女神伝説第3部:ヴェチカン銀行

 ここは専務室。

    「シノブちゃんどうだった」
    「ざっとぐらいしかわかんなかったけど」
 結崎経営戦略本部長が依頼されていた調査はヴァチカン銀行こと宗教事業協会についてです。
    「ヴァチカンとナチスの結びつきは有名だよね」
    「そうみたいね。ナチスの戦犯の結構な数が南米に逃げてるものね」
 俗にヴァチカン・ルートと呼ばれ、逃亡のためにナチスの金塊が使われたとして集団訴訟も行われています。
    「アンブロシアーノ銀行は」
    「凄いね、これこそイタリアって感じもした」
    「悪い方の意味でね」
 アンブロシアーノ銀行はヴァチカン銀行の資金調達と資金運用の中核を担っていた主力行です。
    「どこから話をしようかな。とりあえずミケーレ・シンドーナてのがいるんだけど、米軍占領下のイタリアでラッキー・ルチアーノと組んで物資の横流しで一財産築いた上でこれのマネー・ロンダリングを手がけてるの」
    「へえ、ルチアーノと組んでたんだ」
    「ジョバンニ・バッティスタ・モンティニ大司教とも親交を結ぶんだけど、この大司教が後のパウロ六世ってところ」
    「ズブズブだね」
    「さらにアメリカにルチアーノと渡ってアメリカン・マフィアや金融機関とも関係を構築するの。イタリアに舞い戻ってからはルチアーノの幹部のジョー・アドニスと組んでヘロイン密輸やマネーロンダリングを行って、マフィアの五大ファミリーのマネーロンダリング担当みたいな地位に着いてるわ」
 話は複雑になるのですがシンドーナはフリーメイソン団体のロッジP2に入りますが、ロッジP2代表のリーチオ・ジェッリを介してヴァチカン銀行の主取引行アンブロシアーノ銀行総裁のロベルト・カルヴィとも関係を結びます。なんとことはありませんがカルビィもまたロッジP2のメンバーです。
    「それでね、シンドーナはヴァチカン銀行総裁のマルチンクス大司教とも親交を結ぶのよ」
    「全部ロッジP2つながりね」
    「そういうこと。ヴァチカン銀行はシンドーナの銀行であるプリバータ・フィナンツァリア銀行の大株主になり、そこでマネーロンダリングと不正融資に使ってたみたい」
 マルチンクス大司教もパウロ六世と親交を結んでおり、その関係でヴァチカン銀行総裁に就任しているぐらいです。この後にシンドーナは『ミラノ・ショック』と呼ばれる株式の大暴落の影響で自らが経営する銀行が破たんし、ヴァチカン銀行に二億四千万ドルの損失を与えたとされています。

 シンドーナはこれで表舞台から去るのですが、アンブロシアーノ銀行のカルビィもヴァチカン銀行総裁のマルチンクス大司教も健在で、カルビィはシンドーナの代役をアンブロシアーノ銀行で展開する事になります。つまりはマフィアのマネーロンダリングと不正融資です。

    「なるほど、そういう流れでヨハネ・パウロ一世の事件に結びつくんだ」
 ヴァチカン銀行の大改革を目指したヨハネ・パウロ一世はマルチンスク大司教とヴィヨ国務長官の更迭を言い渡したものの、一九七八年九月に就任三十三日目に寝室で急死。今でもその発見の経緯から暗殺説が強く囁かれています。
    「マルチンスク大司教は次のヨハネ・パウロ二世に上手く取りいったみたいだね」
    「そうなのよ、マルチンスクとカルビィのコンビはヨハネ・パウロ二世の庇護下で再び我が世の春ってところ」
 さすがにいつまで我が世の春とはいかず、ついにアンブロシアーノ銀行も一九八二年五月に十五億ドルにものぼる巨額の損失を出して倒産します。カルビィはシンドーナと確執もあってか六月にロンドンで暗殺されます。
    「それでさぁ、最後に残ったマルチンスク大司教はどうなったの」
 一九八三年にアンブロシアーノ銀行の経営責任を問われてイタリア司法から逮捕状まで出されたものの、ヴァチカンは外国だから無効と判断されヨハネ・パウロ二世の庇護の下、一九八九年までヴァチカン銀行総裁の地位に留まり一九九〇年に辞任。アメリカに帰り二〇〇六年に自宅にて八十四歳にて死去。
    「ロッジP2はどうなったの」
 ロッジP2は数々の違法活動を行ったために一九七二年にフリーメイソンから破門されています。ただ組織自体は健在で地下化して活動を続けテロ活動まで行う事になります。そこに一九八一年にP2事件が起こります。P2代表のジェッリの家を捜索したところメンバー・リストが見つかり、スペインで亡命生活を送っていたイタリア王国王太子を始めとして、三十人のイタリアの現役将軍、三十八人の現役国会議員、四人の現役閣僚、情報機関首脳、後のイタリア首相となるシルヴィオ・ベルルスコーニなどの実業家、大学教授など九百三十二人の名が記されており、これをイタリア政府が発表して大騒ぎになったというものです。
    「シノブちゃんどっちだと思う」
    「やっぱりマルチンスク大司教かな」
    「コトリも基本的には賛成。P2代表のリーチオ・ジェッリも怪しそうだけど、感触として単なるコマね」
    「式神使ったのかなぁ」
    「たぶんね。じゃなきゃ、マフィア相手に大変でしょ」
    「マフィアの中にも使ったかもね」
    「適任と言えば適任だし」
 小島専務は、
    「シノブちゃんご苦労様」
    「お役に立ちましたか」
    「十分よ。やはりイスカリオテのユダは生きてるね」
    「抱かれてみますか」
    「会ってみんとわからん部分は残るけど、タイプとは言いにくいな」
 結崎常務は、
    「デイオダルスとは違うと」
    「コトリは陰険な男は好みじゃないの」
    「でもそれだけですか」
    「やっぱりバレてた」
    「マグダラのマリアでもされますか」
    「どうせなら、そっちじゃなけりゃワクワクしないし」
 結崎常務は一礼して退室しました。小島専務は一人になった部屋で、
    「クソエロ魔王、デイオダレス、そしてユダ。続く時は続くものね。これを人生と言えるかどうかはわかんないけど、長過ぎる時間のヒマつぶしぐらいにはなりそう」