シノブの恋:頼りになる応援団

    「ただいま」
    「おかえり」

 三十階は酒盛りの真っ最中。シノブも飲み足りないから参戦。

    「シノブちゃん、どうや」
    「頼朝は黄瀬川から動いてないとこまで行って、どうしてあの時点で黄瀬川に動いたかで今日はオシマイ」

 これで済ましてくれないよね。

    「その後は?」
    「えっと、帰って来た」
    「なにもせずに?」
    「ええ、真っ直ぐに」

 これを聞いて二人はひっくり返ってた。

    「今晩ぐらいは帰って来ないと思ってた」
    「そやそや、もう五回目やろ。三回目で告白、四回目でチューして、今夜はベッドイン・コースやと思てたのに」

 それは、それで段取り早すぎるだろ。

    「夢前遥でのロスト・バージン・パーティを明日やるつもりだったのに」

 ふんだ、まだ手もつないでませんよ~だ。でも三ノ宮駅までは送ってくれるんだよね。ちゃんとエスコートしてくれるけど、決して体に触れようとしないのよね。

    「まさかと思うけど女に興味がないとか」

 それはないはず。

    「シノブちゃんが好みでないとか」

 それは自信ないけど興味が無けりゃ、五回も会わないだろうし。

    「歳の差があり過ぎて恋愛対象になってないとか」
    「それはあるかもしれへんで、親子ほどじゃないけど、見た目で言うたら一回り以上は差があるって思てるかもしれへん」

 そこは・・・どうだろ。これぐらいの歳の差は男女の仲では十分許容範囲内と思うけど。この調子で酒の肴にばっかりされても敵わないから、ここは反撃を、

    「コトリ先輩もエラそうに言いますけど、山本先生に告白したのは何回目の時ですか!」
    「えっと、えっと・・・十七回目だったかな」
    「それに較べりゃ、まだ五回目です」
    「ほいでも、あの時のコトリは他に付き合ってたのがいたで。一応そっちが正式の彼氏やったし。ほんじゃあ、その男にも彼女おるんか」

 いないって言ってたけど。

    「ライバルが出て来たんじゃない」
    「可能性はあるで。シノブちゃんがモタモタしているうちに、超積極アタックで落ちてたりして」
    「そんなはずは・・・」
    「恋に油断は禁物よ。掌の中に入ってると思ってても、するっと抜け降りることがあるわよ。コトリだって、よく取り逃がしてるし」
    「ユッキーかって、他人のこと言えへんやろ」

 伊集院さんに限ってそんなことは、

    「どうしたって取り逃がす時はあるかもしれんけど、ここは一発初物でガッチリとピン止めしとかんと」

 あのね、シノブのこの身体での初体験を『ピン止め』は言い過ぎじゃない。

    「そうよ。男は初物喜ぶし、感動してくれるわよ。ついでに白い糊で引っ付けたら効果的よ」

 どうして、ここまでアケスケなのよ。ミサキちゃん、頼むから早く復帰して。やっぱりミサキちゃんは三十階の、いや女神の良識の象徴。

    「ユッキー、白い糊も効果的やけど、真紅の印もエエで」
    「そしてすすり泣きね」
    「そやそや、
    『痛かった』
    こう聞くだろうから、
    『だいじょうぶ。うれしかった』
    これが効くんや」

 効くも効かないもないでしょ。そりゃ、記憶の中では二回目になっちゃうけど、まだ二回目だよ。ドキドキのなかで期待してるのに、計算づくでやるのはヤダ。もっとドラマチックに、ロマンチックに・・・ちょっと待った、ちょっと待った、ホントにすすり泣けるのかな。まさか、まさか、

    「シオリさんも凄かったって聞きますし、ミサキちゃんなんてメガトン級らしいですけど、シノブはどうなんですか」
    「そんなもの、すぐに全開になるで。気つけや。初体験から飛んだら、さすがに退かれるかもしれん」
 やっぱりそうか。女神のアレの蓄積経験って、女の極致みたいなものを楽しめる点はメリットが高いんだけど、相手から見ればヤリマンとか、色情狂と勘違いされかねないのよね。シオリさんもそうなりかけたって言ってたし。

 男って本気の女は初心の方がポイント高いし、感じるのだって、その男の胸の中で段々に感じるようになる方が喜ぶもの。だからバージンの価値は高いんだよ。もちろんバージンじゃなければならないわけじゃないけど、シノブはバージンなのよ。

 せっかくのバージンなのに、いきなり全開じゃ価値ないじゃない。注意しないと飛びかねないのもウソじゃない。とくに好きな男、惚れた男、結婚したいとまで思い詰めてる男には感じ過ぎてしまう部分はあるものね。

 結崎忍時代の初体験は女神が宿る前だったけど、ミツルとやったらダイナマイトだったもの。ミツルって、あんなに凄いとあの時は思ってたけど、あれはシノブが感じまくるようになってたんだ。

    「シノブちゃん、女はこういう時は待つのが基本やけど、行くのもありやで」
    「そうよ、いつも待ってるだけの女なんて古いわよ」

 ユッキー社長も良く言うよ。待ち専門のクセして。でも待つだけが能でないのも確か。こちらからなにかアクションを考えても良い時期かもしれない。

    「そうや、イケイケ」
    「女は度胸よ。押し倒せ」
    「一撃ドカン」
 一撃なんて食らわしたら、伊集院さんに当たった死ぬどころか消滅しちゃうし、外れたら壁に大穴が空いちゃうじゃない。床に当たろうものならビルごと崩壊。

 他人事だと思いやがって。これはシノブの恋なんだからね。それにしても伊集院さんはシノブに恋愛感情を持ってくれてるんだろうか。好意を持ってるのは間違いないけど、これが恋愛感情までになっているかと言われれば自信がなくなってきた。

 たまにあるじゃない。恋愛感情だと思ってたら、妹ぐらいに見られていたとか。いや、そんなはずはない。伊集院さんはシノブの約束の男のはず。

    「シノブちゃん、あんまりモタモタしとったら、コトリが手出すよ」
    「許しません。売れ残りの会は引っ込んでいて下さい」
    「じゃあ、わたしが」
    「廃棄処分寸前が手を出してどうするんですか」
 次はなにかあるはず、いや起って欲しい。