診療関連死の死因究明制度創設に係る公開討論会

この討論会の目的は、言う間までもなく事故調問題についてです。この討論会は始まる前から剣呑な噂が流れていました。7月28日月曜日の午後と言う医師が一番集まり難い時間を設定し、シャンシャンで「みんな賛成」のアリバイ作りをするためのものではないかという噂です。この点につき8/1付けCBは、

 今回の討論会開催前には、日本医学会が「反対派」の学会を抑え込んで「総意として賛成」との結論を出そうとしていたとの噂も飛び交った。その噂に対し、議論を混乱させる目的で「乱入者」が送り込まれたとの見方もある。

かなりはっきり書いていますが、事故調試案に反対しただけで「乱入者」とはちと痛い表現かと思います。それと私の知る限り事故調試案反対派には「送り込む」ほど有力な組織はなかったかと思います。あくまでも噂を聞いて反対派の意見をしっかり主張しておこうの自主的なものだと思っています。もっとも気合は入れていたかとも思いますけどね。会議の中身はCBさんが頑張ってまとめてくれています。

議論錯綜とも議論百出とも表現されていますが、どうにこうにもまとまらない激論が展開されていた事だけは分かります。どう贔屓目に見ても事故調試案反対派及び慎重派の意見が互角以上にあると思うのですが、その中で異彩を放つ意見があります。まずはこれは実際に参加されたうろうろドクター様の見聞記から産婦人科学会の岡井崇先生です。

    標準的な医療から著しく逸脱した医療を検察に通知する、
    そこの段で、本当に悪質な事例だけに限られるのか?
    という点が一番心配事ではありますが、
    その点の表現等々をもう少し検討を加えてい<ただく事、
    その他には、届け出る対象を明確にするなどという
    いくつかの問題点がありますが、
    基本的には何とかこの機会に、この制度を成立させていただきたい

字にすると分かり難いのですが、聞き取ったニュアンスとしては事故調試案賛成と受け取れる発言であったようです。もう一つはこれも参加されたまーしー先生の見聞記です。

    地方の産婦人科開業医の先生方2人が、それぞれ
    「反対意見とかいろいろあると思うけど、とにかく早く事故調を作ってくれ。」
    と発言していたのはややショックでした。

二人の産婦人科開業医の発言内容はCBによると、

大分県産婦人科開業医

 来月20日、「大野事件」は判決公判を迎える。我々の仲間が正当な業務の遂行中に、手錠をかけられて腰縄を打たれ、逮捕・拘留・起訴された、非常にショックな出来事だ。救急などほかの科の先生も同じ思いだろう。逮捕以来多くの抗議声明文を出して頂き、産婦人科医として心強く思った。

 しかし、現在も同じような事件が起こらないという保証は全くない。法律も制度も何も変わっていない。この議論があと何年続くのか。仲間は同じような危機にさらされ、明日逮捕されるかもしれない。それなりに素晴らしい夢と理想を持って働こうしている若い後輩に、こんな状況を引き継でいいのか。こういうことが起こらない制度を早く作ってほしい。細かい議論はあるだろうが、(制度は)5年で見直すというし、それぐらいの時間の余裕はある。大きな医学会や関連学会は、「基本的に賛成」と言い、「反対」ということころも「基本的には賛成」と言っている。

 今日の状況を惹起したのはわれわれ医療界が社会からの信頼を失ったことがベースにあるし、これを取り戻すには時間がかかる。しかし、当面の活動ができる環境整備はできるだけ早くしてほしい。国会は解散の政局がらみで、機能不全に陥っている状況で、法案を通すのは大変。当事者のわれわれ医師が中でごちゃごちゃ割れていては法案は通らない。産科婦人科学会員は、30歳未満の女性が73%いて、40歳未満でも女性が約50%。今後、周産期にかかわる医師の6−7割は女医になるだろう。ただでさえ医師不足の中、さらに頑張れと後輩に言えない。臨時国会にでも出し、できるだけ早くこの法案を通してほしい。一開業産婦人科医の希望だ。

■石川県の産婦人科開業医

 毎日の診療が氷の上を歩いているような形。いろんな意見があるのは分かるが、患者のためになるよう、一歩でも進めてほしい。

私の読んだ限りでは明らかな産婦人科医の発言はこの3人だけだと考えられるのですが、そろって事故調賛成です。別に産婦人科医だからといって賛成して悪いわけではないのですが、実際に参加されたうろうろドクター様及びまーしー様がそれぞれに強い違和感を感じたのが産婦人科医の発言であった事に興味がもたれます。ここに8/1付けメディファクスがあります。

調査委設置法案「賛成方針に変わりない」
日本医学会臨床部会

日本医学会臨床部会は7月31日、運営委員会を開き、25日に開かれた診療関連死の死因究明制度創設に関する公開討論会で指摘された課題について、作業部会で論点整理をした上で、10月に開催予定の日本医学会臨床部会総会に提出する方針を決めた。門田守人運営委員会委員長(大阪大副学長)は、公開討論会について「第3次試案などに対する反対意見は受け止めるが、それ以上に薄氷を踏む思いで日々の診療に当たっている現場の産婦人科医から、法制化に一歩踏み出す努力を求める訴えを聞けたことは意義があった」と話し、日本医学会として医療安全調査委員会設置法案大綱案に賛成する方針に変更はないとした。

その上で門田委員長は「より良い死因究明制度を設計していくには、反対意見も十分吟味し、改善に向け対応することを否定するものではない。ただ医療安全調査委員会の法制化を要望したのは、われわれ医療側であることを忘れてはいけない」と強調し、今後さらに医療側の合意形成を進めていく考えを示した。

一方、この日の運営委員会では、近く日本医学会として「臨床研究における被験者の保護と倫理の確保に関する声明」を発表する方針を固めた。東京大で、倫理審査委員会や患者の同意を得ないまま臨床研究が行われた事案を受けた声明。

臨床研究での患者の安全性と研究の透明性の確保に向けた努力を会員学会に求める内容になるとみられる。

8月1日 メディファクス 5458号

日本医学会サイドは

    日本医学会として医療安全調査委員会設置法案大綱案に賛成する方針に変更はないとした。
その理由の一つとして
    現場の産婦人科医から、法制化に一歩踏み出す努力を求める訴えを聞けたことは意義があった
日本医学会は二人の産婦人科開業医の意見を重く見ている事が窺えます。ここでこの会の噂をもう一度思い出して頂きたいと思います。平日のしかも月曜日の午後にわざわざ開催し、事故調試案反対派がなるべく集まらない状態でアリバイ討論会をするという話です。この話はもう少し裏が取れていたと思うのですが、私の手許にはないのであくまでも噂です。ただ噂を信じるとある構図が浮かび上がります。

これはあくまでも噂を信じての憶測ですが、賛成意見を述べた二人の産婦人科医がどこから来られたかが注目されます。一人は大分、もう一人は石川です。言うまでもなく遠方であり、日帰りで往復するにはかなりの努力を要しますし、一泊二日とすれば診療所の負担はかなり大きなものになります。さらに公開討論会には44人もの発言申し込みがあったそうで、そうなるとは予想していなかったにしろ、それだけの手間と暇をかけても出席するだけに終わった可能性があります。

それだけの手間と暇をかけて事故調試案賛成意見を述べに来てもまったく構わないのですが、あまりに壮大な手間ひまのように個人的に感じます。二人の産婦人科開業医が本当の賛成派であることには問題はありませんが、果たして自主的な意志だけで参加されたかどうかに少しだけ疑問を感じます。この二人の産婦人科開業医はもしかして、出席して発言されるように頼まれたのではないかと考えます。

つまりもともとのアリバイシナリオは産婦人科学会及び二人の産婦人科開業医が試案賛成の意向をアピールし、一番困っているとされている産婦人科医が賛成したから救急医学会を始めとする反対派を押さえ込む算段ではなかったかと言うことです。様々な経緯で紛糾激論の討論会になってしまいしたが、メディファックスでの日本医学会の討論会のまとめはこのシナリオに沿ったものに思わざるを得ません。これは憶測に憶測を重ねる事になりますが、産科開業医で賛成意見を当日に述べてくれる医師を探し出すのに、大分や石川まで手を伸ばさざるを得なかったの推測も不可能ではありません。

もう一度くり返しますが、これは憶測であって出席された二人の産婦人科開業医を誹謗中傷する意図はありません。たとえ仕込みがあったにしても、この程度の工作はインチキでも不正でもなく、いわゆる「根回し」とか「演出」に留まるものです。また産科開業医のお二人は遠路はるばる討論会に参加されたわけですし、お二人が純粋な思いから賛成意見を述べられた事の価値はなんら変りません。


最後にあくまでも私の知る限りですが、医学問題ではなく医政問題でこれだけ意見が割れ、それを公開でさらしたのはあまり前例が少ないようにに思います。医政に対する医師の意見集約は従来日医が主導提唱し、異論があっても密室協議のうちに行われ、最終的には自民党じゃありませんが執行部一任みたいな形でまとめられたケースが殆んどだと思われます。もちろん公然と日医に反旗を翻した事例は先の参議院選挙の選挙協力でもありましたが、これほどの規模と期間で公然と続くのは異例と言って良いかと思われます。

それとこれも異例と感じるのは、医師にとっても何をしているかよく分からないところがある日本医学会を担ぎ出した事です。日本医学会はいわゆる学会の元締めの位置にいるのですが、末端の医師にとっては非常に存在感の薄い組織です。事故調問題に対して幾つかの学会が強硬姿勢を続けているのは周知の通りです。日医はこれらの学会の丸め込みに自信を示していましたが、現在のところ収拾の目途は立っていません。

どうも日医は全学会の協力を得ることをあきらめたのではないかと考えています。そこで個々の全学会の協力を得るのではなく、形の上で学会を統括する立場に入る日本医学会の賛成を得て「学会の賛成を得た」にするように思われます。日本医学会への日医の工作は十分であることは討論会終了後の日本医学会のコメントでよく分かります。ただ実際の討論会の様子は到底「大勢は賛成である」とは言えないものであることは、実際の出席者の見聞、CB記事からも確認できます。

日医の目論みは、事故調試案反対派の中核を占める勤務医、一般開業医が参加できない公開討論会を行う事であったのはほぼ間違いありません。それでも公開ですから一部は反対派が出席するでしょうが、あくまでも一部の意見として「ご意見拝聴」と流す予定であったと考えます。公開討論会が賛成意見一色じゃ出来レースでも不自然ですし、最低限のガス抜きは必要です。

ところが出来レースの情報はどこかから漏れ、討論会はガス抜きどころかガス爆発状態になっています。平日の月曜午後にも関らず、試案反対派は続々と会場に詰めかけたと言う事です。この時点で日医の思惑は自然な出来レースから力技の出来レースに変らざるを得ず、討論会の内容を知れば知るほど、日本医学会の討論会後のコメントが白々しくなっています。

私は続々と反対派が詰め掛けた事実を重く見ます。反対派は同志的連携はあっても、組織化されていません。あくまでも個人の意志、信念で動いています。討論会の時刻設定は反対派の出席も難しいところがありますが、賛成派の出席も困難にしています。両派にとって出席の難しさは同じなので、賛成派が本当に多ければ、もっと賛成派の出席が多くとも良い様な気がします。日医や医学会が主張するように「大勢は賛成」なら賛成派の出席が圧倒的であってもよいはずです。

これは医師会でも学会でも同じなのですが、意見集約と言っても従来も今も一部幹部の意見だけですべて決められます。末端会員は意見を述べる場すらないと言ってもよいと思います。従来の問題では末端会員は基本的に無関心で「上が決めたなら、それでOK」どころか、自分の学会がどういう意見を述べたかさえ知らない程度であったといえば言いすぎでしょうか。

ですから日医の学会の意見の集約と言っても幹部職員相手の説得が仕事のすべてであったと思いますし、今回も基本的にその手法を忠実に行なっています。しかし事故調問題ではその手法が破綻しつつあるように思います。学会にもネットの威力は確実に浸透しています。ネットによって末端会員の意向を把握してしまえば、学会幹部といえども自分だけの判断で物事を決めにくくなります。たとえばこの討論会で学会の意向に反するように豹変すれば、今度は学会で袋叩きに合います。

ウダウダ書きましたが、日医の医療界統治能力の低下を事故調問題ではあからさまに示しているように感じます。医療界のピラミッドの上層部だけの談合で思うがままに物事を決められた時代の終焉です。裾野の医師の意見を握りつぶす事が難しくなっている事を示したものであると考えています。