女神伝説第1部:マルコ氏の仕事

 マルコ氏の工房も半年ぐらいする頃には軌道に乗ってきました。マルコ氏は弟子たちの技術進歩の階級をABCの三段階に設定しています。セリエCは見習いクラス。このクラスでも他のジュエリー店では十分に一人前レベルなのですが、エレギオンでは話にならない見習い程度です。

 セリエBになるとマルコ氏が認めたものだけが商品になります。それでも十個に一個ぐらいがせいぜいなところです。セリエAとなれば出来た作品が商品になります。ただなんですが、セリエAやセリエBであってもエレギオンのブランドは冠せられません。エレギオンが使えるのは、セリエAの中でさらに認められたエレギオンの金銀細工師の作品のみなのです。

 そうそうABCは日本語ならA級とかB級と呼んでも良いのですが、マルコ氏は日本人に対しても必ずセリエA、セリエBと呼ばせます。なんかエレギオンの伝統に関係するのかと思っていたのですが、なんてことはないサッカーの大ファンだっただけでした。このセリエAの上のエレギオン錬金術師の認定について聞いてみたのですが、

    「エレギオンの金銀細工師を名乗れるようになるのは、何人に一人ぐらいなの」
    「ボクが死ぬまで弟子を育て続けたとして、一人か多くて三人ぐらいかな」
 こりゃ厳しいわ。さて、マルコ氏の工房の作品は発表されるや否や大変な反響を引き起こしました。いきなりアラブの大富豪の使いが現われて参考出品されている作品を、
    「カネならいくらでも払うから全部欲しい、全部が無理なら一つでも欲しい」
 こんなエピソードが残されているぐらいです。これは冗談ではなく問い合わせの連絡がこれでもかと押し寄せました。ミサキがマルコ氏からコッソリもらったネックレスだけでも、いったい、いくらするんだろうってところです。マルコ氏の作品のレベルがトンデモなく高いのは良いのですが、あまりにも高すぎるのが会社では問題になっていました。これじゃ、あまりにも高すぎて富裕層どころか、大富豪クラスじゃないと手が出ないものになります。しかし会社が考えているジュエリー事業の展開は、そこまで限られた人が対象ではチト困る点です。

 こういう問題を解決させたら右に出る者がいないのがコトリ部長で、マルコ氏と相談です。ミサキも同席していましたが、

    「マルコ、お弟子さんの成長はどう?」
    「まあまあかな」
    「モノになりそうなのは」
    「まだいないね」
 この会話にも説明が要るのですが、エレギオンの金銀細工師を名乗れるようになった者の義務として、後継者を育てると言うのがあるそうです。神戸で金銀細工師をやめていたマルコ氏を引っ張り出せたのも、その点をコトリ部長が上手く利用したのもあるようです。
    「マルコは見てたら、そのお弟子さんがセリエC止まりとか、セリエB止まりとか、わかる」
    「すぐには無理だが、一年も見ればわかる」
    「そこで相談なんだけど・・・」
 マルコ氏は三十人の弟子枠を作っていますが、マルコ氏の目的は後継者育成です。ある程度、定期的に入れ替わってくれないと真の後継者が見つけられる確率が減ります。そこでセリエB・Cで上限になってしまった弟子を引き取って新たな工房を作りたいとの提案です。
    「コト〜リ、でもエレギオンの名前は使わせないよ」
    「もちろんよ、エレギオンはマルコの作品だけのブランドよ」
    「エレギオンで修業したと言うのも使ったらダメだよ」
    「わかってる、わかってる」
    「だったら、構わない」
 交渉成立です。コトリ部長はそういう弟子を集めて新たな工房を作り、天使ブランドでジュエリーを作ることにするようです。さすがコトリ部長は知恵者だ。マルコ氏の工房を学校代わりにして、そこから安定して質の高いの職人を供給してもらう腹積もりのようです。エレギオンのセリエB・Cでも十分すぎるほどの技量があるからです。そういえば気がかりな点があったのでコトリ部長に日本語で、
    「マルコ氏は社員として、ずっといてくれるんでしょうか」
 これだけの技術をもっているのですから、その気になればいつでも独立できます。
    「当分心配ないと思うわ。エレギオンは必ずしも儲かるわけじゃないのよ」
 これはマルコ氏の仕事ぶりをみてもわかります。弟子の作品評価も厳しいですが、同じぐらい自分の作品評価も厳しいのです。今出している参考作品もマルコ氏に言わせれば、
    『あれは売り物レベルじゃない。期限があったから、だいぶ妥協してるんだ。それなりに満足してるのはミサ〜キのためのものぐらいで、売り物になるのはミサ〜キにプレゼントしたネックレスぐらいかな』
 下手すりゃ十年に一個とかのレベルでしか売り物は出て来ないのがエレギオンだそうです。道理でイタリアをあれだけ探し回ったって、見つからなかったはずです。そんな状態で後継者育成の義務を果たすために弟子を抱えたりしたら懐具合はラクでなくなります。クレイエールでは給料プラス作品が売れた時の十%がマルコ氏の手に入り、工房の弟子もクレイエールの社員として給料が出ますし、工房の維持費だってクレイエール持ちです。
    「でもね、心配だから保険を掛けてるの」
    「保険ですか?」
    「そうよ、コトリが掛ける保険だから絶対よ」
 これって、コトリ部長がマルコ氏と結婚するって事かなぁ。でもマルコ氏は、コトリ部長から年上過ぎるから結婚しないって言われたと聞いてるし。別のエレギオンの金銀細工師を確保してるとか。とりあえずジュエリー事業の方はコトリ部長とマルコ氏の話し合いで道筋が付いたみたいですが、ミサキの方に気になることが、
    「コトリ部長、折り入って個人的に相談したいことが・・・」
    「ん、相談? そっか、だいぶ経つものね。コトリもだいぶわかってきたから、そろそろイイかもね。シノブちゃんも一緒じゃなくちゃいけないから、近いうちにセッテイングするね」
    「ありがとうございます」
 あれっ、ミサキが相談したいことがわかっちゃったのかな。