帰りのエレベーターに乗り込み、扉が閉まった瞬間にコトリ部長はエレベーターの壁にもたれかかられました。
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「だいじょうぶですか、コトリ部長」
「だ、だいじょうぶ、かな。やっぱりマンチーニ枢機卿みたいな雑魚とは桁が違いすぎたわ。よく無事で帰れたと思うもの。まともにやり合っていたら、絶対勝てなかった。やっぱり首座の女神はたいしたものね。だからコトリは次座なんだと思い知らされた気分よ。でも、納得してくれて良かった。さて、パアッと飲みにいこうか。あなたたちも知りたいでしょ」
「コトリ部長、今日は無理ですよ」
「そうですよ、コトリ先輩」
「これぐらい、ビールをグイッと飲んだら吹き飛ばせるわ」
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「シノブ」
「ミサ〜キ」
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「ミサ〜キ、だいじょうぶか。ボクはミサ〜キがたとえ老婆に変わっていても、ミサ〜キを愛する気持ちは変わらない」
「やだマルコ、浦島太郎じゃないんだから」
「タロウって、男に変わるかもしれなかったのか」
「それは・・・後で話すわ」
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「もう、見せつけてくれるんだから、トットとお帰りよ。コトリはその辺でタクシー拾って帰る・・・」
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「コトリ部長、だいじょうぶですか」
「コトリ先輩、コトリ先輩」
「小島部長、しっかりしてください」
「コト〜リ、コト〜リ」
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「誰か救急車を呼んでくれ」
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「ボクが一緒に行くから、家族に連絡を取ってくれ」
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「ミサキちゃんとマルコは会社に連絡しながら病院に向かってくれる。私とミツルはコトリ先輩の御家族に連絡取りながら病院に向かうから」
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「ありがとうございました。助かりました。ホントによく来てくださいました」
「あぁ、ボクもビックリした。ベランダからお見送りしてたら見えたんだ」
「コトリ部長はだいじょうぶですよね」
「救急車の中でも意識は戻らなかった。とりあえず他のバイタルは安定しているようだ。後は検査してみないとわからん」
「万が一ってことはないですよね」
「コトリちゃんが死んだりするものか」
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「小島知江さんの御家族の方はおられますか」
月曜日に出勤してみると、コトリ部長が倒れられたニュースは既に誰もが知っており、どこもかしこもその話題で持ちきりです。誰もが仕事に手が付かない状態で、意味もなくソワソワと落ち着かない体たらくです。そうしてたら総務次長に呼ばれました。
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「悪いが小島部長のお見舞いにしばらく通ってくれないか。誰もが行きたがってるのだが、あまり大勢で押しかけるとかえって迷惑になるとの社長の御意向だ」
「わかりました。ところで、どうしてわたしなのですか」
「結崎情報調査部長の御推薦だそうだ」
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「検査では、とくに異常はないそうなのですが・・・」
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「主治医の先生はボクの後輩だから聞いてみたけど、とくにこれと言った異常はないみたいで、後は待つしかないと言ってた」
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「なにか、出来ることはないのですか。たとえば病院変えるとか、主治医の先生変えるとか、これじゃ何もしていないのと一緒では・・・」
「アイツは信用できる腕を持ってる。この病院のレベルも一流や。医療は待つのも大事な時間やねん。ミサキちゃんって言ったかな、コトリちゃんは必ず元気になるよ」
お見舞いも行くだけなら、そんなに大変ではないのですが、とにかく各部署からのお見舞いの品を山のように託されるもので、これを運ぶのが大変です。とくにお菓子やましてや果物になると重くて、重くて。そこで情報調査部から山村さんと鈴木さんがヘルプに来てくれました。
三人でも運ぶのはラクじゃありませんが、これもコトリ部長の回復を願うみんなの気持ちが込められていると思うと頑張って運び込みました。お蔭でというか、当然そうなるのですがコトリ部長の病室はお見舞いの品で埋め尽くされてしまいました。これじゃ、いくらなんでもと総務部次長に、
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「お見舞いの品を制限して頂かないと・・・」
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「次長、あれでは御家族にも迷惑です。なんとかして下さい」
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『それを何とかするのが、総務のお仕事。ミサキちゃんなら出来るよ』
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「わかったわ、ミサキちゃん、私が必ず話を通しておく」
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「コト〜リのためなら全力を尽くすよ」
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「コト〜リのためにエレギオンの秘術を尽くして作った回復のブレスレットだ」
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「もうアレしかありません。可能性はそれしかないと思います。でも、わたしではどうやったら出来るのか見当もつきません」
「ミサキちゃん、かなり危険よ。でもミサキちゃんの意見に賛成するわ」
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「やあ遅くなってゴメン」
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「山本先生、申し訳ありませんが、少し失礼させて頂きます」
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「ダメよ輝く女神。わたしがいる限りカズ坊に手を出すのは許さない。まったく無茶するんだから困っちゃうわ」
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「でも、こうでもしないとお会いできません」
「わからないでもないけど、まったく。知恵の女神でさえそうだったけど、力加減が昔からヘタクソなんだから、あのままやったら下手すりゃ死ぬよ。今後は使わないほうがイイと思うよ」
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「お願いですユッキーさん、コトリ先輩がこのままでは」
「知ってるよ。わたしもお見舞いに行ってるし、検査も見せてもらった。生身のユッキーだった頃は医者もやってたから信用してもらってもイイと思うわ」
「でも、もう十日間です」
「まだ十日間よ。たしかに知恵の女神とは相性悪いところはあるけど、別に仲が悪いってわけじゃないの。考え方の違いかな。随分助けてもらってるんだから」
「だったらコトリ先輩を助けて下さい」
「だから仲は悪くないって。まだ、わからない。知恵の女神ならすぐわかるんだろうけど、あなたたちにはまだ無理か」
「どういう事ですか」
「本当に知恵の女神が危ないのなら、もう助けに行ってるよ。ちょっと寝てるだけ。そうねぇ、後三、四日ぐらいしたら目を覚ますわよ」
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「首座の女神様、お聞きしたいことが」
「みんな聞きたがるね。イイよ、もう知恵の女神も気が付いてるみたいだし。そうだよ、あなたも最近よ」
「では抱えたままだったのですか」
「そういうこと、どうしても相性の悪い知恵の女神だけは抱えきれなかったの。抱えてみて、ホントに思い知らされたもの。日本に来るまでの三年間はさすがのわたしでも苦し過ぎたってところ」
「記憶の封印は」
「あれも知恵の女神が出したアイデアよ。わたしも賛成して互いに封印しちゃったの。後は知恵の女神に聞かせてもらいなさい」
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「あれ、どうしてたんだろう」
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「どうかされました」
「いや、なんでもないけど、なんか一瞬意識が飛んだ気がした」
「そうだったんですか。ちっとも気づきませんでしたが」
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「わぁ、よく寝た。これでスッキリってところかな。ほぉ、このブレスレット綺麗じゃない、どこでもらったんだろ。うん、うん、ここはどこなの、あれコトリはどうしていたの」
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「もう帰る」
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「焼き鳥食べたい」
「焼肉食べたい」
「ビールが飲みたい」
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「これじゃ、宅配業者みたい」
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「小島総務部長の復帰を心から歓迎する。ここで万歳三唱をしたい」