臨床的興味

名大病院の医療事故についてです。まず亡くなられた患児の御冥福を謹んでお祈りします。医療事故が起こった背景については簡便にさせて頂いて、臨床的に「なんだったんだろう」に重点を置いて考えて見たいと思います。先に断っておきますが、私の小児腫瘍の知識はかなり古くて、ろくろくアップデートされていませんので、間違いや現在の治療や診断の常識と外れている部分があれば「優しく」フォローして下さい。

情報のソース元にしたのは、

とりあえず患者は6歳であると各紙報道は一致していますが、性別は不明です。どうも見つかったのは、これは中日新聞からですが、

病院によると、子どもは昨年5月、他の病院で腫瘍が発見され

これでもって名大病院に紹介受診したようです。それでもってですが、腫瘍が紹介されたら行われる事は、その腫瘍が何であろうかを検査する事になります。具体的には、

  1. 腫瘍マーカーを含む各種採血、採尿等の検査
  2. 画像診断による原発巣の確認及び転移の有無
これは今でもそれほど変わっていないと存じます。これらの検査で情報を集めた上で治療方針を検討することになります。ただしこういう検査でも腫瘍が何であるか診断が難しいことがあります。その場合は、腫瘍の大きさ、存在部位によっては全摘して病理検査を行いますし、全部を一度に摘出できない時には、腫瘍の一部を採取して病理診断を行います。ここも治療方針で術前診断が確実でも検体採取のためだけに手術が行なわれる事もあります。

腫瘍は巨大であったようで、これは時事通信からですが、

副腎にできた大きさ約20センチの腫瘍

これは相当大きいものです。それでもって術前診断は遺憾ながらタブ紙を引用します。

病院によると、児童は膵臓近くに小児がんの一つ神経芽腫ができ、悪性と診断された。

わぉ、こりゃ手強い。1歳以上の神経芽腫は「たぶん」今でも相当怖ろしい存在のはずです。さらにの情報ですが、中日新聞から、

腫瘍は腹膜にあり、リンパ節などに転移していた。

ここが実はよく分からないところで、リンパ節転移をいつ確認していたのだろうです。現在の画像診断技術は長足の進歩を遂げていますから、術前に確認されていたのか、それとも試験開腹(検体採取のため)で確認されたのでしょうか。術後で確認されていれば間違い無く神経芽腫が存在している事を病理診断されている事になります。

ただこの後の診療の展開を見れば、術後の確認にしては辻褄が合わないところが多々あります。情報は限られていますから、判断がつかないのですが、今日の話の前提は術前の画像診断なりで確認されていたとしていちおう話を進めます。それと神経芽腫であれば腫瘍マーカーの上昇があったはずです。具体的にはVMA、HVA(これも新たなものが発見されていればゴメンナサイ)です。つうか腫瘍マーカーの上昇があったから腫瘍が神経芽腫と診断されたと思うのですが、ここも良くわかりません。

診療は検体採取のための試験開腹に進むのですが、ここでの結果が後の展開に大きく影響します。中日新聞からですが、

病院では7月、開腹して腫瘍の組織を検査したところ、いったん良性と判断。

ここでの腫瘍の組織とは20cmの腫瘍からのはずですが、これの病理診断が良性であったみたいです。う〜ん、てなところですが、おそらく腫瘍からの病理診断以外の検査所見は悪性の可能性をやはり強く示していたと推察されます。そのためこれも中日新聞からですが、

だが、臨床的に悪性が疑われるため、主治医の小児科医が他の部位からの組織採取を小児外科医に依頼した。

もう一度確認してくれの判断になったのが判ります。どういう検討考察が行なわれたかは推測になりますが、

  1. 病理検査が誤っている
  2. 1回目の病理検査の採取状態が良くなかった
  3. 原発巣に見える腫瘍は良性で、別に悪性腫瘍が存在している
  4. 原発巣自体に悪性部分と良性部分が混在している
最終的にどう判断したかは記事情報からは不明ですが、とにかくもう一度、原発巣と考えられるところから検体採取をやってみようの方針になったと考えられます。私が担当でもそれぐらいの方針になりそうな気がします。おそらく3.のケースを考えるにも、他の原発巣らしきものは存在しなかったのではないかと考えられるからです。


ここで運命の2回目の手術になるわけですが、手術の様子の記事がかなり錯綜しています。一覧表にして見ます。

読売 記事 児童は昨年夏、背中から腹部にかけての腫瘍が見つかり、全摘手術を受けた
解釈 最初から全摘手術が予定だった様に読めます
時事 記事 副腎にできた大きさ約20センチの腫瘍の一部を切り取る2回目の検査を受けたが、再び開腹することなどの負担を考えた小児外科医が途中で全摘出手術に方針を転換
解釈 最初の方針は検体採取であったが、術中に全摘に方針転換したように読めます
中日 記事 小児外科医ははく離が難しかったことから腫瘍の全摘手術に方針を転換し、腫瘍の切除を進めた
解釈 検体採取自体が難しかったので、全摘手術に方針転換したように読めます
タブ 記事 腫瘍が良性という検査結果が出たことから、開腹を1回で済ませるため、腫瘍の全摘出手術に変更
解釈 術中に迅速病理診断の結果を得た上での全摘手術方針への転換と読めます


真相は「どれだろう」になるんですが、悪性の可能性が排除できないのに20cmもある原発巣の摘除に進むとは思えないところがあります。正直なところトライしても摘除できるようなものではありません。摘除と言うのは悪性腫瘍として摘除すると言う意味です。悪性腫瘍として摘除するには、腫瘍を傷つけずにコロッと剥離摘出しなければなりませんから、そんな無謀な判断を独断で行なうとは思いにくいところがあります。

これが良性腫瘍であれば話は変わります。良性であれば「取れれば良い」になります。良性とは言え20cmもあるのですから、放置するわけにもいかず、また良性であれば化学療法による縮小効果も期待できません。つまりこのまま手術を終了しても、近日中の再手術は確実であり、それならこのまま摘出してしまおうの判断です。甚だ遺憾ながらタブ紙の記述が一番合理的です。


あえてもう一度事実関係を整理しておきます。事実と言ってもすべて「らしい」とはさせて頂きます。

  1. 6歳児の副腎原発の径20cmの大きさの腫瘍であった
  2. 術前検査ではリンパ節転移もあり、悪性が考えられた
  3. 試験開腹により原発巣の病理検査の結果は良性であった
  4. 病理検査以外の検査は悪性を示唆しており、2回目の試験開腹を行なった
  5. 2回目の試験開腹中の迅速病理診断は再び良性であった
私の知る範囲では珍しい方の診断経過と感じます。つうか幸いな事に経験した事がありません。原発巣は見つからないが、腫瘍マーカーだけは高いと言うのは聞いた事がありますが、他の検査で悪性が相当疑われ、原発巣が画像診断で存在するのに病理診断で良性として否定されるのは、神経芽腫なら個人的に初耳です。

手術の結果についてはあえて控えさせて頂きます。臨床的興味は、外科医の判断が良かったか悪かったかです。悪かったとは手術結果ではなく、全摘手術の方針の判断です。マスコミ情報しかありませんから、判断は微妙ですが、患児の治療方針の大きな境目は、その腫瘍が良性か悪性かです。これがどちらかによって治療方針は全く変わってきます。

良性であれば小児科ではなく小児外科の担当となり、物理的な障害になる腫瘍の摘除だけを考えればよい事になります。悪性であれば、リンパ節転移まであるのですから、化学療法を行った上で、原発巣が摘出可能の範囲に縮小してからの摘出方針になります。

2回目の手術の大きな焦点は、病理診断で良性、その他の検査結果で悪性と言う矛盾した結果が出ているわけであり、これを確認しようが目的のはずです。それを迅速病理診断だけで全摘に踏み切ったのは、やや拙速と感じてしまいます。もっともどの程度の材料で小児科サイドが悪性を疑っているかが情報として不足していますので、その点はなんとも言えません。

これは純粋に臨床的興味なんですが、結局のところ悪性だったんでしょうか、それとも良性だったんでしょうか、それとも悪性と良性が混在したケースだったのでしょうか。今となっては縁遠い領域になっていますが、その点に妙に興味がそそられます。