エミの青春:助っ人

 サヨコと話してたんけど、

 「それはそうと豆狸の課題どうしよう」
 「困ってるよ」

 豆狸の本名は小豆田。小柄で丸顔で小太りして狸に似てるから豆狸ってあだ名。日本史の先生なんだけど、はっきり言わなくても嫌われてる。理由は生徒をとにかく小馬鹿にするんだよね。

 『こんなアホどもに教えるのはムダ』

 この態度があからさま。ちゃんと答えたって、

 『まぐれ当りもあるんだな』

 答えられなかったり、間違ったりしたらもろ軽蔑される。そりゃ、先生の方が良く知ってると思うけど、あんなに教えるのがイヤなら教師なんかやらなきゃイイのにとエミも思ってるぐらい。この豆狸の名物課題が、

 『自由研究』

 自分の興味のある分野を自主的に研究して発表させられるんだ。班研究スタイルなんだけど、それはもうツッコミが厳しいらしくて、立ち往生して泣いてしまった生徒多数って代物。そこまで泣かせておいて、人を小馬鹿にしきったコメントをするんだって。

 「でも悔しいじゃないの」
 「そうだよね、逆にギャフンと言わせてみたいね」
 「なにかアイデアない」
 「アイデアって言われても・・・」

 エミも歴史は得意って程じゃないし。二人で、

 「豆狸にイジメられるのはイヤだねぇ」
 「ホント、ホント」

 日曜日も朝から天気がイマイチで、雨まで降らない予想だったけど、ユッキーさんとコトリさんが乗り出してしばらくしたら、

 『ゴロゴロゴロ』

 二人とも大急ぎで馬を返してレストランに避難。他のお客さんはそのまま帰っちゃって、レストランには二人だけ。

 「雷には勝てんもんな」
 「雨だってイヤよ」

 ここでふと思い出したんだけど、コトリさんは歴女って言ってたはず。ひょっとしたら、豆狸をギャフンと言わせるアイデアを持ってるかもしれないって思ったんだ。事情を話してみたんだけど、興味深そうに聞いてくれて、

 「嫌らしいやっちゃな。教師が生徒より知識があるのを自慢してどうするねん」

 そうなのよね。そこからコトリさんは少し憤慨しながら、

 「こんな教師がおるから歴史嫌いが増えるんや」

 そうだそうだ、

 「まあ、教師にも変なんはおるし、生徒が教師を選ばれへんから、時には我慢せんとしょうがない時もあるけど、一遍ぐらいお灸据えても罰当たらんやろ」
 「協力してくれますか」

 コトリさんはニコって笑って、

 「こういうのは戦略が必要や」

 コトリさんが言うには授業で覚える歴史と、歴女が楽しむ歴史は違うんだって。授業の歴史は過去の出来事の丸暗記授業みたいなものだけど、

 「歴史なんか、わからんことだらけなんよ」

 わからないところを楽しむのが歴女だって。どこがどう違うかよくわからないけど、

 「教師やから正統派やろ。それやったら搦手から行くのがエエと思う」

 搦手って裏口みたいなもの?

 「まあそうやけど、まずやけどなんとか豆狸の不得意分野を探さなアカン」

 豆狸はあれだけ生徒を小馬鹿にできる知識量を持っているのだけは間違いない。そりゃ、日本史が得意だったり、歴史小説が大好きな連中でも、グウの音が出なくなるぐらいコテンパンに叩きのめしちゃってるって話だものね。

 そのさらに得意分野で勝負しても分はないだろうってのがコトリさんの考え。そうだよね、少々頑張っても豆狸にそもそも勝てないし、ましてや豆狸の得意分野で挑んでも無謀なのはそうだもの。

 「それとや、不得意なところでも通り一遍のもんやったら、蹴散らされる。そこまでやる気はあるか」

 具体的にはコトリさんの話を聞いて、じっくり理解する時間が必要ってことらしい、

 「メッキも厚いほどエエからな」

 これもわかる。あれは発表して終りじゃなくて、そこからが本番。次々に襲いかかる豆狸の質問に答えないといけないし、それを答えるのはエミたちじゃなくちゃいけないもの。豆狸の情報はサヨコに頼めばなんとかなりそうだけど、エミの時間が・・・そしたらお母ちゃんが、

 「イイよ、エミ。レストランの方はなんとかする。お父ちゃんにも言っとく」

 翌日はサヨコと相談。

 「なるほど豆狸の不得意分野ね。任せといて」

 さすがは情報通。

 「ところで、そのコトリさんって例の週末の女神なの」
 「サヨコの言う女神の一人だよ」
 「怖い人?」
 「ぜんぜん、いっつもニコニコして気さくで楽しい人よ」

 班のメンバーは四人。サヨコと渡辺君と野川君。コトリさんを助っ人に頼む話は了承してくれたのだけど、問題はどこでコトリさんの話を聞くかになったのよね。学校じゃ出来ないもの。そしたら野川君が、

 「だったらうちで」

 野川君のお婆さんは趣味で書道教えてた時期があって、そのために増築して教室まで作ったそう。今は使ってないから頼んだら使えるはずだって。悪いと思ったけど、他に良い案もなかったから好意に甘える事にした。

 家に行って見たら野川君のお母さんも気さくというかノリの良い明るい人で、エミたちを歓迎してくれた。教室はしばらく使ってなかったから、四人で一生懸命掃除と片付けをして、準備が整ったところにコトリさんが来てくれた。

 「エミ、実物はここまで・・・」
 「そうよ」

 サヨコは絶句、野川君と渡辺君は目が点状態だった。初めて実物を見たら、そうなるのは仕方ないだろうけどね。挨拶もそこそこにコトリさんの授業というか話が始まったんだけど、まさに仰天ものだった。