女神伝説第3部:占い師

    「小島君、明後日の日曜だが、森岡先生の政経文化パーティに出てくれ」
    「あれは社長と副社長が出席される予定でしたが」
    「そうだったんだが、高野君の御親戚に不幸があって出席出来なくなってしまったんだ」
 森岡先生とは地元選出の衆議院議員。与党なんですが、河原崎前社長時代からつながりがあります。つながりがあると言っても、神戸財界横並びで政治献金している程度ですが、国会議員と喧嘩しても良い事はなにもないのでお付き合いってところです。そうそう、政経文化パーティといっても裏を返せば政治資金集め。一枚五万円だっけ、アホらし。
    「そう嫌そうな顔をするな。君もいずれ当社を背負ってもらわねばならないから、こういう経験も重要だ」
 わかってますよ、イヤというほど政治のことは。イヤなのはまた関わらないといけないってこと。専務にされちゃったから仕方ないんだけど、
    「いえ勉強させて頂きます」
 政治家のパーティはおカネもアホらしいけど、出てないと後がウルサイ。なんかヤの付く組織の見かじめ料みたいなものだけど、政治ってそんなもんだからね。精いっぱい愛想を振りまかせて頂きますよ。でもね、行きたくない理由は他にもあるんだ。

 森岡先生ははっきり言わなくても政治家としては二流。選挙も五期連続当選とはいえ、二回は比例復活。野党のライバルが強力で選挙で議員を続けるだけで目一杯って器です。その程度の議員はテンコモリいるので、それは気にもならないんだけど、毎回選挙戦が苦しすぎて神頼みが強くなってるの。

 この辺は別に森岡先生だけの話やなくて割といるんだけど、前回の総選挙がシビアだったんだよな。小さなスキャンダルに巻き込まれて、タダでも五分五分なのが劣勢になったんだ。野党候補も叩きに叩いてたし。そこであの占い師に傾倒しちゃったんだ。気持ちはわからないでもないけどね。

 蓋を開けてみると大接戦だったけど森岡先生勝っちゃったんだ。選挙は水物だねぇ。それはそれでイイだけど、それからあの占い師は森岡先生のとこに入り込んで、大きな顔するようになってるんだよ。とにかく森岡先生は拝み倒す勢いだから、とにかく我が物顔でいるって感じ。

 それも、まあ、森岡先生の勝手だけど、こういう政治パーティにも顔出して来るんだよね。それも、もともと顔デカいんだけど、その顔がもっともっとデカくなって出席するんだよ。でも、でも、それもまだイイの。そこで自分の商売の売込みやるんだよ。これが森岡先生の口添え付みたいな格好になるものだから、みんな断るのに大変ってところ。そりゃ、こんなパーティに出席する目的は森岡先生の御機嫌取りだから、その占い師の機嫌も誰も損ねたくないわけってところ。

 これも付き合い程度でお茶を濁せればイイんだけど、一度食いつかれると専属顧問みたいな地位を要求されて、そりゃ大変。下手すりゃ、年間一千万ぐらい要求してくるのよこれが。社長もどうやって遁辞を構えるか頭を痛めてた。それとだけど、その占い師。丸っきりの詐欺師でもないみたいなの。コトリも話に聞いてるだけだからわかんないけど、もしかしたら神の一族の可能性さえある気がするぐらい。神なんて殆ど生き残っていないはずなのに、理由はわからないけど、どうも最近よく出没するもんね。

 これも別に神だからどうのこうのはないのだけど、神同士が出会うのは嬉しくないところ。そりゃ、タダでは済まないものね。コトリは武神じゃないけど、結局のところ巡り合った神はほとんど殺してる。たぶん殺してないのはエレギオンの五女神だけ。今回が例外になるとは思えないの。どうにも気が乗らないところ。

 当日は綾瀬社長と連れだってホテルのパーティ会場へ。いるわ、いるわ、神戸の財界の重鎮と呼ばれるズラリってところ。とりあえず森岡先生が時局講演会みたいなものをやって、その後は懇親会。そうそうこういう時の定番で立食形式。だいぶケチったみたいで、ありゃ、一人一万程度も出してない気がする。無難に挨拶を交わしてたんだけど、どうしたってコトリは目立つのよね。隅っこで地味に交わすのは無理なのはわかっていたから、適当にやり過ごしてた。そこにやっぱり来やがった。あのデカい顔の占い師。どうも今回はうちの会社が売込みがターゲットみたいで社長に執拗に絡んでる。コトリは知らん顔をしてたんだけど、

    「こちらの方は社長秘書ですか」
    「いえ、専務をやらせて頂いております小島と申します」
 ちょっと泡食ってたみたい。しょうがないからデカい顔の占い師を見たけど、信じられないけど神だ。でもミニチュア神程度。あちゃ、出会っちまったよ。もう社長には腹くくってもらおう。
    「社長、これから起る事は私が全責任を持ちます」
    「どういうことかね」
 社長ゴメン。なるたけ手早く片づけたいんだけど、どうするかな。さすがに一撃ぶっ放すのは拙いよな。というか、この程度のミニチュア神を始末するのは簡単だけど、神が死んでも人は生き残るし、生き残った人は神無しで今の欲ボケ占い師続けるもんな。それは、それで、良くない。そうなると、
    「専務さんですか。あなたの会社もワシが占えばさらなる大繁盛間違いなしじゃ」
    「お話は色々うかがってますが、とにかく見たことがないもので」
    「そうか、それなら・・・」
 引っかかった、引っかかった。神の能力を見せつければクレイエールがカネを出すと思ってくれたみたい。
    「社長のカフスボタンを拝借したい。いや、一つで良い。それを後ろ手で持ってくれるか。そうそう、それで良い。これから社長にどちらかの手に握って出してもらうが、出してから当てても占いとは言えん。出す前に当てよう。社長は右手にカフスを握って出す」
 へえ、あれぐらいは出来るのか。さすがミニチュアでも神ってところかな。それならっと手を開く直前にちょっと細工を、
    「な、なに、左手に握っているだと。そんなバカな」
 社長が目をシロクロさせてる。そりゃ、そうよね。左手に握って差し出したカフスが突然右手に移り、掌を開く瞬間に左手に戻ったらビックリするもんね。
    「これはいくら何でも無理がありますわ」
    「う、うむ、いや・・・」
    「では私が握って差し出しますから当てて頂きますか」
 訳がわからない表情の社長からカフスボタンを受け取り後ろ手にし、前に差し出しました。
    「間違いなく左じゃ」
 その通り、良く出来ました。でも、
    「残念ながら右です」
    「えっ、どうして、たしかに左手にあったはずなのに。それが右手にあるなんて」
    「この程度なら私にもできますわよ」
    「なにを言う」
 今度は占い師がカフスを後ろ手にしますが、その瞬間に、
    「右手に握って差し出しますわ」
    「なにを言うか」
 デカい顔の占い師の差し出した手が震えています。脂汗が額に浮かんでいます。デカい顔の占い師は渾身の力を込めて右手に移されたカフスを左手に移そうとしますが、させるはずがないじゃありませんか。
    「手を開いて頂けますか」
 デカい顔の占い師は憤怒の形相でカフスを投げつけました。それだけではなく、コトリに向かってつかみかかってきました、
    「お前は何者だ・・・」
 デカい顔の占い師のミニチュア神はコトリをつかんだ瞬間に即死。ついでにデカい顔の占い師も失神です。もちろん、つかみかかかられた時に後ろに押し倒されるようにしましたし、思いっきり黄色い声で、
    「キャー」
 これも響かせておきました。
    「小島君、だいじょうぶか」
    「社長怖い」
 はい、泣きべそもしっかりと。会場は大騒ぎになりましたが、一部始終をこれだけの人に見られてるわけで、誰がどう見たって占い師の予言はことごとく外れ、外れたことに逆上したデカい顔の占い師が興奮のあまり襲いかかったようにしか見えません。社長はコトリが襲われた事に怒りまくり、警察を呼びました。

 デカい顔の占い師は病院に搬送され、コトリは警察から事情聴取。衆人環視の中でのガチガチの現行犯ですから、おそらく書類送検まではされると思います。初犯だし、コトリの怪我も軽傷ですから起訴まで行かないかもしれませんが、これで一丁上がりです。社長は警察の事情聴取が済むまで全部付き合ってくれたのですが、

    「小島君、一つ聞いても良いかな」
    「なんでしょうか」
    「なにかしたのか」
    「見ての通りです。それと社長のカフスをお返しします」
 あ〜あ、やっちゃった。ミニチュアとはいえ、また一人減らしちゃった。あのミニチュア神だって、もう少し地味にやってくれていたら、良く当たる占い師で暮らせていけだろうし、コトリやクレイエールに絡まなければ、見逃していても良かったのに。でも、どうしたって出会っちゃうし、出会えばああなるのも昔から同じ。

 ああならなかったのは、デイオルタスだけだったもんなぁ。そのデイオルタスも最後はああなちゃったし。次はユダが来ると思うけど、結果は同じだろうな。いや、ひょっとしたらコトリが負けて、神から解放されるかもしれない。もう、どっちでもイイんだけど。