結核院内感染訴訟

タミフル訴訟とどちらにしようか迷ったのですが、おそらくマイナーな結核訴訟を今日は取り上げてみたいと思います。7/24付神戸新聞より、

看護師が結核感染で死亡 遺族が病院提訴 神戸

 神戸市北区山田町上谷上、私立真星病院の女性看護師=当時(41)=が勤務中、結核に感染し死亡したのは、病院側の感染防止措置に過失があったためとして、同区内の遺族三人が二十四日までに、同病院を経営する医療法人社団「まほし会」(同区、大石麻利子理事長)を相手に、慰謝料など約八千六百万円の損害賠償を求める訴えを神戸地裁に起こした。

 訴状によると、看護師は、別の病院で結核治療を受け胃がんのため転院してきた男性患者を、二〇〇三年十月から担当。〇四年三月の職員健診では異常なかったが、同年十二月ごろから咳や吐き気、高熱が続き、粟粒結核と診断された。〇五年十月二十二日、結核髄膜炎で死亡した。

 原告側は「病院は男性患者の結核菌が体外に出る可能性を考え、看護師が感染しないように必要な措置を講じる義務を怠った」と主張している。原告らは〇六年六月、看護師の死亡について労災認定を受けた。

 大石理事長は「病院に落ち度はなく、賠償の必要はないと考えている」とし、院内感染か否か-も争うという。

事実関係を見てみます。


Date
事実関係
2003年10月結核治療を受けた患者を担当
2004年3月職員検診にて異常なし
2004年12月粟粒結核となる
2005年10月結核髄膜炎にて死亡


問題なのは他院で結核治療を受けた患者の状態です。結核患者の治療はお世辞にも詳しくはないのですが、原則は結核予防法に基づいて行なわれます。もっとも結核予防法は2007年3月に廃止されて感染症法に統合されていますが、この事件当時は結核予防法に基づいて行なわれていたと考えられます。

実経験に薄い事はあらかじめお断りしておきますが、結核予防法に基づく治療とは大雑把に言って結核審査協議会に基づいて行なわれるのが原則です。単純な理解で言えば結核患者を発見すれば保健所に連絡し、結核の程度により治療法を結核審査協議会から指示され、程度に応じて結核病床への入院から、外来での内服療法まで分けられると考えています。

それでもって死亡した看護師が受け持った患者の状態ですが、

    別の病院で結核治療を受け胃がんのため転院してきた男性患者
まず舞台となった真星病院ですが、この病院に結核病棟があるとは思えません。ごく普通の私立の病院ですから酔狂にも結核病棟完備なんて事はありえないと言って良いでしょう。また別の病院で結核治療を受けていたのですから、転院時の結核の状態は詳しく連絡されていたはずで、少なくとも転院時には一般病床に入院し胃がん治療を受けても問題ないとの判断があったはずです。そうでなければ真星病院も入院を受けなかったはずです。

転院してきた男性患者の結核がどういう状態であったかの記述がありませんから判断できませんが、胃がんのために入院治療を受けても良いぐらいであったのはまず間違いありません。もっとも結核は手強い病気で仮に診断上治癒していたとしても、患者の状態により再発しないとは言えず、ましてや患者は担癌状態ですから、医師の常識としてその点についての注意は怠っていないであろうと考えます。

死亡した看護師が男性患者に接触して約1年後に粟粒結核を発見されていますから、時間的に男性患者からの感染を疑うのは可能性としてはあります。時間的にやや早い感じもしないではないのですが、問題は男性患者のその後の状態がどうであったかです。真星病院入院後に結核が再燃したかどうかです。ここが一番欲しい情報ですが記事は沈黙して語りません。

結核は感染する病気ですが、感染しやすい病気ではありません。とくに健康な成人にはそう簡単には感染しません。死亡した看護師は男性患者の受け持ちで接触する機会が多いとは言え、例えば夫婦のような濃厚接触があるわけではありません。どこの病院でも入院してきた患者が結核である事が後で判明し大騒ぎになる事は何年かに1回程度はあるのですが、その後、入院患者、職員に結核が蔓延するような騒動には殆んどならないのです。真星病院でも死亡した看護師が粟粒結核を診断されるまで、ごく普通に患者や職員と接触していたわけですが、そのご病院中が結核蔓延でパニックになったとは聞いていません。

病院にもし落ち度があるとすれば、紹介元の病院からの「結核感染の可能性は乏しい」の情報を鵜呑みにし、男性患者のその後の結核followを全く行なわず、その上で男性患者の結核が感染可能にまで再燃し、これを放置していたときです。ただしそういう事は通常は常識外れの事かと考えます。結核は一時の絶滅状態から、現在は常に念頭に置いておくレベルになっているのは医療者なら常識かと考えます。

これは病院側に好意的過ぎると言われるかもしれませんが、訴訟を受けての院長コメントの

    「病院に落ち度はなく、賠償の必要はないと考えている」とし、院内感染か否か-も争うという
これは「ちゃんとやっていた」の意思表示とも受け取れます。普通はやって当然ですからね。いずれにしても、もう少し情報が欲しいところです。とくに男性患者のその後の結核情報が知りたいところです。そこがわからない事には、これ以上の分析は難しいと思います。