氷姫の恋:アイドル騒動

    「木村さん、一緒に食べよ」
 昼休みにウチの席に近寄って来たのはテルミとサチコ。明文館には学食もあるが、伯母は弁当を作ってくれる。これは中学からだけど、これまでずっと一人で食べてた。ところが高校では物好きにもウチと一緒に食べたがる人がいる。これも理由は不明だけど追っ払う気にならないから一緒に食べてる。たぶん友だちになると思うけど、
    「木村さんって、いっつも怖い顔してるね」
 怖けりゃ、近寄らなければ良いのに。
    「喋り方もいっつもあんな感じなの」
    「そうだ」
    「まさか笑ったことがないとか」
    「ここ十年ぐらいない」
 ここでなぜかキャッキャッと笑われて、
    「木村さんが冗談いうなんて」
    「ホント、ホント」
 ホントに笑ったことがないのだが、信じてもらえないだろうなぁ。
    「木村さん、綺麗だからきっと追っかけが出て来るよ」
    「もう三組と四組には出てるものね」
 ウチが『綺麗』だって? 怖いじゃないのか。それにしても『追っかけ』ってなんだ。ちょっと聞いてみるか。
    「追っかけってなんだ」
    「あら、木村さん知らないの。明文館の伝統よ」
    「そうそう、これが楽しみで入ったようなものだもの」
『伝統』『楽しみ』なんのことだ。
    「テルミも出来るんじゃない」
    「サチコだって。でも今年は女神様と天使がいるからね」
 どうにも良くわからなかったのだが、やがて思い知らされる事になる。新学期早々は高校生活に慣れるまでクラスは落ち着かないものだが、二週間ぐらいすれば、それなりに落ち着いてくるはず。現実もそうなりかけていたんだが、配られた学校新聞読んでウチでもビックリした。

 これは新聞部が発行するもので『明文館タイムズ』と題してあった。おおよそこの手の学校新聞は、面白くも、可笑しくもない記事構成のはずだが、いきなり一面の大見出しが、

    『開校以来の美女入学』
 これが一人でなく二人のようで、三組の加納志織と四組の小島知江というらしい。テルミが言っていた女神様が加納志織で、天使が小島知江らしい。いや『らしい』じゃなくて、そうだと記事に書いてある。

 それにしても、そんなものを学校新聞が記事にするとはどうしても信じられなかった。そうしたら昼休みから三組と四組が大変な事になった。ちなみにウチは五組なんだけど、一組から五組までは同じフロアで廊下の横並び。その三組と四組にドット上級生が押し寄せてきた。それもカメラを持ってだよ。

 押し寄せてきた生徒は平然と教室に入り込み、加納や小島を取り囲んでパチパチ撮ってるんだ。全員が撮ってるは言い過ぎかもしれないが、グルッと取り囲んでウットリ見つめてる。まるで休み時間を待ちかねたように殺到するんだよ。

 これが昼休みだけではなく、休み時間のたびに起きる。いや休み時間が終わってもなかなか帰らないんだ。そうなれば授業の邪魔になるはずだから、教師が注意するはずだと思っていたら、教師まで一緒になって写真撮ってるのよね。

    「テルミ、これが前に言ってた追っかけか」
    「そうよ」
 ここは高校だぞ。それも旧制中学以来の伝統校だぞ。伯父の言っていたウチには校風が合わんの意味が良くわかった。自由闊達が校風と言っても、これじゃハチャメチャじゃないか。それでも騒々しいのはまだ隣のクラスだからあきらめるしかないと思っていたら、明文館タイムズを呼んでビックリ仰天。
    『五組にもう一人の美女発見』
 誰かと思えばウチのこと。うちのクラスにも押し寄せて来たんよ。休み時間ともなると身動き出来んようになった。でもこんな状態は好かん。それにウチは仮にも委員長、クラスの安寧を守るのも仕事のうち。高校になって初めて睨みを使ってやった。睨みは高校でも通用したけど、とにかく相手が多くて、全部追っ払うのに一ヶ月はかかった。そしたら明文館タイムズに、
    『五組の木村由紀恵は取扱注意』
 ウチはワレモノか! テルミとサチコはウチが追っかけを追っ払ってしまったのが残念そうで、
    「木村さん、彼氏が欲しかったらあの中から選び放題だったのに」
    「いらん」
    「よっ、さすがは委員長」
 それでもちょっとでも気を緩めると、またウチの追っかけが湧いてきそうだったから、ひたすら怖い顔して睨んで追っ払ってた。そうしたらまたもや明文館タイムズが、
    『氷姫は男嫌いか?』
 ウチに恨みでもあるのかと真剣に思った。それにこの高校でも氷姫と呼ばれてしまったこともわかった。中学時代の呼び名を調べ上げたんだろうが、そこまでやるか。ただこの一連の騒動のお蔭で、
    『氷姫は怖い』
 この評価が定着してくれてクラスの平穏は守られたけど、あの男、いやあの人にどう思われたかについては複雑。ウチだって可愛い女になりたかった。笑顔は無理でも怖い顔はやめとこうと思ったし、睨みだってやりたくなかったのよ。それなのに、それなのに、なんちゅう学校や。

 それでも一連の騒動が落ち着いた頃にあの人の名前がやっとわかった。一組の山本和雄。それにしても見栄えせえへん容姿に、これだけマッチした平凡の名前もないぐらいって組み合わせ。ホンマにあんなんが運命の人なんやろか。いや、きっとどこかに見どころがあるはず。ウチがこれだけ夢中になるからには、それだけの理由が・・・あれば良いんだけど。