女神伝説第3部:ヴァチカンの祓魔師

 コトリ専務が名残惜しそうでしたが、ようやくボイスレコーダーをしまってくれました。放っておいたらデイオタルスとの一日分のアレの声を聞かされそうでしたから、ホッとしました。

    「ところでコトリ専務。教皇との会見の時に、最初から教皇の意図がわかっていたような話しぶりでしたが」
    「ミサキちゃんはヴェンツェンチオーニ枢機卿とローマで会った夜のことを覚えてる」
    「はい」
    「あの時にヴェンツェンチオーニ枢機卿は天使が見えてるの」
 あっ、そうだった。コトリ専務だけではなくて、シノブ常務も見えてたんだ。
    「あれって、かなり特殊な能力でベネデッティ神父にもあったわ。ああいう能力者は悪魔祓いができるのよ」
    「エクソシストですか」
    「祓魔師とも呼ばれるけど、カソリックでは上位叙階として司教、司祭、助祭があって、下位叙階に侍祭、祓魔師、読師、守門があるの。もっとも現在は下位叙階は実質的になくなってるけど」
    「エクソシストってけっこう下の位の人なんですね」
    「まあね、実際のところは洗礼式の時に悪魔を追っ払う儀式の時に登場するぐらいみたいだったからね。でもね、本当の悪魔祓いはだいぶ違うの」
    「やっぱり映画みたいに・・・」
    「ちょっとどころか、だいぶ違う」
 使徒の定義自体も様々にあるようですが、一般的にはイエスに従った十二人の弟子たちを指すとされています。この十二人も実はマルコ伝、マタイ伝、ルカ伝、使徒言行録、ヨハネの黙示録で相違する部分があります。また新約聖書においてはっきりと十二使徒と書かれているのは、ヨハネの黙示録二十一章十四節のみで、
    『都の石垣には十二の基あり、これに羔羊の十二の使徒の十二の名を記せり。』
 もっともルカ伝や使徒言行録にも十二人とする記述はあります。これはユダヤの十二部族に対応するものとする説が有力ですし、カレンダーでも一年は十二か月ですから、これになぞらえているとも考えられます。似たような十二は当時のポピュラーな宗教であったギリシャやローマでも十二神ですから。さてこの十二使徒には、イエスから悪霊を払う権能を授けられたとなっています。
    「十二使徒はイエスのガチの高弟で、高弟である証に悪霊を払う能力も授けられていることになるの。この能力は下位叙階の祓魔師とは根本的に違うものと思って良いわ」
    「具体的には」
    「神を捕えられる能力者だったのよ」
    「そんな能力者がいたのですか」
    「いたわよ」
 そっか、コトリ専務は知ってるんだ。そんな本当の祓魔師がいたことを。
    「使徒の祓魔師の能力も神のように伝えられるものだったの。たぶんだけどイエスも神であって、その能力を十二人の弟子たちに分け与えたぐらいに考えてる」
    「じゃあ、ベネデッティ神父とか教皇はその末裔」
    「可能性はあるわ。ただね、使徒の祓魔師が能力を発揮できたのは武神であって、女神には効果は弱かったの。コトリも対決したことあるけど、話にならなかったわ」
 だからベネデッティ神父も手に負えなかったんだ。
    「ただね、捕まえた武神を陰陽師の式神のように使うことが出来るの」
    「じゃあ、魔王もデイオタレスも」
    「たぶん教皇の式神みたいなものよ」
 ちょっとした三角関係みたいなもので、使徒の祓魔師は武神に強いかわりに女神に刃が立たず、女神は武神を苦手とします。あれっ、そう言えばコトリ専務は使徒の祓魔師とも戦ったみたいですが、
    「ああそれ、全部片づけたと思ててん。あいつら神が見えたら、女神だって襲ってくるのよ。武神駆除には役に立つんやけど、女神やっとった時期はモロに公開で女神やんか。何回も来たから、コトリとユッキーで始末しとってん。十二人は超えたと思うねんけど、まだおったとは」
    「それってベネデッティ神父と教皇の二人ですか」
    「いや、最後の一人やと思う。ありゃ、一緒や」
    「でも襲ってきませんでしたよ」
    「そりゃ、ローマの時は二人見えてたし、本社の時は三人見えてるんや。よう襲うかいな」
 あっ、そっか。
    「ところで使徒の祓魔師も記憶を受け継ぐんですか」
    「たぶん受け継がへんと思う。ベネデッティ神父も教皇も記憶を受け継いどったら、もっと行動は早かったと思うから。ただこの辺はようわからへんけど、記憶は受け継がへんけど、捕えた武神は受け継いでる感じがする」
    「ユッキーさんに似てますね」
    「たぶんやけど、イエスはアラッタの時の主女神みたいな感じで、ユッキーやコトリを女神にしたみたいに十二使徒を祓魔師にしたんやないかと思ってる」
 そうなると、
    「また出てくるんですか」
    「あの口ぶりやったら、取って置きかもしれへん」
    「もっと強いのが出てくるかもですか」
    「そっちの可能性もあるけど、ハッタリかもしれん。ユッキーも言うとったけど、抱えるのは大変なんよ。クソエロ魔王とデイオタルスの二人だけでも相当やと思うから、後はおっても雑魚の可能性もある」
    「だから武神を送り込むのじゃなくて、会いに来たとか」
    「そういうこと」
 とりあえず魔王戦や偽カエサル戦の再現はゾッとしません。でもコトリ専務は戦いたがるだろうな。
    「ミサキちゃん、武神ともう一ラウンドやるのも楽しそうやけど・・・」
 やっぱり、その気だ。
    「とにかく武神戦はリスクがムチャクチャ高いのがネックなのよね」
 今度は冷静に判断してくれるかも、
    「ここは問題の根っこを押さえる意味でも、教皇の祓魔師の息の根を止めるのが上策やと思うねん」
    「ちょっとコトリ専務。相手は世界のVIPですよ。近づくだけでも大変と思います」
    「そうやねん。そこがネックやねんよ。本社で会った時に、よほどドッカン食らわそうかと思たけど、さすがにあそこでやって外れたら、壁に穴が空いたり、部屋の調度が大変な事になるし。とくにソファなんか壊したら社長は怒るやろしなぁ」
 ソファ程度の問題ではないと言えばないのですが、あの日の状況からすればソファの問題になりそうな気もします。それより何より、
    「使徒の祓魔師を殺すほどの一撃が当たれば教皇は少なくとも気を失うでしょうし、あの高齢ですから下手すりゃ死にます」
    「あっ、それ忘れとった。ミサキちゃんは、そういう誰もが見落としそうな点に気づくからエライと思う」
 あちゃ、また考えてなかったんだ。どうして社長のソファに気が付いて、教皇のことを忘れるのか毎度のことながら不思議でなりません。
    「ところでミサキには神なり使徒の祓魔師は簡単には見えないのですが」
    「そりゃ、そうや。あれは特殊な能力で、神でさえ誰でも持ってるわけやない。ほいでもミサキちゃんでも癒しの手を触れたら見えたやろ」
    「ええ」
    「あれが普段から見える感じなの。ミサキちゃんもそのうち見えるようになると思うよ」
 そんなものなのかなぁ、
    「ミサキちゃん、教皇のことはとりあえず置いといて、もし来るなら、もうすぐ来るよ」
    「武神ですか」
    「だって日本にいるうちに差し向けるでしょ。神だって時間と空間は飛び越えられないの。ヴァチカンからなら飛行機代から必要やし、舞台は日本やから日本語しゃべれんと不便やんか」
 やだなぁ、やっぱりあの騒ぎがまた起こりそう。