自殺対策関係予算

日本は世界有数の自殺大国とされ、自殺対策と言うのは予算編成の時に話題になっている様な気がします。実際にどれほどの予算が組まれていたかまで存じなかったのですが、分かる範囲で推移を表にして見ました。参考ソースは、

幸いと言うか何と言うかで、予算の大項目は平成18年度から一貫して同じでしたので、これを利用して表にしています。

No. 事項 平成18年度
当初予算
平成19年度
算額
平成20年度
算額
平成21年度
算額
平成22年度
予算案
1 自殺の実態を明らかにする 4400.0万円 2億3492.0万円 2億2096.0万円 1億8873.4万円 3908.4万円
2 国民一人ひとりの気づきと見守りを促す 8億5600.0万円 11億692.9万円 14億7963.4万円 4億4213.0万円 3億2284.8万円
3 早期対応の中心的役割を果たす人材を養成する 5億9600.0万円 6億2190.8万円 5億8389.0万円 5億5659.6万円 3億4630.7万円
4 心の健康づくりを進める 51億7300.0万円 61億6197.1万円 40億3560.0万円 9億8958.6万円 8億8532.2万円
5 適切な精神科医療を受けられるようにする 2億9300.0万円 3億4315.3万円 3億9070.0万円 26億1567.8万円 27億7325.6万円
6 社会的な取組で自殺を防ぐ 99億6100.0万円 146億1258.4万円 141億1585.8万円 87億2185.3万円 78億9775.6万円
7 自殺未遂者の再度の自殺を防ぐ 14億6700.0万円 15億2758.8万円 17億2963.8万円 21億7475.8万円 23億1515.9万円
8 遺された人の苦痛を和らげる 2500.0万円 6495.1万円 8221.2万円 6293.3万円 4529.9万円
9 民間団体との連携を強化する 1億300万円 9774.0万円 1億1981.1万円 2億4025.3万円 2億5920.4万円
10 上記に該当しないもの なし 1723.9万円 2391.8万円 1788.1万円 1704.4万円
合計 184億4300.0万円 246億8403.9万円 144億4624.2万円 135億7750.5万円 124億4600.0万円
予算組み替えによる修正合計額 225億4798.3万円 158億9162.7万円


このうち予算組み替えによる修正とはこんな感じです。

合計は、「スクールカウンセラー等活用事業」及び「スクールソーシャルワーカー活用事業」(平成20年度予算額計8,101,741千円)が平成21年度から「学校・家庭・地域の連携協力推進事業」(平成21年度予算額(案)14,260,610千円)に統合(内数として整理)されたため、平成20年度予算額から除外している。これらを加えた平成20年度予算額は、〔22,547,983〕千円である。

予算の組み換えがあるので判り難い面があるのですが、ごく素直に見て自殺対策関連予算は毎年減少していると判断して良さそうです。なんとなく少ないながらも増えているように勝手に想像していましたから、ちょっと意外と思いました。その全般的に減少傾向にある自殺関連予算の中で非常に増えているのは、

増え方も少々極端でグラフにすればわかりやすいのですが、
概算で一挙に7倍弱に増えています。私は小児科医ですから自殺願望者が精神科受診を行うことは、自殺予防に有用な手段と判断はしますが、興味としては平成21年度に何故にこれだけ精神科予算が増えたのだろうです。そこで「適切な精神科医療を受けられるようにする」の中項目をチェックしてみます。

事項 平成20年度
算額
平成21年度
算額
精神科医をサポートする人材の養成など精神科医療体制の充実
うつ病の受診率の向上 8632.3万円 8026.9万円
子どもの心の診療体制の整備の推進 2080.8万円
うつ病スクリーニングの実施
うつ病以外の精神疾患等によるハイリスク者対策の推進 ※1 21億9446.3万円
慢性疾患患者等に対する支援 3億437.7万円 3億2013.8万円


見れば一目瞭然なのですが、「うつ病以外の精神疾患等によるハイリスク者対策の推進」にドカンと予算が付いているのが確認できます。へぇ〜、と感心したのですが、オリジナルの方には気になる脚注がありました。

「精神科救急医療体制整備事業費」は、本年度から掲載したため、「20年度予算額」は計上していない。

これだけでは不親切なので解説を加えておきますと、

    うつ病以外の精神疾患等によるハイリスク者対策の推進 = 精神科救急医療体制整備事業費
こういう解釈になるそうです。ほいじゃ精神科救急医療体制整備事業とは何かですが、e-ヘルスネット健康用語辞典より、

 1995年、国は、一部の都道府県が運営していた精神科救急ベッド確保事業のうち、一定の条件を満たす事業に国庫補助を行うこととしました。これが、精神科救急体制整備事業です。一定の条件とは、都道府県をいくつかの圏域に分けて、各圏域に1か所は夜間・休日の精神科救急病院を待機させること(精神科救急病院は知事があらかじめ指定)、当番病院は精神保健指定医と入院ベッドを確保すること、この事業の円滑な運用のために、関係者による連絡調整委員会を設置することなどです。後に、電話相談窓口である精神科救急情報センターを設置することや、患者の移送制度を活用すること、外来診療のみの初期救急施設を設置することなどが追加されました。この事業は、2002年までに全都道府県に普及したことになっており、2008年度には国と都道府県から年間総額34億円(人口100万人あたり約2800万円)の公費が補助され、救急スタッフとベッドの確保料に充てられています。2008年度からは、精神科救急病院は、常時対応型病院と輪番病院、それに合併症対応型病院に3類型化されたほか、診療所にも、一次救急輪番制や救急病院への指定医当直支援などの役割が要請されています。日本精神科救急学会は、「精神科救急医療ガイドライン」を出版するなど、精神科救急体制整備事業の均質化と水準向上を図るための提言をしています。

ちょっと解説が長いのでポイントをピックアップしておくと、精神科救急医療体制整備事業は1995年からあった事業のようです。予算関連で重要そうなのは、

    2008年度には国と都道府県から年間総額34億円(人口100万人あたり約2800万円)の公費が補助され、救急スタッフとベッドの確保料に充てられています。
どうやらですが、精神科救急医療体制整備事業は2008年即ち平成20年度から34億円の補助金事業になったようです。34億円は国と都道府県の支出の合計ですが、おそらく国の負担分が自殺関連予算の方に平成21年度から計上されたと考えて良さそうです。精神科救急の充実は自殺予防に関連するだろう事は否定しませんが、どんなものでしょうと言うところです。

まあ予算編成にはこういう事は多々あって、○○対策費ン百億円と書いてあっても、実はもともと他の事のために設置された予算で、見立てで○○対策にも効果や関係があるみたいな示し方です。1ヶ所調べただけですべてを言うのは無理があるかもしれませんが、「関係予算」ですから純粋に自殺予防に費やされる金額はどれほどかの判別は難しいかもしれません。



さて予算の細かい点はこれぐらいにして、平成18年に自殺対策基本法が制定されています。自殺対策関係予算が調べられる限りで平成18年からなのも、そういう関連であるとも思われます。投じられている予算が多いか少ないかについては、残念ながら実感を持って語れる知見はありませんが、自殺対策基本法にこうあります。

第一条

 この法律は、近年、我が国において自殺による死亡者数が高い水準で推移していることにかんがみ、自殺対策に関し、基本理念を定め、及び国、地方公共団体等の責務を明らかにするとともに、自殺対策の基本となる事項を定めること等により、自殺対策を総合的に推進して、自殺の防止を図り、あわせて自殺者の親族等に対する支援の充実を図り、もって国民が健康で生きがいを持って暮らすことのできる社会の実現に寄与することを目的とする。

平成18年から4年間の自殺防止への効果を見ることで有効性の検証は可能かと思われます。5年間で名目上は700億円以上の予算が投じられていますし、主目的は自殺を予防し減らす事ですから、これが単純ですが判りやすい指標になります。データ元は警察庁資料で、

幸い平成22年までの資料がそろったので、過去40年までをグラフにしてみます。
自殺数はおおまかですが、1970年代には年間2万人程度でしたが、1980年代に2万5000人程度に増加した時期があります。その後は2万人台前半程度で推移していますが、1998年に突然3万人台に増加し、現在に至っています。自殺予防基本法が出来たのが2006年で、そこからを赤色で示していますが、残念ながら自殺予防、すなわち自殺数の減少にはあまり効果を示していないと言わざるを得ないところです。

効果が上っていないこと自体は必ずしも非難しません。自殺の原因は本当に多岐であり、とくに不況によるものとなれば、不況がどうにかならない事には対策と言われても限定的にならざるを得ません。それに対策と言っても当初は手探り状態から始まったと考えられますから、そうそう思惑通りに効果が得られなかった部分もあると考えられます。

ある程度の試行錯誤はやむを得ないとして、5年間の自殺防止事業を展開して、自殺予防に有効な道筋が見つかったかどうかが気にはなるところです。せめて報道機関が、WHOの自殺報道のガイドラインでも遵守できるぐらいの成果があっても欲しいと思うのですが、どうなんでしょうね。とりあえず道はまだまだ遥かの様です。