そうそう毎週飲みに行ける訳じゃないのでちょっと日が開きましたが、またもや例のバー。でも今までとはちょっと違います。彼女が誰だかわかってしまったからです。まだ彼女は来ていないのですがやたらと喉が渇きます。
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「マスター、ジン・フィズ作ってくれる」
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「今日も彼女は来られるのですか?」
「もうちょっとしたら」
「お綺麗な方ですね。応援してますよ」
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「カランカラン」
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「はぁ〜い、待った」
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「どうしたん、顔真っ赤やで、そんな飲んどったん。それとも熱でもあるん」
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「コ.コ、コ、コトリちゃん」
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「なつかしいわぁ、その呼び名覚えてくれてたんや」
「うん、実は・・・」
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「信じられへん、誰かわからんへんかったん。私なんかちゃんと覚えてたのに。でも思い出してくれてありがとう」
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「さっき、なつかしいって言ってたけど」
「コトリと呼ばれてたの高校までやってん。大学からは『ちえ』か『ちいちゃん』」
「そうなんだ。ところでなんでコトリちゃんやったん」
「それはねぇ・・・」
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「そんな事があったんだ」
「今度は忘れんといてね、私のこと」
「じゃ、今はコトリちゃんと呼ばない方がエエかな」
「ううん、コトリって呼んでくれたら嬉しい」
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「楽しそうですね、今日はなににしますか」
「マルガリータお願い」
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「それにしても綺麗になったね」
「そんなことないよ」
「綺麗になり過ぎて思い出せへんかったんだ」
「嘘ばっかり」
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「この塩味がテキーラに合うのよね」
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「ボクはソルティ・ドッグ」
そこまでグルグル頭が回りましたが、仕事の上司に連れられてはあるわけで・・・上司とまさか不倫。いやいや天使のコトリちゃんに限って絶対にありえないぐらいで妄想はやめました。とにもかくにも彼女がコトリちゃんと判明したのでホッとしたと同時に新たな疑問が膨らんでいます。そりゃコトリちゃんと一緒にいる時間を過ごせるのは嬉しいですが、なぜに私なんだの疑問です。
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「・・・でさぁ、前の続きやったら三草山合戦かな。三草山ってどこにあるの」
- その日の戌の時ばかりに駆せ着きたり
- 二日路を一日にぞうちたりける
「ヒントは延慶本にあるよ。
まず義経がいたのが『おのはら』ってわかるよね。」
「うんうん」
「でもって三草山を挟んで、東の山口に源氏、西の山口に平家がいて、その間は三里ってなってるよね」
「うんうん」
「その三草山って丹波と播磨の国境ってなってるよね。」
「うんうん」
「つまりはこの条件を満たすところが三草山って事になるんや」
「そんなとこが上手い具合にあるの?」
「この地図を見て欲しいんやけど、
これは篠山市今田町で上小野原、下小野原の地名が今でもある。この小野原から東に向かっている道路が国道三七二号線やけど、小野原から峠になっていて峠を越えると播磨。そやから、ここしかあり得へんと思う」
「てか、立杭焼の近くやん」
「体験学習ってやったことある?」
「やったやった、小学校のとき」
「上手にできた」
「あかんかった」
「立杭焼は置いといて、国道三七二号線は篠山に通じてるんやけど、篠山には京都からの山陰道が走ってる。これも延慶本やけど
京都からの源氏軍の出陣は一月二九日に終えてるんやけど、範頼と義経の出陣はさらに遅くて、
大手の大将軍蒲冠者範頼は、四日の日京を立ちて、津の国播磨路より一の谷へ向かふ。
大手の範頼は二月四日に京都を出陣し、同じ日に義経も出陣となってる。」
「軍勢は1月二九日には京都を出発したのに遅いわね」
「たぶん手続きやろな。」
「手続き?」
「寿永二年一〇月の宣旨で頼朝は賊軍でなくなってるんやけど、まだ正式の官軍になってないぐらいかな。実態的には官軍なんだが、公式な手続を経た上の官軍になるのに二月四日までかかったぐらいは十分考えられるし、朝廷なんて役所やから、その手の手続きにやたらと時間がかかるし。」
「だから範頼、義経の出陣は二月四日になったんだ」
「うん。範頼は昆陽野に集結していた大手軍に向かい、義経は小野原に集結していた搦手軍に向かったってことでしょ。ここで範頼の昆陽野到着は吾妻鏡に二月五日酉の刻に到着したなってるんやけど・・・」
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「ゴメン、話の腰を折って悪いけど、酉の刻って何時?」
- 子の刻を零時、午の刻を十二時で固定
- 日の出を卯の刻、日の入を酉の刻として移動
- 日の出から午の刻、午の刻から日の入、日の入から子の刻、子の刻から日の出までの間をそれぞれ三等分
- 日の入から星が見えない間は酉の刻
- 星が見えだしたら戌の刻
- 太陽の輝きが完全になくなったら亥の刻
- 東の空が白みだしたら寅の刻
- 星が消えたら卯の刻
「時刻はこれからポイントの一つになるから説明しとくわ。吾妻鏡が十二辰刻四十八刻法みたいやからそれで説明するね。とりあえずこれ見て
十二辰刻とは十二支で一日を十二分したもの、四十八刻とは一辰刻を四等分したものやねん。ほいでもって青の点線の二の刻が正刻になるんや」
「なるほど! 赤の点線が一の刻と三の刻なんやね。正午って牛の正刻やから正午って言うんやね」
「現在の時計と若干読み方が違うのは注意しといたらエエよ。現在も正午は十二時やねんけど、十二時は十二時零分から十二時五九分までやん。十二辰刻では十一時から十三時までが午の刻になるねん」
「正刻の前後一時間が一辰刻ってことやね。でも当時は不定時法やん」
「うん。不定時法では
こうするんや。ほいでもってラッキーな事に二月七日の日の出はほぼ六時、日の入は一八時やから、一辰刻は二時間で、一刻は三〇分になるねん」
「そりゃラッキーやけど、昼間は太陽の傾きで時刻を見れるにしても夜はどうしたの?」
「酉の二刻が日の入やけど、日の入してもすぐに真っ暗になるわけちゃうねん」
「うんうん」
「当時の夜の時刻の読み方やけど、
こうしてたんや」
「ほんじゃ、亥の刻から丑の刻は」
「なんにも目印がないからだいたいやと思う」
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「マスター、もうちょっと飲みたい」
「どうぞ、どうぞ」
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「今日一緒やった彼女やけど、前から来てたん」
「ええ、何回か」
「独りで?」
「いやお連れ様と御一緒でしたよ」
「男?」
「はい」
そこでふと思い出したのが、マスターが私に『応援してます』と言ったこと。マスターは、彼女が前に男連れで飲みに来ていたことを知った上で話したことになるからです。そういえば、最初に会った日もマスターと何やら話していましたから何かありそう。マスターにもうちょっとその辺のことを聞きたかったのですが、店が立て込んできて聞けませんでした。あれだけ素敵と言うか、あの天使のコトリちゃんですからライバルが多くて不思議ありませんが、問題は私がライバルの中に入っているかどうかです。この点については女性に関して『国際安全牌』とまで言われた自分に自信がまったく持てません。