耐性マイコプラズマ菌

今日は純粋に臨床のお話です。今年のマイコプラズマ感染症の流行は記録的だとも言われていますが、体感的にもそうです。そいでもって小児のマイコプラズマ感染症への治療の王道であるマクロライド系抗生剤の効果が実感的にも非常に悪い気がします。うちでも、もう何人も入院となっています。混合感染でもあったのかと報告書を読んでも、やはり純然たるマイコプラズマ肺炎です。

この耐性マイコプラズマ菌の現状がどうなっているかですが、小児呼吸器感染症診療ガイドライン2011から引用します。

 2000年に札幌でマクロライド耐性肺炎マイコプラズマ(macrolide-resistant Mycoplasma pnumoniae)が初めて検出された。その後、Morozumiらによると、全国の臨床材料において2003年から検出され始め(5.0%)、2004年(12.5%)、2005年(13.8%)、2006年(30.6%)、2007年には40%を超えて年々増加している。病院ばかりでなく診療所においてもマクロライド耐性肺炎マイコプラズマが増加している。

 耐性機序は、23リボゾームRNAドメインVの点変異でマクロライド作用点の変化により親和性が低下したためである。変異の場所は決まっており、A2063GあるいはCが最も多く、A2064G、C2617CあるいはGが続く。最も多いA2063Gは、14員環、、15員環、16員環すべてに耐性を示す。マクロライド耐性肺炎マイコプラズマに対しMIC<2であるのは、テトラサイクリン系薬とニューキノロン系薬のみである、ただし、テトラサイクリン系薬は肺炎治療後も菌の排出は続いているので、感染源となる可能性がある。ニューキノロン系薬は、今後耐性ができる可能性も懸念される。マクロライド耐性肺炎マイコプラズマが増加しているのは日本だけと考えられていたが、その後の研究で韓国、フランス、中国、ドイツ、米国でも確認されており、中国においては耐性率が非常に高い。

非常に冷静な文章なのですが、よく読めば救い様の無い言葉が並んでおり、もっとも多い耐性菌のタイプはマクロライド無効であり、有効なのはMINOかTFLXしかないと書いてあります。ただそれでも2011ガイドラインの治療は、

 2000年以降わが国においてもマクロライド耐性肺炎マイコプラズマの増加が報告されている。病院ばかりでなく診療所においてもマクロライド耐性肺炎マイコプラズマが増加している。最近では日本ばかりでなく海外でもマクロライド耐性肺炎マイコプラズマの増加が報告され注目されている。しかしマクロライド耐性肺炎マイコプラズママクロライドで治療した場合、平均2〜3日程度発熱期間が延長するのみで自然治癒する傾向が強い。また、マクロライド耐性肺炎マイコプラズマによって重症感染症重篤な合併症が増加した報告を認めていないため、ガイドライン作成委員会は現時点ではマクロライド耐性か感受性かが不明時の肺炎マイコプラズマに対する初期治療はマクロライド系薬と考える。

要は耐性菌の感染症状はたいしたこと無いのでマクロライドで対処できるとなっています。これは伝聞情報なのですが、2001ガイドラインの耐性菌の検出頻度は2007年の「40%を超えて」です。ところが昨年の検出頻度は60%を既に超えているとなっています。それでも昨年までは実感的にはマイコプラズマ感染症に手間取るという感触は少なかったなので、今年の耐性菌率は飛躍的に増えているのかもしれません。

耐性菌の方が症状がマイルドであるは、日経メディカル2011年9月号抜刷となっている2011学会アップデートにある札幌徳州会病院小児科 成田光生氏の「マイコプラズマ感染症の治療において重要なこと、それは菌を殺すことではなく、新たな脅威を生まないことではないだろうか」より、

 小児マイコプラズマ肺炎患者における解熱までの日数は、プラセボ8日間に対して、マクロライド系薬投与例のうち感受性菌感染例では1日、耐性菌感染例では3日と、耐性菌に対しても臨床効果が認められた。

町医者では感受性菌か耐性菌か以前に、その患者がマイコプラズマ感染症か否かがそもそも確認できない状態で治療しています。ですからどうしても症状が長引く例が印象として強くなりますが、「耐性菌感染例では3日」でケリがついているとはちょっと思いにくいところです。また成田氏はこうも書かれています。

現在同定されている耐性菌は増殖速度の遅いリボゾーム変異菌であり、感受性菌より大きな流行を惹起する可能性は低いと考えられる。

これは町医者では手に負えない世界ですが、今年流行しているマイコプラズマ感染症の主体が感受性菌が殆んどであると言われたら、どんなものでしょうと言う感じです。


これは大雑把な感想ですが、伝聞で聞いた2010年の耐性菌率60%超えもウソでは無いと思いますし、今年がそれ以上になっている推測もそんなには外れていないと考えています。それでもって、2011ガイドラインや成田氏が書いた頃は、耐性菌へのマクロライドの有効性は「それぐらいあった」と考えます。去年ぐらいの外来での感触と合致するからです。

しかし今年は一段と手強くなった印象を抱いています。うちも第一選択はCAMかAZMですが、これではサッパリ解熱せず、フラフラになって再診する患者の数が明らかに目立ちます。うちでは方針として、そういう状態で再診すれば採血検査、胸部X-pを出来るだけ行なうのですが、とくに胸部X-p像は間違い無くマイコプラズマは肺炎です。

当初はあえてCAMで押したのですが、これが成績が悪く、入院を余儀なくされる患者が続いたので、今はTFLXに変更しています。CAM(or AZM) → TFLXの治療方針にしてから入院例は減ったのですが、それでも最近入院を余儀なくされた症例はありました。


本当に漠然たる印象で申し訳ないのですが、考えられる仮説は2つで、

  1. 耐性菌自体がパワーアップしている
  2. 耐性菌の増加率が非常に高くなり、その中の難治例が目立っている
1.については何の知見もないのですが、耐性菌自体の毒性は弱そうの傍証は耳にはしています。うちは初診でX-pを撮る事は少ないのですが、積極的にX-pを行っているところもあります。そこではX-p上でマイコプラズマ肺炎像を確認できるケースが少なかったと聞きます。うちは遅れて撮っているのであるとは言えますが、考えてみると「もの凄い」のは記憶にありません。

考えようによっては、あの時点でも「これぐらいか」の印象があります。どうも単にマクロライドが効かないので静かに増殖した結果みたいな印象です。確証的なソースは皆無ですが、耐性菌自体の毒性のパワーアップがあるかどうかはこれからの研究でしょう。

1.が必ずしも肯定的でなければ、2.の耐性菌感染の母数の増加による難治症例の体感的増加の方が筋が通りやすくなります。これも札幌徳州会の成田氏の話からですが、

マイコプラズマ肺炎は他の原因菌の発症機構とは異なり、宿主の免疫応答が関与する免疫発症である。

耐性菌の感染が大流行すれば、免疫が弱い宿主(患者)への感染例が実数として増え、外来の実感として難治例、重症例が増えている様に感じているだけかもしれません。


とにもかくにも厄介な問題で、聞く所によると成人領域でも手を焼いているとされます。小児科でもそういうところが出ているとも聞きますが、第一選択に「怪しければニューキノロン」みたいな傾向は確実に出現しているようです。ガイドラインにもあるようにニューキノロンの多用はさらなる耐性菌の誘発の危険性も含んでいます。

とは言うものの、病院と違い診療所では治るか、治らないかも問題は経営として無視できない問題です。当然ですが患者側の要求は「早く治せ」ですし、そこで将来のために「長めの我慢をしてくれ」の説得はしんどいところです。そんな説得を時間をかけてやっていたら、ホイホイとニューキノロンを出す診療所に患者は流れます。

小児でもTFLXの投与がどうやら急増している傍証として、TFLX(同時にCAMも販売しています)を販売するメーカーのMRがポロっとこぼした言葉があります。

    私:「これだけマイコが流行したらCAMが売れてボーナスがっさりでしょう」
    MR:「そんな事はないですよ。CAMは言うほどでなく、むしろTFLXが凄く伸びています」
今年と言うか、今はニューキノロンでしのいでも良いかもしれませんが、先を考えるとシンドイ気分に浸っています。上述した様に小児科の町医者では、診察だけで確実にマイコプラズマ感染かどうか確実に診断できるわけではありません(少なくとも私は自信ありません)。今年はRSウイルス感染も流行したので、目の前の湿性咳嗽(及び発熱)患者の原因菌(ないし原因ウイルス)が何かは推測の範疇です。

またマイコプラズマであっても、これが感受性菌か、耐性菌であってもCAMで対応できる範囲なのかは結果論でしか言い様が無いと感じています。安易にニューキノロンに走らない方が良いのは理屈でわかっていても、微妙な選択であるのだけはあるとは思っています。町医者がヤキモキしたところで、どうしようもないと言えばそれまでですが、どうしたものか思案中です。もっとも思案したところで選択枝は狭いんですけどねぇ。