長谷川式デスノート

厚生労働省の「医師が足りている」の聖典医師の需給に関する検討会報告書であり、その奥義書が報告書の31ページから参考資料として加えられている長谷川敏彦氏作成の医師の需給推計について(研究総括中間報告)です。

奥義書は言うまでもなく統計資料なんですが、統計資料としての価値はtadano-ry様がこう評価されています。

統計で昔飯を食っていた私にとってもあの報告書は難物です。色々調べましたが論文レベルでの発表がなく、どういった数学的処理を行ったのかがほぼ不明です。海外でも同様の医療受給に関する報告はありますが、そのほとんどはどういう統計的手法を使ったかが数学的に示されているか、根拠となった論文にアプローチできる形になっていて、第三者の検証に耐える形になっています。

グラフの形とわずかな説明からこれではないか、という式を立てて愛機のパソコンに色々計算させていますが、あのグラフとなかなか一致しません。そりゃああれだけの予算と手間をかけておられるのですから私ごときに真似されたら別の意味でえらいことになりますが。

統計でとても飯が食えるレベルではない者にとっては、手も足もでないところがあるのですが、tadano-ry様やMed_Law様の情報で奥義書の信用性についての問題点が指摘されています。私も触発されて奥義書を読み直したのですが、非常に奇妙な点を発見しました。報告書38ページにある供給医師将来推計です。この奥義書の特徴は統計計算の基になる数値や、計算結果の数値をほとんど書いていないのが特徴なんですが、ここでは計算結果を具体的に記しています。

表を私の奇妙に感じた点に着目して編集して掲示します。単位は万人です。


2010201520202025203020352040
長谷川モデル28.229.931.432.633.433.934.0
井形モデル27.529.230.130.530.430.430.4
両モデルの差0.70.71.32.13.03.53.6
井形モデルとは前回の検討会での供給医師将来推計で、長谷川モデルと推計の前提条件はほぼ同等ですが、井形モデルでは2010年から医師に70歳定年制を適用するのが最大の特徴です。奥義書にも供給推計の統括としてこう明記されています。
    井形委員会推計は2005年は今回とほぼ同数であるが、それ以降は今回の推計を下回る(70歳定年条件のため)
 読んでお分かりのように長谷川モデルも井形モデルも計算結果は基本的に同じであると書いてあり、その証拠に「2005年は今回とほぼ同数」としながら、それ以降は70歳定年制を撤廃した分だけ長谷川モデルのほうが推計数は多くなるとしています。ですからここで奥義書が井形モデルを掲載したのは、70歳定年制を撤廃したらどうなるかをわかりやすく提示するためのものと考えます。つまり2010年以降の両モデルの差と言うのは70歳以上の医師数を表している事になります。

 

 この奥義書の現時点と言うのは2002年の事です。2002年の医師の年齢別分布が厚生労働省資料にあります。

29歳以下30〜39歳40〜49歳50〜59歳60〜69歳70歳以上
医師数(人)262066408666020413252301528922
割合構成(%)10.525.726.516.69.211.6


 奥義書の2010年の両モデルの差をよく見て欲しいのですが、7000人となっています。一方で2002年の70歳以上の医師数は全体の11.6%の28922人となっています。そうなると奥義書の統計では8年間のうちに約29000人いる70歳以上の医師が7000人に激減する事になります。素直な感覚としてやや減りすぎです。本当にそうなるのかを2002年のデータから考えてみます。

 2002年から2010年の間に70歳になる医師は概算ですが、2002年の60〜69歳の医師の約8割となり約18000人となります。そうなると2010年時点の70歳以上の医師数は全員生きていたら47000人となります。それが7000人に減るという事は差し引きの約40000人が死亡する事になります。70歳ともなれば高齢ですが相当な割合です。

 一方で長谷川モデルの2010年の医師数は28.2万人であり、2002年の25.0万人から3.2万人増加となっています。この間の医師の新規供給数は7700×8=61600(人)となり、供給数から増加数を引いた分が長谷川モデルでは死亡者になるため、29600人が死亡する事になります。これ以上死んでもらっては2010年の医師数の推計は成立しない事になります。

 70歳以上の医師数が2010年に7000人になるには40000人の70歳以上の医師の死亡が必要なのに、2010年に医師が28.2万人になるには29600人しか死亡してはならない事となり、差し引きで約1万人の誤差が出ます。これは大きすぎる誤差ではないでしょうか。

 2015年も続いて注目してみると、ここでも70歳以上の医師数は7000人となっています。2010年から2015年の間に70歳以上に加わる医師数は2002年データの50〜59歳の医師数の約半数と推測され約2万人となります。5年間の医師の供給数は7700×5=38500(人)であり、5年間の医師の増加数が17000人ですから、なんとこの5年間では医師が21500人、供給数の56%が死亡する計算となります。さらに70歳以上の医師数の帳尻を合わすためには、2010年の70歳以上の医師数が7000人としても、やはり2万人が死亡する必要があります。

 2002年の医師の構成割合を見てもらえればわかるように、20002年時点で50歳未満の医師の数はほぼ一定しています。また50歳以上の医師の割合は明らかに少なくなっています。これは自然減少したのではなく、医学部定員数の増加によって起こったものです。にもかかわらず、2002年から2010年の間の供給数に対する医師の死亡率は48%、2010年から2015年の間に至っては56%が死亡します。どう考えても不自然です。

 繰り返しになりますが、なにより不自然なのは2010年時点で70歳以上の医師の数が7000人になるためには、70歳以上の医師が4万人死亡しなければ帳尻が合わないのですが、この間の増加数に合わせると3万人しか死んではいけないのです。どう考えても1万人が宙に浮きます。

 これだけの誤差が生じる説明については奥義書は例のごとく一切の解説を行なっていません。私は統計に詳しいとお世辞にも言えないのですが、この程度は誤差のうちなんでしょうか。それとも長谷川式デスノートで生きているはずの医師まで鬼籍に入れているのでしょうか。厚生労働省の医籍確認HPが鬼籍医師を活躍させているのとまったく逆の手法で・・・。