氷姫の恋:コトリとシオリ

 カズ坊のウチを失った悲しみは想像以上だった。改めてここまで愛してくれたことに感謝した。でもこれじゃ、シオリであれ、コトリであれ、しばらくはアプローチさせるわけにはいかないわ。そんなことをさせたら、カズ坊は冷たく二人を突き放すのは丸わかり。

 それより困ったのが、二人のどちらかにする問題。カズ坊通してコトリにも会ってみたけど、いやはや驚いた。コトリも本当に変わっていないの。どうみてもコトリでも十分にカズ坊を幸せに出来そうな気がする。だからと言ってシオリを切り捨てるって話にもならないのよ。

 ウチの迷いは、奇妙な三角関係を作ってしまう事になってしまった。だって肝心のカズ坊でさえ、コトリに気持ちが十分あるんだもの。それとカズ坊に住んで知ってしまったのだけど、カズ坊とコトリは婚約まで行ってたんだ。これにはさすがのウチも驚いた。

 高校の時に見た未来は確実に訪れてる。あの冴えないカズ坊は女神様のシオリと同棲関係まで進んだことがあり、天使のコトリとは婚約まで進んでいたのよね。それぞれの関係は一旦は壊れちゃったし、その後にウチと結ばれたのも良く知っているのに、それでもなおリータン・マッチに闘志満々なのよ。

 ウチが昔見たのはきっとこの状態。あははは、その前にウチが割り込めたのはラッキーだったかもしれない。そうよ、ウチのカズ坊は本当はイイ男なのよ。見た目で誤魔化されそうだけど、ちゃんと見えるようになったら、そうそうはいる男じゃないのよ。まあ、見える女は滅多にいないけどね。

 でもカズ坊の趣味は変わってるわ。女の好みなんだけど、パッと見より内面重視なんだ。どっちかというと派手な外見の女は避けるみたい。でもね、これは嫌いじゃなくて、退いちゃうんだ。自分には無理だってね。だからあれだけみいちゃんにこだわったのかもしんない。

 そんなカズ坊がまた目を付けちゃったの。でもこれは恋愛感情じゃないね。どういうんだろう、もっとイイ子なのにもったいないって感じかな。ウチが見ても悪い子じゃなかった。カズ坊も女を見る目があるって思ったぐらい。だから協力してあげた。最後に残っていた四座の女神を移してあげたの。その子はコトリの後輩の結崎忍。

 もっともウチにもわかんないところがって、女神を移すのがその子にとって本当に良いかどうかはよくわかんないの。でも、たぶん綺麗になると思うし、ウチと似てたら人として桁外れの能力が備わることになるわ。たぶん、良い方のプレゼントになってるはず。ちょっとだけトラブったけど修正しといた。

 でも外野で見てると楽しいわ。シオリもコトリも本当に必死だもの。コトリがカズ坊に久しぶりに会わせた時にも、交際どころか結婚の申し込みをする気がパンパンだったもの。まだ早いから、抑えといたけど、女も好きな男がいればあれぐらいストレートに行くべきだって思ったぐらい。

 カズ坊を巡る三角関係だけど、そろそろケリをつけないといけないと思ってる。そりゃ歳がね、もう三十五歳に近づいてるじゃないの。別にもうちょっと待ってもイイんだけど、三角関係だから一人はカズ坊と結ばれずに終わってしまうじゃない。その時に三十代も後半になってたら気の毒ってところ。

 カズ坊もだいぶ回復したからもう行けると思うけど、シオリは相変わらず最後のカードを手に入れてないのよこれが。そうなるとコトリだね。なんかスッキリしない感じが残るけど、コトリだってカズ坊には申し分のない相手だよ。やらせてみたらコトリは凄かった。あそこまでやるかってぐらい頑張ってた。カズ坊が

    『ボクはコトリちゃんを選びたい』
 そりゃ、言うわよね。でもその瞬間に見えたの、すべてが見えたの。記憶の封印がすべて剥がれ落ちた気がした。コトリが誰だかついにわかってしまったの。ウチは顔が真っ青になる気分だった。そりゃ、良く知ってるわ。知らないところがないぐらい知ってるんだよ。

 コトリこそが次座の女神。五千年来の腐れ縁。でも四百年ぶりぐらいの再会かな。運命の皮肉ってこんなものかと感心したわ。四百年前に兵庫津でお互いの記憶を封印して、二度と会うことなんてないと思ってた。記憶を封印した時に神を見る能力も封じちゃったから。ま、もう会いたくないのも半分以上あったのも本音のところ。

 それがなんの偶然か同じ年に生まれて、同じ高校に進んで、同じクラスになるなんて笑っちゃう。その上にだよ、同じ男を好きになるなんてね。もっともコトリと好きな男が被るのは昔からだから、運命の必然かもしれない。コトリとまともにやりあってたら危なかったかもしれない。二人がやりあえば短期決戦ならコトリ有利、長期戦ならウチ有利だけど、どっちに転ぶかわかんないもの。

 そうなるとシオリに主女神を移したのも決まっていたのかもしれない。シオリは人としてずば抜けた美しさを持ってるけど、女神は自分の魅力を幾らでも高めることが出来るのよ。コトリの記憶の封印は解けてないみたいだけど、そう念じるだけでそうなるの。コトリがあれだけ本気でカズ坊を好きになったら、シオリでも勝てないと思う。でもシオリにも主女神がいれば、コトリに十分対抗できる。

 そっか、そっか、シオリに最後に会った時に見えたシオリの苦難とはこれだったで良いかもしれない。主女神は力こそ巨大だけど、巨大すぎて眠ったままでも馴染むまで大変なの。どうしても邪な心が強く出る時期があるのよ。それをコトリとコントロールしてたけど、一人じゃ大変だったと思うわ。

 さてこれで二人の決着は付いたわ。悪いけどコトリには下りてもらう。首座の女神には百日の呪いがかかってるけど、次座の女神にも、

    『誰とも結婚まで結ばれることはなく、もしすれば必ず相手は不幸に見舞わる』
 そう、だから婚約までしか進めなかったのよ。今回も悪いけど我慢してね。カズ坊を不幸な目に遭わせる気はないもんでね。さてウチはどうしようかね。しばらくカズ坊のところにでもいるか。どうにも男の体はイマイチ趣味じゃないけど、カズ坊はウチの大事な男だし。

 でもあれね、記憶が甦っちゃうと、寂しいものね。木村由紀恵の記憶でさえ、たいした記憶じゃなくなっちゃうの。ウチにとっては〇・一%にも満たない時間。だけどね、すべての時間の価値は同じでもあるの。短いからといって無価値ってわけでもない。すべての記憶がつながり、今のウチがいるからね。

 ウチと本当に話が出来るのは次座の女神のみ。でも、次座の女神の記憶の封印は残ってるし、剥がす気もない。ただ剥がす気もないけど、近い将来剥がれるのだけはわかる。そうなった時にはきっと昔のように

    「ホンマに相性悪い」
 こう言いながら同じ時間を過ごす気がしてる。まあ、それも悪くないかもしれないわ。