理由を精一杯考えてみる

2/4付読売新聞より、

循環器科医師全員が辞職

鳴門病院

 鳴門市撫養町の健康保険鳴門病院(増田和彦院長)で、循環器科の医師4人全員が3月末で辞職することがわかった。病院は後任を探しているが、医師不足の影響でまだ決まっていない。同科は1日平均の外来患者数66人、年間では1万6000人(2008年度)。現在も十数人の入院患者がいるが、4月以降は受け入れ規模を縮小せざるを得ないという。

 病院によると、4人は昨年末から1月上旬にかけて辞職願を提出。救急患者の受け入れが減ったことに不満があったという。病院は、医師の負担を減らそうと、重症でない患者は民間医療機関に任せるなどしたため、2006年に2103人だった受け入れ患者数は、08年には1647人に減った。

 辞職する男性医師の一人は「今の医療体制では、患者を前向きに受け入れられないのではないかと考えた」と理由を述べた。

 同病院は、高齢者の手術では、循環器科の患者でなくても万一のために同科の医師が立ち会うケースが多いこともあって、懸命に後任を模索。徳島大病院に医師派遣を求めるなどしているという。

 同病院は、確保した医師数に合わせて同科を縮小する予定で、患者を他の病院に移すことになりそうだという。「科の閉鎖は考えていないが、規模縮小でほかの診療科にも影響がありそうだ。患者に迷惑をかけて申し訳ない」としている。

普通に読めば地方の公立病院の大量辞職記事です。辞職したのは循環器の医師4人である事もわかります。どういう方々かも医師紹介でわかります。昨日は何故か医師等資格確認検索が動いていなかったので確認できていませんが、写真からすると、ベテラン、中堅、若手2人の構成らしいこともわかります。

気になるのは辞職理由で、

    救急患者の受け入れが減ったことに不満があったという
これを聞いて、ビックリしたを通り越して仰天した医師も多かったと思います。私もその1人です。これについては、医師には変わり者が多いので「タマタマ4人そろった」とも考えられますし、社交辞令上の遁辞である可能性も十分あります。さらには本当にそう言ったかを疑うものもいます。マスコミ記事ですし、最低限信用できる(あくまでも最低限です)「」付の引用でも無いからです。

どういう切り口にしようかと思いましたが、

    重症でない患者は民間医療機関に任せるなどしたため、2006年に2103人だった受け入れ患者数は、08年には1647人に減った
このあたりからアプローチして見ます。幸いな事に病院HPに病院統計が公表されており、断片的ですが循環器科のお仕事の一端が窺えるからです。とりあえず記事にある救急患者の受け入れ数がハッキリしません。一応近い統計として示されているのは患者数統計にある「救急車搬入件数」です。H16(2004年度)からH.20(2008年度)まであるので示しておくと、

H.16(2004) H.17(2005) H.18(2006) H.19(2007) H.20(2008)
1897 2089 2079 1874 1690


記事の数字に近いのは近いのですが、微妙に差がある事がわかります。可能性としては、HPで公表している年度集計の他に暦年度集計があるのかもしれませんが、情報として平成21年の情報を記事にして出しているわけではないので、よくわからないところです。ここで統計資料にある救急車搬入件数で計算しますが、一日平均に直すと、
    5.7件(H.18)→ 4.6件(H.20)
ほぼ1日あたりにして1件程度減少していますが、これが不満であるとなっています。しかし、どうなんでしょう。この程度の差は勤務しているものにとっては、それほど痛感する数字の様に思えないところがあります。せいぜい「今年はちょっとラクだったかな」と思う程度の様な気がします。

ただしこのデータの救急車搬入件数は循環器だけの集計ではなく、全診療科の集計です。循環器のお仕事がどうなっているかを見てみます。循環器といえばまず思いつくには心カテですが、平成20年度部門別業務統計では、

442件

心カテに含まれている部分があるのか、別集計なのかが不明なのですが、平成20年度手術実績

経皮的冠動脈形成術 141
経皮的冠動脈ステント留置術 16
体外ペースメーキング 14
ペースメーカー移植術(経静脈電極の場合) 24
ペースメーカー交換術 6
四肢の血管拡張術・血栓除去術 15
216


それとこれは成人の循環器をよく知らないので参考にまでにですが、手術室を使った循環器手術と言う集計もあります。

H.16(2004) H.17(2005) H.18(2006) H.19(2007) H.20(2008)
49 51 8 0 0


これを見る限り2005年度あたりまで50件ほどあったものがゼロになっています。カテ手術件数の集計はこれぐらいですが、スタッフ4人の循環器科の仕事量として「不満を抱く」ほどヒマなのかどうかは、済みませんが情報下さい。私では判断できません。結果としては辞職されているので、きっと「猛烈にヒマ」だったにでしょうが、実感が難しいもので申し訳ありません。


循環器科のお仕事は心カテだけではもちろんありません。外来や入院業務もあります。これがどうなっているかをまとめてみます。


* H.16(2004) H.17(2005) H.18(2006) H.19(2007) H.20(2008)
入院数 11560 11107 9523 9907 11732
外来数 27900 27154 20835 16348 16078


入院患者はほぼ横這いと見ても良いと思いますが、外来患者がかなり減っているのだけはわかります。1日平均の外来患者数と言うのもあり、
    115人(H.16)→ 66人(H.20)
現在の循環器外来ではおおよそ午前二診体制なので、大雑把に平均すると一診あたり30〜35人程度と考えられます。H.16には一診あたり60人近くあった事を思うと確かに減っています。ここも私には実感が無いのですが、循環器4名の病院としたら、入院数、外来数はどんなものなのでしょうか。御存知の方は情報下さい。


公表された統計で確認できるのはこの程度ですが、辞職医師のこういうコメントも掲載されています。

    「今の医療体制では、患者を前向きに受け入れられないのではないかと考えた」と理由を述べた。
記事上の文脈では辞職医師の「今の医療体制」の理由は「救急が減ったこと」につながってしまいますが、救急が減った事が「患者を前向きに受け入れられない」につながるのは、個人的には「???」です。つまり4人の循環器医は「もっと救急を」と切望したからになるからです。切望するのは当人の勝手ですが、そうなると一斉辞職の遠因は、
    病院は、医師の負担を減らそうと、重症でない患者は民間医療機関に任せるなどした
これにつながって行きますから、おそらくそういう方針を病院が打ち出したときに、この4人の医師は猛反対を展開した事になります。むしろ民間医療機関に当時受診していた患者も根こそぎ診療したいぐらいの希望であったかと考える他ありません。


こんな短い記事で真相などわかりようもありませんが、ひょっとしての可能性を一つだけ思い浮かべています。とにかく病院側は患者を他の医療機関に振り分ける方策を採ったらしい事だけはわかります。振った分だけ当然患者は減ります。患者が減れば循環器科の売り上げは減ります。統計上でも外来患者がかなり減っている事は確認できます。

その売り上げが減った事を病院側が責め立てたではないでしょうか。循環器側にすれば、集患の一つの手段であった救急患者が減ったのだから「しょ〜がない」と釈明したのでしょうが、それでも「前年度比」「今年度の目標」とかの数字を突き出しての経営査問会議が行なわれた可能性です。そうですね、

    病院側:「救急が少々減っただけで、この売り上げ減は信じられない」
    循環器:「救急からの集患効果は、それぐらいある」
こんな押し問答にブチッと切れての一斉辞職です。そういう経緯を踏まえて、病院側が発表した辞職理由として「救急患者の受け入れが減ったことに不満」になり、記事になるときには循環器側が「救急患者の受け入れが減ったことに不満」に置換された可能性です。つまり真の理由は「救急が減ったことによる売り上げ減に対する軋轢の爆発」なら納得がいきます。

さ〜て、真相はどうなっているのでしょうか。