いずこも同じ

よく読ませて頂いている農家こうめのワインのエントリー農林水産省不測時の食料安全保障マニュアルが紹介されていました。60ページにも及ぶ大作ですし、お世辞にも詳しい分野とは言えないので、ほとんどリンク先のエントリーからの引き写しである事をお断りしておきます。。

ここで言う不測時とは食糧危機に陥ったときの事です。食糧危機レベルが分類されており、


レベル0事態の推移如何によっては、食生活に重大な影響が生じる可能性(e.g. 大不作の予測、輸出規制の動き、貿易等の混乱)
レベル1国民が最低限度必要とする熱量の供給は可能と見込まれるものの、特定の品目の需要が逼迫することにより、食生活に重大な影響が生じるおそれがある場合(e.g. 米の大不作の発生、輸出国における輸出規制の実施)
レベル2国民が最低限度必要とする熱量の供給が困難となる恐れがある場合(1人1日あたり供給熱量が2000kcalを下回ると予測される場合)(e.g. 穀類、大豆および関連製品の輸入の大幅な減少)


こういう不測の事態を想定しておくのは良い事です。なんと言っても備えあれば憂い無しですし、平時に有事の事を常に研究準備しておくのは大切な事です。この食糧危機レベルのうち、レベル0でも怖いですが、レベル1やレベル2になれば本当に深刻です。衣食住と言いますが、食がなければ生命の危機に直結します。そこで具体的な対策が考えられていると言うわけです。

レベル1やレベル2の設定は相当シビアで、日本国内でも大不作、そのうえ海外からの輸入も全然足りない事態を予想しています。だったらどうするかですが、基本発想は国内増産計画です。それ以外に方法は無いと言えばそれまでですが、対策が列挙されています。

  • 水稲については、水田の表作不作付地を中心に増産を行なう
  • 小麦については、作期の競合を避けるために表作作物の品種等の変更を行い、裏作可能地での増産を行なう
  • 大豆については、水田の表作を中心に増産を行なう
  • 非食用作物等から熱量効率の高い作物への生物転換を実施
  • 既存農地だけでも必要な熱量の確保が困難な場合は、既存農地以外の土地においても食糧生産を行なう必要がある
素人から見れば「こんなものかな」と思う対策ですが、農業のプロから見れば相当な代物のようです。「水田の表作不作付地」とは平たく言えば、減反政策で使われていない田んぼの事です。田んぼと言うのは水張って稲を植えたら「ハイできあがり」なんて甘いものではなく、何十年にわたって手を入れて維持されているもので、いったん放置すればこれを復旧するのは相当な努力が必要とされます。

まあ場所によってはそれなりに復旧がたやすいところもあるかもしれませんが、長年放置されたところでは灌漑から再建する必要があり、一朝一夕で復活する代物で無いと力説されます。古い話ですが江戸時代の新田開発でも安定した収穫量になるまでは何年も必要でしたし、現代技術でもその時間の壁はそんなに縮まらないの指摘です。つまり農業のプロから見ると「表作不作付地」は荒地も同様の指摘です。

「表作不作付地」以外でも「既存農地以外の土地」とごく簡単に書いてありますが、日本の歴史において現代まで農地にされなかった土地は余程の耕作不適地と考えられます。そういうところにオイソレと食糧が生産されると考えるのは、よほどメデタイ考えとも指摘されています。農業のプロから見れば当然そうなるかと考えます。

次に深刻な食糧危機が日本中に存在しているわけですから、食糧管理の方針が書かれています。簡単に抜粋すると

  • 物価が高騰するおそれがある場合には、食料の公平な割当て・配給の措置を講じる。
  • 米穀の供給が大幅に不足して、国民生活の安定及び国民経済の円滑な運営に著しい支障を生じる場合は、米穀の販売者や生産者から、米穀を強制的に売り渡しせよ
農家サイドからは相当な怒りの声が書かれていましたが、これについては素人側からは最低限仕方がないかなと思ってしまいます。国家の非常事態に陥っているわけですから、終戦後のような食糧統制を国としては行なわざるを得ないであろうと言う事です。ただ批判を覚悟で書くと、終戦後の食糧統制でさえ完全なものでなかったのは周知の事です。また現在世界一とも呼ばれる強権国家でも十分とは言えないものと仄聞しています。強権で徴収しようとすれば、余計に隠蔽やブラックマーケットが横行するのは世の常ですから、そこまでの対策を十分考えた上のものであるかが問題かと考えます。

国内増産方針、食糧統制システムは細部に疑問が残りますが、それでも大筋としてはそういう政策が行われるのはそれなりに予想範囲です。もっともそれを行なえば食糧が足りるかどうかは別問題です。

次はもう少し違うシミュレーションが書かれています。石油不足対策です。現代の日本の農業は石油依存が非常に高くなっています。石油が不足すると言うのは農産物の生産が減少するのとほぼリンクすると言う事です。石油不足は上記の全世界同時食糧不足の想定よりもある意味現実的なものがあります。そこでどうするかも対策が書かれています。

  1. 石油消費の多い野菜、果樹、温室栽培、花きに対しては石油の供給を抑制する必要がある
  2. 不耕起栽培等の省エネルギー生産技術の実施や天日の利用による穀物の乾燥など自然エネルギーの利用についても促進する
  3. 緑肥栽培による地力の維持、国内の未利用有機資源(生活廃棄物や家畜排泄物)の活用等を促進する
  4. 農薬製造では殺虫剤と殺菌剤に石油の供給を集中させ、除草剤は人力とともに除草器具等を利用した物理的雑草防除等の活用により代替する。この場合の除草については、労働力の確保に努める
  5. 病害に強い作物や抵抗性品種への転換、太陽熱による土壌消毒等の各種の病害虫防除技術の実施を促進する
石油不足対策は突然の全世界同時食糧不足より緩やかに来ると考えます。当然a.は出てくると考えます。花卉なんかに石油を回している場合じゃないでしょうし、果物に回すのも減らすのも仕方ないでしょう。野菜は天日で作る旬のものに限定され、端境期をカバーしていたハウス物は無くなっても致し方ないと考えます。

b.とc.はどうなんでしょうか。素人から言えることは相当な人手が必要そうです。天日による乾燥は天候に左右されるため常に人員をスタンバイしなければなりませんし、未利用有機資源(生活廃棄物や家畜排泄物)の活用とさらっと書いてますが、これを石油を極力使わず有効利用するには膨大な人力を必要とします。こういうシステムは一朝一夕に出来るものではなく、もし行なうのなら今からでないと間に合わない様な気がします。もっともやれば膨大なコストが発生しますし、その財源をどうするかの問題は政治になります。

d.は石油不足ですぐ直面する問題が書かれています。現代農業で不可欠な農薬問題です。この対策では農薬のうち、殺虫剤と殺菌剤は作るが除草剤は作らない事で石油の節約を図る方針と明記してあります。そうなれば除草は人力に依存する事になります。人力で行なう除草対策として、

  • 除草器具等を利用
  • 除草については、労働力の確保に努める
除草器具といわれてもピンと来ないのですが、合鴨農法もそんなものの一つになるんでしょうか。合鴨だって万能とは思えませんし、畑は純人力になります。ここも非常にあっさり「労働力の確保」と簡単に書いてありますが、除草作業は想像を絶する難行苦行です。除草剤を使った農法でも、除草剤を使っても生えてくる雑草を抜くだけで重労働であるのに、除草剤なしでバンバン生えてくる雑草を人力で対応するには膨大な人手が必要です。

言ったら悪いですが、農薬のない時代の農業人口がどれほどであったかを考えれば良いかと思います。人力で除草を行なうには「労働力を確保する」なんて甘い人数でなく、国家除草総動員法が必要なほどの人手が必要かと考えます。除草薬を作るのにどれほどの石油が必要かはわかりませんが、「たかが草抜き」と多寡を括りすぎているように感じてなりません。

最後のe.が笑いました。e.のキモは、

  • 病害に強い作物や抵抗性品種への転換
  • 太陽熱による土壌消毒等の各種の病害虫防除技術の実施
まず特定の病害にピンポイントに強い品種はあるそうですが、すべての病害に強い品種など無いそうです。あれば今でも発展途上国でバンバン使われているはずですからね。まあそれでもこれは現在品種改良で作成努力中とでも考えたいと思います。

もうひとつの「太陽熱による土壌消毒等の各種の病害虫防除技術」は字面だけ見ると理想の農業が行なえそうです。これについて農業のプロであるkoume様のコメントが秀逸です。

太陽熱による土壌消毒等の各種の病害虫防除技術なんて聞いたことないですね(^^;土壌をわざわざ冷やすやつなんかいないから、もしそんなことが出来るなら、全国ですでに勝手にそうなっているはずです。

確かにそんな技術が確立されているなら、今でも導入しているところがあっても不思議ありませんし、本でも出版されているかと思います。これもきっと鋭意開発中なのかもしれませんが、出来そうに無いと考えるのは私だけでしょうか。

もっとも不測事態で想定されている地球規模での食糧危機や、代替エネルギー開発が間に合わない状態での石油危機となれば、石油に依存した文明体系は衰退し滅亡する事になります。農業以外の産業は片隅に追いやられ、生きるために食糧を作る事のみが国家の至上課題となる19世紀型の文明に退行するでしょう。そういう観点から考えると除草に国民を総動員したり、リヤカーで肥料を田畑に運ぶのが主要産業になるでしょうし、現時点では構想だけの夢の農業技術も、叡智が結集されて急速に実現するかもしれません。そう考えれば『現実的なプラン』と言えるかもしれません。