女神の休日:再びルナの家

 目覚めるとベッドの中。それにしてもひどい夢だった。夢って見てる時はリアリティがバリバリだけど、考え直すとご都合主義の矛盾がテンコモリなのよね。だってさ、無防備平和都市宣言とまで言われた、人畜無害のミサキが事もあろうに、冥界で大暴れって笑っちゃう。

 あれっ、左手になんか付いてる。あのチューブみたいなものはなによ。ひょっとして点滴とか。右手もなんか重い。いや誰かが握ってる。握ってるのは、

    「ユッキー社長、ユッキー社長」
    「ミサキちゃん、意識が戻ったの・・・」

 それだけ言うと涙がポロポロ。

    「コトリ副社長は」
    「今は寝てる」
    「ミサキは」
    「ちゃんと帰って来れたよ、あの冥界から地上に」

 あれは夢じゃなかったんだ。ミサキは本当に冥界に行き、ナルメルを倒し地上界に帰って来てたんだ。

    「ミサキちゃん、もう少しお休み。色々聞きたいだろうけど、今は休むのが大事。次に目覚めたらルナに何か作ってもらうから」

 それだけ聞いてミサキは再び眠りに落ちてしまいました。次に目覚めた時にはコトリ副社長が右手をしっかり握ってくれていました。

    「おはようって、言っても夕方だけどね」
    「ミサキは一日中眠ってたのですか」
    「もうちょっと長いよ、今日で五日目だよ」

 そうこうしているうちにルナが食事を持ってきてくれました。日本ならお粥ってところなのですが、ますはクリームスープ。それにマッシュポテトみたいなもの。これがかなり濃厚で、

    「これはピュレよ。そうねぇ、マッシュポテトに牛乳、生クリーム、バターがたっぷり入ってるぐらいのものよ。ホントは肉出したかったんだけど、メグミが日本人じゃ重すぎるって」
 フランスの病人食って日本とかなり感覚が違うみたいで、弱ってるなら栄養をぶち込めみたいです。でもこの時のミサキには合ってたみたいで、翌日にはかなり元気が出てきました。さすがは美食の国ってところです。

 社長も副社長も話してくれなかったのですが、ルナの話では、ミサキが担ぎ込まれてから社長と副社長が交代で癒し治療を続けてくれていたようです。もっともルナに言わせると、

    「あれって日本の風習なの。とにかくずっと手を握り締めてるのよ。それはまあイイとしても、その後がゲソッて感じで疲れ果てるのよ。そう、ぶっ倒れて寝るって感じ。いったい何してたの」

 ミサキにはわかります。ミサキは世界最強の神の治療を受けてたのです。

    「それとメグミって医療に詳しいのね。入院はさせたくないって言うから往診に来てもらってたのよ、大きな声では言えないけど、持ってくる薬品、医療機器の指示まで全部やって、実際の治療も全部やってた。クレール先生が余りの手際の良さにビックリしてた」

 ユッキー社長なら余裕で可能です。それでも目覚めるまで五日かかったのですから、かなりどころでない消耗だったのは良くわかります。十日過ぎる頃にはミサキもほぼ全快、ついにビールにありつけます。テーブルにはルナの心づくしの御馳走がずらりです。ルナは、

    「フランスの産業界を救った英雄にカンパ~イ」

 ユッキー社長もコトリ副社長も、

    「エレギオンを救った勇者にカンパ~イ」

 ミサキがナルメルを倒し共益同盟を崩壊させたのは間違いないようですが、疑問がテンコモリあります。ただルナもいるので話しにくい。小声でユッキー社長に、

    「ルナはどれぐらい知っているのですか」
    「う~ん、適当。だからわたしやコトリの話に適当に合わせといて」

 そんな適当なこと言われても・・・ま、いつものことか。聞いてるとお二人は、かなり巧妙な作り話をされてるようです。さすがにウソをつくのはお手のもの。なんてたって神ですものね。それでも祝勝会みたいなものですから、それなりに盛り上がって、

    「ところでミサキちゃん、体はもうだいじょうぶ」
    「はい、すっかり元気に。ビールだって、ワインだって美味しく頂けます」
    「そこでなんだけど・・・」

 これはやばそうな、またトンデモ経費落としの相談とか。

    「サザンプトンに着いてから三週間ぐらい経っちゃったじゃない」

 ミサキが冥界に居た期間は一週間ぐらいあったそうです。そうなると神戸を出てから六十五日ぐらいになるものね。

    「いくらなんでもバカンスが長くなりすぎてるのよね」

 うん、確かに。

    「だからサザンプトンから後は、ロンドン及びウィーンの視察と、パリ支社の視察の体裁にしたいの。パリ支社の視察はとりあえずミサキちゃんの意識が戻ってからコトリと済ませといた」
    「でもロンドン支社とウィーン支社は荷物運びをさせただけじゃ」
    「だからロンドンとウィーンは支社の視察じゃなく、現地視察にしておきたいと思うのよ」
    「はぁ」
    「作文任せたわよ」
    「でも実際にやったのは・・・」
    「ミサキちゃんも共犯だからね」

 う~ん、バカンスが長くなってる言い訳は必要だから、ここは目を瞑るか。

    「それと、もうちょっと視察の範囲を広げておくわ。ベルリン支社、ワルシャワ支社、モスクワ支社の視察を予定しといて。コトリをヨーロッパまで引っ張り出すのは大変だから」

 それもそうだ。コトリ副社長はトコトン嫌がるからなぁ。このさい、視察しておくのもイイかもしれない。

    「でね、モスクワからだけど、大規模ロシア視察をしたいのよ」
    「大規模ですか?」
    「エレギオンHDはロシアにちょっと弱いところがあるし」

 それはある。

    「でね、コトリの提案だけどシベリア鉄道で帰ろうって」
    「シベリア鉄道って・・・」
    「明目は日本からヨーロッパの貨物輸送にどれだけ期待できるかの実地調査」

 でもそれだけ回るとまた日数が、

    「そこんとこ、よろしく」

 ま、いっか。共益同盟戦はミサキにとってはまさに死闘だったし、ミサキももう少し休みが欲しいし、なんとかしよう。ユッキー社長は別の話題をルナに振って、

    「ちょっとお願いがあるんだけど」
    「なに」
    「一人預かってくれない」

 誰かと思えばマリーのこと。

    「メグミがコネとは珍しいね」
    「まあ、いろいろあってね」
    「できるの」
    「才能はある。でも経験が必要」
    「フランス語は」
    「怪しいけど、そこがイイと思ってる。フランス語ぐらい話せないとね」
    「わかったわ。世話になったし。鍛え上げてエレギオンに送ってあげる」

 ユッキー社長も優しいな。そこまで目をかけられる社員なんて滅多にいないもの。ただ、マリーも大変だろうな。ルナはミサキたちに会ってる時は上品で穏やかなお嬢様風だけど、ビジネスの場に立てば、

    『フランス食品業界の女王』
 こう呼ばれて畏怖されてるのだもの。そのルナが本気で鍛えたら厳しいなんてものじゃないと思う。でもそれだけ力も確実に伸びるよきっと。ルナだったら十年、いや五年もあればエレギオンに送り込んでくれても不思議ないもの。マリー、頑張ってね。ミサキも時々チェックはしとくから。