患者と医療機関のミスマッチ

話を救急医療に基本的に絞りますが、患者に重症度ランクがあるのと同様に医療機関にも能力の限界があります。この辺の関係を大雑把に表にしておくと、

ランク 医療機関 患者の重症度
一次救急 急病診療所クラス 外来のみで帰宅
二次救急 一般病院 一時的に入院治療が必要
三次救急 大病院 重症ないし難病


このうち一次救急は二次以上と入院が必要か否かで明瞭な一線が引かれます。三次救急もそれなりにイメージが明瞭かと思っています。問題は二次救急の幅にあると感じます。二次救急と言っても医療機関側で能力幅がかなりあります。どれぐらいの幅があるかと言えば、
    ピン・・・三次に実質的に匹敵するほどの医療能力がある
    キリ・・・一次に毛の生えた、入院ぐらいは可能な医療能力
ピンとキリの間は相当広いのが正直なところです。またピン・クラスであっても病院のすべての診療科でそうであるわけでなく、診療科によって当然ムラはあります。小児科の場合はその点だけではまだマシで、今どき小児の入院病床を持つ病院はそれなりの規模があるところにほぼ限定(つうか、そもそも選択枝が乏しい)されますから「入院 = 二次」で比較的シンプルですが、成人救急の場合はかなりの幅があるのが現実です。


マッチング

どの病院のどの診療科がどの程度の医療能力を持っているかは、その地域の医師はそれなりに熟知しています。日常診療で入院が必要になった時には、自らが診断した病名・重症度で二次救急クラスの病院に割り振っていると言えば良いでしょうか。もちろん直に三次救急もあります。患者にすればなんでも万全そうな三次クラスの大病院が希望でしょうが、その希望通りに全員が入院すれば三次がすぐさまパンクし、本当に三次の治療が必要な患者が困ります。

二次と三次の振り分けは置いとくとしても、二次のピンキリの振り分けも重要です。ここも患者側の希望としては二次の中でもピンに近いところを希望するのは情として当然ですが、医療側とすれば二次の中で患者の重症度に合わせて振り分けます。理由は二次と三次の振り分けと同様の理由で、二次のピンを軽症患者で埋めてしまうと、二次のピンが必要な重症患者が困るからです。こういうマッチング作業が入院時にはあれこれ行われているぐらいと思って頂ければ良いかと思います。もちろんですが、医師も色々いますからマッチングに無頓着にミスマッチ患者を医療機関に次々と送り込む者は存在しますが、その点は今日は置いとかせて頂きます。

そういう二次のピンキリの中でキリ病院の存在理由です。患者の重症度として

    外来からこのまま帰すわけにもいかないし・・・
そんなに手の込んだ治療は必要としないとしても、最低限入院が必要と判断せざるを得ない患者はいます。このクラスは三次は論外ですし、二次でもピンどころか並クラスでもオーバースペックな印象です。そういう時の受け皿としてキリクラスが有用と言うところです。そうやって二次でも並クラス以上の病床の切迫を緩和しようと言うところです。ここで当たり前ですが、キリ病院の医療能力は高くはありませんから、送る方も逆の意味で患者の重症度を見極めて運用する必要があります。キリ病院に重症患者を送り込めばそれはそれで悲劇を起こしかねないからです。それでも現在の医療事情、とくに救急医療分野では運用によっては有用な部分が確実にあると見ています。

正論としては二次と名乗るからにはすべてスクエアであるべきはもっともですが、そうやってキリ病院を排除すれば今度は並以上の二次にキリ病院が引き受けていた患者が押し寄せ、トコロテン式に並やピンクラスの治療が必要な患者が押し出されるからです。ここで排除せずにレベルアップと言う考え方もありますが、机上の論としては正しくとも、現実には排除になってしまうのが現在の実情であることは説明の必要もないと存じます。


ミスマッチ

マッチングでは患者の重症度の見極めがポイントになりますが、これはたとえ医師がやったとしても100%とはとても言えません。そのためにキリ病院で重要な事は例外的な重症例を見逃さないがあります。ミスマッチは医師がやっても起こるのですから、頻度は低くとも軽症に見える重症例が紛れ込む事は不可避です。ここでなんですが病名を診断することはさほど重要とは言えません。見分けが求められるのは重症か軽症です。診断が付いたところで「ほぼ」何が出来るわけではありませんから、重症例をピックアップして他の病院に送る事です。役割としてそれだけしか求められていないとすれば失礼でしょうか。この点は外来診療と似ているかもしれません。この監視網が杜撰であれば、確率的な問題でいつか地雷を踏み抜きます。


このミスマッチ問題ですが、救急事情の切迫によって頻度が増している気がします。いわゆる「たらい回し」問題です。救急隊が搬送先を探すのに難儀した時に、救急隊が切羽詰って

    とにかくどこでも良いから押し込もう
こういう状況にしばしば追い込まれます。心情はわかります。救急車に乗せたまま死亡でもされたら大問題になるのは必至だからです。そのためにマッチングを二の次、三の次にして搬送先をとにかく見つける状況に陥りやすくなります。

これまでも何度か「たらい回し」事件を取り上げてきましたが、搬送先に困った救急隊がビル診の診療所まで搬送要請を行っていた実話が残されています。これは受ける側の医師側の体験談にも少なからずあり、救急隊の触れ込みと患者の状態が天と地ほど違いビックリ仰天、大騒ぎになったなんて話はゴロゴロ転がっています。この「たらい回し」発生時のミスマッチ問題で救急隊を一方的に責める気にはなりません。前提として「救急隊が判断した重症度の医療機関が見つからない」があるからです。無いものは無いのですから「どうせえっちゅうねん」の呪詛の言葉が現場の救急隊員が呟いているだろう事は十分に想像されるからです。


廊下レベルは容認されるのか?

ミスマッチを少しでも防ぐための姑息な手法として、二次救急のさらなる細分化によるランク分けぐらいは誰でも思いつきます。たとえば、

    1.5次:キリ
    2.0次:並
    2.5次:ピン
これとて地域によっては、クラス分け以前の実情があったりします。またクラス分けが可能であったにしても「たらい回し」問題発生時にはピンからキリまで受け入れ先がない事がそもそもの出発点です。ここで「たらい回し」悲劇が起こった時に識者と称される人間からしばしば出される提案があります。
    廊下に寝かせても良いから・・・
この意味を少し考えたいのですが、これはまずどういう医療レベルの治療を求めておられるのだろうかです。今日の分類で言うとキリよりさらに低いレベルの医療で満足されると言う意味なんでしょうか。満足と言うのは裏表で「結果がどうなろうと」を含みます。たぶんと言うか、絶対にそんな事はないと解釈するのが妥当で、寝ているのが廊下であるだけで、その他の治療・検査、もちろんその結果については存分に責任を負ってもらうだろうと考えています。ついでに言えば固い廊下に寝かせる事によって何らかのトラブルが発生したとしても、それも当然ですが医療側の責任と言う事です。寝かせる場所が廊下であることを許可するだけで、後の治療は万全であるのが当然とするぐらいで間違っていないかと考えます。

患者を廊下に寝かせるデメリットは医療側とて良く存じていますから、わざわざリスクを背負い込む事は誰でも避けるのは当然です。蛇足みたいなお話ですが、廊下で寝かせて病室並の治療を施すセッティングをする方が余程大変です。酸素、吸引、電源・・・これをどっかから調達してこないといけない訳ですから、余計に手間がかかります。寝かせといて後は知らんぷりでは、その後がどうなるかぐらいは誰でも知っています。極端な話をすれば、病院の廊下で寝かせている「だけ」なら、救急車の車内に寝かせている方がよほどマシとも言えるかと思います。

廊下レベルがそうですから、キリレベルでも同様になります。いやキリは病室の病床に収容している訳ですから、余計に高いという考え方も成立します。どっちが高いかは微妙ですけどね。三次の大病院の廊下とキリ病院の病床。う〜ん、考えるだけ無駄なお話です。



現在の救急医療事情からして、ミスマッチは増えこそすれ、減らないと思います。医療側の充実はいくら識者と称する人間がテレビで力説しようが、本を書いて商売しようと当分は夢物語です。ドツボに嵌ったような構造問題ですが、とりあえず一番危なそうなのは東京ぐらいにさせて頂きます。「たらい回し」でダントツ日本一なのは東京であり、「たらい回し」が煮詰まるほどミスマッチが増えるのは当たり前すぎるお話だからです。五輪をやるついでに充実させる計画は・・・あるのかなぁ?

ここも東京が五輪の「ついで」に大充実なんてさせたら、東京近隣の県がどうなるかは考えるだけで怖い気がしないでもありません。東京がその気になれば医師は集まるでしょうが、東京に集まるという事は、どこかが抜けるのと同義語ですからねぇ。