私の知識のアップデートにお付き合い下さい。ボタン電池についてはかつては中に含まれている水銀の問題であるとか、同じように含まれているアルカリ水溶液が問題視されていました。簡単には電池の皮膜が腐食して溶け出したら水銀中毒であるとか、穿孔の危険性です。これについて当時聞いた知識では、その対策としてそうは簡単に皮膜が破損しないように改善されたです。
つまりは噛み砕いてでも飲み込まない限り、経過観察で通常は大丈夫との情報です。これを聞いてチョット安心した遠い記憶があります。実はそこからアップデートは怠っていました。理由は何故か幸運な事に1例も遭遇しなかったからです。たぶんボタン電池は怖いの知識が普及して注意される方が増えたのもあると考えています。
ただ調べてみると、どうも私の知識はかなり古色蒼然たるものになっているようです。遭遇した事は無いとは言え、いつ来るかわかったものではありませんから、これではいけません。恥ずかしながら大失態をやらかさないように勉強させて頂きます。
とりあえずですが、「ボタン電池 = 水銀電池」すらかなり古くなっているようです。今でも水銀電池はあるそうですが、安全性からもかなり少なくなっているようです。ここでなんですが、ボタン電池の種類の見分け方を示しておきます。見分ける指標は表面に書いてある型番で、LR44、CR2032みたいなやつです。このうち2番目のローマ字は電池の形を現し、Rはround(円形)でボタン電池ならすべてRと思って良いかと思います。
注目したいのは最初のローマ字です。これが電池の種類になります。ボタン電池も一次電池と二次電池があるのですが、二次電池はまず縁がないでしょうから、一次電池の分類を紹介しておきます。出典はwikipediaです。
記号 | 電池系 | 陽極 | 電解液 | 負極 | 電圧(ボルト) |
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B | フッ化黒鉛リチウム電池 | フッ化黒鉛 | 非水系有機電解液 | リチウム | 3.0 |
C | 二酸化マンガンリチウム電池 | 二酸化マンガン | 非水系有機電解液 | リチウム | 3.0 |
G | 酸化銅リチウム電池 | 酸化銅(II) | 非水系有機電解液 | リチウム | 1.5 |
L | アルカリ電池 | 二酸化マンガン | アルカリ水溶液 | 亜鉛 | 1.5 |
M | 水銀電池 | 酸化水銀(II) | 酸化亜鉛の水酸化カリウム溶液 | 亜鉛 | 1.35 |
P | 空気亜鉛電池 | 酸素 | アルカリ水溶液 | 亜鉛 | 1.4 |
S | 酸化銀電池 | 酸化銀 | アルカリ水溶液 | 亜鉛 | 1.55 |
「M」と書いてあるのが昔からの水銀電池になるようです。それでもって現在問題になっている(多く売られているにもなります)ボタン電池はアルカリ電池とリチウム電池、すなわち「L」「B」「C」「G」が注意となっています。なんかどっかの予防接種みたいで覚えやすいですが、BCGのリチウム電池と「L」のアルカリ電池についての警告が為されています。わかりやすいのは日本小児外科学会のリチウム電池に関する警告があります。
最近、ボタン型電池の事故の報告がふえております。
こどもは何でも口に入れ,誤って吸い込んだり飲み込んだりします(異物の誤嚥・誤飲).こどもが誤って飲み込むものの中でもボタン型電池はあらゆる小型の機器に使用されており家庭にたくさんあるため,事故の多いことで知られています. アルカリ電池は胃の中に入ると放電し,胃の中の胃酸で被覆されている金属が腐食され,電池の中にあるアルカリ性の物質が流れ出て胃の壁を損傷することが警告されてきました.
最近多用されているリチウム電池は放電能力が高く,電池の寿命がきれるまで一定の電圧を維持する特性があります.このため誤って飲み込んだ時は消化管の中で放電し,電気分解によりマイナス側にアルカリ性の液体を作ってしまいます.アルカリ電池のように金属被膜の腐食によって電池の内容が流出するのではなく,電池の外側にアルカリ性液が生成されるわけです.金属被膜の腐食には時間がかかりますが,放電によって危険な液体ができるため,リチウム電池では30分から1時間という非常に短時間でも消化管の壁に潰瘍を作ってしまうことが報告されています.また,金属被膜が腐食するには胃液が必要ですが,放電はどこでもおこります.つまり胃の中に限らず,食道でもアルカリによる消化管壁の損傷がおこることになります.リチウム電池は間違って飲むとアルカリ電池よりもさらに危険と言えます.
ボタン型電池,特にリチウム電池は決してこどもの目に触れないように管理して下さい.電池の表面を加工していないボタン型電池を万一飲み込んだ時には,急いで取り出す必要がありますので,できるだけ早く小児外科のある施設に行って下さい.リチウム電池は一般に直径の大きいものが多く,食道に引っ掛かることが多いのですが,胃の中に落ちていることもあります.これらの電池を取り出すには内視鏡を使う必要があります.小児外科施設には通常このような事態に対応できる器械,施設が備わっています.早ければ早い程いいので,直接小児外科施設に連絡されることをお勧めします.
使い切って放電してしまった電池ではこのような早期の危険はありません.しかし,食道に留まっていると圧迫による穿孔を来すこともあるのでやはり取り出す必要があります.胃の中に落ちている時は,使い切っていることがはっきりしていれば自然に便と一緒に出るのを待ちますが,新しいものか古いものかはっきりしないときは取り出したほうが安全です.
電池メーカーの皆様にもこの事実を認識していただきたいと思っております.使用上の注意を喚起していただくと同時に危険性をできるだけ回避できるように工夫をしていただきたいものです.
これだけで十分なんですが、ちょっと解説を入れておきます。アルカリ電池とリチウム電池では被害を起す作用機序が少し違うようです。共通項もあるのですが、整理しておきますと、
* | リチウム電池 | アルカリ電池 |
記号 | B、C、G | L |
電解液の影響 | あまり無さそう | 胃の中に入ると放電し,胃の中の胃酸で被覆されている金属が腐食され,電池の中にあるアルカリ性の物質が流れ出て胃の壁を損傷 |
電力による問題 | 消化管の中で放電し,電気分解によりマイナス側にアルカリ性の液体を作る。この液体は30分から1時間という非常に短時間でも消化管の壁に潰瘍を作る危険性がある | アルカリ電池では大きな問題にならない様子 |
損傷部位 | 消化管全般 | 胃酸のある胃のみ |
大きさ | 大きいので食道に引っかかる危険性が高い | 小さいので胃の通過時間が問題となる |
アルカリ電池でもアルカリ性の液体を作って問題になりそうなものですが、アルカリ電池が放電するのはあくまでも胃酸の影響であるのと、もう一つは電圧が小さい事が関連している可能性を考えています。それと電池の皮膜が損傷するのは胃酸による影響だけのようで、そこを過ぎると問題としては小さくなるようです。
リチウム電池は胃酸の中でも放電するでしょうが、問題は胃以外でも放電するのがところのようです。どこかで滞留してアルカリ性の液体を局所性に量産すれば、そこの消化管壁に損傷(潰瘍、穿孔)を起す危険性があるのがさらに危険であるという感じです。だからボタン電池を誤飲すれば
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できるだけ早く小児外科のある施設に行って下さい
私もこの程度の知識で満足しても良いのですが、神戸ですら小児の救急は手薄になりつつありますから、医師としての知識がもう少し欲しいところです。とりあえず一番の問題は、誤飲したボタン電池がリチウム電池として、どの部位に留まっているのかが問題になると考えます。マグネットカテで除去を考えるにしても、届くのは食道から胃までです。十二指腸に流れてしまえば、手術でも行なわないと手が出し様がなくなります。
それとボタン電池が十二指腸まで流れれば、後の腸管の流れはスムーズで、放電中のリチウム電池といえども、1ヶ所に滞留さえしなければ、さしたる害は出ないと考えて良さそうです。
そうなると問題は食道と胃になります。食道は素直に危険と考えます。食道壁は薄いので、ここに滞留してしまえば潰瘍から穿孔は十分に起こりえますから、緊急性が高いとして救急に即受診を勧めるべきと考えます。いや救急車を使っても大げさすぎないかもしれません。リチウム電池は大きさから食道に引っかかる危険性が高いとありますから、食道にあれば電池の種類が不明でも要注意としておくべきでしょう。
では胃はどうかになります。これが微妙な判断になりそうです。胃も通過時間は、通常はそんなには長くありません。小児外科学会の警告では胃でもすぐとなっていますから、胃であっても救急にしてよいとは思いますが、胃については見解は若干割れているようです。これは日赤和歌山医療センター救急集中治療部千代孝夫先生の意見です。
さて「ボタン電池」ですが、介在部位が食道なら、マグネット付きカテーテル(尿カテーテルでも良い)で摘出しましょう(簡単:鎮静無し:ER常備必須)。同一部位に数時間、介在すると「びらん」発生します。これを、侵襲の大なる、全身麻酔、胃カメラ、食道鏡で摘出しないで下さい。胃内なら無処置で結構です。当初「ボタン電池」の害が喧伝されすぎた時、胃切開して摘出したという馬鹿事例がありました。
う〜ん、
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胃内なら無処置で結構です
アメリカでは、「ボタン電池は早急に取り出す必要があるのか?」という疑問の答えを得るために、国のレベルで「ボタン電池誤飲調査」が行われました。11ヶ月の間に114例について検討し、得られた結論は「電池が胃の中に入っていれば、内視鏡による摘出や外科手術の必要はなく、48時間は観察するだけでよい」というものでした。
二つの意見で注意が必要なのは、千代孝夫先生の発言は2004年のものであり、子供の安全ネットワークジャパンが引用したアメリカの研究が年代不明の事です。千代先生はそれでもリチウム電池について直接言及されていますが、子供の安全ネットワークジャパンではボタン電池の種類が不明です。
さてこの二つの情報からどう考えるかです。先ほど胃の通過時間はさして長くは無いとしましたが、時に長くなる事があります。ボタン電池ではありませんが、10円玉がなかなか胃から流れなかった事例を私も経験した事があります。つまり胃にも場合によっては長時間滞留する可能性はあり、滞留するかどうかは予測は難しい事になります。
アルカリ電池であるなら、胃であっても摘出の方向性を考えておくべきだと思います。ではリチウム電池ではどうかです。ここが良くわからない点になりますが、リチウム電池は放電によりアルカリ性の溶液を作りますが、胃酸との関係はどうなんだろうかです。つまりは中和はどうかです。この点についてはっきり書いたものが見つからなかったのですが、それでも胃壁損傷は起こるのかもしれません。
そうなると実戦的な対応としては、胃まではマグネット・カテで除去が可能ですから、胃であっても送れるものなら救急に送るのが正解かもしれません。除去して悪いものではありませんし、搬送中に十二指腸に流れれば、それはそれで良いと言う判断です。それと少なくとも食道に較べて緊急性は落ちるようですから、時と場合によっては時間を置いて、場所の再確認をするのも選択枝としてありそうです。
さて私には直接関係ありませんが、前に誤飲の話をした時に出てきたエピソードを紹介しておきます。ni-ni様からでしたが、
マグネットカテで、嫌な思い出があります。
ボタン電池誤飲で、透視下でマグネットカテを挿入した時のことです。
画像上は近くをすり抜けるのに、くっつく気配がなく、
結局は外科に御願いして全麻下内視鏡でとりました。
実物を見てびっくり。磁石に付かないのです。マグネットカテでとれるわけがありません…。
あやしい中国製のボタン電池だったので、同じものを探すことができず、
電池が古いせいか、中国製の電池だからなのか…、ついに真相はわかりませんでした。
いろんな国の製品が流れ込んでいる時代ですから、こんなシチュエーションも知識として頭の片隅にでも置いておいて損は無いと思います。いずれにしても一番重要なのは、
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ボタン型電池,特にリチウム電池は決してこどもの目に触れないように管理して下さい