女神伝説第3部:イスカリオテのユダ

 この聖堂も前は通りがかったことはあったけど、入るのは学生の時以来かな。なんとなく避けてた部分はあるの。中はあんまり変わってないなぁ。震災の時の被害もしっかり修復されてる。そうそうミサも久しぶり。大学の時はルチアの天使やらされたから皆勤賞みたいなものやったけど。

 開催の儀から言葉の典礼、感謝の典礼、交わりの儀、いわゆる聖体拝領っての。ワインにパンをちぎって浸して食べるだけど、それを言っちゃおしまいか。さて問題はユダにコトリが見えるかだけど、ありゃ見えてるね。コトリが気になって仕方がないのがわかるもの。案の定、閉祭の儀が終わる頃に助祭がやってきて、

    「もしよろしけば、大司教がお目にかかりたいと」
 ほらきた。案内されるとユダがいた。
    「わざわざ申し訳ない」
    「いえいえ、大司教様のお呼びとは光栄です」
 さてどこから切り出そうか。もういっか、部屋の中は司祭と助祭だけだからね。
    「大司教様、本題に入って宜しいでしょうか」
    「君が良ければ、そうしてくれ」
    「いくら探してもないですよ」
    「そんなはずはない、エレギオンの地に無いのはわかったが、それなら君が持ってるはずだ」
 ホント、どうして財宝に執着するのだか。
    「説明しても無駄なようですね」
    「素直に出してくれれば済む話だ」
    「それは教皇聖下にもお返事は済んでおります」
 やはりユダは使徒の祓魔師ではないわ。それとこの感じは、そうか、そういうことか、
    「レディに手荒なことはしたくないのだが」
    「手荒って、この程度の事ですか、大司教様」
 横に居た司祭と助祭を離れたまま締め上げたらアッサリ御昇天。
    「そうそう大司教様。占い師をされていた方もおられましたが、先に挨拶させて頂きました」
    「私も初めて見たが、これほどの力だったのか。道理で誰も帰って来ないはずだ」
    「はい、皆さま丁重にご挨拶させて頂きました」
 ユダの奴、少し顔色変えたな。こんな雑魚を頼りにしていたとは笑うよ。
    「聞きたいことがございます」
    「なんだね」
    「看守だったのですね」
 ユダは少し考えた後、
    「君がたどりついた結論かね」
    「ええ、そういうところですわ」
    「違うと言ったら」
    「別に、何が変わるわけでもございません。ただ・・・」
    「ただ、なんだね」
    「なぜ、残ったのかと」
 ユダは笑い出しました。
    「故障だよ。私が最後に飛び立つはずだったのだが、飛び立てなかったんだ」
    「ウソですね。あなたは取り残されたのです」
    「どうしてそれを」
    「かつては誰もが知ってました」
    「聞いたのか」
    「はい」
 ユダは楽しそうに、
    「この時代にそこまで知っている者が残っているとは愉快だ。そうだよ、取り残されたんだ。生き残るのは大変だった」
    「それもウソです。あなたの記憶はたかだか二千年程度しか遡れない。取り残された記憶など残っているはずもない。すべてはあなたの作り話」
    「手厳しいな。証拠など求めても無駄か」
    「あら、証拠なら目の前に見えますよ」
 ユダはギクッとして
    「そこまで見えるのか」
    「私を誰だとお思いですか」
    「そうだったな」
 ガッカリ、ここは否定して欲しかったなぁ。前にデイオルダスを責めたてた時に知ったんやけど、記憶を受け継ぐ能力は突然変異的なものみたいなの。だからデイオルタスの記憶も最初からではなく途中からだった。感触的には突然変異と言うより、失われた能力の回復みたいな感じもした。もう記憶を受け継ぐ神なんてユダぐらいしか残ってへんと思うんやけど、コトリの仮説通りにイエスを抱え込んだために起ったものなら、コトリの研究はこれ以上は永久に解明しないことになる。これ以上は時間の無駄かな。
    「君のいうことはほぼ正しい。もう秘密にするようなものでもないから、教えておいてやろう。君の考えている通り、私はイエスを抱え込んだので記憶を受け継ぐ能力が生まれた。同時に過去の記憶も完全ではないが甦っている」
    「原初もですか」
    「おそらく君が望む程度にはだ。ただ、知らない方が良いかもしれない」
    「知っても知らなくとも結果は変わりません。答えなくとも構いませんが、記憶を受け継ぐ神はもう片手も残っていないかと。下手すればあなたと二人かも」
    「もう一人いるだろう、首座の女神が」
 ほほう、丸きりの無能ではないみたい。ユッキーのことを知っているとは油断ならないし、その分、興味が湧いてきた。
    「我らの母星としとこうか。テクノロジーは現在の地球が原始時代に思えるほど発達していた。こういう発達は時に不老不死願望を生み出すのだが、母星もまた例外でなかった。肉体の老化を防ぐのは不可能だったが、ついに意識と体の分離に成功したんだ。意識さえ生き残れば体を替えて実質的な不老不死になれるのだ」
 五千年もそれやってたからわかる。
    「ただこの方式の不老不死では宿主にされる者の存在が問題になった」
 そりゃ、そうだろう。
    「だから原則的に禁止となった」
    「原則的とは?」
    「一般人への使用は厳重に禁止されたが、重罪人には用いられた。母星では死刑は遥か昔に禁じられていたが、その代わりに死刑に匹敵するほど、いやそれ以上の刑を望む声が高かったんだ」
    「そっか、それで」
    「そういうことだ。重罪人は体と意識を分離させられた上で記憶を受け継ぐ能力も除去された。意識だけだから重量は殆どないから、カプセルのようなものに詰め込んで、生物が存在できる未開の星に打ち込まれた。まあ島流しというか、星流しみたいなものだ」
 たしかに知らない方が良かったかもしれないわ、
    「だとすると独裁国家」
    「それも超が付くね。そりゃ、独裁者は不老不死だったんだ。選ばれた側近もね」
 エレギオンも似たようなものか、星が変わってもやってることは変わらんもんだ。
    「やはり反乱のなれの果て」
    「そういうことだ。大臣から、将軍、宗教指導者、科学者、芸能人、文化人・・・あらゆる階層の者がいた、もちろんその家族からその一族までだった」
    「地球に流されたのは」
    「おそらく一万人ぐらい」
 一万人でも小さなカプセル一つで済むって話か。それも到着すればラッキーで、途中で故障しても無問題。ここまでやるなら死刑にしても良さそうなものだけど、それだけ死刑禁止が重かったか、この星流しの方がより残酷と思ったのかのどっちかやろ。
    「やはり看守だったのか」
    「そうだったというか、収容所長だったとするのが正確だ」
    「では、なぜ」
    「はははは、賄賂とって逃がしてたんだよ。とにかく収容者は多かったから、小遣い銭稼ぎにね」
    「見ようによっては善行だな」
    「でもないかもしれないが、感謝はしてくれた。でも稼ぎ過ぎてチクられた」
 とにかく神の話は信用してはいけないんだけど、この話はある程度信用できる部分はある。もうユダ以上に覚えている者はいないだろうし。
    「似てたのか」
    「不思議とね。ただなんだが・・・」
    「まさか」
    「察しがイイね。君の考えている通りだ。可能性としてありうる」
 そこまで高度のテクノロジーを持つ文明であるなら、有人宇宙開発に熱中していた時期があったはず。植民星みたいなもの。
    「失敗したということか」
    「とも言い切れんが、文明は残せず原始に戻らざるを得なくなったぐらいだ。もっとも、この話は地球の人類が母星の者と類似している説明に使われただけで、私とてそれ以上は知らない」
 それにしても、これほど知っている神を殺すのは惜しすぎる。無駄かもしれないが説得してみるか。
    「神同士は仲が悪いのも刑の一つだな」
    「そうだ。神同士は殺し合っても死ぬ、記憶を受け継がないから出産時や乳幼児期にも死ぬ、これは死刑ではなく事故死であるとか、自然死と解釈されていた。そこまで死刑を避けるのか不思議なぐらいだが、それで法律との整合性を取っていた」
    「そして仲間が減れば減るほど孤独になるし、永遠の生に倦み飽きて勝手に死ねば自殺か」
    「いや自殺は出来ないように設定されていた」
 自殺が出来ないのもわかる。何百回そうしようと思ったか覚えきれないぐらいあるが、できなかった。
    「私はやりたくない。デイオルダスにもそう言ったが、聞いてくれなかった。ユダ、お前もそうなのか」
 ユダはふっと笑って、
    「イスカリオテのユダはどう呼ばれてるか知っているだろう」
    「一般論で良いのなら、カネに汚い裏切り者だ」
    「そうだ裏切り者だ。母星が定めた刑すら裏切ることができる」
    「では争わないと」
    「この世で次座の女神と争えるものは首座の女神と、眠れる主女神が目覚めた時のみ。アングマール王とガラティア王が最後の切り札だったがもうない。残っているカードは使徒の祓魔師が一枚と、ミニチュア神が二枚だけ。これじゃ、勝負にならん。オリハルコンからは手を引く。残ったカードでカネに汚い方に勤しむよ」
 とりあえずこの場の決闘はやめておこう。殺し合いもやりすぎた。
    「もう一つ聞いてもイイか」
    「なんだ」
    「アラッタの女神を知っているか」
    「アラッタの女神・・・革命の女神とまで呼ばれた戦士でありリーダーだった」
    「元は武神だったのか」
    「そうなる」
    「もう会いたくないな。次に会った時にお互いのどちらかが部屋から出られないと思うから」
    「わははは、私の言葉を信用していないのは良くわかる。ユダの言葉である以前に神の言葉だからな。だから君が守るとも思っていないが、私は二度と日本に来ない、君もイタリアには来ないで欲しい」
    「それが条件なら約束する」
    「握手をするかね」
    「いや、神同士は握手をしないもの。誰も死にたくないし」
 教会を出る時に挨拶された二人の助祭にすでに神はいなかった。ユダは約束を守るかもしれない。それが何年になるか不明だけど神同士の約束なんてそんなもの。とりあえず終わった。でもまた生き残っちゃった。