ピラミッドテキスト・ムック その4:218章を読む

たった第1〜第7章を読んだだけの知識でピラミッドテキストの内容をあれこれ考えるのは無理があるのですが、あえて今日は218章を読んでみます。218章を読もうと思ったのは最初にググった時に筑摩世界文学大系1古代オリエント集(杉勇・三笠宮祟仁 編訳)が見つかったのと、塚本明広氏のピラミッド・テキスト:翻訳と注解(4)にもあったからです。とりあえず見てもらいます。

ローマ字翻訳 塚本氏 筑摩版
wsjr オシリス おお、オシリスよ。
jj rf (W) | pn wwr r psD.t 九神を渇望するこの王はきっと来る このウナスは来る。神々を悩ますもの、不滅の魂を持つ者は。
;x jxm_sk 不滅の霊は
jp.f jb.w 彼は心を求め かれ、心臓を要求し
nHm.f k;.w 彼は力を奪い 力を奪い去り
nHb.f k;.w 彼は力を与える 力を賦与す
mtn.t.f nbt 全ての彼に従う者 かれの許すもの
Snj.t 取り巻き ことごとくをかたわらに呼び寄せ
rmnj.f n.f 彼が彼のために傍らにいる者
spr n.f 彼に訴える者 かれに訴えしものを強制す。
N Hmw.t.f nb 誰も彼から逃れ得る者はいない これを逃れうるものなし。
N t.f 彼のパンはない かれ、パンを食わず
N t k;.f 彼のカーのパンはない かれがカーもパンを食わず
Dr t.f r.f 彼には彼のパンが尽きる されど、かれのパン、かれのために果てん。
Dd=n gb pr m r; n psD.t ゲブが語り、九神の口から出る ゲブは神々の決定を述べり。
bjk m_x.t jT.f 鷹は彼が受取る時 神々は言う、「汝は獲物をとらえるときのハヤブサ、見よ、汝(オシリス)は魂を所有し、強力なり。」と。
jn.sn と彼らは言う
m kw b;.tj sxm.tj 見よ、汝は霊力を持ち力を得た
jj r.f (. ) | pn xwr r psD.t 九神を渇望するこの王はきっと来る このウナスは来る。
;x jxm_sk 不滅の魂は 神々を悩ますもの、不滅の魂を持つ者は。
zn jr.k 汝より優れる者は 汝を凌ぎ
znn jr.k 汝に似る者は 汝に似
nnj jr.k 汝より劣る者は 汝より疲れ
wrr jr.k 汝より偉大な者は 汝より大いなる者にして
w;D jr.k 汝より健やかな者は 汝より健やか
nhmhm jr.k 汝より叫ぶ者は 汝より声高く咆哮するもの
N tr.k 汝の時ではない 汝にもはや時はなし
jgr jm そこで止まる
m.k jr.t n stX Hnc DHwtj 見よセトとトトの有様を セトとトトの成せしこと(オシリス殺害)を見よ。
sn.wj.k jxm.w rmj Tw 汝の二人の兄弟は御身を嘆く術を知らない 汝の二人の弟、汝を悼むすべを知らざりしもの。
;s.t Hnc nb.t Hw.t イシスとネフチェスよ おお、イシスよ、ネフティスよ
jnq jr.Tn 汝ら集まれ 我とともに来たれ
jnq jr.Tn 汝ら集まれ 共に来たれ
jcb jr.Tn 汝ら集え 合一せよ
jcb jr.Tn 汝ら集え 合一せよ
jj r.f (. ) | pn xwr r psD.t 九神を渇望するこの王はきっと来る 神々を悩ますもの、
;x jxm_sk 不滅の魂は 不滅の魂を持つ者は
jmntj.w jmj.w t; n (. ) | pn 地上にいる東方者達はこの王に(属す) 地上にある西の民は、このウナスがものなり
jj r.f (. ) | pn xwr r psD.t 九神を渇望するこの王はきっと来る このウナスは来たる。神々を悩ますもの、不滅の魂をもつ者は
;x jxm_sk 不滅の魂は
rs.w jmj.w t; n (. ) | pn 地上にいる南方者達はこの王に(属す) この地上にある東の民は、このウナスがものなり
jj r.f (. ) | pn xwr r psD.t 九神を渇望するこの王はきっと来る このウナスは来たる。神々を悩ますもの、不滅の魂をもつ者は
;x jxm_sk 不滅の魂は
mHtj.w jmj.W t; n (. ) | pn 地上にいる北方者達はこの王に(属す) 地上にある北の民は、このウナスがものなり
jj r.f (. ) | pn xwr r psD.t 九神を渇望するこの王はきっと来る このウナスは来たる。神々を悩ますもの、不滅の魂をもつ者は
;x jxm_sk 不滅の魂は
jmj.w nn.t n (. ) | pn 冥界にある者はこの王に(属す) 下天(冥界にある、もう一つの天)の下にあるものどもは、このウナスがものなり
jj r.f (. ) | pn xwr r psD.t 九神を渇望するこの王はきっと来る このウナスは来たる。神々を悩ますもの、不滅の魂をもつ者は
;x jxm_sk 不滅の魂は
塚本版も筑摩版も内容的にはよく似ています。おそらく逐語訳としては塚本版の方が厳格なのでしょうが、素直な感想として
    日本語として大変読みにくい
さらっと読んでも何が書かれているかピンと来ないってところです。ただローマ字翻訳を解読する能力は無に等しいので、邦訳から解読法を考えてみます。まずまず全体から浮いていると感じるのは文頭です。「wsjr」はオシリスの事で間違いではないのですが、塚本版も筑摩版もここをオシリスへの呼びかけととらえています。一方でオシリスが出てくるのは文頭だけです。それと章全体の内容からして文頭にオシリスが出てくる意味が非常にわかりにくいところがあります。

オシリスは前回のムックで死者からの復活をピラミッドテキストでは司っている気配がありそうとしましたが、218章ではウナスは生者への復活を語られているとは思いにくいところがあります。具体的にはカーにパンを食べさせる云々のところで、カーは食べることにより生を維持される考え方があり、そのパンが不要になったということはウナスの死後の事を語っていると見るのが自然です。文頭はオシリスと「jj rf (W) | pn wwr r psD.t」がありますが、ここはオシリスへの単なる呼びかけではなくオシリスである「wsjr」が「jj rf (W) | pn wwr r psD.t」にかかっていると考える方が読みやすくなる気がします。具体的には

    「wsjr」たる「jj rf (W) | pn wwr r psD.t」
「jj rf (W) | pn wwr r psD.t」の翻訳も筑摩版では(W)から素直にウナス王とし、塚本版では「九神を渇望するこの王」としています。塚本版でもウナス王であることは否定しないと思いますが、逐語訳に厳格な塚本版であえてウナス王の言葉を省略したのは少し気になります。もう一つの相違点ですがウナス王の表現が、
    塚本版:九神を渇望する者
    筑摩版:神々を悩ますもの
微妙に違います。邦語訳を合わせ技で読むとウナスは九神になろうとし、九神になろうとするウナスは九神にとって悩ましい存在ぐらいに受け取れない事もありません。ここはもうちょっと広く考えたいところで、古代エジプトではファラオは神の子です。第1〜第7章のテティ王の話を読む限り、神の子であるファラオはオシリスの分身または化身として現世に存在しており、死後にオシリスと同一化して復活できるのも神の子であるファラオに限られるとなっています。

218章ではウナス王がとにかく来るのですが、どうもなんですがオシリスの化身であるファラオでもオシリスと同一化するには最終審判が必要ぐらいであったとみたいところです。ファラオは一人ですが、死者となったファラオを何年に1回審判するのはメンドクサイぐらいのニュアンスがありそうと感じた次第です。メンドクサイは言い過ぎとしても、九神にとっても「悩む」ぐらい大変な作業であったぐらいじゃないかと感じた次第です。


もちろんウナスは神になるのですが、意味が微妙な個所があります。ここは塚本版にしますが、

見よセトとトトの有様を
汝の二人の兄弟は御身を嘆く術を知らない

汝はウナス王のはずですが、二人の兄弟としてセトとトトが挙げられており、つまりは「オシリス = ウナス」になります。さてオシリス神話ではセトが兄のオシリスを暗殺するのですが、ピラミッドテキストではトトもまたオシリスの兄弟であり、なおかつセトとともにオシリス暗殺に加担したとなっているようです。トト神も複雑な性格をもつ神なのですが、ピラミッドテキストではオシリスの兄弟、即ちゲブとヌトの息子になっています。

ただそうなった時に九神は誰になるのだろうの疑問が出てきます。オシリス兄弟の父母であるゲブとヌト、さらにゲブとヌトを産んだシュウとテフネトの4神は入りそうです。オシリスは当然ですし、イシスもネフティスも入ればこれで7神です。ここにセトとトトが入れば9神ですが、そうすればアトゥムが入らなくなります。この点を考える時に、これ筑摩版にしますが、

おお、イシスよ、ネフティスよ
我とともに来たれ
共に来たれ
合一せよ
合一せよ

塚本版では「集え」になっていたのでわかりにくかったのですが、オシリスと同一化したウナスはイシスとネフチェスとも同一化するようになっています。類似の表現は第1から第9章のテティ王のところにもありましたが、オシリス神話自体がピラミッドテキストでは通説と少し違うのかもしれません。オシリス神話自体は古代ギリシャで成立したとされ、通説ではオシリスの妻はイシスであり、ネフチェスはセトの妻となっています。ただオシリス神話自体はエジプトにはないようで、あるのはオシリスを暗殺したのはセトであるだけと見れる気がします。もう少しいえばネフチェスはセトの妻ではなく、オシリスの妻ないし愛人だったんじゃなかろうかです。

そっか、そっかこう考えれば筋は通ります。

  1. オシリス、イシス、セト、ネフチェス、トトは兄弟であった
  2. オシリスはセトとトトにより暗殺された
  3. セトとネフチェスは夫婦ではなく、ネフチェスはオシリスの妻もしくは愛人であった
  4. 九神を数える時にはオシリスを暗殺したセトとトトは除外され、その代わりにホルス(オシリスとイシスの子、もしくはオシリスの兄弟という伝承もある)が入る
ピラミッドテキストの世界ではオシリスと結ばれるのはイシスとネフチェスが当然であるぐらいの神話であった気がします。


後段で地平と冥界を「ウナス = オシリス」が支配する話もテティ王のところと類似しています。たぶんですが、こういう表現は全世界と同義語の表現であって、日本なら北は北海道から南は沖縄までと同じぐらいに考えています。218章ではホルスが出てきませんが、神話上はオシリスが殺害された後に地上と冥界を支配したのはホルスであったはずですから、ホルスとも同一化しているのかもしれません。いや・・・違うかもしれません。ウナスが来て神々が悩んだのは何故かを考えるべきなのかもしれません。

塚本版では「ウナス = オシリス」は九神を渇望する者となっています。これはもっとダイレクトな意味で、九神のうちの誰と誰がウナスと同一化するかで神々は悩んだんじゃなかろうかです。神々の下した判断は

  1. 元からウナスはオシリスの化身だからオシリス
  2. オシリスの妻であったイシスとネフチェス
  3. 地平と冥界の支配者であったホルス
こういう決定を下したんじゃなかろうかです。つまり「九神を渇望する」とは、多くの神との同一化を望むことを意味している気がします。ほいでもって、これも慣例と言うか教義としてファラオが同一化するのは4神であったぐらいをピラミッドテキストは記している気がします。