女神伝説第3部:バーにて

    「カランカラン」
 いつものバー、飲まないとやってられない気分。
    「マスター、マッカランをロックで」
    「シェリー樽にしますか」
    「いやファインオークの三十年にして」
 いちおう祝杯かな。なんの祝杯かわかんないけど祝杯でエエやろ。ユダの話は面白かったけど、とにかく神の話やからウソとホンマがシームレスに混じってるんよ。収容所長の話はウソ臭いと思うけど、ユダの記憶が母星まで遡ってるのは確かそうや。神が自然発生したのか、地球外からやってきたかはユッキーと意見が合わへんかったけど、コトリは地球外生物説やからユダの話はそういう点で信用できる部分がある。

 とりあえず自然発生やったら増やす方法がないのがおかしいやんか。とにかく最初は数おった訳やから、そこまでは自然発生でも増えなあかん訳やろ。そうやねん、増やす言うても神は実体がない訳やから、増やしようがないねんよ。意識と体が分離してるのが神やけど、そんなもん今の地球でも出来へんから、他の星しかあらへんやん。

 あれもウソかホンマか確認しようがあらへんけど、その母星ってところの死刑廃止の話は面白かった。死刑廃止はこの地球でも広まってるけど、無くなったら無くなったで、あんな方向に暴走するのはアリとは思た。それこそ死刑でなければなんでもOKの世界みたいなもんやもんな。

 肉体と精神を分離した上で、精神の方にも改造テンコモリして、星流しやで。片道ロケットが故障したら事故死、上手いこと宿主が見つからんかったら自然死、乗り移るのが失敗してもこれも事故死、囚人同士が殺し合ってもこれまた事故死。そのうえ自殺禁止。自殺禁止の理由もわからんけど、これも禁止されとったのか、生き残っても孤独に永遠に苦しむ永久終身刑みたいなもんかな。

 それにしてもユダはさすがに賢いな。あのシチュエーションで逃げたからな。あそこで逃げへんのが神で、そうやから神は殺し合うんだけど、ユダはそれをせえへんかった。

    『この世で次座の女神と争えるものは首座の女神と、眠れる主女神が目覚めた時のみ』
 調子のエエこと言うとったけど、ユダは確実にクソエロ魔王や、デイオルダスより上や。ガチでやったらどっちが勝つかわからへん。もしやっとったら、あの距離で一撃が当たるかどうかやったかもしれへん。ずっと準備しとったけど、撃たせへんかったはさすがやと思た。

 ユダは神を抱えられるけど、それだけでなく抱えた神を自分に従わせるように精神改造も出来ると見た。その神をカードのように自由自在に操って戦うのがユダの戦術の本質やろ。うん、エエ手を編み出したもんや。これやったら神同士の決闘のリスクをだいぶ減らせるもんな。

    『アングマール王とガラティア王が最後の切り札だった』
 これも半分ぐらいウソや。ユダにとってもクソエロ魔王やデイオタルスが敗れたのは意外やったんやろ。ユダはカードを持ってるけど、カードを増やす手段は殆ど残ってないんよ。あの二枚を消費したのは痛手やったに違いあらへん。そやから、わざわざ日本まで出張って来たんや。

 自分の目で見て残りのカードで勝てるか、それともあわよくば新しいカードの補充を目論んだぐらいかな。ユダはまだデイオタルスやクソエロ魔王クラスのカードは持ってたけど、それじゃ勝てんと判断したんや。それだけやないで、コトリを抱え込むどころか、やりあっても勝てる見込みは五分五分ぐらいと見たと思う。

 ユダの凄味は、そこで戦いの欲求を抑えきってしもたことや。五分でやらへん神なんておらへんし、五分以下でも無謀に突っ込むのが神やねん。それが出来るから生き残れたんやろ。ひょっとしたら、ユダはもともと女神やったんかもしれへんわ。生粋の男神じゃ、あの芸当は出来るとは思えんからな。

 そうそう、共存協定なんか頭から信じてへん。神同士の協定や約束ほど信じられへんのは常識やからな。ユダも原囚人の生き残りやから、コトリを知ったからにはいつの日か必ず襲ってくるわ。あれは、そうプログラミングされてるで間違いないもの。もうわかるけど、そのプログラミングの一部はコトリの中にも確実にあるもの。無いのはコトリが作ったシノブちゃんとミサキちゃんぐらいやろ。これもたぶんやけど。

 それにしてもアラッタの主女神はやはり武神やったんや。いや、ユダは言わへんかったけど、神に武神も恵みの神も区別ないでやっぱり良さそうや。男神と女神に別れたのもオリジナルが男か女かぐらいの差でエエ気がする。元が男やったら男に乗り移り、女やったら女に乗り移るってところかな。それも似た様なんを選ぶのは嫌ってぐらいよう知ってる。

 もっともホモとかレズとかバイもおるから、男と女を乗り換えるのもおったやろけど、その辺はもうわからん。少なくとも女神であっても男に宿れるのはユッキーを見ただけでわかる。ユッキーはコトリと違って少しはレズっ気あるけど、たぶんタチなんやろ。どうでもエエこっちゃけど。

 ユッキーのレズっ気はともかく、記憶を受け継がないと宿った人の性格の極端な部分が強く出るのも間違いあらへん。それも良いとこより、悪いとこがより強く出る感じや。これはエレギオンの主女神がそうやったから、よう知ってる。子どもの時にあんだけ懐いてくれて素直で可愛かったのに、主女神が宿って十年もしたらだいたい変わってきたもんな。ユッキーとあれだけ育児方針に知恵を絞っても結果は同じやった。あれも、そういう風にプログラミングされてるとしか言いようがないわ。

    「マスター、デュワーズをロックで十八年を」
    「シグネチャーがありますよ」
    「じゃあ、それで」
 ユダがイエス抱えてくれてるんてるんは、あれはあれでエエのかもしれん。イエスはたぶん主女神ぐらい強大や。これはウルクのエンメルカル王クラスやと思う。いや、エンメルカル王が生き残ってたのかもしれん。さすがの主女神もエンメルカル王が来るとなったら尻尾巻いて逃げたもんな。

 イエスは神が宿らんでも聖人やったんは間違いない。そやから、キリスト教の教祖になったんやろうけど、人であるイエス以外に宿ったら大変な事になるのだけはわかる。野放しにするぐらいやったら、ユダが抱えてる方がよっぽどマシやし、ユダだってイエスを手放したら自分の力が落ちるのはよう知っとるから、当分はこのままで行くんちゃうかな。

 それとユダのエエとこは自分でも言うとったけど、カネというか富への飽くなき執着がある点や。ある意味羨ましいわ、そんなもんでも生きる目標としてあるからな。そうそうユダは持ち札減ったって言うとったけど、まだミニチュア神の札だけでも十枚ぐらい持ってると見た。

 ユダのプランは教皇を使徒の祓魔師にして自分の保護者にし、マフィアの有力者をミニチュア神にして手駒にするんやろ。デイオタルスやクソエロ魔王クラスは取って置きの時に使うぐらい。ほいでもって自分はヴァチカン銀行で儲けるぐらいかな。コトリにしたらツマランけど、それが楽しい言うのならエエやんか。とにかく神は長すぎる時間をいかに過ごすかを考えんといかんから、そんなもんで時間が潰せるなら上出来やで。

    「マスター、マティーニ。ジンはプードルズで」
    「かしこまりました」
 コトリの問題はそこ。なにを生きる目標にするかなのよねぇ。カネはエレギオン時代に無い時には財政の必死のやりくり、ある時には外敵の侵略の二択みたいな状態やったから、そんなに執着あらへんねん。今でもカネの無い時の習慣が残ってしもて、あんまり贅沢する気は起らんというか、贅沢すると後でえらい後悔してまうんよ。今夜もエエ酒飲み過ぎてるからきっと後悔しそう。権力だって、据え付けのナンバー・ツーで三千年やろ。そりゃ小さな国やったけど、ナンバー・ワンになろうとも思わんし、もう一遍やりたいかと言えば『結構です』しか感想出えへんもんな。

 人気者かってそうや。高校時代もウンザリするような人気者やったけど、エレギオン時代はユッキーが怒り役の怖い怖いキャラで、コトリがニコニコ人気者キャラやりすぎて、もう堪忍の世界やねん。人気無いよりあった方がエエぐらいには思うけど、歌手とかになってキャーキャー言われるのに興味があらへん。

 コトリが極めてない世界はなんやろ。どう考えたって男しかないやんか。そりゃ、記憶のスタートがあれやんか。ウンザリするぐらいアレやったから、商売でアレするのだけは、もうやりたくないけど、心から愛する男とは別や。そうやねん、ミサキちゃんは笑とったけど、コトリは恋い焦がれてようやく結ばれる恋が大好きやねん。これがねぇ、ホンマに経験少ないんよ。

 やっぱ、男ってやりたがるやんか。コトリも好きだから、求められたら応じちゃうんだけど、そこを我慢できる男って滅多におらへんのよ。そやから、どうしても情熱的な恋になっちゃうのよ。情熱的な恋が悪いとは言わへんけど、コトリがそっちに走るとリミッターが吹っ飛んじゃうから長続きしないのよね。

 わかるかなぁ、恋する相手とアレやるのは目的かもしれんけど目標じゃないの。コトリはね、ずっとラブラブしたいの。一緒に居るだけで胸が破裂しそうな想いを、ずっと、ずっと、していたいの。極論すればアレなしでも構わないぐらい。無しはさすがに格好付け過ぎだけど、想い極まって『ついに』が永遠の憧れ。

 ずっとカズ君を世界一イイ男って呼んでるのはそこなんよね。コトリに対してあそこまで我慢できた男は五千年でカズ君一人なのよ。それも抱きたくて、抱きたくて仕方がないのに、コトリがその気になるまでいつまででも待ってられる男。そしていざ抱いたら、コトリを天国に連れてってくれる。

 抱いた後もポイントなのよ。アレやるってのはすべてをさらけ出すんだけど、それでも態度が変わらない男。いや抱いた事でもっと、もっと、ラブラブを高められる男。どう言うたらエエのかな、抱く以外のすべてのラブに素直に熱中できる男かな。笑たらエエよ、そんな男いないだろうって。でもいないからこそコトリは探し続け、追い求めてるの。そんな時間は腐るほどあるし。

 たぶんやけど最初の反動と思ってる。とにかくラブ無しでやりすぎたのよね。だからラブに未だに飢えてるんだ。たぶんコトリの一番の弱み。でも大切な大切な弱み。これをいつの日か満たしたいの願望もコトリを生かし続けてる原動力の一つと思ってる。もし満たしちゃったら・・・どうなるかを知ってみたい。

 この体と、この体がもたらしてくれた時間は楽しかったけど、イイ男はつかまえられなかった。ニアミスまで行ったけどアカンかった。たぶんもう五年もないから、次の時にコトリのための世界一イイ男を今度こそゲットしよう。きっとどこかにいるはず。

 コトリを心の底から大切に想ってくれて、大切にすることが生きがいで、喜びで、その想いが絶対に変わらない男がいるはず。抱くのだって自分が満足するだけでなくて、抱けば抱くほど愛おしさが無限に増していくって感じかな。そうなればコトリは倍返しで応えてあげるんだ。そんな男と今度こそ究極のラブラブがコトリの夢でイイ気がする。

 うん、うん、そう考えよ。エレギオンにいた時もシチリアにいた時もモロ女神やっていて制限がテンコモリやった。シチリアの時なんて結婚すれば不幸になるカギまで掛けられてたし。子どもが出来へん封印は残ってるけど、他はなくなったものね。ほぼ自由に恋して、自由に男を選べるように、やっとなったんだ。これってコトリの記憶が始まってから初めてじゃない。五千年も生きてて、やっと解放されたんや。なんか生きる気力が湧いてきた。今度こそコトリの夢をかなえよう。