1998年の医師の需給に関する検討委員会から考える

温故知新です。 「医師の需給に関する検討委員会(1998)」は現研修医制度の導入の5年前のものですが、そこに現研修医制度についての言及があります。

 臨床医としての基本的診療能力の取得を図るため、卒後臨床研修の充実が重要な課題。卒後臨床研修の必修化のための体制を整える必要。
卒前医学教育や卒後臨床研修の充実には、現在以上の手厚い教員や指導医の配置が必要。

これだけでは判り難いかもしれませんので、

  • 臨床研修の充実は、新規参入医師に対する10%削減目標とは別に、実質上総医師数に対するおよそ5%の削減効果がある。
  • 臨床研修医15000人については、研修に専念できるように体制を整備する観点から、医療従事医師数には含めず、別途必要医師数として計上した。
  • 臨床研修指導医については、、十分な指導を行なうことが可能なよう診療従事医師とは別に計上することとし、今後総合診療方式(スーパーローテート方)を基本とした研修が定着するとして、平成22年(2010年)までに研修医3人について1名配置する事にした。

ちなみに

    新規参入医師に対する10%削減目標
具体的には、

 臨床研修の必修化との関連で、実技試験の導入も視野に入れ内容を見直す。また、合格基準の変更も含め抜本的に改善。以上の結果、事実上新規参入者の数%の削減効果を見込み得る。

 受験回数の制限に関して、他分野への進路の早期転換を促す面等から意義があるが、実施方法等についてさらに詳細な検討が必要。こうした対応により新規参入者を1%削減する効果。

 合格者数の定数化は、資格試験であること等から多くの議論があり慎重な検討を要する。

要は医学生の段階で医師になるのを10%程度は削減してしまおうと言う事です。何がこの報告から読み取れるかですが、

  1. 1998年の段階で現研修医制度の骨格は厚労省サイドで固まっていた
  2. 2004年度からの導入時にも医師は余りまくっている
おそらく現研修医制度の導入に当たっても御用委員会は開催されているはずで、そこで検討された前提も「医師は余って困る」であったとして良いかと思われます。コチコチの公式データですから、すべてはその前提で制度設計されていたのは間違いありません。さらに1998年段階のレポートでは、かなり具体的に現研修医制度の青写真が引用されています。つまりはもう決まっていたです。ここも具体的な部分を引用しておくと、

 医学部における医学教育を通じて、能力や適性から医師としてふさわしくないと判断される者が適切に針路変更できるよう、入学者選抜の改善、厳正な進級・卒業認定、適切な針路変更等の措置を積極的に講ずる必要があり、こうした対応は、結果的に新規参入者の削減効果を有する。

 また、卒後の臨床研修の充実が医師の資質の確保・向上にとって重要であると考えられ、今回の削減目標を基礎づける需要の上位推計においても、研修に専念できるよう体制を整備する観点から、研修医を診療従事医師には含めず別途必要医師として計上した。

 他方、視点を変えて臨床研修を需要との関係でなく、供給との関係でとらえた場合、臨床研修の充実によって研修に相当する期間だけ新規参入が遅れ、就業期間が短くなることから、将来的には実質上総医師数に対しておおよそ5%の削減効果があるものとみなし得る。こうした臨床研修の充実によって生じると考えられる削減効果は、当検討会が新たに提案する新規参入医師の削減目標とは別のものであり、したがって、医師数の適正化を進めるには、新規参入医師数の削減と研修の充実による医師数削減効果との両者を勘案するのでなければ将来の医師需給バランスの達成は難しい。

 よって、当検討会は、臨床研修の充実のための有力な方策として、これまでも重ねて提言されてきた臨床研修の必修化の実現を強く望むものである。

読めば判るように現研修医制度導入の目的は、

    建前:医師の資質の確保・向上
    本音:臨床研修の充実によって生じると考えられる削減効果
こうであった訳であり、制度設計として医師数削減効果が確実に含まれている事がわかります。今となってはどうでも良いようなお話ですが、
    医学部における医学教育を通じて、能力や適性から医師としてふさわしくないと判断される者が適切に針路変更できるよう
現在において流行中の地域括りつけ枠は1998年段階では想定すらしてなかったとしても良さそうです。逆に1人でも多くふるい落とす事が至上課題であったと言うところでしょうか。


現研修医制度の青写真は1998年のレポートより先に出来上がっているわけで、当時は公式にも一般的な医師の認識でも「医師は余る」でした。すべての前提は余る医師をどうするかで考えられていたのは間違いなさそうです。現研修医制度のもう一つの裏の狙いは医局制度の弱体化です。これもまた「医師が余る」の前提で構想されていたであろう事は容易に推測できます。医師が余る状態で、勤務医人事のほぼすべてを握っていた医局が弱体化して予想される事は、

    勤務医が就職先に困る
厚労省はこの点を裏の意図として確実に持っていたであろうと推測しています。レポートで具体的にどう書かれているかですが、これは1998年の前の1994年レポートからの引用として

平成2年頃からは病院への就職が難しくなり

平成2年と言えば1990年であり、1998年のレポートのさらに前の時点で、

診療所開設に向かっている

中堅クラス以上でも病院での居場所の確保が難しくなっているとの分析であった事が確認できます。毎度毎度の結論ですが、この機会に勤務医の人事権を文科省管轄の大学医局から厚労省に移す千載一遇のチャンスと考えた気がしています。研修先が自由になった研修医は、市場原理に従って大学医局に関係なく全国に散らばります。御丁寧に1期生が今で言う前期研修を終える頃に後期研修制度を付け足します。

そういう環境に研修医を4年も置いといた上で、いざ就職となると絶対に悲鳴を上げるはずだの計画です。病院に就職しようにも、もう「余っている医師」が埋めていますから、医師でありながら職にありつけない状態に追い込まれるものが多数生れるはずだぐらいです。そういう悲鳴に応える形で、厚労省が問題解決に乗り出そうという算段です。


なぜにそんなに回りくどい術策が必要であったかと言うと、医局人事というのが摩訶不思議な代物であるからです。同じ機能を持つものを合法的に作ろうと思えば幾つもの特例法的なものが必要になり、社会的ムーブメントによる要請がないと到底作れないからです。医師が余っていけば「いずれそうなる」とも予想可能ですが、研修医制度の改革に絡めて、もう少し早めて一挙に流れを作ってしまうであったと私は見ます。

後はもう御存知の通りです。1期生が後期研修も終えた2009年度には状況が一変します。医師はトコトン足りないに完全に変わってしまったわけです。研修を終えた医師たちは就職先に困って悲鳴を上げるどころか、金の卵として争奪戦になってしまい今に至るです。


一方で医師が余っているから軽視していた医師の偏在問題は深刻化します。余る状態での偏在を予想していたのに、それが足りない状態の偏在に変われば、足りないところは医療崩壊に直面します。さらに医局による拘束力は低下していますから、崩壊する現場からは医師は逃げ出し、医療としても都市としても魅力のある東京に移動します。そいでもって東京はまだまだ医師を受け入れるキャパシティがあるようです。

これも厚労省的には厄介そうな問題で、東京に医師が偏在する事を問題視するわけには「たぶん」いかないのでしょう。東京が困っていたり、東京以外に余りにも大きな偏在があればイソイソと動くでしょうが、東京の医療に手をつける事は厚労省的にはたぶんタブーのはずです。もし東京に医師不足による医療崩壊が表面化すれば政治に直結し、厚労省の責任問題に直結すると見ています。


予測は当たる事も外れる事もあるから予測であって、外れた事自体はそんなに責めようとは思いません。将来予測が100%当たるのなら誰も苦労しません。株などの投資も将来予測に基づいて行なわれますが、100%当たるのなら誰も損が出ないはずです。しかし外れるから得も損も生じるわけです。もっとスケールの小さい個人の人生予想だって、選びに選んだはずの伴侶と必ずしも上手く行かない事は多々あるのは事実です。

ただ将来予測が当たった時はともかく、外れた時には対応が必要です。医師数抑制政策はともかく、そのために附随して導入された側面もある現研修医制度の現在への影響はチト深刻だった気がします。勤務医人事の常識を根こそぎ変質させてしまったからです。変質は良い面もありますが、取り返しがつかなくなった面もまたあります。これからの時代は不可逆性の変化の後の対応になりますから大変と感じた次第です。