姫路赤十字病院小児悪性リンパ腫死亡事件

医療界全体の重要性は福島事件のほうが遥かに重いのですが、この事件も福島事件の陰に埋もれさせてしまう事件ではありませんし、また当ブログのコメント欄で論議が起こっているのですが、「はてな」コメント欄の特性でパンクの可能性もあるので新たにエントリーとして立てます。それとなにより亡くなった患児のご冥福をお祈りします。

情報ソースとしてまずマスコミ報道をあげます。1/27付神戸新聞からです。

日赤に賠償命令 男児感染死で説明怠る 姫路 2007/01/27

 悪性リンパ腫と診断され姫路赤十字病院姫路市)に入院、肺炎に感染し死亡した同市内の男児=当時(9つ)=の両親が、病院に過失があったとして、日本赤十字社(東京都)などに約九千四百万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が二十六日、神戸地裁であった。下野恭裕裁判長は「医師らは治療について、両親に説明する義務を怠った」として、赤十字社に一千万円の支払いを命じた。

 判決によると、男児は一九九九年十一月、悪性リンパ腫の治療で入院。抗がん剤を使う化学療法で症状が改善したとして、入退院を繰り返しながら治療を続けたが、〇〇年十月、入院中に肺炎に感染し死亡した。

 同病院は当時、悪性リンパ腫の治療実施計画書を作成した小児白血病研究会に参加してなかったが、下野裁判長は判決理由で「被告は研究会に参加してないことを患者側に告げる義務があった。研究会に参加してない病院では何か問題が起きても、研究会に判断を求めることができない。患者側はほかの研究会参加の病院で、高度な治療を受けることもできた」などとした。

 さらに裁判長は、肺炎予防の薬の服用についても「男児が薬を内服しやすい環境をつくる義務を怠った」として病院側の過失を認定した。

 姫路赤十字病院の企画情報課は「判決文を見てないのでコメントは差し控えたい」としている。

ここで分かる事は

  1. 患者は9歳の男児悪性リンパ腫であった。
  2. 治療は寛解後の強化療法中の出来事らしい。
  3. 患者は肺炎で死亡した。
  4. 強化療法にあたり肺炎予防薬を内服できなかったらしい。
  5. 姫路日赤病院は小児白血病研究会に所属しておらず、その事を説明していなかった。
このうち4.と5.、とくに5.についての注意義務違反を強く問われ、「被告は研究会に参加してないことを患者側に告げる義務があった。」と断言されて敗訴となっています。医学的論評するにはなんとも情報不足なんですが、この報道を読む限り肺炎治療に関しては「男児が薬を内服しやすい環境をつくる義務を怠った」とだけで、他はとくに指摘していないことが目に付くぐらいです。

これだけでは情報不足でしたが、ex_inakaDr様から患者側の情報らしいものの提供を受けましたので、長いですが引用します。どうもNHKのHPの一部のようですが、がんサポート伝言板より、

病院への疑問と不信感 2005/1/8

 私の長男、当時8歳は平成11年10月に突然、頚部が腫れだし家の近くの開業医に診てもらいましたが、原因不明で地元にある赤十字病院を紹介してもらいました。
 検査結果で非ホジキンリンパ腫T細胞型と判明しましたが、幸い骨髄には浸潤しておらずステージIIIの診断を受けました。
 当初私は血液のがんの専門施設を紹介してもらえるものと考えておりましたが、担当医から「小児の悪性リンパ腫は化学療法による治療成果が比較的良好で此処で治療をしても何処で治療を受けても同じ治療法ですよ」と言われました。それなら、わざわざ遠い病院に行かなくても此処の病院で治療して貰える方が良いと考え、息子の治療を承諾しました。

 その翌月11月から化学療法で息子は入院し、脱毛、嘔吐、下痢、発熱、個室によるストレスで躁うつ病などと辛い化学療法の副作用と戦いながら翌年6月に寛解してやっと退院する事が出来ました。退院時に担当医から現在検査結果では悪性リンパ腫は何処にも認められませんが、再発予防のため維持療法を1年半ほど続けますので通院してくださいと言われ、平成12年9月に2度目の維持療法を受けるために1週間程度の予定で入院しました。1週間の化学療法終了後、息子は嘔吐、下痢が酷くなり、38.6度の発熱と咳、鼻水などの風邪症状が現れ、血液検査をすると白血球がかなり減少していました。

 その頃担当医は旅行で長期の夏休みを取っており、代わりに研修医が診ていました。研修医は、息子の風邪症状は抗生剤を使用するから直ぐ治ると言いましたが、治るどころか益々酷くなっていくばかりでした。その後、夏休みから戻ってきた担当医が胸部レントゲン撮影を行ったところ、重症肺炎と診断され、クリーンルームに隔離されて感染症の治療を行いました。しかし、呼吸不全が進行し人工呼吸器の挿入となり、再度レントゲン撮影すると肺の全体が真っ白に写り、感染による間質性肺炎と診断されて息子の命は後2〜3日と担当医から伝えられ、その言葉を聞いた私らは愕然としました。

 私ら両親は共働きのため、下の2歳の娘を他所に預けては息子の病院に通い、息子には何時か治る日が来るからと励まし続けてきました。9歳になった遊び盛りの息子も大好きな友達とも会えず、誕生日もクリスマスも病院で過ごし、辛い治療に頑張って耐えてきてやっと寛解まで漕ぎ着ける事が出来たのに、本当に残念で、天国から地獄に突き落とされたような思いで一杯でした。結局息子は間質性肺炎と診断されてから10日余りで亡くなりました。

 悪性リンパ腫で亡くなるならまだしも、寛解後に感染症で亡くなってしまうのは不自然で、今まで信頼していた筈の医師や病院に対して感染症対策への不信感を持ち、翌年の平成13年4月にカルテ類を証拠保全を行いました。

 息子のカルテを弁護士と共に協力医に見てもらったところ、息子はJACLS(小児白血病研究会)の治療計画書を使用し、抗がん剤のメトトレキサート大量療法を行ないましたが、その治療で投与したメトトレキサートの大量療法は毒性が強く骨髄抑制が強く現れる事から、治療計画書及び製薬会社の添付文書ではメトトレキサートの血中濃度を48時間毎に検査する事が必須とされていましたが、担当医らは一切しておりませんでした。また、治療計画書には「化学療法中の好中球減少時には感染症に罹りやすく、急激に悪化・重症化するので発熱があれば、起因菌を同定するとともに直ちに抗生剤2〜3剤で治療を開始するとともに好中球を上げるためにG−CSF製剤の投与を開始する」と指示がありましたが、最初の発熱時に診ていた研修医が原因菌を探るための検査をせず、発熱があった翌日に抗生剤一剤のみを投与し、そのまま漫然と5日間放置していました。

 その後血液検査で白血球が200程に減少していたため、慌ててG−CSF製剤を開始しましたが、投与量を固形腫瘍と間違えて白血病悪性リンパ腫適応量の半量以下の量で投与したため、好中球の回復が遅れ、その間感染による間質性肺炎が不可逆的に進行し、呼吸不全で死亡したのです。その後JACLSの事務局に、担当医らが行った、治療計画書を逸脱した治療行為について、臨床結果がどういう結果に繋がるのか聞いてみたところ、息子の治療を行った日赤病院はJACLSの参加施設ではなく、また、参加施設以外の治療計画書の使用を認めていない、との答えが返ってきました。JACLSの治療計画書には「本療法は、十分な経験のある専門施設で行うこと」とありますが、担当医は腎臓の専門医で院内の小児科には血液専門医は一人もいませんでした。また、軽犯罪法に触れるような行為を行い、何処からか無断でJACLSの治療計画書を入手し、何処で治療を受けても同じと偽り、実験のような治療行為をしました。

 このような治療を行った施設に対する、専門家の意見を聞きたくはありますが、今更どのような事をされても二度と息子は帰っては来ません。

該当する年月日、患者の年齢、病気、入院した病院が赤十字病院であること、治療経過、投稿者が兵庫県となっていることから、患者の遺族によるものである可能性は相当程度高いかと考えます。患者遺族から見た貴重な情報として分析してみます。

ここで語られている報道では分からなかった情報を拾い上げてみます。

  1. 診断は非ホジキンリンパ腫T細胞型ステージⅢである。
  2. 事件が起こったのは寛解後の2度目の維持療法である。
  3. 担当医は休暇中で研修医が担当していた。
  4. プロトコールはMTX大量療法であった。
  5. 医師はMTX血中濃度測定を行なっていなかった。
  6. G-CSFの投与量が半分であった。
  7. 肺炎は間質性肺炎だが、起炎菌の同定は出来ていなかったようだ。
  8. 担当医は腎臓が専門であり、小児科に血液腫瘍専門医はいなかったようだ。
患者側のおそらく誤解としてあるのは、入院治療は維持療法でなく強化療法かと考えます。ただし呼称については変更があるかも知れませんのでなんとも言えません。1週間の入院予定とあるのは憶測ですが、化学療法剤の投与期間が1週間でなかったかと思います。もう10年も血液腫瘍科の現場を離れていますので自信が無いのですが、MTX大量療法に対するロイコボリン・レスキューはその程度続いていたかと思います。MTX大量療法を行なうのに1週間で退院できるとムンテラはしないとは思うのですがわかりません。

それとこれは参考にだけなのですが、立木 志摩夫様から「小児だとこんな維持療法のタイミングで大量メソトレキセートが入るのですか?」とありましたが、入るはずです。NHL-98の詳細は分かりませんが、'98のプロトコールなら私が血液腫瘍の現場で働いていた時の発展版でしょうから、強化療法として平気でMTX大量療法が行なわれても全く不思議ではありません。小児の血液腫瘍のプロトコールは成人に比べ怖ろしく強力で、何かの折に成人のプロトコールを見る機会があり、「なんと緩い」の感想を持った記憶があります。サルベージになると私の頃は骨髄バンク以前でしたから、「まるでBMTの前処置並み」と言われたものです。

肺炎発症後の治療経過ですが、文面どおりなら担当医は相当甘い見通しで治療を行なっていたと言わざるを得ません。もちろん遺族感情を差し引いてもです。MTX大量療法のキモは瞬間的にMTXを高濃度にすることで治療効果を期待するものですが、MTX濃度が速やかに下がってくれないと手ひどい目にあいます。そのためロイコボリン・レスキューを行ないながらMTX血中濃度のモニタリングが欠かせません。大量でも相当怖いですが、中等量でもMTX血中濃度がなかなか下がらず痛い目にあった事があります。

また合併感染症はある程度必発なんですが、治療開始1週間後に起こったなら相当手強いと考えなければなりません。おおよそですが、治療開始後2週間ぐらいが白血球減少の底になりますから、一旦発症すると嫌でも長期戦を覚悟しなければなりませんし、重症化の懸念だけではなく複合感染の可能性も常に念頭に置く必要があります。それなのに家族に「息子の風邪症状は抗生剤を使用するから直ぐ治る」とは口が裂けても言ってはなりませんし、そういう風に受け取られるムンテラであるだけで問題と考えます。

つまり小児の血液腫瘍の治療は常に命懸けであり、毎回生死の谷間を潜り抜けるものであるという認識が医師に必要です。またそれを粘り強く、家族が得心するまで、繰り返し何度もムンテラして信頼関係を構築することが求められます。それぐらいの事は小児血液腫瘍に従事するならイロハなんですが、担当医の留守中を預かった研修医には備わってなかったかと思います。

それとこれも遺族の文面を額面どおり信じればですが、小児血液腫瘍経験者無しでNHLの治療を行なうのはやや無謀です。もっとも腎臓が専門とされた主治医の経歴の中に小児血液腫瘍治療の経験があったのかもしれません。ただ素直に読んで当時の姫路日赤小児科チームに血液グループは無かったと考えても良いかと思います。そんな状態で研修医にMTX大量療法を委ねるのは無謀と言われてもしかたないでしょう。研修医が主治医をするのはかまいませんが、どの診療科のどの治療でも同じですが、十分なサポート体制を敷いて行なわなければなりません。主治医が休暇中の姫路日赤のサポート体制がどうであったかを知りたいところです。

ただ遺族の方には申し訳ありませんが、寛解後の強化療法で生死に関わる合併症の危険性は常にあります。寛解導入療法から地固め療法がもっとも危険であるのは確かですが、その後の強化療法が安全と言う訳では決してありません。もっと言えば退院中の維持療法中にでも重篤な合併感染症が起こることは日常茶飯事です。私を指導してくれた部長先生はこう語っていました。

    「血液腫瘍の治療は断崖に渡された細い、細い吊り橋を渡っていくようなもので、一つ間違うと落ちて死にます。また渡りきらなければこれも確実に死亡します。細心の注意を払って、勇気を持って渡りきった者のみが助かるのです」
それと肺炎の治療経過は不備な点があったかもしれませんが、遺族の方が指摘されている点は治療を左右しません。胸部のX-pが真っ白であったと言うことから、抗生剤が有効な細菌性肺炎の可能性はほぼ否定されます。合併感染の可能性は否定できませんが、患児を呼吸困難に追い込んでいるのはCMVないしカリニによる肺炎であると考えて良いかと思います。であれば抗生剤の選択、組み合わせは肺炎治療を左右しません。G-CSFも経過から推測すると量に関わらず有効な時期ではなく、正規量であっても有効な効果が期待できないでしょう。

また化学療法中の間質性肺炎の発症は小児血液腫瘍を行う医師にとっては悪夢のような存在です。発症すれば急速に症状が進み、昼頃には苦しいなりに会話も出来た患児が、夜には呼吸器の条件を最大に上げても、血液ガスの数値のジリ貧に絶望的になる事が珍しくありません。これはいつでも常に発症する可能性があり、重症化しだすとまさに手がつけられない状態にしばしばなります。

少しまとまりに欠けますが、姫路日赤の医療体制の問題点はこれぐらいは指摘させて頂いても良いかと思います。もちろん患者遺族の情報に偏っての指摘ですが、指摘させていただいた事は医療側が考えても「ありうる」事だと思い論評させて頂きました。




ところでこの判決の注目点は少し焦点がずれます。この判決でもっとも重要視しているのは治療の不手際ではありません。もちろん訴訟中は争ったかもしれませんが、肺炎の発症、肺炎の治療経過については注意義務違反を認定していません。最大の問題としているのは、当時の姫路日赤が小児白血病研究会に属していなかった事とされています。小児白血病研究会に属していないことを家族に告げずに治療を行なったことが注意義務違反と認定しています。

小児白血病研究会(JACLS)成立前夜に仕事をした医師ですから感覚が変わっているのかもしれませんが、JACLSはあくまでも任意の学術団体のはずです。JACLSがプロトコールを参加施設以外に認めていないと言っても、強制力があるわけでもなく、特許があるわけでもありません。あくまでも相当シビアなプロトコールなので生兵法で手を出すと痛い目にあうぞの忠告ぐらいに過ぎません。だから技量と経験があれば誰がこれを行なっても法律に反しません。

またこれも変わっているかもしれませんが、JACLSは治療情報を集め調査分析を行ないますが、患者の容体急変時に問い合わせてもアドバイスが返ってくるわけではありません。あくまでも同じ治療方法を同じ病気の程度の患者に行い、治療成績のデータをより多く集めようとする団体です。より多く集めることによって、より効果的な組み合わせの治療法を編み出そうとするのが目的です。現在でもそれ以上でもそれ以下でも無いと考えていますし、類似の他の治療研究会の性格も同工異曲であると考えています。

小児血液腫瘍治療の特異性を考えるとJACLS参加施設で治療を行った方が望ましいとぐらいは思いますが、それ以外の施設でJACLSのプロトコールの治療を行なうことが犯罪的とも思えません。十分な知識と経験のある医師がいるならば行なえる治療かと考えます。

それとこの判決で強調されている

    「被告は研究会に参加してないことを患者側に告げる義務があった」
は相当な広がりを持つJBMになると考えます。今回は小児血液腫瘍という狭い分野が対象ですので影響は少なそうですが、記事を読む限り小児血液腫瘍に限定されると解釈するのは難しそうです。日本にいくつあるか知りませんが、疾患群の病気を研究する団体は大小合わせて多数あると思います。小児科もそうですし内科もよくあるでしょうが、入院してくる患者の疾患すべてに研究会に参加しているわけではありません。下手するとそんな研究会があるのもしらない疾患もあると思います。マイナーな団体なら存在も知らないでしょうし、メジャーであっても自分の専門以外の研究会にはなかなか参加できません。そんな事をすれば団体の勉強会だらけで日常診療なんて出来なくなります。

ところがある○○疾患の患者の主治医を受け持ち、不幸な転帰を取った時、後で○○疾患の研究団体があり、それに参加していないことを訴えられたらたまった物ではありません。そういう意味に近いことをこの判決は言っているような気がします。それとこの判決が要求することに忠実に従えば、今後は「私はあなたの○○病の学会にも研究団体に属していません。それで治療を行なっても構いませんか」と必ず話す必要があります。

患者にとってはある意味良いことかもしれませんが、それを聞いて患者は「それでも構いません」とはなかなか言わないんじゃないでしょうか。そうなればそういう医師がいる病院に変われば良いだけなんでしょうが、大都市部ならともかく地方でそれをすべて要求されたらそうとう厳しい事が予想されます。でもこれからはそれをしなければなりませんし、する事が義務と判決されています。

まあ最近の医師の士気の低下ぶりからすると、これで受診や入院を断る理由が出来るし、自分の専門分野のみの治療に専念できると受け取る者は増えているでしょうけどね。