厚労省の反論

何に対しての反論かになりますが、規制改革会議の第3次答申医療分野に対するものです。もちろん福祉分野、労働分野におけるものもありますが、今日は長くなるので取り上げません。実はお恥ずかしい限りなんですが、政府系御用会議の答申に各省庁が反対意見を出しているのを初めて知りました。毎回出されているのか、それとも異例なのかも判断できませんが、話題にもならないので毎回出ていると考えるのが妥当でしょう。

それと意味合いと言うか、位置づけと言うか、重要度ですが、単なる儀式なのか、それなりに重視されるものかも不明です。感触としては儀式に近いような気もしますし、そう感じているから気合も入り難いのですが、とりあえず御紹介します。タイトルは規制改革会議「第3次答申」に対する厚生労働省の考え方となっています。

とりあえず冒頭部に総論的なことが書かれています。

1 基本的考え方

  • このたび、規制改革会議において、医療・福祉、労働などの規制改革に関する「第3次答申」が決定されました。


  • 厚生労働省としては、国民生活の安全・安心を確保する立場から、サービスの質の向上、利用者の選択の拡大や、労働者が安心・納得して働くことができ、持てる能力を十分に発揮できることにつながるような規制改革については、これまでも積極的に対応してきているところです。


  • 一方、厚生労働行政の分野は、サービスや規制の内容が国民の生命・生活や労働者の労働条件などと密接に関わるものであり、また、そのサービスの大半が国民に負担いただく税や保険料で賄われているものであることから、規制改革を進めるに当たっては、経済的な効果だけでなく、


    1. サービスの質や安全性の低下を招いたり、公平かつ安定的な供給が損なわれることがないか、
    2. 逆に、過剰なサービス供給が生じる結果、税や保険料の過大な負担とならないか、
    3. 規制を緩和した結果、労働者の保護に欠けることとなったり、生活の不安感を抱かせないか、


    などの観点から、それぞれの分野ごとに慎重な検討を行うことが必要であると考えており、これまでもその旨主張してきました。


  • 今回の「第3次答申」のうち、「具体的施策」に盛り込まれた事項については、これまで、厚生労働省としても規制改革会議側と真摯な議論を重ねてきた結果得られた成果であり、その着実な実施に努めてまいりたいと考えております。


  • しかしながら、今回の「第3次答申」のうち、「問題意識」に掲げられている事項については、意見の取り上げ方に公平性を欠くものや、その基本的な考え方や今後の改革の方向性・手法・実効性において、当省の基本的な考え方と見解を異にする部分が少なくありません。


  • 以上を踏まえ、「第3次答申」が公表されるに当たり、「各重点分野における規制改革」のうち、特に「1 社会保障少子化対策」の「( 1 )医療分野」「( 2 )福祉、保育、介護分野」及び「5 社会基盤」の「( 2 )労働分野」のそれぞれの「問題意識」について、当省とは異なる主な主張を整理し、これに対する当省の考え方を公表することといたしました。

読めばお分かりのように全面反論みたいな勇ましいものではなく、一部についてご意見申し上げるみたいな形ですが、

    特に「1 社会保障少子化対策」の「( 1 )医療分野」「( 2 )福祉、保育、介護分野」及び「5 社会基盤」の「( 2 )労働分野」のそれぞれの「問題意識」について、当省とは異なる主な主張を整理し、これに対する当省の考え方を公表することといたしました。
ちょうど医療分野における規制改革会議の「問題意識」の解説をやったところなので、その点だけで食指が惹かれました。厚労省の意見を読んでみます。

規制改革会議答申

  • 混合診療禁止措置を撤廃することも、消費者の権利を守るという意味でその一環である。
  • 混合診療禁止措置は新しい医療技術の普及をも阻害し、結果、消費者が享受すべき恩恵が失われるということも惹起する。

厚労省反論
  • 以下のような状況を踏まえると、いわゆる混合診療の原則禁止措置の撤廃を国民や患者の多くは求めていないと考える。


    • 平成16年12月には、「保険診療と保険外自費診療を併用する混合診療の導入は、患者の自己負担を大幅に増やし、国民医療の不平等を引き起こし、国民皆保険制度を破壊するものである。」という趣旨の請願について、衆参両院の厚生労働委員会が全会一致で賛意を示し、国会の意思として採択を行ったこと。
    • 昨年12月17日には、我が国最大の難病団体より「規制改革会議の混合診療解禁論に反対します」と題する意見書が国に対して提出されているところであり、この中で「患者の名を騙り、あたかも患者自身が混合診療の解禁(原則自由化)を望んでいるかのように言う規制改革会議などの意見に対して、強い憤りをもって反論します」とされていること。


  • 保険診療保険外診療の併用については、一定のルールの下で認めていくことが妥当であり、本年4月には、高度医療評価制度の創設を行うなど患者のニーズに応える観点から取組を進めているところ。いわゆる混合診療の原則禁止措置の撤廃は以下の理由により不適当


    • 我が国の公的医療保険制度は、「必要かつ適切な医療は基本的に保険診療により担保する」という国民皆保険の理念に基づき、必要な医療については、国民全体にあまねく平等に提供されることを確保している。
    • このため、安全性、有効性等が確認され、傷病等の治療に対して必要かつ適切な医療であれば、速やかに保険導入を進め、誰もが公平かつ低い負担で当該医療を受けることができるようにすることが、患者全体の利益になるものと考えている。


      混合診療原則禁止措置を撤廃し、保険診療保険外診療を制約なく併用できることとすることは、


      1. 保険診療により一定の自己負担額において必要な医療が提供されるにもかかわらず、患者に対して保険外の負担を求めることが一般化し、患者の負担が不当に拡大するおそれがあること
      2. 安全性、有効性等が確認されていない医療が保険診療と併せ実施されてしまうことにより、科学的根拠のない特殊な医療の実施を助長するおそれがあること


      から適切ではない。
    • 上記のような考え方のもと、厚生労働省としては、平成16年の規制改革担当大臣と厚生労働大臣との「いわゆる「混合診療」問題に係る基本的合意」に基づき、取り組んできたところである。(平成20年4月には、舛添大臣と岸田大臣との合意を受け、高度医療評価制度の創設を行った)。
    • このような改革により、保険診療保険外診療との併用に関する具体的要望については概ねすべてに対応できるものと考えており、将来的な保険導入のための評価を行う「評価療養」と、保険導入を前提とせず、患者の選択に委ねる「選定療養」の二つの類型について保険診療との併用を認める保険外併用療養費制度が「新しい医療技術の普及をも阻害し、結果、消費者が享受すべき恩恵が失われるということも惹起する」との指摘は妥当ではない。

当然のように厚労省混合診療解禁に反対です。いかにもの意見が並んでいるのですが、私は基本的に賛成です。規制改革会議が主張する一挙の混合診療解禁プランはアメリカ型医療への移行を意味すると考えられ、混合診療を解禁するにも十分なコントロールの下に部分的に行う方が混乱が少ないと考えます。もっともコントロールする総元締めが厚生労働省である辺りに不安感を感じざるを得ませんが、それでもアメリカのように民間保険会社のコントロール下で「経営者論理」で行なわれるものよりはマシでは無いかと思います。意見の分かれるところですが、次に進みます。

規制改革会議答申

    株式会社による医療参入も、医療機関経営に必要な資本が市場から調達できるようになるとともに、資本と経営の分離の下で医療機関間の競争が促進され「質の医療」に繋がると考えるため、その解禁を求めているのである。

厚労省反論
  • 株式会社は、事業活動により利益を生み、かつその利益を株主に利益を還元することがその本質である。
  • したがって、株式会社による医業経営の参入については、


    1. 患者が必要とする医療と株式会社の利益を最大化する医療とは必ずしも一致しないため、患者にとって真に必要な医療が提供されなかったり、利益につながらない患者が治療を受けにくくなるおそれがあること
    2. 単純に利益があがらない等の理由により撤退するなど、地域の適切な医療の確保に支障が生じるおそれがあること
    3. 株式会社が利益最大化を図ることにより、医療費高騰のリスクが高まること


    などの問題点があり、消費者(患者)を重視した医療が行われるとは限らない。

規制改革会議が用いる「質の医療」とは医療の質を指していません。本当に紛らわしい表現で困るのですが、医療における患者を消費者と定義し、消費者が消費者論理で求める医療の事が「質の医療」です。誤解を招く表現で困るのですが、厚労省は株式会社の参入には反対である事がわかります。反対理由はこれもいつものものなのですが、実はこの文章の前があります。

診療報酬の包括払い制の導入と情報公開の促進を強く主張するのも、「質の医療」への前進と考えるからである。ジェネリック医薬品の普及促進は消費者コストの低減に繋がる。

包括払いとジェネリック促進は厚労省の意図に副っているから、同意のようです。当たり前なんですけどね。私は株式会社参入については知見不足でなんとも言えないのですが、少なくとも財界主導の株式会社参入はあまり気持ちが良くありません。もっとも厚労省主導の株式会社参入は介護分野の惨状を見れば分かるように、話にならないものなので難しいところです。


もうちょっとあるのですが、以後は各論の具体策の部分についての物なので今日は省略します。ところで厚労省の反論を読んでいて気がついたのすが、規制改革会議答申の問題意識の冒頭部にあった、

 医療は、国民にとって最大関心事の一つであり、その制度設計の在り方は国民生活に多大な影響を与えるものである。厚生労働省が発表した数値によると、2006 年度の国民医療費は33.13 兆円、その国民所得に対する比率は8.9%、65 歳以上の医療費割合は51.7%となっている。また、公費負担は3分の1 強の12.13 兆円(36.6%)であり、残りは保険料16.22 兆円(49.0%)及び自己負担4.76 兆円(14.4%)となっている。これからの医療を考える際、医療費は急テンポで増大していくということが前提、と認識しなければならない。世界でも類を見ない速度で高齢化が進行しつつある一方、様々な技術革新によって医療そのものが高度化しており、現在の延長線上で国民医療費を予測するのは不自然である。国民の医療サービスに対するニーズを勘案すれば、将来その額は更に急激な右上がりの凹型曲線を描いて増大すると考えるのが自然であろう。国民のニーズなのだから、何人たりともこれを拒むことはできない。医療の国家管理による大いなる無駄が生じていると推量されるため、その是正は喫緊の課題であるが、医療の多様化・高度化による医療費増加まで抑制しようというのならば、それは国民経済的に見ても本末転倒であると考える。問題はその負担の在り方である。将来的な医療費の増大を前提とした上で、国民皆保険制度を堅持しつつ、それを持続可能にする為の大胆な制度の再設計が今求められている。

読みにくいのでポイントをピックアップすると、

  1. これからの医療を考える際、医療費は急テンポで増大していくということが前提
  2. 国民のニーズなのだから、何人たりともこれを拒むことはできない
  3. 医療の多様化・高度化による医療費増加まで抑制しようというのならば、それは国民経済的に見ても本末転倒であると考える
これには反論を行なっていません。ただし規制改革会議答申で医療費増大を容認しているのは、あくまでも規制改革会議が言う「質の医療」が行なわれるのが前提です。規制改革会議が求める「質の医療」とは、混合診療解禁による患者の自費負担増大による医療費増大です。このカラクリによって財界試算で現在の3倍に増大する医療費を賄おうとするものです。

これに対し厚労省は要のカラクリの混合診療解禁を否定しているので、医療費増大もまた否定していると考えるべきなのでしょうか、それとも医療費増大を容認した上で皆保険制度維持を考えているのでしょうか。政治的には皆保険制度を維持し、医療費の負担も増大させずに、「さらに充実した医療の提供」という無理難題になってしまいますが、厚労省も基本はこの路線でしょうね、やっぱり。せいぜいちょっぴり増やして、その代価は目も眩むと言う感じでしょうか。


それにしても盛り上がらない代物の様な気がします。狐と狸の化かしあいならまだ興趣もあるのですが、どうにも儀式と言うか、アリバイ作り以上の熱気が感じられないところです。感じとしては大相撲の千秋楽の幕内下位の取り組みで、8勝6敗の力士と7勝7敗の力士の取組を見ているようです。7勝7敗のカド番大関と、8勝6敗のベテラン大関同士の取組でも良いかもしれません。そんな喩えは大相撲に失礼と言われそうですが・・・。