女神伝説第2部:多忙

 数日後に綾瀬副社長に呼ばれ、

    「香坂君、しばらく小島本部長のヘルプに付いてくれ」
 こんな指示があってコトリ部長の秘書役を務めることになったのですが、いきなりコトリ部長から渡されたのが、
    「ミサキちゃん、これが今日のスケジュールと言うか、ノルマ」
    「欄外に書いてあるのは何ですか」
    「それはノルマをこなした上で、今日中にやっておきたい仕事」
    「この付箋のものは」
    「欄外が済んでから出来たらやりたい仕事」
 まさしく『げっ』って感じです。ノルマの分だけでもビッシリ仕事が詰め込まれています。
    「とりあえず、今日は付いて来て。明日から先行役をやってもらうから」
 そこから旋風のようにコトリ部長は動いて行きます。ジュエリー事業本部、ブライダル事業本部、総務部と回っていくのですが、まさに即断即決。見た瞬間、読んだ瞬間に指示を下し、アドバイスを与え、次の仕事に向かいます。動く途中に、
    「ミサキちゃん、ちょっとメモっといて」
 これは回った部署で明日やる仕事の予定のようです。とにかく歩くというより、走っているに近い状態なのでメモするのも大変です。
    「ミサキちゃん、ここはちょっと時間かかるから、ジュエリーの方に電話をかけて・・・」
 時間がかかると言いながら、私の電話が終わり切らない間に、
    「ブライダルの方にこう連絡しといて・・・」
 お昼だって、
    「食堂に行ったらサンドイッチが用意してあるから、取って来てくれる。ミサキちゃんの分も頼んどいた」
 これを食べながら仕事をし、動いて行きます。
    「ミサキちゃん、予定時刻はどうなってる」
    「はい、二十分ぐらい上回ってますが」
    「なら、あれやろう」
 欄外の仕事を片付けて行きます。その間にも、
    「総務にあれこれ」
    「ジュエリーにあれを確認して」
    「ブライダルにはこうこう」
 次々に指示が下ります。どうも、コトリ部長の頭の中にはそれぞれの部署の仕事の進捗状況が把握されているようで、それが一段落する頃を見計らって次の指示を下しているようです。ちょっと息を継げたのは経営分析をされた時、この時は情報調査部に行って、
    「サキちゃん、ミドリちゃん、手伝ってね」
 前にシノブ部長の仕事ぶりを見たことがありますが、あれ以上の勢いで仕事を進めながら、
    「ミサキちゃん、連絡してくれる」
 これがひっきりなしに出てきます。一時間半ほどで終えると、ミサキの報告を聞きながら動きます。
    「それなら、ここを片付けて・・・」
 これは付箋の仕事みたいですが、それを確認する余裕もないぐらい、
    「次は、次は」
 もちろんこの間にも各部署の仕事の進捗状況を確認させ動き回られます。
    「ミサキちゃん、悪いけど今日も残業になるわ。どうにも仕事の進みがイマイチやねん」
 ようやく終わったのが九時も回ってから、九時から十二時間休みなしで働き通しです。見直すとコトリ部長がノルマとされてた部分だけではなく、欄外も付箋部分もほぼ終えています。
    「ミサキちゃん、仕事の段取りはだいたいわかったと思うから、明日からはコトリがより効率的に回れるように、先行しながら準備を整えてくれる。これは明日の仕事のスケジュール」
 家に帰ったら倒れ込んで寝込んでしまいしたが、翌朝からはさらに忙しくなります。コトリ部長の動きを読んで、先行して準備をするのですが、とにかくコトリ部長の動きは早いので、ちょっとでも気を緩めると抜かされてしまいます。
    「ミサキちゃん、ここはもうイイから、あそこに行って、それから・・・」
 もう途中から何をやってるのか、わからなくなりそうです。こんな目が回りそうな日々を一週間も続けていたら、やっとミサキにも各部署の進捗状況が見えてくるようになりました。そしたら、
    「ミサキちゃん、早いね。ま、期待通りだけど」
 いつ、ぶっ倒れてもおかしくない状況が続きましたが、少しづつ余裕が出て来た感じで、
    「ミサキちゃん」
    「あの件は連絡済です。次の件につきましては、こうこうです」
 少しだけですが、コトリ部長の仕事の先読みが出来て、段取りが良くなってきたのがわかります。ただそうやってコトリ部長の仕事が出来る量が増えたら、その分だけ仕事が増える気がしてなりません。ちっともラクにならないのです。
    「どうなってるのですか。これはちょっとおかしい気が・・・」
    「ミサキちゃんもそう感じる。とはいえ、今はこれをこなさないと仕方がないし」
 金曜の夜も九時まで頑張ってなんとか仕事終えた後に誘われて焼肉に、
    「スタミナ付けないともたないよ」
 しばらくは二人でガツガツ食べてましたが、
    「コトリ部長、なんかおかしいです」
    「ミサキちゃんもそう感じる?」
    「あれだけやっても、コトリ部長の仕事は増える一方じゃないですか」
    「そうなんだよね。ここのところ、ずっとこんな感じ。仕事も増えてるんだけど、仕事の進み自体が悪くなってるの。コトリがいれば、そうでもないのだけど、いなくなればガクンとペースが落ちちゃう感じかな。別にサボってるわけじゃないんだよ」
    「サボってないのはミサキが見てもわかりますが、やり直しや、単純ミスによるやり直しが増えていると思います。それが新たな仕事を生み出す悪循環みたいな具合です」
 コトリ部長はビールを注文しながら、
    「どこか間違ってると思うのよ。なにか大きな流れが押し寄せてきて、これを必死でバケツで汲みだしている感じと言えば良いのかな。とはいえバケツででも汲みださないと沈没しちゃう感覚ってところ」
    「それ、わかります。汲みだしても、汲みだしても、翌日になれば元の木阿弥どころか、もっと溜まってる感じです。放っておくわけにはいかないから汲みだすのですが、いずれ汲みだせなくなりそうな気さえ感じます。今だって、コトリ部長だから汲みだせているようなもので、他の人だったらもう沈没していてもおかしくないと思います」
 コトリ部長はビールをグイッと飲み干しながら、
    「とにかく、こんなに忙しいと男を見つけるヒマさえないじゃないの。とはいえ、愚痴ったところで、根本的な解決法がわからないから、しばらく続けないと仕方がないね。明日は土曜日だけど、ミサキちゃん付き合ってね」
 コトリ部長は残業や休日出勤を原則としてされない方ですが、明日も出勤になるのはミサキでもわかります。この調子じゃ、日曜も出勤になりそう。