宇宙をかけた恋:会見

 当日の朝には政府からの、さし迎えのクルマが本社ビルの玄関に到着。白バイどころかパトカーまで先導に付いて神戸空港に。そりゃ、もう、ビッシリって感じの警備体制になってます。もちろん大阪湾は自衛隊まで出動して封鎖状態です。

 会見場は前回と同じく二回の出発ロビーに設けられています。控室で待つことしばしで、ついに宇宙船が降下してきます。緊張感をみなぎらした政府職員が現れ、

    「小山代表、お願いします」

 会見場に着き、程なくしてからエレベーターでエラン代表が上がってきます。服装はあの時と似てますから、やはりエランの正装で良さそうです。儀礼的な挨拶を交わし本題に入るのですが、

    「あなたはコヤマメグミか」
    「そう名乗ったのが聞こえなかったのか」
    「娘なのか」
    「前回と同一人物だ」

 エランの代表にちょっとしたどよめきが、

    「あなたの姿は記録に残っているし、それと同じなのはわかるが、地球時間でも三十四年前だぞ」
    「歳より若く見えるのはわたしの勝手だ」

 そりゃ、驚くでしょう。あの時からまったく歳を取っていないのですから、

    「まず聞くが、地球訪問の目的は」
    「友好と親善だ」
    「ではガルムムの説明を聞こう」

 ガルムムとは二十六年前の宇宙船の司令官の名前。あの時はコトリ副社長が、その中の神を瞬殺していますからガルムム本人からの話は聞けていませんが、司令官がガルムムであったのは他の乗組員から聞いています。

    「やはり来ていたのか。我々もガルムムにコンタクトを取ろうとしたが、反応はなかった。なにかしたか」
    「攻撃意図を持っていたと判断し、すべて逮捕した」

 エラン代表団に動揺が、

    「あなた方で対応できたのか」
    「できたからガルムムはいない」
    「まさかガルムムは降伏したのか」
    「だから逮捕したと言った。付け加えておく。あの時の乗組員はガルムムも含めて、すべて病死した。地球の病原菌に対して免疫が無さすぎたようだ。これでこちらの説明は済んだ。ガルムムの説明を聞こう」

 エランの代表は苦渋に満ちた表情で、

    「地球時間で三十四年前の後だが・・・」
    「神々の抗争は何年続いた」
    「そこまでどうして・・・エランでは五年戦争と呼んでいる」
 アラ政府が終焉を迎えた直接の理由は、人類滅亡兵器への対処法でした。アラは地球への移住を提唱しましたが、いかにエランとて全国民を短期間で地球に運ぶだけの大量の宇宙船の建造は無理でした。

 革命政府側も対処法として地球移住を提唱していましたが、一回の輸送でエラン国民すべてを輸送する計画を打ち出したのです。そのために意識分離を行い、これをカプセルに入れて運び、地球人を宿主とするものです。

 エランでは意識分離技術も意識移動技術もアラ政府、いや事実上アラの独占技術でした。これの公開をアラが拒否したのです。結果はアラ政府が倒れ、アラは地球に亡命しています。

 アラの追放に成功した革命政府は意識分離技術と移動技術の復活に全力を注ぎます。これらの技術にはエランには乏しいシリコンが大量に必要であったため、三十四年前の宇宙船団騒ぎが起る事になります。宇宙船団が持ち帰った大量のシリコンにより、意識分離技術のテストが行われたのですが、

    「神話の世界が出現したのだ。まさか、あの千年戦争の悪夢が再び甦ろうとは」
    「当然そうなる」

 ここでエラン代表はなにか思い切ったように、

    「ガルムムも覇者の一人だった。いやあれを覇者とするには・・・」

 ガルムムは覇者を目指したと言うより、とにかく暴れ回ったぐらいで良さそう。その凶暴さに対抗するために、他の神々が同盟を組まざるを得ないほどの強大さを誇ったぐらいで良さそうです。

    「なんとか同盟軍はガルムムを追い詰めたのだが、ガルムムは宇宙基地を襲った。そして地球に新天地を開くと宣言し飛び立って行ったのだ。あの強大にして凶暴なガルムムをどうやって始末したのだ」
    「地球の神と較べれば話にすらならない。それだけの話だ」

 ここでまた少しエラン代表は悩みながら、

    「ガルムムを我々が送った侵略部隊と思わないで欲しい」
    「とりあえず了承として置く」

 ホッとした雰囲気の流れたエラン代表団に、

    「人類滅亡兵器の影響は」
    「深刻だ。だがついに対処法を見つけた」
 戦争は激烈で被害も甚大だったで良さそう。あまりの被害の大きさに反ガルムム同盟はそのまま平和同盟になり五年戦争は終結。ただガルムムは地球に飛び立つときに宇宙基地や関連施設を徹底的に破壊してしまい、地球に移住するにも宇宙船すら作れない状態に追い込まれたとしています。

 そこから、文字通り、国を挙げての研究の末にようやく見つけ出した対処策へのヒントは、地球人の子孫への影響の少なさ。それもより濃い血を引く者ほど影響が少ないことがわかったみたいです。

    「浦島たちの子孫か」
    「それも知っていたのか。我々が救われるチャンスが見つかったのだ」

 ある種の血清療法とかワクチンみたいなもので良さそうですが、

    「さすがに二千年が経っており、地球人の子孫の血も薄くなってしまっている。より強力かつ完全な治療薬を作るには、純血種の血液が必要だ。今回の目的は、地球人の血液の提供を要請するためだ」

 なるほど、だから一隻でもOKだったのかもしれない。クスリとかワクチンにするのなら一人当たりの量は少なくて済みそうだし。

    「無駄な努力だな」
    「我々をバカにする気か」
    「アラルガル抜きで平和が保てるわけがない、真の人類滅亡兵器は意識分離技術だ。血液を持って帰り、人類滅亡の危機が去れば、今度は第二次千年戦争になる」
    「そこまで見えているのか・・・」

 ここでエラン代表は襟を正して、

    「偉大なるアラはどうされておられるか」
    「アラルガルは死んだ。人としてだけでなく、神としても死んだ」

 エラン代表は動揺を隠しきれず、

    「今回の地球訪問の目的の一つは、偉大なるアラをエランにお迎えすることであった。ところが、どう探しても見つからなかった。まさか不死のアラが亡くなられてしまっていたとは・・・」
    「やっと気づいたのか、愚か者めが。アラルガルは死の瞬間まで母なるエランを思いながら死んでいったわ。アラルガルは九千年の間、エランの崩壊を一人で食い止めていた。それを追い出したのはお前たちだ。悔やんでも遅すぎる」
    「仰る通りだ。五年戦争の被害が拡大する中で、ようやく我々も気づいたのだ。我々には偉大なるアラが必要であったのだと」

 悄然としたエラン代表団でしたが思い直したように、

    「いや、偉大なるアラの後継者は再びエランの地に現れる。そして、あの平和を取り戻してくれる」

 ユッキー社長は

    「無理だ、アラルガルは二度と現れない。エランには神を作る技術はあっても、アラを生み出す技術は無い」
    「それはそうだが・・・」
    「神の殆どは覇権欲と猜疑心の塊になる。地球の神の殆どもそうだった。その中で例外中の例外的な神のみが覇権欲と猜疑心を自制して偉大な指導者になる。アラルガルはまさにその例外。二度と現れるものか」

 ガックリと肩を落とすエラン代表団に、

    「神の事ならお前たちよりはるかに詳しい。地球の神もかつてはそうであった。互いに争い殺し合った末に、わずかに生き残ったのは例外のみ。何らかの形で覇権欲を転化させた神のみだ」
    「それでも偉大なるアラが誕生する可能性は残っていると期待している」
    「その前にエランがもたない。地球の神が争ったのは一万年前から五千年前ぐらいまでだ。当時の地球の軍事技術と、今のエラン軍事技術では破壊力の差が大きすぎる。アラルガルが覇を唱えられたのが奇跡のようなものだ」

 エラン代表団を睨みつけたユッキー社長は、

    「エランが再生するには、意識分離技術を完全に廃棄することだが、アラルガルが九千年かかって出来なかったことが、お前たちに出来るのか。必ず誰かが再発見して、神々の時代に戻ってしまう」

 言葉も出ないエラン代表に、

    「まあよい。血液の協力については了承した。量と質は・・・」
    「それについては、書類にしたが読めるか」
    「読める。ただこれほどの量となると、右から左には無理だ。少々時間がかかる。それとだが、ここに書いてある方法は地球では無理だ・・・」
    「その点の技術協力はさせてもらうが・・・」

 とにかく読み書きできるのがユッキー社長だけですから、ここからは技術的な問題についての話し合いになり、

    「地球の病原菌対策はどうしておる」
    「今回は万全の対策を取った」

 ずっと厳しい顔だったユッキー社長がニッコリと微笑んで、

    「提案がある」
    「なんだ」
    「ここでの話は地球人でわかる者はいない・・・」

 今回の地球訪問目的を、エランで流行している重篤な伝染病対策への協力にしておきたいだった。

    「了解した」
    「知っての通り、地球には統一政府がない。わたしが全権代表となっておるが、実質は単なる通訳程度の権限しかない。だから少々工夫が必要になる。エラン側の協力が欲しい」
    「地球で話が通じるのはあなただけだ。あなたを信用し全面協力する」
    「そこでだ・・・」

 息詰るような話合いでしたが、これで今日の会見は終り。もっともユッキー社長もミサキもこれで仕事が終りではありません。ここから各国の了承を取り付け、合意を実行に移さないといけません。

    「ミサキちゃん、当分忙しいよ」
    「ええ、でもこれぐらいはエレギオンなら日常ですし」
    「だいぶ慣れたね」
    「そりゃ、社長や副社長に鍛えられていますから」
 二人で談笑する姿を見て、なにを話しているかサッパリわからなかった政府関係者の間にも安堵の空気が流れます。さて、これからどうなることか。