デスマーチ補足

kazu先生は皆様よく御承知の通り、東京女子医大事件で刑事告発された被告となり無罪を立証されると言う苦労を重ねられている医師です。ご自身も未だに民事訴訟に関わっておられる大変な最中、福島地裁まで傍聴に出かけられ、貴重なライブ記録をブログで公開されました。現時点ではもっとも公判の実情を知る一次資料になるかと思います。

少々長いですが、現場の雰囲気がよくわかります。これをきちんと読み込んでおかないと今後の福島事件の公判について語る資格が無いとまで思います。ほんの一説だけですが引用しておきます。後は引用元を御熟読されることを希望します。

 弁護側冒頭陳述は、波乱が二回起きた。検察官が二回異議を申し立て、もの凄い勢いで言い争いになった。テレビドラマなどの演技では絶対に見ることができない、ライブならではの迫力である。どちらか一方が、力のこもった生の声で主張されると、相手も盛りあがって来る様子で裁判官が間にはいらないと収集つかない状態である。

 私も興奮と怒りで聞くことに徹した時間帯もあり、メモはぐちゃぐちゃ、メモをとれない心理状態となり、抜けだらけのメモになった。このためあまり上手な報告を作成する自信がない。陳述終了後に記者クラブ弁護団から冒頭陳述書の写しを何部か渡されている。従ってどこかを探せば内容についてはもっと詳細な報告、報道があるかもしれないのでご存じの方は御連絡ください。

話は変わって一昨日でエントリーしたデスマーチですが、蛇足のようですが補足説明をしておきたいと思います。解説サイトを適宜引用しながらさせて頂きますので御了承ください。

医療を考える上で3つの条件があるとされます

  • Accesss(利便性、すなわちどれだけ容易に受診できるか)
  • Quallity(質、すなわち医療の内容、高度さ)
  • Cost(費用、医療にかける予算)
この3つは絶対に並立しないものとされています。少し考えれば分かる事で、AccessとQuallityを高めるためにはCostが必要ですし、Costを下げればAccessかQuallityのどちらかないし一方を犠牲にしなければなりません。Costをケチれば宿命的にAccessかQuallityのどちらかを選ばなければならない宿命を抱えており、医療は3条件のうち2つしか満たす事が出来ないと言う絶対の法則と考えられています。

ところが日本の医療はこの3条件を曲がりなりにも奇跡的に満たしています。互いに矛盾する条件を満たすと言う事自体が奇跡的だと言っても良いかと思います。詳しいデータの引用が時間が無いので省略しますが、

    日本の医療は医師数はOECD加盟国の平均以下であり、医療費はOECD加盟国最低クラス、医療の評価はWHO評価で世界最高
つまり日本の医療は、平均以下の医師数で、最低の予算で、最高の医療を提供している事になります。これは医師数だけではなく看護師数にもあてはまるかと思います。

互いに矛盾し絶対に成立するはずの無い3条件が成立させたからにはどこかに大きな無理があるはずなんです。3条件の成立はデスマーチの定義で言う「もともと破綻する運命にあるプロジェクト」にあたると考えられ、「開発期間がもともと必要量より少なかったり、必要な開発者がほとんどいなかったり、もともと無理な性能を要求されていたりする時に起きます。」と書かれるデスマーチの設定状況そのものであると考えます。それでも3条件は成立したのです。

奇跡が成立した秘密をデスマーチの説明の中の「デスマーチと軍隊」「デスマーチと士気」に見つけることができます。

  • デスマーチが本当に恐しいのは、それが洗脳を伴うからです。
  • デスマーチが進行すると、そこに適応できない人の士気が低下し、適応できた人の士気は向上します。この差がトラブルを引き起こします。ハイになった人にとって、なぜこの期に及んでやる気をなくしている人がいるのかが理解不能なのです。
3条件を成立させるためにデスマーチ状態になっていた日本の医療ですが、目標達成のために日本中の医師が洗脳状態になったと考えられます。これは思い当たる節が多々あります。なおかつ通常のデスマーチなら適応できなかった医師が次々と脱落していくはずなんですが、ここで奇跡が起こったのが3条件成立の秘密であったかと考えます。すなわち医師全体が洗脳からハイになった状態を長期に維持してしまったのです。脱落者もいましたが、これもまた奇跡のような少数者に留まってしまったのです。

日本中の医師がハイ状態を維持すると言う集団発狂状態が奇跡の3条件成立の秘密そのものであると言えます。ところが3条件が成立した奇跡を「当たり前」と考える勢力が増えてきました。3条件が成立しているのが余りにも日常的過ぎて、さらなるCostの削減を考え断行したのです。成立するはずも無い3条件の成立ですから極めて微妙なバランスの上に立っています。少しでもバランスが狂うと崩壊するのは必然なのですが、そんな事はまったく頓着せずにCost削減に励みます。それだけではありません。さらなるAccessの向上(救急医療の24時間コンビニ化)、さらなるQuallityの向上(アメリカ医療は世界一、医療訴訟の急増)も課せられます。

それでも集団発狂状態の医師は異常なハイの精神でこれに耐え忍びます。耐え忍びますが、ハイであっても耐えられる限界が来ます。これも解説サイトから引用します。

    デスマーチ的な組織にいると、うまく行くということがありません。「完成した!やった!」ではなく「はぁ、やっと終わった。今度はもっとうまくやろう」という体験しかできません。そして、そう思って次のプロジェクトを迎えても、やっぱりうまく行きません。それが繰り返されると、だんだん自分が嫌になってきます。

    部下がこんな状態になると、デスマーチに適応している上司は自分なりの方法で士気を上げようとします。飲みに連れていくとか、ハッパをかけるとか。しかしこんな方法はかえって傷を深めます。部下が欲しいのはそんな精神論ではありません。デスマーチを収束させるための具体的な方策を考えてほしいのです。そんな時に精神論ばかりを唱えても考え方の違いを痛感させるだけです。結局「この人たちにはまったくついていけない」と辞める原因を作ることになります。
ついにこの状態に医師の心が傾いたのが現状ではないかと考えます。さらに引用します
    「ここで頑張って仕事しても無駄だ」と思われたら、どんな説得も脅しも効を奏しません。「奴の言うことはデタラメだ」と思われたら、何を言っても本人の耳には入っていきません。精神論には論理性がありませんから、何を説いても「体育会系バカが何かわめいている」と思われるだけで、本人の耳には入っていきません。
どこかの医師不足の知事が「赤ひげ論」なんて持ち出されても、ハイ状態から素に戻った医師には「体育会系バカが何かわめいている」以上の反応はもはや期待できなくなってきていると言う事です。

怖いぐらい医療を取り巻く現在の状況はデスマーチの末期状態に当てはまります。それにても医療の3条件の成立と言うデスマーチ・プロジェクトが成立した秘密が、医師の集団発狂的ハイ状態の維持であったとはです。思い当たる節が多すぎてグーの音も出ません。