。ジュンが愛せば女はすべて運命の女になることを。さらにそれは生涯で一人しかいないことも。美香は一人しかいないはずの運命の女を誰かに引き継がせたかったのは間違いない。

 でもあそこまで遠ざけていたのに何故逢ったかだ。美香は美樹ちゃんからマナツがジュンの女になっている事を聞いたからのはず。ジュンが美香以外の女を愛していると知ったからだ。

 でもね、それは美香の自分への言い訳の気がする。本当の理由は最後の最後に逢いたかったんだよ。そりゃ、逢いたいよ。四年間抑えに抑えていた想いに耐えられなくなったからで良いはずだよ。

 それだけじゃない、美香には見えていた気がする。人って死ぬ時にトンデモナイものが見えるっていうものね。美香はジュンが動揺しても新しい運命の女の下に帰るって知っていた気がする。

 もちろん結果から見た推測だよ。間違いないのはマナツが運命の女を引き継いだこと。引き継いでいたからこそジュンはマナツの下に帰ってきた。かなり危なかったけどね。この辺は結果オーライとしか言いようがないものね。


 美香が作ってくれた道があったからこそ今日があり、ここにマナツがいる。目の前の扉が開き真っ白な絨毯に足を踏み入れた。純白のドレスに身を包むマナツはそっと跪きヴェールを下ろしてもらう。そこにYou Raise Me Upが流れだす

 ブーケを抱えたマナツは進んで行く。その一歩一歩に、ここにたどり着くまでの日々を思い起こし、その日々のすべてを胸に刻みつけ感謝を捧げた。ジュンに手を取られたマナツは祭壇の前で賛美歌三一二番に耳を傾ける。

What a Friend we have in Jesus,(何とイエスは我らが友となり)
all our sins and griefs to bear!(我らすべての罪と悲しみを背負う)
What a privilege to carry(何たる恩恵か)
everything to God in prayer!(祈りですべてを神に捧げん)

O what peace we often forfeit,(何と平静さを失うことか)
O what needless pain we bear,(何と不要な痛みを抱くか)
All because we do not carry(耐えきれないものだから)
everything to God in prayer.(祈りですべてを神に捧げん)

Have we trials and temptations?(試練や誘惑)
Is there trouble anywhere?(問題は至るところに)
We should never be discouraged;(落胆してはならない)
take it to the Lord in prayer.(祈りで神に委ねるのだ)

Can we find a friend so faithful(これほど誠実な友があろうか?)
who will all our sorrows share?(我らすべての悲しみを分かち給う)
Jesus knows our every weakness;(神は我らの弱きを知る)
take it to the Lord in prayer(祈りで神に委ねるのだ)

 平静さを失いそうになった時もあった。心の痛みに耐えかねた夜もあった。試練もあった。マナツは神に祈りを捧げずともジュンがすべてを守ってくれる。マナツには何の迷いも不安もない。あるのは喜びだけ。

 これこそがジュンに愛された女の幸せ。今からマナツは誓う、ジュンとの永遠の愛を。この誓いは言葉だけじゃない。心も体もとっくの昔に誓ってる。いや誓ってるんじゃない、もうそうなりきっている。これがマナツの前に広がる運命。