医師不足を認める日

昨日のコメントにToo様からの質問がありました。

通りすがりです。2ちゃんねるの話で恐縮なのですが、医師板で「本田宏先生を語る」というスレがあります。ここでは医師増員について非常に否定的、拒否的な意見が多く、びっくりしております。
しかも、開業医の書き込み以上に勤務医がそのような意見を持っているようです。
中にはなるほどと思わせるような論述も散見され、医師増員の是非については色んな視点で場合分けをして語るべきなのかなと思い始めております。
このような反対意見についてYosyan先生の感想などを伺えれば幸いです。

このコメントへのレスを考えているとドンドン長くなってしまった上に、話がドンドン飛んでいってしまい、エントリーを立てることにします。話が飛んでいってしまっているので直接のレスでは無いことを先に謝しておきます。

ネット医師界で常識語である医療崩壊ですが、具体的にどうなるのか、どうなっていくのかは結構漠然としています。医療崩壊の発展段階として用いられる焼野原もまた同様です。一般に僻地や地方で起こっている医師不足の全国拡大版みたいなものを想定している方も多いようですし、そうなるかもしれませんし、そうなっている地域も現実に急増中ですから、それで正解かもしれませんが少し違った見方をしたいと思います。

私が考える医療崩壊とは世界医療史上の奇跡とされる「access、cost、quallity」が辛うじて成立していた日本型医療の崩壊の事を指すと考えています。矛盾する三条件を成立させた要因は医師の異常な頑張りであり、頑張りを成立させたのは奴隷医療礼賛洗脳教育システムが連綿と続けられていたためと考えます。奴隷医療礼賛洗脳教育システムを具体的に象徴していたのが医局制と、それに伴う徒弟制による医師教育システムです。

光と影のコントラストがクッキリしている制度ですが、事態がここまで進むとこの神聖権威に基づいたヌエみたいな医師教育だけではなく、人事まで掌握していたシステムが、日本型医療成立の基盤であったと考えます。医師の間でも批判の強かった封建的な制度でしたが、これを寄って多寡って壊そうとし、壊してしまったために医療崩壊が必然として起こったと考えます。この基盤無しには日本型医療制度の存続は不可能であり、日本型医療制度存続のためには必要悪であった事がわかります。

奴隷医療礼賛洗脳教育システムの崩壊については前に書いたので簡単にしておきますが、このシステムが崩壊したときにPONRを越えた事になります。新研修医制度で育った医師は初めから越えていますし、洗脳されていた医師たちの覚醒も日を追って増えています。まだPONRを越えていない医師の数の方が多数派かもしれませんが、覚醒派が一定数を超えれば雪崩現象がおきます。もう起きかけているとも見れます。そしてPONRは一度越えると二度と戻れません。

医師の意識がPONRを越えると「access、cost、quallity」三条件の成立は不可能になります。日本の医師数は厚生労働省がいかに強弁しようがaccessを充足させる数は物理的に存在しません。存在しないにも関わらず、これまでなんとかカバーしてきた幻想を、国も、厚生労働省も、国民も未だに抱き続けています。過去の奇跡の原動力を修復不能なまでに破壊しておきながらそれを求めます。これが現状かと考えます。

PONRを越えた意識の医師は日本型医療の重負担をはっきりと自覚し、端的には逃散現象を起しています。医師以外は一時的な現象と考え小手先の修復策を連発しますが、日本型医療の成立基盤が消滅した状態では小手先の修復策が実効性を持つはずも無く、医療現場の混乱と荒廃はますます進む以外は無くなっています。

次の転機はただ一点、「医師は不足している」を医師以外が認める時です。医師以外とは、国、厚生労働省、国民です。認めない間はどんな修復策を行なおうと医療現場の荒廃に拍車をかけるだけです。現在の医療はPONRを超えた医師をもう一度連れ戻そうとする不毛の対策に翻弄されている状態と見ます。

しかしいつかは「不足している」を認めざるを得ない時が来ます。その時が来るのを防げる時期は1年以上も前に過ぎ去っており、以後はいかなる対策もこれを防ぐ事は不可能です。そしてその時がきたとき、医療崩壊と焼野原は完成すると考えます。

「不足している」が認められると行なわれる対策は二つです。

  1. 医師を足りるように増やす
  2. 三条件のうちaccessを制限する
1.は誰でも思いつきますが、致命的なことは即効性がありません。一人前の医師の養成には15年程度は必要であり、足りない分の養成に取り掛かっても20年単位の時間が必要です。またそれだけの養成費が必要な上で、増えた医師たちを養うための巨額の医療費が必要な事になります。つまりaccessとquallityの両方を維持するためには巨額のcostが必要になると言う事です。だからある程度の医師増加策は行なわれるかもしれませんが、非常に限定的な物になるであろうと言う事です。

2.は必然の政策です。足りていない医師に見合うだけの受診数に制限する以外に医療は維持できません。ただしこの事により、これまで蛇口を捻れば水が出るぐらいに思っていた医療が非常に不便なものに変質します。熱があるから受診しようと思っても、3日後の予約なんて事が常態化するのです。3日なら良いですが、1週間とか10日みたいな事も日常的に起きる事になります。癌の手術も半年待ちとか、1年待ちが当然の事となります。

access制限で起こる医療崩壊は医師なら誰でも簡単に予測できます。これこそが「不足している」を認めた日からおこる事です。まさに焼野原状態であり、さらに悪い事には一時的なものではなく、これが永続的な物に固定されると言う事です。今日のお話は予言ですが、10年、20年先のものではなく、ほんの数年以内に確実に起こる予言と考えています。

医師の意識がPONRを越えた時から道筋はもう決定されています。後は「不足している」事をいつ認めるかです。その日が来るのを医師は待っており、その日は必ず来ます。