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「カランカラン」
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「今日こそ、一の谷やろ」
「うん」
「私はマンハッタン」
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「ボクはマティーニ」
それが、なぜか時代が下るにつれてベルモットの比率がドンドン低下し、モンゴメリ将軍のレシピでは一五対一、ハンフリー・ボガードはベルモットの栓に着いたものをグラスに塗っただけだったのは有名な逸話です。チャーチルに至ってはベルモットの瓶を見ながら飲んでいましたが、そりゃ単にジンを飲んでるだけだろうと突っ込みたくなります。さて今日の取り合わせはカクテルの女王と王様のそろい踏みで、並べるとちょっと乙ですが、彼女はともかく私がどう考えても見劣りするのがなんともってところです。こればっかりは埋めようのない溝どころか谷かな。
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「一の谷の前にちょっと」
「なに?」
「わかってきた気がするの」
「なにが」
「山本君の考え方」
「?」
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「最初の方は大鎧とかの話やったやん。あれ正直なところつまらんと思ってん」
「そりゃ、悪かった」
「ちがうねん、あれって大事な話やってんね。源平武者がどんな動きをして、どういう風に動けるか知ってないと後の話に付いていけなくなるところやったわ」
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「昔からやけど、山本君って基礎からビッシリ積み上げて考えるから凄いと思うわ」
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「そういう風に考えるんだとわかったら、私にも見えてきた気がするの」
「凄いと思うよ、行綱の話とか、熊谷直実の先陣の話なんか目から鱗やったよ」
「私は凄くないねん。山本君が積み上げて教えてくれたからわかっただけ」
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「私もちょっとは進歩したかな」
「十分、十分。凄いと思うよ」
「ホント、いつかそう言ってもらえる日がきたら嬉しいって思ってたの」
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「それでもさぁ、ボクと歴史の話をしていて面白い?」
「山本君は私と話するのは面白くないの」
「そんなこと絶対ないよ、ムチャクチャ楽しいし面白い」
「私もそうなの。こうやって歴史の話をしたり、歴史に因んだ場所に行ったりするの大好き。だから鉢伏山や丹生山、兵庫津に連れて行ってもらってホントに楽しかった」
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「今まではどうやったん」
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「行ったけど、そこまで歴史に興味のある友達は少ないからもう一つオモロなかった」
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「御朱印集めも始めたらババ臭いっていわれてもた」
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「こうやって歴史の話をおもしろくしてくれる人と話すのが夢やってん。だから感謝してる」
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「お待たせしました」
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「いつもお綺麗ですね」
「やだ、お上手ばっかり」
「いえ、私は嘘を申しません。たぶんですけど」
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「山本君ってさぁ、社会とか現国とかすごい得意やったやん」
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「だから絶対文系やと思ててん。それが理系って知ってガッカリしたの」
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「数学とかも得意やったん?」
「いいや、数学・物理は大の苦手で三年の時は欠点スレスレやった」
「ホンマに、ようそれでお医者さんになれたね」
「苦手科目で受験やったからたいへんやった」
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「でも、頑張ったんや」
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「今は彼女おらへんって聞いたけど、お医者さんやったら、もてるよね」
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「それがサッパリやねん」
「ウソやん」
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「でもなんとなくわかる」
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「昔からやけど、山本君ってちょっと近寄りにくい雰囲気があるもんね。ここで声をかけた時、物凄い緊張したもん」
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「そんなに近寄りにくい?」
「実際に話したら優しいし、楽しいし、あれこれ親切にしてくれるのわかるけど、下手に話しかけるのが怖いって感じ」
「そんなに怖そう?」
「アホなことをウッカリ言えない感じかな。ちゃんとお話しないと冷たく無視されるみたいな」
「そんなことないって」
「そうやったよ。イイように言うたらクールかな」
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「それと前から聞きたかったんやけど、みいちゃんとはどうやったの?」
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「なんにもなかったよ、手も握らせてくれへんかった。でもなんでそんな事知ってるん」
「みんな知ってたよ。山本君がみいちゃん見る時の目も態度も全然違ってたもん。それと手を握らせてくれなかったんじゃなくて、手も握ろうともしなかったんじゃないの」
「違うって、噂に変な尾鰭が付いただけやて」
「うふ。私、みいちゃんの友達から聞いたんだ。結局なにもしてくれないから、あきらめて結婚したって」
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「でもねぇ、みいちゃんとの話を聞いてちょっと驚いてん」
「なにを」
「山本君でも恋をするんだって」
「するに決まってるやん」
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「みいちゃん待ってたみたいよ。その話聞いてちょっと羨ましかった」
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「木村さんって覚えてる?」
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「みいちゃんとの事を聞いてあきらめたんだって。山本君ってけっこう人気あったんよ」
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「前に彼女のためにダイエットした話しとったやん」
「うん」
「今でも続けてるんやろ」
「うん、惰性やけど、せっかく痩せたんやから維持しようと続けてる」
「そんなとこも昔と一緒。一度決めたら、なんだかんだでやり抜いちゃうもんね」
「そうでもないんやけど」
「お医者さんになったのもそうやん。普通やったら苦手科目で受験しようなんて思わへんやん」
「まあ、それはムニャムニャ」
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「いつか素敵な彼女が出来たら、きっと山本君は幸せにすると思うねん」
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「じゃ、立候補してくれる」
「そやなぁ、今は遠慮しとく」
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「でも、そのうち立候補するかもしれへんよ」
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「今はダメ?」
「今はね」
別れ話と言っても、そもそも付き合ってるわけじゃありませんからアレですが、なぜ彼女はこんな話に持って行ったんだろうってところです。ここから他愛もない話題になってしまい、私の告白じみた発言はサラサラと流されて行きました。なんとも微妙な夜になりましたが、彼女の真意がどこにあるのか結局曖昧なままになってしまっています。それでも『遠慮しとく』はショックだったなぁ。かなりブルーな気分で彼女を改札から見送りました。