奈良死産騒動の蒸し返し

昨日焦点になった40兆円問題はbluesky様がもう一度再考察して下さるそうで、それまで棚上げにしておきたいと思います。bluesky様のエントリーそのものは秀逸である事は皆様もお認めになられた通りで、40兆円問題も誤りではなく、解釈や表現の問題と考えております。秀逸なエントリーであるがゆえに非常に惜しい点であり、再考察される価値は十分あるかと思います。楽しみに待っております。

今日は奈良流産騒動の蒸し返しをします。報道や医療系ブログの見解が乱れ飛んでいますが、私が信じるところをまず前提としたいと思います。

  1. 奈良医大には受け入れ余地が無かった。
  2. 救急隊もベストではなかったかもしれないがベターの対応は行なった。
  3. 死産妊婦が妊婦健診を受けていなかったことについては、個人の事情が不明で論評できない。
とくに3.についてはmoto-tclinic様をはじめ、ご不満の方もおられるかもしれませんが、事情が分からないのに頭ごなしで非難するのはフェアでないと考えますので、あえて前提にさせて頂きます。

問題の根本はやはり救急隊が必死で搬送先を探したのに「どこも満席」であった事だと考えます。「どこも満席」の悲劇は今や奈良だけではなく、全国的に多かれ少なかれ確実に発生しています。なぜか奈良だけ大々的に取り上げられていますが、その理由はともかく大きな問題であるのは間違いありません。とくに奈良は去年も奈良事件で全国に報道され、全国に報道されると不思議なもので、急に行政が対応するようになるのですが、奈良ではどうであったかをまず見たいと思います。

9/1付Asahi.comに去年からの奈良県の対応がまとめられています。

県の対応お粗末 医師不足解消策次々破綻 奈良死産問題

 救急搬送された奈良県橿原市の妊婦(38)が医療機関に相次いで受け入れを拒まれ、死産した問題で、受け入れ拒否の背景にあるとされる慢性的な医師不足を解消するため、同県などが取り組んできた医師や看護師の確保策が次々と頓挫していることがわかった。産科医らが求めていた救急搬送態勢の整備計画なども事実上、放置されており、産科医療をめぐる行政の対応の遅れが目立っている。

 県が産科や小児科、へき地の医師不足に対応して今年度から始めた「ドクターバンク制度」。出産などで退職した医師を掘り起こして登録し、医師が足りない病院に紹介する仕組みだ。だが、受け付け開始から5カ月たった今も登録者はゼロ。計19病院に受け入れを断られて昨年8月に死亡した妊婦が最初に診察を受けた町立大淀病院など、県内の公的病院から計9人の求人が寄せられているのに、まったく紹介できていない。

 県はこれまで、県医師会にチラシを配るなどして協力を要請してきた。ただ、医師会から提供されている退職者を含む2千人分の会員名簿については、医師会側が「使ってもらっても構わない」としているのに、一度も利用していない。県内の女性医師(39)は「医師を登録して派遣する民間企業は多い。県のバンクを選ぶ具体的なメリットが伝わってこない」と疑問視する。

 看護師や助産師の確保も難航している。県立医大病院は今年度、例年80人程度の新規採用を200人に増やした。来年5月に周産期医療の中核施設「総合周産期母子医療センター」を開設するため、専属の看護師ら50人が必要になったのが主な理由。年齢制限を35歳未満から50歳未満に引き上げ、試験科目も減らす独自の工夫を凝らした。

 ところが、願書を提出したのは半分超の106人。福岡、香川両県でも説明会を開いたが、四国・九州からの応募者は1人だけだった。「実際には80人確保できるかどうか」と、人事担当者は嘆く。

 柿本善也・前知事は昨年11月の記者会見で、昨夏の妊婦死亡を受けて、「庁内で検討会議を設けて検証する」と約束したが、会議はこれまで一度も開かれていなかった。その後、近畿圏での広域連携を強化するための会議が設けられたため、県単独での議論は置き去りにされたという。

 一方、県内の産科医らでつくる「周産期医療対策ワーキンググループ」は昨年3月、県に提言書を渡した。妊婦の症状に合わせて救急搬送するため、県内の各病院を1〜3次指定に振り分けるなど、今年度中に周産期医療についての具体的な整備計画を策定するよう求めていた。

 だが、県は整備計画について検討すらしていない。県幹部は「県立病院の建て替え問題などを抱え、状況が不確定だったため」と説明している。

記事で上げられている奈良県の対応をまとめると、


奈良県の対策
現状
ドクターバンク制度応募無し
看護師や助産師の200人確保願書を提出したのは半分超の106人
昨夏の妊婦死亡を受けて、「庁内で検討会議を設けて検証する」と約束1度も会議無し
県内の産科医らが整備計画の提言書検討無し


奈良県にも言い分は多々あるでしょうが、結果として実を結んだものは無かったのは事実です。もちろん奈良県も全くの無策であったわけではなく、Asahi.comにはなぜか取り上げていませんが、整備が遅れていた「総合周産期母子医療センター」には取り組んでいます。もっともこれも前厚生労働大臣が「07年度内に整備する」と断言していましたが、期限内での整備は困難となっているようです。天漢日乗様に遅れた理由がこう報じられたと掲載されています。

 ところが、6月の補正予算の編成段階で改めて精査したところ、現在あるNICU用の無停電の電源装置では、改修後に容量オーバーとなることが判明。新たな装置を購入し、入れ替える必要に迫られた。

 さらにNICUの後方病床の増設に対応し、圧縮空気の供給や吸引などに使う排気口が必要になるが、予算編成過程では、現在は実際には使用していないNICU8床分の排気口を転用できると想定していた。

 しかし、その後現場で確認したところ、改修すればフロアの配置も換わり、実際には転用できないことが判明。その分の増設費が新たに1900万円増えた。

 こうした計画の甘さについて、会見で荒井知事は「点検や目が行き届かず、その点ではミスがあった。多少整備が遅れる点はおわびしたい」と謝った。

簡単に言えば設計ミスから追加工事が必要になり、その分の追加予算と工期の延長が必要になったと言う事らしいです。それとこの総合周産期医療センターには建物だけではない懸念がもたれています。総合周産期医療センターは奈良県立医大を拡張して整備されるものですが、その増築規模は、

    MFICUを3床増やすほか、新たにMFICUの予備的な病床「後方病床」を12床、NICUの後方病床を10床、それぞれ導入することを決定
もちろんこれは国の総合周産期医療センターの基準にあわすための増床規模なんですが、働く医師が確保できるかの問題です。医師だけではなく看護師などのコメディカルの確保も必要です。奈良医大産科の勤務実態については一昨日少し解説させて頂きました。現在の奈良県立医大の参加スタッフはHPによると16人、このうち2人が国内留学中で実質14人です。来年度の総合周産期医療センターが整備され、国内留学組が帰ってきて16人。来年度になり新入医局者が大量に増えればまだ救われますが、あれだけのバッシングと過酷な勤務状態が公表されて期待は難しいと誰も思います。

それどころか更なる退局者が有力スタッフに出てきても不思議ありません。病床が増えても、働く医師が今年と同じ程度、もしくは減っていれば、医師にかかる負担はさらに増大します。病床が増えたばっかりに逆に「空床があったので、余力があった」の袋叩きにあう可能性すらでてきます。建物は遅れても完成するでしょうが、そこに魂を入れるスタッフ確保については誰もが沈黙していると思います。もちろん奈良県もです。

それと奈良県が短期間には周産期医療の充実が難しいと考えるのは現状判断として「正しい」と思います。長年のツケのためとは言え、1年や2年で県外搬送が1/3にもなるのを解消するのは実際問題不可能であるからです。そこで現在をしのぐために広域連携に力を注ぐのは政策としては理解できます。

今回の死産騒ぎでも合計12ヶ所の病院に搬送要請を出していますが、奈良県内は奈良医大のみで、残りはすべて大阪府です。大阪にそれだけの数の搬送要請が出来るというのは、見ようによっては広域連携の賜物です。搬送先も深夜にもかかわらず40km先に見つけられたのですから、これも成果の一つでしょう。奈良県が行なっている広域連携は近畿2府4県と徳島、福井、三重も含まれるものですから、場合によっては徳島や福井への搬送の可能性すらあったのですから。

そんな遠い距離の搬送なんてありえないと笑う方もおられるかもしれませんが、広域連携の実態はそんな甘いものではありません。和歌山から神戸、三重から加古川みたいな搬送が平日日勤に実際に行われています。首都圏でも群馬から山梨へのヘリ輸送や、双胎児の出産を神奈川と千葉に分けて行なう離れ業も行なわれています。

今回も広域連携として、ドタバタの部分があったにしろ「成功」の部類とも判断できます。ところがそれでは「たらい回し」として壮絶な非難が巻き起こっています。ですから広域連携ではマスコミ非難をかわすには不十分と言えます。では問題としてどう考えるべきかになりますが、法医学者の悩み事氏に簡潔に書かれていました。

病院長が以前から、県に改善を求めていたのなら、責任は県レベル以上にあることになる。県が政府に改善を求めていたのなら、責任は政府ということになるだろう。

問題は奈良県立医大単独では手に負えない問題です。奈良の産科医は県に整備計画の提言を既に行なっています。ここで奈良県が「なんとかする」と言って何とかできなければ奈良県の責任です。奈良県が予算、人員整備とも手に負えなければ、政府に問題提議をし改善を求める必要があります。医療問題を追っている知識からすると、奈良県単独で対処できる段階は既に過ぎており、国を挙げて取り組む段階かと考えます。

問題は緊急かつ重大であり、責任転嫁で先送りして済む様なものではありません。誰がこの問題に責任を持って取り組む事が出来るのかを明らかにし、その権限を有している部署が早急に動かなければならない段階です。少なくとも現場で悪戦苦闘している医師の揚げ足を取って終わりにしてはならない問題と考えます。